32話【次代の皇帝】



次代じだい皇帝こうてい


 火の回りは城下町だけではなく、城にもあっと言う間に広がった。

 しかし、鎮火ちんかさせる人間など一人もらず、皇帝陛下こうていへいかであるヴォルス・ラクエーン・レダニエスは、まるで何者かに追い詰められるように、謁見えっけんの間に辿たどり着いた。


「――誰ぞっ!誰ぞらぬのかっ!……ええい、何が起こっておるのだ!何故なぜ誰もらぬのだ!?兵はどうした!大臣はっ!何故なぜ一人もおらぬのだ!!この惨状さんじょうは何なのだっっ!」


 火の回りは、消すよりも圧倒的あっとうてきに早いのが、明らかに見て取れる。

 バルコニーから見える城下も深夜にもかかわらず、まるで夕日のように赤かった。

 城下からは悲鳴もひびき渡り、豪華ごうかかざり付けられていたカーテンや装飾そうしょくも焼け落ちて、燃えっている。


「――な、なんなのだ……いったい何が起こっている!?ボーツ!ノラソン!シュルツ!!どこにおるのだっ!返事をせぬか!」


 混乱こんらんしている皇帝陛下こうていへいかは、燃える謁見えっけんの間で大臣の名をさけぶ。

 古参こさんの大臣二人の他に、腹心ふくしんと決めたシュルツ・アトラクシアの名をさけんだのだが、当然返ってくるのは炎の轟々ごうごうとした音だけだった。


「こ、このままではマズい……逃げねばっ」


 しかし、逃げようとする皇帝陛下こうていへいかに、背後から掛けられる声が。


「――ここにおいででしたか……父上」


 バルコニーの陰から、血濡ちぬれた剣を持ち、笑みを見せる少年が現れた。

 その姿に、皇帝こうていヴォルスは。


「おお!ラインハルト……とろいお前が真っ先にけ付けるとは、大臣たちはどうした。いったい何が起こったのだのだ!説明せよっ」


「……ボーツ大臣なら、火消しの指示しじに回っていますよ。ノラソン大臣は……そうですね。そこの裏手で寝ています」


 気だるげに、血濡ちぬれた剣でしめす。

 その裏手には、柱にもたれ掛かる一体の死者がいた。


「――ノ……ノラソン、なのか……いったい……誰が」


「……くっ……くく……くっ……」


 間抜けな一幕ひとまくだった。

 血濡ちぬれた剣を持ち、倒れる遺体いたいにはざっくりと斬りかれた痕跡こんせきが残っているのを見ても、何が起こったかを推測すいそくも出来ないおろかな父親に、ラインハルトは笑いをこらえずにはいられなかった。


「――ははは、はっはっは……くくっ、おろかだ……まったく、本当におろかな男だ……お前は」


「な、何を言っているのだラインハルト!早くノラソンを助けよっ!!」


 理解できないのか、それともするつもりが無いのか。

 あろうことか皇帝こうていは、自分を侮辱ぶじょくする息子にすがりつきさけんでいる。そこには尊敬そんけいする念も無く、皇帝こうていたる威厳いげんも無い。


「無理ですよ。もう死んでいる」


「……なっ!」


 滑稽こっけいだった。

 かつてはその野心やしんで、先代の皇帝こうていおとしいれた知謀ちぼうも、力ある武も、もうこの男には無いのだと、瞬時に理解できた。

 もうこの男の時代は終わったのだと、確信した。

 やはり、皇帝こうていの座を降りてもらわなければと。


「――終わりですよ、父上……いや、皇帝こうていヴォルス……」


 ドン――ッ!と片手で押しのけただけで、皇帝こうてい尻餅しりもちをついて倒れた。

 息子から見れば、確かになさけない姿だろうと思う。


「ぐはっ……な、何をするのだラインハルト!父に、皇帝こうていに向かって……!」


 見下みおろされる息子からの視線しせんには、尊敬そんけいも感謝も、あこがれも、なに一つの感情も見られない表情に、ようやく気付く愚鈍ぐどん皇帝おとこ


「――おま……お前が画策がさくしたのか……この有り様を……この惨状・・をっ!!」


 手を広げて、皇帝こうていは炎上する謁見えっけんの間をしめす。

 しかし、ラインハルトは。


「――惨状さんじょう何処どこがです……俺には見えませんよ、あなたの見えているなんてね……」


「な、なんだとっ!?」


 ラインハルトは、そこにあるはずの炎をさわった。

 ブオ――ッ!と一瞬で燃え広がり、ラインハルトの服に着火する。


「……!!な!?」


 おどろ皇帝こうてい。しかしラインハルトは、何の痛みも熱さも感じておらず、何も無かったかのように平然へいぜん皇帝こうていを見る。


「……ラインハルト、お前は……いったい……!?」


 地べたに座りながら、息子を見上げる。

 そんな皇帝こうていに、声がかかる。


「――初めから無いのですわ」


 謁見えっけんの間にふぶき渡る、妖艶ようえんな声。

 皇帝こうていは、その声に瞬時に気付く。


 【魔女】ポラリス・ノクドバルン。

 皇帝こうてい自身もその美貌びぼうを知る、異世界からの客人だ。

 救世主きゅうせいしゅ来たりと、希望みぼう見えたりと嬉しそうにさけんだ。


「その声は……【魔女】殿かっ!よ、よくぞ来てくれた……!その馬鹿息子を、らえるのだ!【魔女】殿!」


「――?……このお方は、いったい何をおっしゃっているのですかぁ?皇子おうじ


 ポラリスは本当に戸惑とまどっている様だった。

 魔法陣が展開し、そこから現れた【魔女】は、カツカツとヒールを鳴らしてラインハルトの横に並び立つ。

 うふふと笑みを浮かべて、りつくようにラインハルトの身体に身を寄せた。


「――ま、【魔女】殿……」


 信じられないものを見る様に、【魔女】ポラリスを見る。

 まるで、秘密ひみつを共有する恋人が離れていくかのように。


「……うふふ。そんな顔をされてもねぇ、私は一度……可哀かわいそうなお年寄りに……この身体をお貸ししただけでしょう?」


 事実、ポラリスは《魔法》を使う為に、この皇帝こうていに一度身体をゆるしている。それはつまり、【誘惑テンプテーション】に掛かっているという事であり。

 この国で自由に過ごせてきた理由でもある。


 初めは、共に行動をして来たシュルツの作戦だった。

 しかしその後、ポラリスはラインハルトと言うパートナーを見つけ、今にいたる。


「……終わりですよ父上。あなたの時代は……終わったのです」


 ラインハルトの指示に合わせて、ポラリスはパチンと指を鳴らす。

 綺麗に鳴った音は謁見えっけんの間に波状はじょうに広がっていき、炎を消し去っていく。

 まるで、初めから無かったかのように。


「――なっっ……!?」


 【幽炎ゆうえん】。

 赤の《石》による、まぼろしを見せる《魔法》だ。

 その炎は物理的にも痛みをも生み出し、精神的にもダメージを与えるものだ。


「……炎が、消えていく……」


 焼けていた壁に、落ちていたカーテン、装飾そうしょく

 全てがまぼろしだったかのように、炎が広がる前に戻った。

 皇帝こうていが自室で目が覚めた時、すでに火は部屋中に回っていた。

 手には、落ちた破片で付けたとみられる小さな切り傷があった。それが【幽炎ゆうえん】を発動させる条件だ。


「なにが……」


「《魔法》ですわぁ、陛下へいか……」


 ポラリスが腕に着けた、いくつもある無数の宝石の腕輪。

 その一つに、赤くかがやくルビーがあった。


英雄・・の《石》にはおとりますが……これも充分、力を持ったモノですわよ」


 英雄えいゆうの《石》。それは、ロザリーム・シャル・ブラストリアが持つ、“天使”がさずけた輝石きせき

 尻餅しりもちをつく皇帝こうていヴォルスは、ラインハルトとポラリスを指差しさけぶ。


「おのれラインハルトっ!!はかったのか……!!【魔女】ポラリス、なさけを忘れたかっ!――まさか、貴様……これはシュルツ・アトラクシアの仕業しわざかっ!!」


「――はかった……?おかしな事を言う」

「うふふ……シュルツ様は関係ありませんわぁ……」


 二人に同時に言われ、皇帝こうていは更にヒートアップする。


「貴様らぁ……こんな真似まねをしてどうなるか分かっておるのかっ!!不敬ふけいな!」


「もういいでしょう父上……大人しく隠居いんきょしてくれれば、命だけは見逃しましょう」


 面倒臭めんどうくさそうに、ラインハルトは父に剣を向ける。

 その父は尻餅しりもちをつきながら、無様ぶざま後退あとずさりして、息子の剣から逃げる。

 悲鳴を上げるでもなく、背を向ける訳でもなく、息子に視線しせんを合わせたまま、ずりずりと後退こうたいする。


「……あらあら、虫のようだわぁ」


「……それは返答という事でいいのですね……?父上。抵抗ていこうと取って、御身を拘束こうそくさせて頂く」


「おのれラインハルト……!おのれ【魔女】……!!」


「あら?」


 何とか立ち上がり、壁掛けの剣を取り、抜く。

 豪勢ごうせいな、装飾そうしょくだらけの儀礼剣ぎれいけんだ。


「……――まさか、それで俺と戦うおつもりですか?」


皇帝こうていに、父に剣を向け……国を乗っ取る気かっ!!」


 ラインハルトは、一歩ずつ父に向かい進む。

 口元はゆがみ、今気付いたのかと今にも笑い出しそうだった。


「本当におろかな男だ。この城下の惨状さんじょうを、バルコニーから見たのでしょう?……被害ひがいを受けているのは、父上の側近そっきん達と、それにしたがっていた極少数だけだ。ノラソン大臣以外の大臣は……俺を認めたんだよ、次代の皇帝・・・・・としてな」


「――ば、馬鹿なっ!?」


「馬鹿も何も……すでに父上の身の回りにはもう誰も居ない。大人しくしてください、そうすれば……ミア・・と一緒に静かに暮らせるさ」


「き、貴様……!ミアを、妹をどうした!!」


 ミアとは、ラインハルト、そしてエリウスの妹だ。

 末妹まつまいであり、身体を弱くして療養りょうようをしているはずの、皇帝こうていの三人目の子供。

 ミアをどうしたという答えには、ポラリスが答える。


「――ミア殿下でんか賢明けんめいでしたわよぉ、大人しく、さとく、かしこい……うふふ、誰かさんの娘とは思えないほどにねぇ」


「貴様らぁぁ!エリウスがだまってはいないぞっ!!」


 【送還師そうかんし】エリウス。

 帝国の皇女こうじょであり、異能を持つ娘。

 異世界のものを送り帰す事ができる、帝国唯一ゆいいつの存在。

 それがあれば、【魔女】も“天使”も怖くは無い。が。


「――この場にいなければ意味はない。それに……」


 ラインハルトは、内ポケットから何かを取り出す。

 首輪のような、首飾りのような、少し曖昧あいまいな形のアクセサリーだった。


「そ、それをどうしてお前が……」


 皇帝こうていあせるのが、目に見えた。


「――これが無ければ、エリウスあいつは力を使えない。父上が作らせた“魔道具モノ”だ……このような重要な“魔道具”の管理をおこたっているようでは、俺がこのクーデターを起こさずとも……国は誰かに取って代わられていただろうな……例えばそう。ミアを新皇帝として祭り上げようとしていた……シュルツ・アトラクシアのようにな」


 娘の力を恐れ、自分の言葉が無ければ使えない様にかせを掛けた。

 それがこの“魔道具”【封極ふうきょくの首輪】だ。

 ラインハルトはあらかじめ、皇帝こうていの自室からぬすみ出していたのだ。

 その“魔道具”を、皇帝こうていは放置していた。

 自分しか知らない場所に隠したのだと、慢心まんしんをして。


「うふふ……シュルツ・アトラクシアの考えは、私の予測になりますが……まぁ合っているかと思われますわよ?彼も、私達・・には隠している事も多々ありましたし……今頃“天使”と“獣”も、別に行動を起こす頃合いでしょうねぇ」


「な、なんだと……シュルツが、ミアを……」


 更には、信じていた軍事顧問ぐんじこもん、シュルツ・アトラクシアの考えをポラリスから聞かされて、皇帝こうていは。


「――お、おのれぇぇぇぇぇぇっ!!」


 馬鹿にされ、けなされ、おとしいれられ。

 皇帝こうていヴォルスはついにキレた。

 弱る足腰をふるい立たせて、儀礼剣ぎれいけんを息子であるラインハルト目掛けて振るう。

 ガン――!と、斬る事の出来ない儀礼剣おかざりは、ラインハルトの剣に防がれる。


「それが答えか。無意味な……」


 冷たい視線しせんを父に向け、ラインハルトは剣をはじく。

 ガキンとはじかれ、皇帝こうていヴォルスは再び尻餅しりもちをついてしまう。


「ぐわっ……!」


「……命乞いのちごいしないだけ、プライドはあるようだな。そのプライドを、もっと周囲に向けるべきでしたね、父上」


 そうすればこうならなかったのかと聞けば、答えはノーだが。


「おのれ……帝国をどうするつもりなのだ、ラインハルトよ……!」


「ふん。決まっている。侵攻しんこうするのさ……国土を取り返し、緑を増やす。退廃たいはいした風土をいやし、世界を統一させ……そして俺は、世界の王になるっ!」


「何を世迷よまい事を……」


 目下の目的は大陸の中央、【リフベイン聖王国】。

 数十年前に帝国に侵攻しんこうし、国土をうばった外敵。

 しかし、それも大昔の話だ。

 “魔道具”の発展と技術をもって逆転した均衡状態きんこうじょうたいを、皇帝こうていヴォルスは捨て去った。

 侵攻しんこうを止めたのだ。


「……聖王国には手を出すな……いいか、これは、最後の忠こ――」


 ――ザシュッ!!

 一刀の軌跡きせきは、血飛沫ちしぶきを上げて床をらす。


「……忠告ちゅうこく痛み入る……老害ろうがい皇帝こうていよ」


 どさりと床に倒れる、父だったもの。

 ポラリスはきたないものを掃除そうじするように、腕の《石》をかがやかせて。


「お掃除そうじしましょうか。【凍結の強風コールド・ゲイル】」


 無詠唱むえいしょうで放たれた《魔法》は、一瞬で遺体いたいを凍り付かせていく。

 そして更に。


「【巨人の腕ジャイアント・アーム】」


 足のアンクレットにかがやく《石》が光り、空間から現れる巨岩きょがんの腕。

 ゴスン!と、氷漬けの遺体いたいくだき、いとも簡単に粉砕ふんさいする。

 氷はくだけ、床に染まっていた血も、遺体そのものも、完全に消えてなくなった。


「どうします……?」


 この先、ラインハルトにはやらねばならない事は多い。


「まずは、皇帝派こうていはの残党を消す……俺がそのほとんどを取り込んでいたとしても、帝都外にはまだいるんだよ。皇帝こうていと同じ老害ろうがいがな……」


「――じゃあ、そちらはお任せ致しますわ……私は約束・・通り、聖王国に参りますから」


「ああ、そうだな……当初の予定通り、俺は国をまとめよう。もうぐシュルツ・アトラクシアもここに到着とうちゃくする頃合いだ。お前も都合つごうが悪いだろう」


「うふふ。ええ……流石に、私がもう仲間ではないと気付いているでしょうし……一番怖いのは耳年増みみとしまの“天使スノードロップ”ですからねぇ……」


 ポラリスは、ラインハルトのほほにちゅっとキスをして、魔法陣を展開てんかいすると、名残惜しそうにしながらも消え去って行った。


「……ふっ……俺は世界を手に入れる。そして帰る・・のだ……【リフベイン聖王国】に、俺の居場所・・・・・に……」


 無表情ながらも、少年は野望やぼうを口にする。

 そうして、父の遺体いたいがあった床をみしめ、外に向かったのだった。

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