23話【未来の……2】



◇未来の……2◇


 リエレーネは口を大きく開けて、大声でさけんだ。

 その声量にローザとローマリアは、おどろいて耳を押えた。

 ローザとしては渾身こんしんのボケだったのだが、リエレーネには通じなかったようで、エドガーの妹としての挨拶あいさつで言うべきではないジョークだったかもしれない。


「あ、あくまでも未来の……未来のよ?」


 しかも何故なぜ訂正ていせいせずに、フォローを入れるローザ。


「――そ……そんな……お兄ちゃんが……けっ……こん?」


 ガックリと項垂うなだれるリエレーネ。

 自分の世界に入ってしまった。

 「え、あれ?妹ちゃん……?」と声を掛けるローザの声など聞こえず、リエレーネは自分の空間に入り込んでしまう。


 「ローザ様が、お兄ちゃんの結婚相手?」「どうする?」「わかんない!」「夢かもしれないわ」「いや無理!」「まぼろしかも」「そんな!」「聞き間違いかもしれないわ」「それだ!」


 すくっと立ち上がり、リエレーネは。


「あ、戻って来た……」


 ローザが目の前で手を振っていたが、お構いなしにリエレーネは言う。


「――おほんっ……あの、ローザ様……もう一度お願いしてもいいでしょうか?どうやら聞き逃していたみたいなので……」


 リエレーネにそのように言われたローザだったが、今のリエレーネの一幕ひとまくを見て、ツボに入ったのかどうやら面白がっている。

 肩をひくひくさせ、笑いをこらえているようだ。


「え、え……っと。私が……」

(これはもう、ジュークとは言い出せないわね……)


「ローザ様が……?」


「エドガーの」

(ああやばい、この子可愛かわいい……)


「お兄ちゃんの……?」


「未来のお嫁さんよ」

(いっそ妹ちゃんを味方に……)


「……およ……」


 ――ばたっ。ちーん。


「「え?」」


 ローザとローマリアは、一人の少女が白目をいて気絶する瞬間を目撃した。


「リエレーネっ!?」


「――あははっ、やっぱり面白いわこの子……エドガー顔負けじゃないっ!あは、あはは……」


「笑い事ではないわよローザぁ!」


 ついにえ切れず爆笑するローザを尻目に、リエレーネを介抱かいほうしたのは、王女ローマリアだった。

 冗談じょうだんから始まった未来の義妹いもうと(予定)との再会は、リエレーネが気絶すると言うものだった。

 エドガーを彷彿ほうふつとさせるその感受性かんじゅせいは、ローザをいやすのだった。





 うなされるリエレーネを介抱かいほうするローマリアが、リエレーネのひたいれタオルを置く。

 兄の結婚と言う重大なニュースに、思考がオーバーヒートしたリエレーネは、考えが追い付かずに気を失ったのだった。


「――この子が本当に未来の妹なら、楽しい生活を送れそうね」


「リエレーネにとってはそうはならないかもしれないけど……で、ローザ。何故なぜそんな冗談じょうだんを言ったの?お嫁さんだなんて……」


「決まっているでしょう。ここに他の子ライバルがいないからじゃない……半分は本気なのだから」


「……つ、つまりはあれね。出し抜こうとしたって、事?」


「その通りよ。私としてはジョーク半分だったのだけれど、まさか真後ろに倒れて気絶するなんて……ふふ」


 折角せっかくエドガーの妹に出会ったのだ、好印象こういんしょうは欲しい。

 ましてこんな状況じょうきょうだ。こんな風にふざけて、少しでも心のゆとりを持たなければ、いずれ破綻はたんしてしまう。

 離れてしまったエドガー達も、きっとそうやって均衡きんこうたもっている筈だと、ローザは思う。


「したたかなのね意外と。いた男の家族を落としにかかるなんて」


 ローザらしくないと言えばそうだ。

 ローザだったら、直接エドガーを篭絡ろうらくしてしまいそうだと、勝手に解釈かいしゃくしていたローマリア。


「私も人の子なのよ?」


 人外を見る目のローマリアに、両手を上げて無害むがいアピールをする。


「し、しかしまぁ……取りあえずは、全部冗談じょうきょうだったという事にしておいてくれない?」


「……そうね。まさか気絶するとは思わなかったから、仕方ないわね。面白かったのだけれど」


 エドガーは、愛されているのだなと思った。

 優し気な笑顔で、眠る未来の妹(予定)をでた。

 それは、エドガーをめた時ので方と、同じものだった。





「――う、う~ん……」


 苦しそうにうなされ、夢を見る。

 最愛の兄が、いきなり現れた異国の女性と結婚をする夢だ。


『リエ。僕、結婚することになったんだ』


『えっ……お、お兄ちゃん?』


紹介しょうかいするよ、こちらローザ。リエのお姉さんになる人だよ』


『初めまして、じゃないわよね。リエちゃん』


『ロ、ロロ、ローザ……様?』


 何故なぜか真っ赤なドレスをまとって、ローザがいきなり現れる。

 その真っ赤な衣装は、赤い赤いウエディングドレスだ。

 そしてローザは、お腹をさする。


『実は、お腹にはエドガーの子ど――』


 その言葉を聞き終える前に、無理矢理むりやり夢を終わらせてやった。


「――無理っーーーーーーーー!!」


 ガバッ――!!と起き上がり、目を覚ます。

 目の前には、ひたいを押さえるローザがいた。

 そして気付けば、自分もなんだか頭が痛い。


「え?」


「さ、流石さすがエドガーの妹だわ……まさか出会っていきなり頭突きをされるとは思わなかったわね……」


「だ、大丈夫?ローザ」


 王女が心配そうに。いや、面白おかしそうに声をかけている。


「も、もしかして……私が?」


 リエレーネは、笑うローマリアに問う。すると。


「もしかしなくてもリエレーネよ?」


 ゾッとして、顔面が一気に青くなった気がした。


「――す……すみません!ローザ様っ……私、その……ごめんなさいっ!!」


「い、いいから。あと、様付けは止めてもらえるかしら。むずがゆいのよね」


 平謝ひらあやまりするリエレーネを手でせいして、ローザはにこやかに笑う。

 こんなもの、可愛かわいらしいものだ。と言い聞かせる。

 つまり、内心はイラっとしていると言う訳で。


「でも……その、失礼を……」


「そんなにかしこまらないで?私も、リエと呼ばせてもらうから、貴女あなたもローザと呼んで頂戴ちょうだい?」


「……でも」

(あ……夢と違う)


 夢では、ローザが「リエちゃん」と、ちゃん付けで呼んできた。

 それと違う答えに、少しだけ安堵あんどする。


「じゃ、じゃあ……ローザさん、で」


「ふふっ……」


 き出すように、笑うローザ。

 流石さすがエドガーの妹、対応たいおうが同じだ。


「さて、少しは打ち解けられた様で何よりだけど……リエレーネはローザに挨拶あいさつをしに来ただけ?それとも、仕事を放棄ほうきして遊びに来たのかしら?」


 なごやかになりそうだったと油断ゆだんした。

 王女の一言で、リエレーネはやっと正気を取り戻す。

 いつもは真面目で、こんな衝動的な行動をする子ではないのだ。

 同僚レイラまかせて来てしまった事を思い出して、ハッとする。

 兄の事になると、周りが見えなくなってしまうのだろうか。


「――す、すみませんでしたーー!!」


 リエレーネは素早く起き上がって、バババっと着崩きくずれを正して礼をし、その後ぐに部屋を出ていった。涙目で。


「あ、ちょっと……」


「あーあ。質問しただけなのに……ああいう所も似ているわね、エドガーに」


「……そ、そうね。不意にパニックになるとか、確かに似ているわ。でも、今のはローマリアが悪いでしょう?あの言い方は駄目だめよ。王女としてはいいけれど、友人にするのはね……」


「……うっ……で、でも王女としては合格!?」


「……」


「え、何か言って!?」


「……」


「何とか言ってよぉぉぉ」


 王女に仕事を指摘してきされれば、嫌でも正気になると言うものだ。

 確かに、稽古中けいこちゅうたずねてきたリエレーネの選択も悪い。

 が、これではローマリアは圧を掛けただけになる。

 数日後、王女の部屋から涙を流して出てくる少女が目撃されたと言ううわさが、城内をめぐって行くのだった。





 とぼとぼに近い足取りで、リエレーネは仕事に戻る。

 「失敗したぁ」とへこみながら、【従騎士じゅうきし専用せんようもうけられた待機所に帰ってくると、部屋でレイラとレグオスが言い合いをしていた。


「――だから!私じゃないってば……何度も言わせないでっ!」


「そんなこと言ったってな。無いものは無いんだから仕方がないだろ!?担当者たんとうしゃはレイラじゃないかっ」


「そんな事で私をうたがうだなんて筋違すじちがいだわっ!確かに担当者たんとうしゃは私だけど、“魔道具・・・”には一切触れていないし、持ちだした・・・・・なんて、そんな事を言われるなんて……侮辱ぶじょくだわっ!!」


「……ぅ……そ、それは……悪いと思ってる。けど……でもなぁ、じゃあ、誰が盗んだ・・・って言うんだよ」


「――はぁ!?あなた、私が窃盗せっとうをしたと思っているのっ!?し、信じられない!」


 レグオスの配慮はいりょの欠いた言葉に、怒りの剣幕けんまくでレイラはつかみかかる。


「――うおっ!ちょ……何すんだよっ、俺は思ったことを言っただけだろっ!」


「その思ったことが最悪なのよっ、このヘタレ!!」


「――っでっ!!」


 抵抗ていこうするレグオスだが、実力はレイラが上だった。

 組みかれてあごを床に打つ。

 しかし自分の言い分も正しいと思っているのか、反抗はんこうしてレイラをにらむ。

 そこで、ポカンと見ていたリエレーネがハッとして。


「――な、何してるのぉ!?お、落ち着いて二人共……ほら、離れて、離れてぇ!」


「いたたたっ、痛いよリエ!」

「いでででっ、いっでぇぇぇぇぇ!」


 言葉とは裏腹に、関節技かんせつわざ得意とくいのリエレーネは、自然に二人のひじをキメに行く。


「なら落ち着いて話し合いますか!?うなずかないと離しませんよっ!?」


 涙目でレイラはうなずく。レグオスも納得なっとくした。


「なら、いいですけど……」


 離された腕を、二人は同じくさすっている。

 二人は距離を置いて、リエレーネをはさんで説明を始めるのだった。

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