22話【未来の……1】



◇未来の……1◇


 ――コンコン。

 遠慮えんりょがちに扉をたたく、部屋にひびかないほどの小さな音だった。


「……?」

「誰かしら」

「さ、さぁ」


 ローザのスパルタにまいって、内心助かったと思うローマリアだったが。


「――無視むししましょう」

「ええぇっ!いやいや、それは流石さすがに……」


 残念ながら、ローザ無情むじょうだった。


「ならば貴女あなたが出なさい。私では不都合ふつごうがあるかもしれないし、今日はメイド騎士がいないのだからね」


 ごもっともである。

 現状げんじょうを考えて、一番厄介やっかいである第二王女スィーティアであることは考えにくいが、ローザが対応するには確かに不都合ふつごうも多い。

 となると、ローマリアの矛先ほこさきはこういう時にいないノエルディアである。


「……仕方がない……」

(……ノエルディア、後でお仕置しおきよ……)


 とぼとぼと扉に向かうローマリア。

 しかしこれではもう、どちらが国の王女か分からない有様だ。


「――はい?どうしたの?」


 扉を少し開けて、顔だけ出すローマリア。


「で、で、で、殿下でんかっ!?」


 ノックをしたのは、どうやら扉を守っていた守衛の騎士だったようだ。

 しかし物凄ものすごおどろいている。おそらく、ローザが応対すると思っていたのだろう。

 しかしよくよく考えれば、扉の隙間すきまから顔だけをにゅっと出してくる王女に、おどろかない訳はなく、それでもおどろいた騎士は気を取り直すと、敬礼けいれいをして。


「――し、失礼します……ローマリア殿下でんか。この方が、殿下でんかにと……」


「?」


 そう言って騎士は一歩ずれた。

 隠れる様に騎士の後ろにいたのは、緊張きんちょうした面持おももちの、【従騎士じゅうきし】リエレーネ・レオマリスだった。


「――げっ!」


「……えっ!?」


 リエレーネの顔を見た瞬間、ローマリアは素早く部屋から出て、素早く扉を閉めた。

 まるでローザに見られない様に。


「で、殿下でんか……?」


 いきおい良く出て来ては、素早く扉を閉めたローマリアの対応たいおうに、リエレーネはほんの少しだけいぶかしむが。

 緊張がそれを上回ったのか、追及ついきゅうはしてこなかった。


「……あ、何でもない……わよ?」


 素早い対応たいおうではあったが、おかしな返事だった。


「なんで疑問形ぎもんけいなんですか?」


「えーっと……いや、それよりどうしたのかしら……もしかして、ノエルディアが何かやらかした?」


 何故なぜか被害を受けるメイド【聖騎士】。


「い、いえ……違いますっ……!」


 ブンブン首を振るリエレーネ。

 何だか、エドガーも同じ様な仕草しぐさをしそうだ。


「ならどうしたの?」


 次のスケジュールはまだ先のはずだし、それをつたえにくるのはエミリアのはずだ。

 なら、何故なぜこの子が?と、ローマリアは考える。

 正直、ノエルディアが何かしたと言われるのが一番しっくりくる。


「いや……その……ローザ様に、挨拶あいさつをと、思いまして……」


「……」


 一瞬で、ローマリアの脳内は思考を始めた。

 その考えとは、如何いかにしてこの状況じょうきょうを乗り切るか、だ。

 ローマリアは、ノエルディアがリエレーネを【従騎士じゅうきし】にすると言い出した時、一切の反対をせずに許可を出した、言わば共犯者だ。


 それは、エドガーの妹と知らずに許可を出した失態でもある。

 更に、室内に居るローザだ。エドガーのそばにいたローザの事を、リエレーネは知っているのだろうか。知っていてここに来たのか、それともただの挨拶あいさつなのか、分からない。


 しかも、エドガーの周りには多くの女性がいる。

 それを妹であるリエレーネが知って、「【従騎士じゅうきし】をめる」と言い出したら、任命にんめいしたローマリアの信用は落ちる。それはいけない。

 なんとかしてローザと会わせないようにスケジュールを組んだり、なるべくノエルディアと別の任務にんむにさせたりと、これでは見えない努力をしてきたローマリアの苦労が水の泡だ。

 ちなみに、エミリアもその協力者の一人だったりする。

 後でローザに追及ついきゅうされて泣きを見るのだが、それは別の話だ。


殿下でんか?」


「あ、いや。なんでもないわよ?で、何だっけ……?」


「いや……ですから、ローザ様にご挨拶あいさつを。何やら、お兄ちゃ――兄がお世話になっていたようですので」


「……」


 苦笑いと愛想あいそ笑いの中間みたいな笑顔で、リエレーネは言う。


(――知ってたぁぁぁぁ!!)


 ローマリアは笑顔をくずさぬまま、心の中でさけんだ。


「ほ、ほほ……ぅ……エドガーとローザが、ねぇ……」


「……?いや、殿下でんかは知っていましたでしょう?……宿うちにも何度か行ってますよね?【従騎士じゅうきし】レイラに聞いていますよ?」


「……」

(――そうだったぁぁぁぁぁ!!)


 オーデインの【従騎士じゅうきし】レイラとは、騎士学校の同窓生だ。

 会話しててもおかしくはない。完全なる失態しったいである。

 というか、全部意味が無かった気もする。初めから紹介していればいいだけの事なのだ。


「……えーっと……今ローザはいないよ?」


 がちがちの棒読みだった。

 視線しせんらして、汗を流す。


「え、でも……今はお稽古中けいこちゅうじゃ……ないんですか?」


「……う、う~ん」


 あやしすぎる。

 こういう時に堂々としていられるようにならなければ、威厳いげんある王女にはなれない。

 そして一方、室内でしびれを切らせているローザはというと。





 ――バンッ!!っと扉を開け放ち。


「――ローマリア!!」


 とさけぶ。

 我慢がまんできなかったようだ。


「うわぁぁぁっ!ローザっ!?」


「わっ……って、い、いるじゃないですか、殿下でんかぁ!」


 三者三様さんしゃさんよう

 苛立いらだつローザ、あせるローマリア、おどろくリエレーネ。

 一応言うと、守衛の騎士は離れて行っている。賢明けんめい判断はんだんだろう。


「――遅いっ!」


 出てきた瞬間、ローザはローマリアの顔面をつかんだ。思い切り。


「――へぶっ!!い、いだだだだだぁ!」


「あら?……貴女あなた、あの時の……」


 リエレーネの顔を見て、ローザは瞬時に思い出す。

 財布さいふを落としたさいに、足元に落ちている事を教えてくれた少女。

 エミリアからも聞いている、エドガーの大切な妹。


「あ、あの……お久しぶりです……あの時は、失礼しました!」


「え、ええ……久しぶりね。あの時は助かったわ……本当にありがとう」


「いえ!私こそ、おに――兄がお世話になっている事も知らずに、不躾ぶしつけな事を!!」


 何度もお辞儀じぎをして、ローザにペコペコするリエレーネ。

 背の低い可愛らしい少女。エミリアやサクヤよりも低いだろう。

 しかし、今思えばかなり似ている。

 茶髪で、少しとがり気のある肩まで伸びた髪も、低姿勢な態度も、おどおどした仕草しぐさもそっくりだ。

 流石さすが兄妹。それを見ていると、つい笑顔になってしまう。


「もういいわよ。それより、中に入りましょうか……ここでは悪目立ちするし」


「あ、はい!すみません……いきなり来て」


「ふふ……いいってば」

(本当によく似ているわ)


「……ロ、ローザ……そろそろ手を……離してくれないだろうかぁぁ、わ、割れる割れる!頭がぁぁ!!」


「あぁ、ごめんなさい。つい」


 パッと手を離すローザ。

 アイアンクローから解放されたローマリアは、涙ながらに言う。


「……部屋に行こう……ぐすっ……」


 自分がまねいた事とは言え、痛いばつだった。





 自室に戻ったローマリアは、着替えをリエレーネに手伝ってもらいながら、涙をく。


「だから、悪かったって……」


「何度も痛いって言ったわ!」


 ローザに受けたアイアンクローの指跡ゆびあとを差して、ローマリアはローザにみつく。

 ローザはまったく気にしてない様子だが、鬱陶うっとうしそうにしている。


「で、殿下でんか……その辺で、ローザ様もこう言っておられますから」


「そもそも!リエレーネ、貴女あなたが初めからローザに挨拶あいさつしておけばよかったでしょうにぃ!」


「えええっ!?わ、私ですかっ!?」


 ぷんすかと、ローマリアはご立腹だった。

 しかしこの怒りは、ノエルディアのスカートを短くしておさめようと、少ーしずつ押さえていく。

 椅子いすに座り、汗と涙をぬぐい。


「さ、挨拶あいさつなさいな」


「は、はい……すみませんローザ様。挨拶あいさつが遅れまして……あらためまして、リエレーネ・レオマリスです……兄がお世話になっています」


「ええ、私はロザリームよ……ローザ・シャルは偽名ぎめいだけれど、今はそう呼んでくれると助かるわ……それと、私はエドガーの……」


 なんと説明すればいいだろうかと、指をほほに当てて少し思案しあんする。

 そして、出した答えは。


「エドガーの、そうね――未来のお嫁さん、かしら」


「「「……」」」


 冗談半分、本気半分のボケのつもりだった。しかし、何とも言えない空気になりました。

 一番居たたまれなさそうなのは、ローマリア王女だが。

 リエレーネは、上を見たり下を見たり、二度三度と顔を右往左往うおうさおうさせて。


「――えええええええっっっーーーーーーーー!?」


 このさけび声は、【白薔薇しろばら庭園ていえん】一帯にひびき渡ったのだが。どうせまた王女だろうと、誰も何も言わなかったらしい。

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