20話【疑惑】



疑惑ぎわく


 【鑑定かんてい師】マークス・オルゴは、その特質とくしつ知識ちしきと記憶力で、いくつもの“魔道具”をおぼえ、鑑定かんていし、国に貢献こうけんしてきた逸材いつざいだ。

 しかし、それは一朝一夕いっちょういっせきで手に入れた能力ではない。


 そもそも、魔力を持たない聖王国民が、“魔道具”を判別はんべつするにはどうすればいい?

 本来不可能とされた、魔力皆無かいむの聖王国民が“魔道具”の是非を判断し、あまつさえ使用出来ているのは、まぎれもなくこのマークス・オルゴの功績こうせきだった。

 だが、マークス・オルゴの口からかたられた言葉は、エドガーに取っては信じたくはないものでもあった。


「この“魔道具”……【声凛せいりんのイヤリング】はな。帝国産・・・の“魔道具”なんだよ……遠くにいる人物と会話を可能にする、通話機能を持ってる」


 それは、サクラの異能ちから【心通話】と似ていた。

 マークスが一つ、ついの物を第一王女セルエリスが持っていると、マークスは言う。


「……だから、直接の依頼いらいを受けた……って事ですか?」


「おう」


 だが、どうしてマークスがそれを所持しょじしているのか。

 エドガーは不信感ふしんかんを持ってしまう。


「……」


「――俺がこいつを持ってんのは……あ~、まあいいか……」


 マークスは一瞬何かを考えた様子を見せたが、ぐに切り替えて続けた。


「こいつはな、【聖騎士団長】、クルストル・サザンベールから貰ったものだ」


「【聖騎士】の団長さんが、どうしてこんなものを……?」


「知らねえ。匿名とくめいだとよ」


「はい?」


「だから匿名とくめいだって。俺も本当に知らねぇんだ……――おいっ、メルティナ!武器をかまえんなっつってんだろーが!」


 メルティナは意外と好戦的こうせんてきである。

 知能が高いはずのAIがそれはどうかとも思うが、今はいい。


「メルティナ。少しだまって座ってて……でも、この会話は記録して欲しいかな」


「――イ、イエス。すみませんでした、録音ろくおんを開始します」


 エドガーのいつにない真剣な剣幕けんまくに、メルティナはあやまる。

 ふざけた訳ではないが、今のエドガーには何を言っても駄目だめかもしれない。

 エドガーにとってのマークスは、いい兄貴分だと思っている。

 それが、どうしてこんな思いをしなくてはならないんだと、エドガーの心はれていたのだ。

 今、エドガーはうたがいを持ってマークスと対峙たいじしている。


 何故なぜ、セルエリス殿下でんかから直接依頼いらいを受けられるのか。

 何故なぜ、帝国産の“魔道具”を【聖騎士団長】からゆずられるのか。

 何故なぜ、今まで言ってくれなかったのか。

 ぐるぐると考えがめぐりまわって、疑心ぎしんはどんどんふくれ上がる。


率直そっちょくに聞きます――マークスさん。【聖騎士団長】とは、一体どんな関係なんですか?」


「……」


「マークスさんっ」


「マークス・オルゴ……回答を求めます。言いにくいですが、今のマスターは精神的せいしんてき不安定ふあんていです……回答が無い場合――」


「――メルティナはだまっててってば!!」


「……マスター……」


 さけんだ。あの優しいエドガーが。

 メルティナに対して。


「……エドガー。女に当たんな……俺に直接言えよ」


 エドガーは、とても苦しそうな顔をしていた。

 今にも泣き出してしまいそうな、そんな子供の様な顔だった。


「だったら……どうして……!なんでそんなもの持ってるんですかっ!!いくら【鑑定師マークスさん】でも、帝国の“魔道具”なんてそうそう手に入れられる訳がないでしょ!?ましてやマークスさんはずっと聖王国にいるんだ、父さんみたいに出歩いている訳じゃない!【聖騎士団長】から貰った?どうして!?教えてくださいよっ!僕は……!……僕はっ……」


 マークスが帝国とつながりがあるのではないかと、少しでも思ってしまった。

 失踪しっそうしたエドガーの父とも、マークスは知り合いだった。

 エドガーが“魔道具”を集めていたのは、まぎれもなく父親とマークスのやり取りを見ていたからだ。

 だから、苦しい。


 思いたくない事を、うたがってしまう。

 この人は、もしかしたら帝国の人間なのではないかと。


「……はぁ。久しぶりだな……お前がガキみたいに駄々だだこねんの……エドワードさんがいなくなった時以来……かもな……」


「――マークスさんっ!!」


「分かってる。分かってるってエドガー……教えてやるよ。その前に、葉巻はまきだけ吸わせろよ?」


 立ち上がって、マークスは葉巻はまきを取り出す。

 考えているのだろう。天井てんじょうを向く顔は、真剣そのものだった。

 数回、一気にい込む勿体無もったいない事をして、マークスは座り直す。


「まず……どこから聞きたい?」


「……マークスさんは、聖王国の人間ですよね?」


「そこからか……まぁいい、そうだな……俺は聖王国の人間だ。それは間違いない……実際じっさい、他国に行った事もないしな」


 それはエドガーも同じだ。


「じゃあ、その“魔道具イヤリング”は……」


「――さっき言ったのはうそじゃねぇよ……クルストル・サザンベールにゆずってもらったんだよ。これはマジだ」


 先程の言葉はうそではないと、ではその証明しょうめいは。


「――俺は……アイツの腹違いのだ……」


「え」


 マークス・オルゴは、クルストル・サザンベールの腹違いの弟。そう言った。


「俺の母親はな、公爵家の使用人だったんだ……俺を生んでぐ死んじまったが、前公爵、つまり父親だな。その男のガキをはらんで使用人をめ、下町で俺を生んだんだ。公爵家の血が混じってると知ったのは、エドワードさんから聞いたからだよ」


「父さん……ですか?」


「おう。エドワードさんは、貴族からの依頼いらいをよく受けていたからな……先代【召喚師】として」


 そのつながりで、マークスの出生しゅっせいを知った。

 そしてそれをマークスにつたえたという事か。


「――んで10年前、いきなり俺んとこに来やがったんだよ、クルストルが。俺は10歳、あいつは12歳だぜ?」


 「普通、公爵家の息子が、単身で下町のボロ家に乗り込んでくるか?」そう言うマークスは、少しずかしそうに鼻頭はながしらを指でき。


「でだ、クルストルもエドワードさんに聞いたんだとよ……君には弟がいるよって」


「貴族からの依頼いらいをこなして……情報をて、それを知ってマークスさんにもクルストルさんに、教えた……?」


「だろうな。なんで俺やクルストルに教えたのかは知らねぇが……ま、それがえんで俺はあいつに気に入られたんだ。今では秘密裏ひみつりに情報のやり取りをしているって訳だ……その過程かていで、これも貰ったんだよ。つっても……セルエリス王女の声が聞こえた時は、マジでビビったけどな……」


 王女からの直接の依頼いらいだけは、どうやら想定外そうていがいだったようだ。


「クルストルさんは、どうやってそれを……?」


「ああ、それはだから匿名とくめいなんだとよ……うそじゃねぇって言ったろ?」


 エドガーの考えはきない。

 マークスを信用している事も、それが少しらいでしまった事も。

 父が貴族からの依頼いらいを中心に【召喚師】をしていたという事も。

 【聖騎士団長】クルストル・サザンベールの事も。


「帝国の“魔道具”ですよ……?不審ふしんに思わなかったんですか?」


 マークスは腕組みして言う。


「最初鑑定かんていした時はおどろいたさ。でもな、腹違いで俺の兄貴って事をのぞいてもだ……あいつは信用できる。それだけの実力があるから【聖騎士】の団長なんだぞ……それにお前だって同じだ、リエちゃんを信じるだろ?」


「……それは……はい」


 妹を引き合いに出されて、エドガーは苦々にがにがしくもうなずく。

 これは、エミリアやアルベールの名を出されても同じだっただろう。

 エドガーは本来、人をうたがわないタイプの人間だ。


「じゃあ、話はいいな?」


「……はい」


 王女からの依頼いらいがあるのだ。

 長時間の足止めは流石さすがに悪いとエドガーも思う。


「んじゃ、俺は行くから……ルーリア、明日からは休業だ……帰ってくるまでは自由にしていい。その代わり」


「はいはい、掃除そうじですね。分かってますよ……店長」


「エドガー」


「え、あ……はいっ――って、わ、ちょっ……マークスさんっ!?」


 マークスは二カッと笑い、エドガーの髪をわしゃわしゃ~っと乱暴にみだす。

 そして。


「エドガー。考えるのはいい事だ……うたがう事もする時はした方がいい。でも、男ならそれを出すな……つらくて悲しい時こそ、女の前では格好かっこうつけろ……お前には、そういう女がいるじゃねぇか」


「マ、マークスさん……」


「――ま、数が多くてどうすんのか見ものだがなっ!」


「――ちょっ!!」


 笑いながら、マークスは店を出ていった。

 ずかしそうにしながらも、エドガーはマークスの言葉を受け入れた。

 女々めめしくなっていた心を内心ないしんに押し込んで、隣にいるメルティナに言う。


「……メルティナ、さっきは大きな声を出してごめん……僕も少し、カッコよくならないと駄目だめだね……」


 自重じちょうしながら、それでも前に進もうとする。

 不信感ふしんかんを持ってしまった数少ない知人にさとされて、エドガーは考えをめぐらせる。


「イエス。マスター……ワタシは、どこまでもお供します」

(……もし、マークス・オルゴの言っていた事がいつわりだったのなら、マスターはだまされていることになります……この少年は、うたがう事をしない……それは人間的であり、でも……とても危険です)


「メルティナ?」


「……いえ、マスター。何でもありません……マスターの謝罪が嬉しかったのです」


 メルティナは考えを切り上げた。

 もし、考えていた事が的中してしまった場合、メルティナは迷わずマークス・オルゴを撃つだろう。

 そうならない事を願い。ルーリアに別れを告げて、エドガーとメルティナは帰路きろに向かった。

 そのあいだ

 なや藻掻もがあるじの横顔を、メルティナはずっと見ていた。

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