13話【記憶は心の奥底に】



◇記憶は心の奥底おくそこに◇


 コノハの口から出た言葉に、エドガーもサクヤも、リザも理解を出来なかった。

 一方コノハは、なつかしそうに本を読み進めていた。


 シンデレラ・・・・・

 コノハは確かにそう言った。

 この場にいる誰もが読めなかった文字を見て、そう言った。

 つまりそれは、コノハにはそれが読めるという事だ。


「コ、コノハちゃん……その文字、読めるのかい……?」


 エドガーの戸惑とまどったような問いに、コノハはひざの上で本を開きながら言う。


「うん。片仮名カタカナって言うんですよ。これは平仮名ひらがな……こっちのごちゃっとしたのが漢字かんじって言うんですって」


「ですって?」


 リザは、コノハの語尾ごびに違和感を覚えてまゆしかめる。

 まるで、自分も誰かに聞いたかのような口調くちょうに感じた違和感に、リザはコノハの身体を器用に上っていく。

 肩まで上がり、コノハのほほをぺちぺちと叩きながら。


「ちょっとコノハ!今のはどういう事よ、まるで自分も知らなかったみたいな言い方して……読めるんでしょうっ!?」


「た、確かにそうだね……」

「そう言われれば……」


 エドガーとサクヤも、言動の不可解さに気付いて納得なっとくする。


「う~ん。だって知ってたから……本を見た途端とたんに、分かったの」


「見た途端とたんに、分かった……?」


 それまでは分からなかった?

 ここにある本は、昔からこの部屋、いては宿に置かれていたものが多い。

 代々【召喚師】に引きがれてきた古文書としてあつかわれ、絵が描かれた物もあれば、全てが文字の物もある。

 ローザやフィルヴィーネも、「この世界の文字は、自分の世界の文字・・・・・・・・変換へんかんされてしまう」と言っていたが、ここにある全ての本の文字は読めなかった。


 エドガーは、本を数冊手に持ち、コノハに見せた。


「コノハちゃん……これ、なんて書いてある?」


「……?えっと……【ノミ虫にでもわかる数学すうがく】?」


「これは?」


「う~ん、【国語辞典こくごじてん】だよ?」


「じゃあこれは?」


「……【非常口ひじょうぐち】そっちは【本日定休日ほんじつていきゅうび】……ねぇ姉上。エドお兄ちゃんは何がしたいの?」


 数学書に辞典じてん、そして何故なぜ単語たんごの題名。


「すまぬコノハ……しばし主様あるじさま……エドお兄ちゃんのお相手をしてくれ」


「む~……いいですが……」


 渋々納得しぶしぶなっとくしてくれた。

 エドガーは、今度は多少の絵が描かれた本を選んで見せる。


「じゃあ、次はこれ……どう?」


「【蒼龍そうりゅうくれない歌姫ディーヴァ】……【異世界喫茶店いせかいきっさてん】……【アルエリの事件簿じけんぼ】」


「い、異世界っ!」

「おおっ」

「凄いぞっ、コノハ!」


 エドガー、リザ、サクヤは、異世界・・・と言う言葉に反応して、その本をペラペラとめくり。


「この本に、異世界の何かがあるかも知れないっ」

「確かに。でもこの絵は何?」

さじ……でしょうか、やけにあにめ・・・のような絵ですが……」


 サクラの【スマホ】で見せてもらったアニメのようなイラストに、サクヤは「むむむ」としながらもエドガーとリザに合わせる。


「姉上……その本は、ライトノベル……物語りが書かれた書物ですよ」


「――え!?じゃあ、異世界の情報は……」


 一番おどろいたのはエドガーだった。

 ショックを受けたように、パタムと本を閉じる。


「ここにある本。文字を見るにほとんどが《ヒノモト》の書物だ……でも、何故なぜコノハは読めるのであろう。うむむ……わたしには読めぬし……主様あるじさまもリザ殿も、ましてやローザ殿達にすら読めなんだ本を……」


 そう言いながら、サクヤはコノハの隣に座る。

 優しく髪をでると、自慢のように。


「お前は頭がよかったし……才能さいのうかもしれないな」


 肩の上のリザは、うんざりしたように一息き、内心で。


(いやいや……そんなわけないでしょう。そんな一朝一夕で読術どくじゅつが身に付く訳が……)


 しかし、そこでハッとする。

 才能さいのう、つまり元から・・・持っていたもの。

 それは、サクラの身体だ。


(ま、まさか……サクラの記憶?……い、いや……記憶なら、元に戻ってもおかしくない。では……一体なに?)


 混乱しそうな状況じょうきょうに声を掛けたのは。

 リザのあるじの――“魔王”様だった。


「――情報だろうな」


「フィルヴィーネ様!」

「フィルヴィーネさん……情報、ですか?」


 入り口に枝垂しだれかかり、疲れたようにエドガー達を睥睨へいげいする。

 多少は見ていたようだ、この様子を。


「そうだ、情報だ。サクラの持っていた……な」


 サクラの持っていた情報を、共有きょうゆうしている。

 そういう事だろうか。


「この文字はサクラの世界の言語げんごで書かれているのだろう?読めるのだからそれは確定だ。現にわれは読めぬし、変換へんかんもされない以上、この世界のものではないという事だ……」


 フィルヴィーネは疲れていながらも説明してくれている。

 一体何故なぜそこまで疲れているのかも気になるが、説明は聞いた方がよさそうだと、エドガーは気を取り直した。


深層心理しんそうしんりでは、残っているのだろうな……あ奴サクラが生き、知り覚えていた……情報を」


「だから、コノハはこの文字が読めたと……?」


「そうだ。知らないもの知っているなどと、変なうそく事が出来るか?このわらしに……」


 フィルヴィーネはしゃがんで、コノハの肩に乗るリザをかかえながらサクヤの問いに答える。

 もしかして、少しやきもちを?


「いや、そんな器用な子ではないな、確かに……」


 フィルヴィーネのせつにサクヤは同意する。

 聞いていたコノハは、意味は分からなそうながら、ぷくぅ~っとほほふくらませて抗議こうぎする。

 物凄いジト目でサクヤを見ていた。


「……」


 サッと目をらして、サクヤはエドガーを見る。

 そのエドガーは、真剣に本を選別し、次はどれがいいかとワクワクしているようにも見えた。


 進展しんてんがあった。確かにそう取れる。

 しかし、コノハに協力してもらうという事は。


(……これ以上、コノハに知られたくない……お前は消えなければならない・・・・・・・・・・なんて、言えるわけがないのに……わたしは、どうすれば……)


 コノハは、すでに命を失っている存在だ。

 元の世界で、サクヤの【魔眼】の暴走で生命いのちの時を止め、死にえた存在。

 はるか未来で、サクラとして生まれ変わっていたとして、それはコノハであってコノハではない。

 サクラと言う少女を帰還きかんさせるすべを探る行為こういを、コノハに手伝わせてはいけないと、姉であるサクヤは考える。


 それはきっと、あるじであるエドガーも考えてくれてはいるだろう。

 だが、そうではない。

 この件は、自分が何とかしなければならないと、心をふるわせるサクヤだった。





 一頻ひとしきり本のタイトルを読んで貰い、エドガーは羊皮紙ようひしにメモしたタイトルを読み上げる。


「【シンデレラ】【ノミ虫でも分かる数学】【国語辞典こくごじてん】【蒼龍そうりゅうくれない歌姫ディーヴァ】【非常口ひじょうぐち】【本日定休日ほんじつていきゅうび】【異世界喫茶店いせかいきっさてん】【アルエリの事件簿じけんぼ】……で、【京都きょうとミステリー・夜行列車やこうれっしゃでドン】【ブラジルの人、見てますか?】【お城地蔵しろじぞう】【れる若妻、金曜の蜜月みつげつ】……【目指せ四番打者】【火災かさい】【バレない保険金ほけんきんの掛け方】……そして、最後が、これだよ」


 なかなかの数の異世界の書物をコノハに見せ、聞いた。

 コノハも疲れたのか、欠伸あくびをし始める。


 最後にエドガーが見せたものは、一冊の絵本だった。

 【シンデレラ】のように、一目で絵本と分かる。

 しかし文字は読めず、ボロボロの本だった。

 中身もすすけていたり光焼けで変色へんしょくしていたりしていて、まったく読めない。


「う~ん……これ、は……――っ!!」


 目を見開いて、コノハはぎょっとする。

 息をするのも忘れて、その本を持つ。

 ふるえる手で、本をなつかしそうになぞると。


「これは……【みにくいアヒルの子】。あたし・・・の、思い出の……ほ……」


 途中とちゅうで、コノハは気を失った。

 ゆっくりと、たましいを抜かれたかのように、そっと、倒れていく。


「――コノハっ!!」

「コノハちゃんっ!?」


 サクヤとエドガーは素早くコノハを支える。


「よかった……息はある」


「はい。ですが、今のは……もしかして」


「うん……でも、なんで急に」


 戸惑とまどう二人を余所よそに、一人恐々きょうきょうとしてコノハを見るフィルヴィーネは。


「……そうか。そうなのだなサクラ。ぬしは、それほどまでに逃げたかったか……だがな――われが“魔王”だという事……後悔こうかいするぞ……」


 たましいの糸をつかんだフィルヴィーネは、サクラが閉じこもっているであろう、コノハの心奥しんおう見据みすえる。


「フィルヴィーネ様……」


 リザは、自分をきかかえるあるじを見上げる。

 ニヤリと笑うその“魔王”の笑顔は、どう見ても平穏無事へいおんぶじに事が進むとは、思えなかった。

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