02話【代わってしまった日常2】



◇代わってしまった日常2◇


 翌日、怪我けがと“魔力切れマジックダウン”で気を失っていたメルティナが目を覚ますと。

 まるで子供の泣き声の様な、この宿では有りない声量の声で泣くサクラを目にして、メルティナは急ぎ皆が集まる食堂に向かった。

 正直メルティナも混乱しそうになったが、ローザとフィルヴィーネに事情を説明されて納得なっとく

 メルティナはサクラの部屋に戻り【解析アナライズ】を使ってサクラを調べた。

 そして結果は――


『……アンノウン・・・・・……解析不明かいせきふめいです』


解析不明かいせきふめい?』


『イエス……そのままの意味です。サクラの詳細しょうさいは完全に消え、上書きのように表示されている状態です……以前は、スキル【ハート・オブ・ジョブ】を使っているさい、名前とスキルが表示されていたのですが……今は完全にノーネーム……名無しです』


『名前が、無い?』


『イエス……』


 腕組みしながら何かを考えるローザ。

 だがぐに腕組みを解除して、ベッドで涙を浮かべるサクラに問う。


『――ひっ!!』


 近付くローザに威圧いあつを感じたのか、サクラはおびえてタオルケットを被った。


『……はぁ……サクヤ、この子に自己紹介をさせて。私が言っても駄目だめそうだから……』


 何かをあきらめたローザは、心配そうにサクラに寄りうサクヤに会話の主導権しゅどうけんを振る。


『し、承知しょうちした……』


 そう言い、サクヤはタオルケットをめくると、サクヤを見て安心するサクラがすがるようにサクヤにきつく。


『――姉上っ』


『……こ、これっ!……ほら、皆に挨拶あいさつしなさい』


 粗相そそうたしなめる姉のように、サクヤは優しくサクラの背を支えて言う。


『うぅ……はい』


 サクラは入り口近くに立つ面々めんめんに、深く頭を落としべる。


『……服部家はっとりけ半蔵はんぞうが娘……木葉このはにございます』


『……やはり、そうなのですか……』

『……サクヤの妹、か』


『……サクヤ、ちょっと』


『……?』


 おどろくメルティナと、分かっていたかのようにうなずくフィルヴィーネ。

 そしてエドガーは、サクヤを呼び部屋を出る。

 合わせるようにローザも移動し、残されたのは椅子いすに座るフィルヴィーネ、立つメルティナと、ベッドの上でコノハを見つめるリザだけだ。


『……』


主様あるじさま?』


 エドガーは考えるように顎先あごさきに指をわせて、そして口を開く。


『……あの子、コノハちゃんは……サクヤの妹さんで間違いないんだね……?』


『……!――は、はい……主様あるじさま……仕草しぐさや表情も、コノハそのものです。見た目も、妹が生きていれば……きっとサクラのようになっていたと……思います』


『……そっか。分かった……――ローザ』


『……何?』


 壁に寄りかかり、腕組みしてエドガーとサクヤの話しを聞いていたローザに、エドガーは考えていた事をげる。


『……今日、メルティナに城に行ってもらう。そうすれば、近いうちにローマリア殿下でんかがまた来てくださると思う』


『……ええ』


 回復したばかりのメルティナにはこくいるが、今は頼るしかない。


『――ローザ。王城に行ってほしい』


『……反対、していたんじゃないの?』


 ローザは、ローマリア王女に依頼いらいを受けて、指南役しなんやくとしてさそいを受けている。

 エドガーとサクラは、それに反対していたのだ。はなれる必要は無いと。

 しかし今、その事をみずかくつがえした。


『――でも。ただ行けって理由わけじゃ、ないんでしょ?』


 ローザの言葉に、真剣な表情かおでコクリとうなずくエドガーは。


勿論もちろんだよ。殿下でんか依頼いらいされた件……受けてくれていい。その代わり……』


『――城で調べて来いって事ね……』


『――!!そ、それではローザ殿……ここをはなれるのかっ!?』


 声を上げたのはサクヤ。

 しかし、大きさを間違えたと自覚し口をふさぐ。


『どうして貴女あなたおどろくのよ……サクヤ』


『いや……しかし……』


『サクヤ、いいんだ。もう決めたから……ありがとう、気遣きづかってくれて』


『……主様あるじさま……』


 気を取り直して、エドガーはローザに向き直る。

 真剣に、真摯しんしに。


『……サクラを助けたい。コノハちゃんがいなくなればいいなんて思ってないけど……サクラの記憶を戻さなければ、何も始まらない……進めないでしょ?』


『……そうね。サクヤも同じでしょう……確かに、妹の生まれ変わりであり、記憶も今は妹そのもの……でも』


 エドガーとローザはサクヤを見る。

 サクヤは、始めから考えていたであろう言葉をべる。


『――はい。妹は……コノハは、ここにはいない存在です……それは、わたしが一番分かっています……コノハの命をうばったわたしが、それをのぞんではいけない』


 そのつみ背負せおうと決めた。

 つみと共に生きると心にちかった。

 今ある現実は、幻想げんそうなのだと。


⦅強いわね……サクヤ⦆


 胸に当てた左手をギュッ――と強くにぎり、サクヤは宣言した。

 不意に出逢う事になった最愛の妹は、居てはいけないものだと自覚し、別れをみずから受け入れる。

 それは、容易よういには出来ない事だ。

 ローザは、そんなサクヤに敬意けいいいだいた。


『そういう訳だから、頼むよ。メルティナ・・・・・


『……――き、気付かれていましたか……想定外そうていがいです』


 室内で聞き耳を立てていたメルティナに、エドガーは笑顔で願う。


『隠れてないで普通に聞けばいいでしょう……?』


 確かに、隠れる必要は一切ない。

 静かに笑みを浮かべながら、エドガーは室内に戻る。と、目線めせんを落としてコノハに合わせ、床にひざをついて話しかけ始めた。


『こんにちは。僕はエドガーって言うんだ……君のお姉さんの、お友達だよ』


『姉上の……?』


 少しだけ、どう言えばいいのか考え、笑顔を見せながらコノハに優しく自己紹介をする。

 コノハは、若干じゃっかん戸惑とまどいを見せるも、すぐに笑顔を見せ。


『こんにちは……エドガー……殿』


 はにかみながら見せる笑顔は、やはりサクラの面影おもかげはなかった。




『ではローザ、行ってきます……』


 コノハの相手をするエドガーにも目配めくばせをして、メルティナはローザにげる。


『ええ、「なるべく急いで」って急かしてやりなさい』


『イエス。エミリアなら、今夜には来そうですね』


『でしょうね』


『……では』


『――待つがいい』


 メルティナは部屋を出ていこうとしたが。

 しかし、そのメルティナを引きとどめる人物が。

 紫紺しこんの髪をハラリと肩から落とし、フィルヴィーネが。

 ベッドに座っていたリザをむんずとつかみ、メルティナに投げる。


『――ひぃっ!』

『……っと』


 完全に予想外だったリザは、しゃくり上げた悲鳴を出して、メルティナの胸に受け止められる。


『フィ、フィルヴィーネ様ぁ……』


『――連れて行け。ついでに、エドガーの幼馴染とやらに、われの事もつたえておくがいい……』


 エミリアは、フィルヴィーネがいる事を知らない。

 ややこしくなる前に先手を打とうと言うのだろう。

 会ってもいないのに、まるでエミリアの性格を分かっているかのようだ。

 事前に小さな“悪魔”リザを見せておけという事もあるのだろうか。


『了解しました。プチデビル・リザ、協力を願います』


『しかたが……――って誰がプチだっ!!』


 見事に小さいプチだろう。

 そんなことを言いながらも、リザはメルティナの上下一体のレザーワンピの胸元に入り込み、ふぅと落ち着く。


『――では』


 今度こそ、メルティナは外に向かった。


『……だ、大丈夫かしら……』


 どことなく、不安をのぞかせるローザだった。

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