01話【代わってしまった日常1】

【代わって】は、誤字ではありません。  you-key。

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◇代わってしまった日常1◇


 【火の月86日】。

 あの日・・・から、すでに二十日がっていた。

 この世界とは別の世界、【地球】と呼ばれる世界から来た少女、サクラ。

 その少女が、命をかえりみずに仲間を救った事は、誰が見ても勇気ある事だと言える。

 だが、その少女自身が戻らなければ、何の意味もなかった。


 命がなくなった訳ではない。

 身体も、【月のしずく】と呼ばれる貴重な“魔道具”のお陰で、傷一つない。

 しかし、目を覚ました少女の口からは、その少女を思わせる言葉は出てこなかった。

 そして――現在。





 【リフベイン城】。

 王城の秘蔵図書館ひぞうとしょかんで分厚い医学書をあさる赤髪の女性は、肩にかかるその髪を鬱陶うっとうしそうにはらってため息をく。


「……駄目だめだわ、医学書は頼りにならない……そうよね。能力スキルの事なんて、っている訳ないのに……」


 赤髪の女性。ローザこと、ロザリーム・シャル・ブラストリアは、この国の第三王女、ローマリア・ファズ・リフベインからの依頼いらいを受けて、指南役しなんやくとして入城した。


 それから日数もち。

 ローザは今日も、王女の指南しなんの資料と銘打めいうって、図書館としょかんで調べ物をしていた。


「――お疲れ様、ローザ……今日は、どう?」


 一人の少女が、ローザに声を掛けて、つくえにティーカップを置く。

 ローザの手元にコトリと置かれたカップには、ミルクティーが並々なみなみと注がれていた。


「……エミリア」


 エミリア・ロヴァルト。

 【召喚師】エドガー・レオマリスの幼馴染にして、この国の【聖騎士】の一人。

 第三王女ローマリアの護衛騎士でもある。


「調べ物もいいけどさ、自分の身体は大丈夫なの?……エドとはなれて、もう結構つけど、確かはなれすぎるとダメなんでしょ?」


 エミリアは、エッグゴールドの金髪をたばねてうなじ付近でぴょこぴょこらしていた。

 季節は夏目前だ、ローザが髪を鬱陶うっとうしく思うのも無理はなかった。

 近頃ちかごろは、ずっと雨続きで湿気もひどいからだ。


「――分かっているわ。けれど、サクラがどうしてああなった・・・・・のか……私も出来る事をするって言ったもの、エドガー達も……きっと頑張っているわ……」


「それは……そうだけど」


 エミリアはローザの隣の椅子いすを引き、腰を下ろす。

 小難しそうな医学書に目を通すも、秒であきらめた。


「……あの日。サクヤに呼ばれて部屋に言ったら……あの子サクラはいなかった……そこにいたのはサクヤの妹……コノハ・・・


「……うん。私も翌日、かな。見た時はおどろいたよ……サクヤのあんなつらそうな顔もそうだけど、どう見ても別人だったもんね、サクラ」





 ~二十日前・【福音のマリス】・夜~


『――主様あるじさまっっ!!』


 血相けっそうを変えてあるじを探す、【忍者】サクヤ。


『……サクヤ?どうしたの、もしかしてサクラが……?』


 エドガーは、ランプに油を追加している最中さいちゅうだったが、その手を止めてサクヤを向く。


『――はいっ……目を覚ましました。で、ですが……』


 しかしエドガーはハッとする。

 ひたいに感じない《契約者》のあかしが、すでにそれを予期よきさせていたからだ。


『分かった。サクヤはサクラについていて。僕は、皆を連れて行くから』


『……はい。主様あるじさま……』


 元気なく、それでも急いで部屋に戻るサクヤ。

 エドガーはその背から最後まで視線しせんを外さず、完全に見えなくなると、椅子いすから腰を上げて行動を開始した。




『……どういう事?』


 サクラを見るローザの視線しせんは、混乱に満ちていた。

 エドガーだって同じ気持ちだし、フィルヴィーネも不思議ふしぎそうにのぞいている。


『……あ、姉上・・……』


 サクラは、ひしっとサクヤのそでを引っ張り、怖がっているように見える。

 引き寄せたサクヤの腕に顔を隠し、おびえたフリ・・。ではなく、完全におびえていた。


『……たましいが感じられぬな。別人だぞ――この娘』


 “魔王”であるフィルヴィーネ・サタナキアが、あごに指をわせて、興味深きょうみぶかそうに見つめる。

 ローザも、追随ついずいするようにサクラをのぞき込むが。


『――ひぅっ!』


 一瞬目が合っただけで、サクラはタオルケットの中に隠れてしまった。

 中では『姉上!姉上ぇぇ』と、今にも泣きじゃくりそうだった。


『……そ、そこまでおびえられると……私も傷つくのだけれど』


 片手で顔をおおい、ショックを受けるローザ。

 笑える状況じょうきょうではないが、ローザのおかげで、エドガーはほんの少しだけ冷静れいせいになれた。


『サクヤ。サクラ、いやこの子、もしかして……』


『……――はい。わたしの双子の妹……コノハだと思い……いえ、コノハです』


 タオルケットの中のサクラを優しくでながら、サクヤは言った。





 話しがまとまらないままサクラは眠ってしまったため、エドガー達は一階の休憩所で話し合う。

 エドガーがれたコーヒーを飲みながら、静かに口を開くサクヤ。


『……――わたしの責任せきにんです。サクラが……ああなったのは。わたしが余計よけいな事を言わなければ、こんな事にはなりませんでしたっ』


 下を向き、くやしそうにくちびるむ。


『……サクヤ……』


『ふむ。一理ある。あの時話したおぬしの過去、確かにそれを聞いてから、サクラの様子は異常だった……だが、それをまえて荒野ではわれらも色々とさくろうした……水泡すいほうだったがな』


『フィルヴィーネ。それは……』


 サクヤは、フィルヴィーネの言いたい事を理解している。

 『言いすぎだ』とせいそうとしてくれたローザに、視線しせんで礼を言い。


『――分かっています……主様あるじさまやローザ殿、メル殿フィルヴィーネ殿が、わたし達に気を回していただいたこと、感謝しています。ですが、わたしもサクラも、本心でぶつかる事が出来ませんでした……言ってやればよかった。サクラはサクラだと……わたしの妹ではないのだと。でも……出来ま、せん……でした……』


 くやしさでひとみれる。

 後悔こうかいで押しつぶされそうになる。

 それでも、責任せきにんがある。


『――わたしが、サクラを元に戻して見せます……絶対に、必ず……』


『サクヤ。全部背負せおわなくていいわ……私も、私達もいる……明日から、少しずつ進んでいきましょう……今日の明日で、帝国の奴らも何かをしてくるとは思えないし、王女に報告ほうこくもあるでしょう?』


 ローザの言葉にエドガーがうなずく。


『うん。そうだね……病み上がりになって悪いけど、メルティナが目を覚ましたら伝言をお願いするよ。ぐに来てくれると助かるけど、ずは明日……僕も色々調べてみる――フィルヴィーネさんも、協力お願いします』


 頭を下げるエドガーにならって、サクヤも頭を下げる。


『――お願い申し上げます!フィルヴィーネ殿……!』


 椅子いすにふんぞり返っていたフィルヴィーネも、二人のその姿勢しせいには文句が無かった。


『……――分かっている。われが話しをさせた責任せきにんも、少なからずある……出来る限りの事はしよう』


『ありがとうございますっ』

『感謝しますっ!フィルヴィーネ殿……!』


 そう言って、その日の話し合いは終えた。

 サクヤは部屋に戻り、エドガーはメルティナの部屋に向かった。

 残されたローザとフィルヴィーネは。


『……どう思う?本当のところ』


『そうだな……われの見立てでは、サクラは【人格変更能力】を持つのだろう?』


『ええ。【ハート・オブ・ジョブ】だったかしら』


 思いえがいた人物になりきる事が出来る、サクラだけの能力。

 なりきった人物のステータスや能力を引き出し、性格まで変えてしまう能力スキルだ。


『簡単な話し、サクヤの妹に成り代わったのだろう……代わったまま、そうして瓦礫がれきに押しつぶされ、記憶を失った……元の自分の記憶を・・・・・・・・、な』


『……じゃあ、あれはサクラが思いえがいたサクヤの妹?』


『――いや。サクラがサクヤの妹……コノハの生まれ変わりなのは確定であろう。サクヤも断言だんげんしておったしな。それゆえに……ひどい話しになりそうだ……』


『……そう、ね……』


 サクラの記憶が戻っても、コノハが今度は消えてしまう。

 サクヤも、きっと理解しているはずだ。今いる妹は――存在していてはいけない、幻なのだと。

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