第2部【動乱】篇

第1章《帝国内乱》

プロローグ【灯りの仄かな一室で】



あかりのほのかな一室いっしつで◇


 地下室かと思わせる程薄暗うすぐらい、蝋燭ろうそくあかりがポツンととも一室いっしつで。

 一人の少年が、何か実験でもしている様に道具を手に取り、つくえに並べられた宝石を物色ぶっしょくする。

 様々なサイズの宝石は、どれを取っても綺麗きれいかがやいており、値段を付ければいくらになるのだろうと感じる程の物も多々あった。

 しかし、少年は言う。


「……駄目だめだな。やはり国産・・の宝石には……一切の魔力も感じない。使えないな……」


 価値のない、ただの石だと。

 少年はつくえに置いてある宝石を、全て一纏ひとまとめにして擂鉢すりばちに放り込む。

 一人むなしくうつむくと、少年は何か棒状の物を手に取り、それらをくだき始めた。


 手に取る棒状の物も、擂鉢すりばちそのものも“魔道具”なのだろう。

 硬度こうどの高いはずの宝石も、簡単にくだけていく。

 ゴリゴリ、ガリガリと、何の感情もなく、無心で行われる行為こういだった。


 少しして、その少年がいる一室いっしつに一人の女性がやって来る。

 つば広の三角帽子を被り、ウェーブのかかった深緑のロングヘアーを揺らして、黒のシックなドレスに身を包み、スリットの入ったすそから出る長い足をなまめかしく動かして歩き。

 部屋に入るなり少年に気さくに話しかける。


「――あら、またここにいらしたんですねぇ……今日も研究ですかぁ?」


 少年は視線しせんだけで少し反応するも、宝石をくだくことを止めない。

 そんな少年の背後に回り、その女性は言う。

 後ろから手を取り、身体をすり寄せるように、優しく耳もとでささやく。


「――皇子おうじ、今日も……お相手・・・して頂けるのでしょう?」


 ピタリと止まる、皇子おうじと呼ばれた少年の手。


「お前は、本当に強欲ごうよくだな……相手をすれば、また俺に力をすと言うのだろう?」


「フフフ……女だって性欲くらいありますのよ……?それに、この宝石を《天啓の宝石リヴェレーション・ストーン》に昇華・・させたいのでしょう……?この【魔女・・】の力、欲しくはありませんのぉ?」


 猫なで声を出して、皇子おうじの耳に――フッと息をきかける。


「……」


 皇子おうじはため息をき、手に持った道具をつくえに置く。

 おもむろに振り返ると、皇子おうじは女性を乱暴らんぼうき寄せ、くちびるうばった。


「――……ん……ちゅっ……」


 女性は、急に入って来た舌を簡単に受け入れて、それを舐め返す。


「んむっ……ぷはっ……皇子おうじ、こんな所で……」


 しかし雰囲気ふんいきが盛り上がってきた中、急に皇子おうじは女性の肩を離し、つくえに向き直る。

 ほほを上気させる女性は、れる舌を舐めとって。


「……フフ……もう、いけずなんですから……まぁ、前金として頂いておきますわ……」


 女性は、先程のように皇子おうじの後ろから手を回し、擂鉢すりばちに入ったこなになりかけの宝石に手をかざす。

 すると、てのひらから優しく放たれる光。

 皇子おうじも目を細めて、それを興味きょうみ深そうに眺めている。


「……」


 地下室に広がる光は螺旋らせんえがいて擂鉢すりばちの中を回る。

 光の粒子りゅうし一つ一つが、くだけた宝石をさらい、一纏ひとまとめに凝縮ぎょうしゅくしていく。


「さぁ、完成ですよ……皇子おうじ。【魔石デビルズストーン】が……」


 擂鉢すりばちの中には、紫色の小石・・・・・が数個入っていた。

 それを皇子おうじは、一つつまんで持ち上げる。


「【魔石デビルズストーン】か……」


 のぞんでいたものではないが、これも見事な“魔道具”生成せいせいだ。


「やはり素材が素材ですからねぇ……もう少し純度じゅんどの高いものがあれば、【石魔人ゲイロス】も作れそうですけど……」


「ゲイロス?」


「ええ。以前お渡しした【魔石デビルズストーン】、まぁ今回のもですけれど……具現ぐげんできるのは【石魔獣ガリュグス】です。“悪魔”にも似た力を持つ石の“魔人”……それが石魔人ゲイロス大昔・・は、それはもう大暴れしていたのですよぉ」


 女性は続ける。


「これ以上の【魔石デビルズストーン】を作るには、やはりこの国の《石》では不可能ですわ……やはり聖王国……あそこでしか採掘さいくつ出来ない《石》……それが欲しいですわねぇ」


 皇子おうじの身体にまとわりつき、太腿ふとももでる。

 それにも動じない皇子おうじは、何か一人納得なっとくすると、何も言わず勝手に部屋を出ていく。


「――あん……もうっ……つれないわぁ」


 しかし、去りぎわに女性にり返ると。


「……ポラリス。ワインを用意しておく……夜、俺の寝室に来るがいい」


 そう言い残して去っていく。


「――フ、フフフ……本当に……ゾクゾクさせてくれますわ。ラインハルト・オリバー・レダニエス……」


 その冷たい視線しせんに身体を身震みぶるいさせて。

 異世界人である、【魔女】ポラリス・ノクドバルンは、未来ある若者の野望やぼうの片棒をかつぐ。

 それが、隣国【リフベイン聖王国】にいる、【召喚師】エドガー・レオマリスを、動乱どうらんへとみちびく引き金になるとも知らずに。

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