183話【敵】



てき


 爆笑する【聖騎士副団長】を、立ち上がった王女が殴りかかる。しかしそれは華麗かれいかわされて、反動で王女は壁に顔をぶつけた。


「――へっぶ!!」


「「殿下でんか!?」」


「おっと、靴紐くつひもほどけていたようです、失礼しました殿下でんか


「ふ、ぐぐ……私の目には、具足ぐそくを付けているように見えるがなぁぁっ!」


 鼻頭はながしらを押さえ、涙目でオーデインの足元を確認する。

 しっかりと、靴紐くつひも具足ぐそくの下だった。


「顔が真っ赤ですね殿下でんか。本当に【ビコン】のようですよ――ふふっ……」


 「誰のせいよっ!」と、ローマリアはオーデインを半眼はんがんにらむが、ものの見事にスルーする。


「――そろそろいいかしら?話しを進める……と言っても概要がいようは聞いたし、後は……」


 ローザはテーブルに片肘かたひじを着いて、ローマリア達の寸劇コントを見ていたが。

 しかし、そろそろ話しを進めようと冷めた笑みを浮かべて声を掛けた。


「……ご、ごめんなさい……ローザ」

「申し訳ありません。ロザリーム殿」

「ひぃっ!」

「す、すす……すみません!!」


 ロザリーム、オーデイン、レグオス、レイラの順であやまる。

 二人は真面目にあやまったが、一人は怖がり、もう一人はどう聞いても心がこもっていない。


「あなた達……大概たいがいね、まったく」


「本当にすみません!あの、お兄さんも……その……」


「――お兄さん?」


「あっ!……えっと、私……リエレーネの同窓生で、レイラと言います……」


 レイラが一歩前に出て、遅めの自己紹介をする。

 遅くなりましたと、エドガーの妹であるリエレーネの学友、レイラ・エルヴステルンがエドガーに頭を下げる。


「え……リエの同窓生……友達?」


 エドガーは知らないようだ。

 そんな中、ふんぞり返って椅子いすに座っていたサクヤが言う。


「……うむ。そう言えばエミリア殿の決闘の会場にいたな……其方そなた


「――ええぇぇっ!?」

「なんで分かんのよ!?」


 エドガーとサクラがおどろく。

 意外な程に、サクヤは人を見ている。

 あの日もサクヤは観察かんさつしていた。がいのある人物がいないかを。

 そして覚えていた。会場にいた全員の人相・・・・・を。


「はっ――!!そうか、あの時其方そなたの近くにいた茶髪の女子おなご……あれが主様あるじさま妹君いもうとぎみかっ!!」


 雷に打たれた様に、両手で頭をかかえる。


「エド君に似てた!?ねぇ似てた!?」

ちょう似ていた!!」

「マジで!?」

「まじだ!!」

「わぁぁぁ!見たい、見たいぃ、【忍者】!あんた何で教えてくれないのよ!」

「おぬしは出場者だったであろうが!」

「……そ、そうだったぁぁ」


 サクラとサクヤは、二人でキャッキャウフフと盛り上がる。

 ローマリア達の視線しせんなど気にせずに。


「……す、すみません。殿下でんか……」


「か、構わないわ……ある意味お相子・・・よ」


「え?」


 エドガーは恥ずかしそうにしながら、ローマリアに謝罪する。

 ローマリアも、これでお相子だと笑ったのだったが。


「――あ!いや、なんでもないわっ」


 言えない。

 エドガーの妹、リエレーネ・レオマリスが、自分の部下である【聖騎士】にしたがう【従騎士じゅうきし】となり、城につとめ始めたとは。

 ローマリアは、レイラに視線しせんで「絶対言うな!」と合図あいずし、レイラも物凄いいきおいでうなずく。


「あ、改めまして、レイラ・エルヴステルンと申します。リエレーネの学友で、このオーデイン様の【従騎士じゅうきし】をさせて頂いています」


「あ、これはご丁寧ていねいにありがとうございます。リエレーネの兄です……妹がお世話になって……」


「あ、いえ……どうも、お兄さん」


 二人のやり取りに、サクラは「サラリーマンのやり取りじゃんか」と、他の誰も分からない事を言った。

 様子をうかがう様なレイラの雰囲気ふんいきを、ローザだけがさっする。

 エドガーが【召喚師】である事と、友達のリエレーネの兄であるという事を、葛藤かっとうしているのだろうと推測すいそくして、ローザは笑みを浮かべてだまった。


「……そろそろ時間ですね、殿下でんか……話をめないといけませんね」


「――誰のせいよっ!」


 急に冷静れいせいになり、オーデインが時間を気にする。

 ローマリアは、いぃぃぃっとにらみながらレイラを下げる。


「レイラ、すまないけれど話しはまた今度にしてもらうわね、リ――妹さんの知人なのだから、これから何時いつでも話せるわ」


 リエレーネを影武者かげむしゃにしたローマリアは、バレない様に誤魔化ごまかすが。

 ローザにジィーっと見られていた。


「は……ははは。ほれ!早く戻れっ」


 ローザは「まぁいいけれど」と言う感じで視線しせんを外してくれた。

 ふぅ、と息をいて、ローマリアはやっと椅子いすに座り直す。


「それでエドガー……最終的な事は」


「あ、はいっ……協力します!」


 背筋せすじを正して、エドガーは了承りょうしょうする。


「そうね。私も協力はするわ……私の為でもあるし、ね」


 【召喚師】の事を知るために、自分ブラストリアの事を知るために。

 城に行かなければいけないのは事実じじつだ。

 協力することで、トラブル無く円滑えんかつに進めるのなら、それにしたことはないのだから。


「助かる――で、だ」


「はい。不審者ふしんしゃ捜索そうさく……それと“北”の調査ちょうさ、ですね」


「そう。北門から出ていった馬車……不審者ふしんしゃはそれに乗っている可能性が高い」


 西門から王国入りした馬車は、北門から出ていった。

 その後は目撃はされていない。

 セルエリス第一王女が何を考えているのかは知る所ではないが、ローマリアを通じて、エドガーに何かをさせようとしているのではないかと、ローザはんでいる。


「……」

(可能性があるとすれば……その不審者ふしんしゃの正体を、第一王女は勘付かんづいている……それを私達、いや、エドガーに調査ちょうさをさせようとしている……)


「もしも北国、【エルタント公国】に向かうただの旅人だったとしても……あの馬車では超えられないわ。荒野を、あの広大な土地を広げる【ルノアース荒野】を……」


「なるほどね。初めから分かっていて……他国の間者かんじゃと疑っている訳ね、貴女あなたの姉は」


 うなずくローマリア。


くわしくは教えてもらえなかったわ。でも私もそう思っている。西には【レダニエス帝国】がある……そして、その帝国からこの聖王国に来るには……【カラッソ大森林】を抜けてこなければ入れない。観光目的で来る者など、居るはず無い・・・・・・から」


「その森から入ってくる人物も、たかが知れていると言いたいのね。つまり帝国人である可能性が、きわめて高いと……」


 【レダニエス帝国】から来たとしたら、ただの観光だとは考えにくいという事かと、ローマリアとローザの会話を聞いて考え込むサクラ。


「……どうして観光じゃないって言いきれるんですか?旅行りょこうくらい誰でもするでしょう?」


 この世界に、入国制限や監視かんしはない。

 正式な手続きなどもなく、自由に出入りできる。

 それは、サクラの世界【地球】ではありないことだ。


 サクラだからこそ感じることができる――違和感いわかん

 それは、この平和な王都に居れば感じる事が出来ない感覚。

 他国になど行った事はなく、国民が内向的で、自閉じへいともとれるほどの出国しゅっこくの無さ。


「西、今回の場合北も……かな?……あたしの勝手な考えなので、答えてくれなくてもいいですけど。もしかしたらこの国って……他国……敵国に囲まれて・・・・ます?」


「――!!」

「……なるほど」

「敵……?」


 ローマリアのおどろく表情を見て、サクラは確信する。

 今、【リフベイン聖王国】は攻められる恐れがあるのだと。

 東西南北、全ての近隣諸国きんりんしょこくに。

 東と南は不確定だが、西の【レダニエス帝国】と北の【エルタント公国】は確実に敵だと。

 そう判断はんだんできる。


「……――あ、ああ。それに近い……」


 ローマリアは一瞬躊躇ためらうも、口を開く。

 しかし、後ろから。


殿下でんかっ!それ以上は!……――ぐっっ!!」


 ローマリアはサクラの言葉を肯定こうていする。

 先程まで飄々ひょうひょうとしていた【聖騎士副団長】オーデインが、今までにないほどあわてて声をあらげた。

 しかし、ローマリアにけ寄ろうとしたオーデインだったが、誰に止められるでもないのに、動きを完全に停止させる。


「ふ、副団長……?」

「オーデイン副団長?」


 不自然な程の動きの停止ていしに、レグオスとレイラは困惑こんわくする。

 どう見ても不自然。手を伸ばし、片足を一歩前に出した格好。

 まるで彫刻ちょうこくか、時が止まっている・・・・・・・・かのようだった。


「……副団長殿……声をあらげた時点で“確定”だぞ……」


 エドガーだけが、不安そうに眉根まゆねしかめさせている中。

 オーデインを停止させた・・・・・張本人が声を上げる。

 【忍者】サクヤが、オーデインの動きを“止めた”のだ。

 眼帯がんたいを外して、その左眼の【魔眼】をかがやかせる。


「敵国に囲まれている。それはつまり……戦争が起きようとしているのであろう?」


 声も出せないオーデインは、苦悶くもんの表情を浮かべながら必死に視線しせんを左右に動かしてローマリアにつたえようとする。

 「言うな」と。これ以上は「公務外」だと。

 だが、ローマリアはうなずきながらも、オーデインの考えとは反対の事を言い出した。

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