170話【前に進む為に】



◇前に進む為に◇


 ローザに持たせたカメラの映像を【簡易かんいフォトンスフィア】で見ながら、ローザの弱体化・・・の話を聞いたサクラとサクヤは、それぞれ意見が分かれて話をしていた。


「それだからローザ殿は、わたし達に話したのであろうが!」


「違うってば!ローザさんはローザさんなりに悩んでたんだよ……」


「悩む?ローザ殿がぁ……?」


「そりゃそうでしょ!ローザさんだって女の子なんだから……悩むよっ」


 完璧に見えて、ローザは意外と抜けている。

 それはもう理解した。

 特に私生活。絶望的ぜつぼうてきに、家事や炊事すいじが出来ない。


 サクヤは、ローザが『自分達を信頼しんらいして告白してくれた』と思っている。

 一方サクラは、『近い将来を危惧きぐして、自分達を高めようとしている』そう取った。


「であるから、わたしやおぬしにもつたえたのであろう?それつまり、信頼しんらいあかしであろうが!」


「だぁから!その信頼しんらいこたえるために、強くならなきゃいけないんでしょ!?」


「――それはおぬしだけだっ」


「はあ!?」


 こうして、【心通話】を送るどころではないのだった。

 二人が顔を近付けてにらみ合っていると。

 そのローザから、こちらに話しかけているのではないかと取れる声が、【簡易かんいフォトンスフィア】から流れてくる。


『――さてと、聞いていたでしょう?返事をしなさいな……』


「……あっ!はいっ……ローザさん」


 サクラは【簡易かんいフォトンスフィア】を見ながら、視線しせんを送るローザに答える。


「サクラ……【心通話】を」


「――えっ、ああそっか……」


 突然声をかけられて、サクラは素で返事をしていた。

 ぐに【心通話】で再度返事をする。


<聞いてましたよ……>

<わたしもだ>


『……なら話は早いわね。そういう事だから、今度話し合うわよ――さっきサクラも言っていたでしょう?』


<それは……あたしもそうした方がいいと思って言いましたけど……>


 別件で、話し合いは必要だと言っていたサクラだが。

 こうも早くローザから持ち掛けられるとは思っていなかったらしい。

 急過ぎではないかと言いたいのだろう、サクラは。


『サクラの気持ちも分かっているわ。ごめんなさいね、気をつかわせて……』


<いや、あたしは別に。そんな……大したことは考えてませんから>


『いいえ。貴女あなたが一番……気遣きづかい屋さんな事は分かるわ。さっきの「話をしよう、覚悟を決めろ」って。そう思って言ったのでしょう?』


<……え?>


 異世界人同士のあいだでも、《契約者》のエドガーにも、その関係者達にも。

 サクラが気を回し、様子をうかがい、かどが立たない様に円滑えんかつに進める行動をしていることは、ローザも気付いている。

 時には感情的になる場面も見られたが、それは身内に何かがある時だ。

 そしてそれが変わり始めている事も、ローザは知っている。


貴女あなたは、他人の顔を気にしすぎていた……でもこの間……正確にはエミリアの決闘の前ね、貴女あなたは自分から進んで、私達がエドガーを取り囲む状況じょうきょうに首を突っ込んだ……』


 「この人結構周り見てる」そう思ったサクラ。的をている、というかそのままだった。

 あの日サクラが見た――自分をふくめた女性陣が、エドガーを取り囲む様子。

 それを見て、サクラは流されることなく決めた、エドガーへの気持ち。

 好きとか嫌いとか、恋とか愛とか。そんな感情では、まだ・・ないと思ってはいる。


<意外と、他人を見てるんですね……ローザさん>


 ねるように、らすように。

 サクラは論点ろんてんをローザに移そうとする。

 しかし、サクラの作戦は失敗した。


『――当然でしょう。貴女あなたもサクヤも、メルティナも、ついでにフィルヴィーネも……私の後輩こうはい。仲間なのだから……だから嬉しくもあったのよ、私は……逃げてはいけないんだなと、思わせてもらえるくらいにはね』


 ローザに出来た、初めての仲間。

 孤独こどくと共に戦っていた元の世界では考えられなかった事。

 だからこそ、画面越しであろうと真剣さがつたわってくる。

 もう逃げないと弱体化・・・から目をそむけず、打ち明けようと。


<……すみません――あたし、誤魔化ごまかそうとしてました……>


『いいのよ。私も同じ、詮索せんさくされたくなかったもの……でも、それじゃ駄目だと理解したわ――私は進む。エドガーの為に、自分の為に……それでいいのよ』


<……分かりましたよ。負けです、主導しゅどうを取られたのはくやしいですけど、ローザさんの話は正論せいろん……話し合いましょう。あたし達それぞれの能力ちからについて……それでいいわよね、【忍者】も>


「<……ああ。無論むろんだ>」


 初めからエドガーの為に忠誠ちゅうせいちかっていたと言うサクヤも、今日一歩をみ出している。

 言葉とは違う、【忠誠ちゅうせいあかし】と言う能力じじつたことで、それもコロコロと様変わりしていくはずだ。


<メルがステータスを見る力があるみたいだし、それを借りて見せ合いましょう。それが一番……隠し事をしなくても済むでしょうし。ま、あたしは無いですけどね>


「……!」

<わたしも……ないぞ>


 サクラのその言葉に、サクヤは心臓をつかまれるような痛みを覚えたが、何とか平常へいじょうよそおった。


『フフフ……度胸あるじゃない、二人もフィルヴィーネと戦ってみたらいいのに……私の気持ちが分かるわよ……?』


 「いや、戦わなくても分かりますよ」とは、サクラの意見だがえては言わない。

 笑って誤魔化ごまかすことだけをして、やぶは突かないが吉とんだらしい。

 その証拠しょうこに、サクラとサクヤの二人は、そろって首を横に振るう。超高速ちょうこうそくで。


『――まあとにかく、宿に帰ってから時間を作るつもりでいてくれると助かるわ』


 「エドガーのいない所でね」と、あくまでもエドガーは除外じょがいして物を考えているローザ。

 気持ちも分かるので、<オッケーです>とだけ答えて、【心通話】の会話は終えた。


「……はぁ~~」


 椅子いすに思い切り背をあずけて、深いため息をくサクラ。

 見上げる夜空には満天の星がきらめいて、自分をらしている。

 月明かりと星のきらめきをスポットライトに、サクラは考える。

 ローザの言葉の意味を。


(……ローザさんは、フィルヴィーネさんとの戦いで何かつかんだんだ……自分が進む為の――扉のかぎを)


 その扉を開けた答えが。自分の弱体化・・・さらけ出すこと。

 ただし、エドガーには秘密で。だ。


(……健気けなげだね。ローザさんって……純情じゅんじょうなくらい)


 同じ穴のむじなである異世界人達には話す。

 けれども、《契約者》のエドガーには秘密ひみつにする。

 エドガーの【真実の天秤ライブラ】に通用はするのか。とも思うが。

 ローザ程の胆力たんりょくがあれば、隠し通すことも可能なのだろうか。


(ただし、あたしや【忍者】が……エド君が勘付いた時に隠し通せるか、それが問題だね。目下もっかの所)


 エドガーが何かに勘付いた時、ローザに直接聞くことはしない筈だ。

 きっと遠回りになってでも、サクラとサクヤに聞くはず。(消去法で)


「――おい」


 考え込みすぎてまわりの音が入ってこないのか、いきなり目の前に現れたサクヤにおどろく。


「……えっ!?――わっ……わ、わわっ……」


 け反って座っていたもので、ふざけて椅子いすに座る子供のように、背中から倒れそうになる。


「――何をやっているのだ。らしくない」


「……っと……ありがと」


 サクヤは両手で背凭せもたれを押さえ、サクラが転げる事は無かった。

 しかし、そのサクヤの左眼が、爛々らんらんかがやいていた。

 暗い所だと、尚更なおさら光りかがやいているように見える――黒い宝石の様な、サクヤの【魔眼】が。


「に、【忍者】……あんたどうしたの?」


 人前に出るときは眼帯がんたいをすると決めたサクヤ。

 今は身内内なのでそれを外しているが、どうも今日は調子がおかしかった。

 本来ならば、みずから進んでフィルヴィーネと戦いたいと言いそうだ。

 それなのに今日は大人しい。装甲車【ランデルング】の車内でも、先程の会議かいぎでも。

 どれも、明らかにしずかだった。


「……そう言えば、目がうずかなくなったって……言ってたわよね」


 思い出すサクラ。関係あるのだろうかと、体勢たいせいととのえてサクヤに向き直る。


「――ん?ああ、それはそうだな……でも、今は違うぞ」


「は?じゃあ何よ……?」


「これだ」


 サクヤは指をさす。それは【簡易かんいフォトンスフィア】だった。


「……ああ、なんだ。画面ね」


 サクラが考え事をしている間に、【簡易かんいフォトンスフィア】の映像が途切とぎれていた。

 【スマホ】を手から離していて、電波が途切とぎれていたようだ。

 それをつないでほしい、そういう事だろう。


「……ローザさんのカメラでしか見れないけど、いいのよね?」


「――うむ。頼む」


「りょーかい……」

(な、なによ……真剣な表情かおしちゃって……調子くるうっての)


 サクヤのいつにない真剣な表情に、ついドキリとするサクラ。

 しかし。


「――ってローザさん!カメラ逆だよ……真っ暗」


 【簡易かんいフォトンスフィア】と【スマホ】のリンクを再度つなげると、真っ暗な画面に音だけが流れていた。

 どうやらローザが戻るさい、カメラの位置を反対にしてしまったようだ。

 しょうがない、と。サクラは【心通話】で。


<ローザさん……カメラの位置反対です。レンズがローザさん側になっちゃってますから、戻してもらえますか……?>


<……ご、ごめんなさい……これでいい?>


<はいオッケーです。一応言いますけど……【忍者】の要望ようぼうなんで、あしからず……>


 これくらいで怒る人ではないが、一応サクヤが見たいと言うので。

 仕方なくだ。仕方なく。


<りょ、了解よ……>


 こうして、なんだか可愛かわいいローザのミスで、サクラの考えも悪い方には転ばなかった。

 しかしサクヤの心には、この隣にいるサクラに対する思いが、ぐちゃぐちゃにからんできて――【魔眼】がうずいて仕方がなかった。

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