155話【王女を送る】



◇王女を送る◇


 エドガー達が【ランデルング】で荒野を目指している時を同じくして。

 王城東部・敷地内しきちない、【白薔薇しろばら庭園ていえん】の薔薇広場ばらひろばに降り立ったメルティナと、第三王女ローマリア・ファズ・リフベイン。

 唐突とうとつに、メルティナは王女から言葉を受ける。


「――私は、もうダメだぁ……」


 高度な空中散歩さんぽをしてきた王女は、死にそうな顔をしてメルティナに告げた。

 そのメルティナは、不思議ふしぎそうに首をかしげて。


「ノー。プリンセスの状態は正常ですが……ダメとは判断出来そうにありません」


「そ、そうではなくて……」


 地道に、守衛しゅえいに見られないように何度も空中で迂回うかいして、ようやく第三王女の管轄敷地内かんかつしきちないに降り立ったのだ。

 しかし、空の移動など初めてだった王女は、当然のように顔を真っ青にして、茫然自失ぼうぜんじしつ状態だった。

 だが、メルティナにそんな事は一切関係なく。


「ではプリンセス。ワタシはマスターの所に向かいます。エミリアによろしくお願いします」


「え、もう……行くのか?」


 長椅子ながいすに座り込むローマリア王女は、別れがさびしいと思わせる様に、上目使いでメルティナを見る。

 相手が男なら、多大に効果はあっただろうに。


「――イエス。急ぎますので」


 無慈悲むじひである。


「そ、そうか……」


 ローマリア王女に対して何の情も持たないメルティナだったが、背後から不意に掛けられた声、そしてその人物におどろかされる。


「――メル?」


「――っ!――エ、エミリアっ!?」


 背後に立っていたのは、前マスターの生まれ変わりであり、親友。

 エミリア・ロヴァルト。新マスターであるエドガーの幼馴染で、城につとめた事は知っている、なので、居ても不思議ふしぎはない。

 では何故なぜメルティナはおどろいているのか。

 メルティナは、背後にエミリアはいる事に気付けなかった自分におどろいた。メルティナは自分のシステムを疑う。


おどろきました」

(センサーが起動きどうしていません……どうして)


 メルティナ体内には、超感度ちょうかんど反応センサーが搭載とうさいされている。

 再構成され、限りなく人間の身体に近づいたメルティナだが、その体内にはナノマシンレベルの機器が満載まんさいだ。それが反応どころか、起動きどうすらしていなかった。


「え?何が?」


「……ノー。何でもありません。エミリアこそ突然出てくるのはやめてください」


「――え、私が悪いのっ!?……って、殿下でんか!?何して――え!顔真っ青!」


「……ああ、エミリア。私の代役リエレーネはどう?――おどろいたでしょう?」


「それは本当におどろきまし――でなくて!今の方がおどろきなんですが!?」


 最早もはや悪癖あくへきとも言える、ローマリア王女の脱走癖だっそうぐせ

 今日も今日とて、城を抜け出した王女を探していたエミリア。

 まさか【聖騎士】に成った直近の仕事が、王女の捜索そうさくだとは。

 しかしそのエミリアも、ローマリアの蒼白顔そうはくがおに、苛立いらだちながら探していた事も忘れる程におどろく。


「やっと見つけたと思ったら……だ、大丈夫ですかっ?殿下でんか


 ローマリア王女のかたわらに寄りって、エミリアは自分のハンカチを庭園ていえんの水(城の水は“魔道具”のおかげで綺麗きれい)でらし、ローマリア王女のひたいに乗せる。


「――悪いわねエミリア……私は、もう空に幻想げんそういだかないわ」


「……い、今ので何となくわかりました」


 飛べない鳥の気持ちを代弁だいべんするローマリアの台詞セリフで、何があったかをさとったエミリア。そんなエミリアを追いかけるように、庭園ていえんの入り口に小さな人影。

 そこをよく見れば、ひざに手をついて肩を上下に揺らす、小柄こがらな少女がいた。

 「エ、エミリア様ぁ……」と、絶望感をにじませた表情かおでこちらを見ていた。


「……あらレミーユ。やっと追いついた?」


「は、はいぃ……」


 レミーユ・マスケティーエットは、公爵家生まれの次女であるが、騎士学生ではなく我流がりゅうで槍術を学んだ努力型の騎士だ。

 正確にはまだ騎士ではないが、公爵の父に頼み込んで、エミリアを指名しめいまでして【従騎士じゅうきし】になった。


 しかし、レミーユは騎士学校にも通っておらず、訓練くんれんなどもした事が無かった。

 基本的にもやしっ子。体力がないのだ。

 それを見かねたエミリアは、レミーユをきたえるつもりで、ローマリア王女を探すついでにランニングをしていたのだった。

 いくら第三王女の管轄かんかつする場所とは言え、朝から走りっぱなしはやりすぎな気もするが。エミリアと同じく走っていただけ、根性こんじょうはあるのだろう。


「……エミリア。こちらは?」


「ん?ああ、この子は……」


 エミリアはメルティナにレミーユを紹介する。




「【従騎士じゅうきし】……ですか」


 長椅子ながいすに腰かけながら、レミーユの事を説明されたメルティナ。

 ローマリア王女は、そのレミーユを甲斐甲斐かいがいしくでていた。

 本当に王女なのかとうたがわしくなる。


「そ。決まりなんだってさ……だから、今度連れて行くよ。エドの所にも……それよりもさ、さっきおどろいてたのって……もしかしてエドが近くにいなくて、力が出ない・・・・・からじゃない?」


「――!?」


 メルティナは目をみはる。


「やっぱり。そうでしょ?」


「え、ええ。ですが意外です、エミリアがそこまで気付けるとは」


 エドガーの幼馴染なのだ。異世界人の契約の事を知っていてもおかしくは無いが、メルティナの現状までを精細せいさいに理解しているとは、正直言って本当に意外だった。


「ま、ローザがね……似たようなことを言ってたからさ。エドガーと離れれば離れる程……力は弱まる……ってさ」


「……そうですか、ローザが。ということは、現状ワタシはドンドン性能が下がっていくことになります――急がなくては」


 そう言い、メルティナは椅子いすから立ち上がると。


「プリンセス、ワタシはこれで。それとレミーユ。ワタシの友達をこれからよろしくお願いします」


「あ、ああ……メルティナ殿」

「……え!?というか、私は紹介されてませんけどっ!」


 メルティナは下がり続ける《石》の性能を感じながらも、【禁呪の緑石カース・エメラルド】を発動させて光翼こうよくを発生させる。


「――な、な、なんですかっ!?」

「――痛っ!」


 レミーユはおどろき、休んでいた長椅子ながいすから立ち上がるが、そのいきおいで王女はひじをぶつける。

 「あぁ!すみません!!」とレミーユはあやまっているが、メルティナはかまうことなく。


「ではエミリア。また今度」


「うん、またね。エドにもよろしく、落ち着いたら遊びに行くからっ」


「イエス。では……テイクオフ!」


 舞い上がる緑色の噴出光ふんしゅつこうを見て、レミーユは「キレー」と、ローマリア王女は「うぅ、思い出したらまた……」と正反対の感想をべた。

 そしてエミリアは。


「――あぁ……エド、エドに会いたいなぁ……」


 立った数日会っていないだけで、エミリアは遠くにいる恋人を思わせるような口ぶりでつぶやいた――まったくもって、恋人ではないのだが。





 数分飛行していくと、徐々じょじょに回復していく《石》の力。

 それを感じ、メルティナは一人つぶやく。


「やはりマスターのそばにいなければ、ワタシ達は無力になりますね……これでは、この世界の人間達と何ら変わりありません……」


 もうすでに王都から出ていたメルティナは、復活した超感度ちょうかんど反応センサーを使って、エドガー達の居場所に向かっていた。

 そして途中とちゅうで、巨大な雲を真っ二つにき割った、炎の柱を目撃した。


「――あれは!ローザの炎ですか……それにしても温度が……――2200℃!?」


 街中で使えば、木造もくぞうの多い下町の建造物は焼け野原になるだろうそれを、メルティナは空中で視認しにん

 センサーにうつった温度に、近くにいるはずのエドガー達が心配になる。


「……ローザ。弱まっていながら、まだこれ程の力が……ですが、あれではマスター達まで巻き込んでしまいます……――まさか、そんなことまで配慮はいりょ出来ないくらいに……追い込まれているのですか?」


 急停止し、ローザが置かれた状況を推測すいそくする。

 もし【解析アナライズ】の結果以上に、近況が切迫せっぱくしているのなら。


「フィルヴィーネが“召喚”された事で……ローザは、また・・?」


 弱くなった。身体の弱まりは、精神をも弱くする。

 逆もしかりな言葉だが、今のローザにピッタリの言葉だった。


「急ぎましょう……」


 背部ユニットの噴出口ふんしゅつぐちから緑色の魔力光まりょくこうを全開でき出させ。

 メルティナは、エドガー達のもとに急いだ。

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