146話【充填】



充填じゅうてん


 大型装甲車【ランデルング】。

 今し方完成した、この兵器と見間違みまちがう程のフォルムを持った車を、誰が運転するかと話していた中で、自分が運転すると言い出した人物がいた。

 魔力が枯渇こかつしたこの世界で、今もっと魔力それを必要としている筈の人物、ロザリーム・シャル・ブラストリア。


 ローザは、「私がやるわ」と言い出し運転席に入り込んで来た。

 ズイッと前に出て来て、ついついメルティナが席をゆずる。

 だがもう一人、サクラは言う。


「――いや、ローザさん。車の運転できないでしょ?」


「そうね。でも、魔力が関わっているのなら――話は変わるのではない?」


「――そういうものじゃ……はぅ!」

「――ノー。出来るかもしれません」


 サクラが、運転と魔力の接点せってんが見つからずに否定ひていしようとしたが、メルティナがそれをはばんだ。

 手で顔をさえぎられて、サクラはムッとしながらもメルティナに問う。


「……どうやって?」


起動きどうに使用しているのは“魔道具”です。それも《石》……ローザやサクラでも、やりようによっては普通に運転するよりも、事はむかもしれませんよ」


「――確かにな」


 メルティナの言葉に、フィルヴィーネが小さくうなずく。

 どうやら初めから知っていたのだろう。口を出すつもりは無かったのか、紫紺しこんの髪の毛をクルクルと指で巻きながら、視線しせんだけで様子を見ている。


「つまり、あたしでも運転できるって事?」


「イエス」


 サクラは、喜々ききとする。

 そしてローザは、早く早くと気がはやっているのか。


「……教えなさい」


「な、何故なぜ上から目線なのでしょうか……」


 教えるも何も、ローザはもう出来る気でいる。

 メルティナは、先程ローザにゆずった席に近付き。


「では手をかざしてください――そう、このハンドルです」


「――えぇ!あたしは!?」


だまっていなさいサクラ……」

だまっておれ、小娘」


「……ええぇ」


 ローザはともかく、フィルヴィーネにまでだまれと言われサクラはへこむ。

 フィルヴィーネは、運転方法に興味きょうみがあるようだ。

 方法と言うよりも、その魔力の使い方に、だろうか。


「少しだけお待ちを」


 メルティナはハンドル周りと、《石》の装置を調べている。

 かがんで、ブレーキやアクセルも調べる。

 メルティナがこのコックピットを作ったのは、自分が操作そうさしやすいようにだったが、ローザやサクラが運転、操縦そうじゅうをしてくれるのなら、それにしたことはない。

 メルティナだって、【クリエイションユニット】の使用で魔力を使っているのだから。


「アクセルとブレーキは……どうやら《石》とは接続せつぞくしていない事を確認。やはり、魔力で操作そうさできる可能性は高そうです」


 メルティナがサポートAIとして搭載とうさいされていた【ランデルング】は、未知のエネルギー、【ストラジアエナジー】という燃料ねんりょうで動いていたのだが、当然この世界には無い。

 しかしそのエネルギーの代わりを魔力で充填じゅうてんする事が出来れば、操縦そうじゅうすらも可能なはずだ。

 実際じっさい、エネルギーがなくとも起動きどうには成功しているのだし。


「やはり、魔力がきもですね」


 操縦そうじゅうにどれだけの魔力を消費するかは分からないし、移動にかかる時間もあやふやだ。

 メルティナ的には空を飛びたいと言うのが、正直なところだが。

 しかしそれは、筋違すじちがいだ。


「これをにぎって、魔力を流すのね?」


 ローザは、かざすだけにしていた両手でハンドルをつかんで、【消えない種火】に魔力を込める。


「イエス。ですが少しずつにしてください……」


 「そ~っとですよ、そ~っと!」と、メルティナはローザに魔力をセーブするように言う。


「分かってる」


「……」


 ローザは弱まっている。言われずとも少量しか注ぐことは出来まい。

 しかしそれでも、その馬鹿にならない魔力は素の状態で二番目・・・だろう。

 すでに、フィルヴィーネの魔力が、ローザを抜いている筈だ。


「……」


 ローザだって、メルティナのを理解している。

 メルティナが自分の異変いへんを感じている事を。

 地下での言動は、それを確認するための物だったのだろうと言う事も。


「分かっているってば、そんな目で見ないで……気がるわ」


 モニター付近にある、メーターのメモリの数値はゼロだ。

 “M”と書かれたそれは、魔力マジックの“M”だろう。


 ローザの魔力に反応して。

 少し、また少しとメモリが上昇していく。


「そうです!その調子!」

「――ああもうっ、うるさい!」


 冷や冷やしながら、メルティナはローザを応援する。

 気がったローザは、我慢がまんできずに声を出す。

 そして、その瞬間に魔力は大きく注がれてしまい。


「……――あっ」


 ギューーーンと注がれたローザの魔力は、ギリギリでメーターを満タンにした。


「……ほっ……」

「セ、セーフ……」


 サクラとメルティナは、息をついて一撫ひとなでする。

 フィルヴィーネだけは欠伸あくびをしていたが。


「……取りえず、いいみたいね」

(あ、あせった……クシャミのようないきおいで魔力を出してしまった……節約せつやくしたいのに――でも、まだ平気……まだ動ける)


「で、ですね……あせった~」

「そ~っと。と言ったではないですか!」


貴女あなたが変な風に言うからでしょう。私だって初めての物は緊張きんちょうくらいするわよっ!」


「――えっ、そうなんですか!?」


 ローザの一言に、サクラは本気でおどろいていた。

 ローザくらいの人でも、緊張きんちょうするのかと。


「……当たり前でしょう。私を何だと思っているのよ……」


「あふぁふぁ……いふぁいれす」

(あたた……いたいです)


 ローザはサクラのほほ目一杯めいっぱいに引っ張った。

 自分がまるで人外だと言われたようで、気にさわったのだ。

 サクラも、小さな失言だと分かって、えていい様にされている。

 みょーんと伸びるサクラのほほ、実にやわらかい。


「それで、次は?」


 サクラのほほを伸ばしながら、ローザはメルティナに聞く。


「イエス。もう大丈夫です……あとはゆっくりと走らせるだけ、ですが……」


 メルティナはモニター付近や装置を確かめながらうなずく。

 メモリは満タン。《石》も異常なし。起動きどうは問題はなさそうだ。


「なら……」


 ローザは再びハンドルをにぎるが。


「ストップ!ストーップ!まだ駄目だめですってローザさん、そんなにあせらなくても……」


「……」


 目をらした。

 これは、余程いていたらしい。


 「ふふん」と、フィルヴィーネが笑っていた。あせる子供達を見るように。


「――あれ、もう終わったのかな……?」


 のぞき込むように、エドガーとサクヤ、そしてローマリアが運転席にやって来る。

 どうやら、一通り見終わったようだ。


「……そうよ」

「――いや、まだだってば!」

「まだです」

「まだだな」


「……ローザ殿」

「ははは……ローザ……」

「自信たっぷりに……ローザ、凄いわっ!」


 エドガーとサクヤはあきれ。

 ローマリアは自身満々に言うローザを感心していた。

 王女の心酔しんすい半端はんぱないのだが。


「それで、あとはどうするのかな……?手伝えることがあるなら、手伝いたいんだけど」


 エドガーは苦笑いを浮かべながら言う。

 この装甲車【ランデルング】に興奮こうふんしすぎて、何もしていなかったことを反省はんせいしているようだ。


「ノー。もうすることはありませんので大丈夫です」


「あ……そ、そう」


 メルティナの、マスターに配慮はいりょの欠片もない宣言に、エドガーは申し訳なさそうに頭をく。


「メルティナも人の事言えないでしょうに……」


 座席に身体を預けて、ローザは愚痴ぐちる。

 そしてエドガーは、現地民げんちみんなら誰でも思う可能性を口にする。


「でもさ、こんな大きな車体……どうやって門の外・・・に出すんだい?――この車、門より大きくないかな?」


 エドガーの言葉は、少女達の意表いひょうを突く言葉になった。

 ローザやサクラ、メルティナは頓狂とんきょうな声を上げ。


「え?」

「……はぁ!?」

「……想定外そうていがい


「フハハハハハッ!!……おぬしたち、馬鹿ばかであろう」


 涙を流して大笑いする“魔王”様。

 どうやら気付いていたな?


「――気付いていたなら言いなさいよっ!!」


 逆に、ローザが気付いていなかった方が意外いがいかもしれない。

 それほどまでにあせっているか。もしくは苛立いらだちか。


「クックックッ……それでは面白くないであろうが、おのずと気付け、たわけが!」


「……ぐっ……」


「あたしも失念しつねんしてたなぁ……」


 フィルヴィーネは愉快ゆかいそうに笑って言うが、ローザはとてもくやしそうに顔をゆがめ、サクラは片手で顔をおおう。

 メルティナは、エドガーから目をらした。


 エドガーが“召喚”した少女達、は完成された存在ではなく、それぞれがバラバラな程に、不完全で、何か様々なものをかかえた一人の人間である。それを痛感つうかんした面々めんめんだった。

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