147話【真実の天秤】



真実の天秤ライブラ


「じゃあどうするのよっ!?そのなんとか荒野って場所――どうやって行くの!!」


「――い、一応【ルノアース草原】が正式な名前なんですけど……もう、荒野かなってだけで」


 ローザが座席でフィルヴィーネにいきどおっている。

 そのローザの言葉を、ローマリアが訂正ていせいした形だ。


 【ルノアース荒野】。

 元・草原の広大な地だ。【ルド川】の北東にある、絶大に広い大地。

 この草原、いや荒野があることで、北国から来る来訪者らいほうしゃ皆無かいむ

 ローマリアの記憶によれば、数年前まではまだ草原だったはずだ。

 エドガーは行ったことはないし、母が生前なげいていたことがあったという程度でしか知らないが。

 れ果てる前は緑ゆたかな草原であり、【リフベイン聖王国】の北方ほっぽうからも王都へ来客する数も多かったとか。

 謎の旱魃かんばつ飢饉ききんが起こり、草原にさかえていた小さな村や町はほろびた。

 しかし、その住民たちのその後は――不明。

 王都に移住いじゅうしてきたものはおらず、生死も不明である。


 それなのに、聖王国は原因げんいんを調べもせず、あまつさえ公表もしていない。

 だから、エドガーやロヴァルト兄妹も把握はあくしていない。

 何故なぜならば、王都民のそのほとんどが、外に出ないからだ。

 例外れいがいは、【ルド川】に水をみに行く【下町第一区画アビン】の住民達だが、わざわざ北東に向かう物好きはいないだろう。


 広大な敷地一帯いったいに荒野が広がっている。

 その事実を知るのは、王族の人間と、外の人間だけだ。

 外、つまり国外の人間は、それをわざわざ言いに来るわけではない。

 そもそも北にある隣国【エルタント公国】の人間が、数日も無謀むぼうに命をかけて、だだっ広い荒野を旅して来るはずがなかった。


「そこに行くにも、この馬車……じゃなくて装甲車をどうにかしないといけないよね……壊すしかないのかな……?」


 エドガーは、名残惜しそうに車内を見渡す。

 そうなる可能性が高いだろう。こんな人通りの多い場所に、こんな大きな車体を置ける訳が無く。自然と、片付けなければならない話は出てくるはずだ。


「ええっ!?勿体もったいないよ……!」


「――って言われても……門を通れないんじゃ、どうしようも……」


 空でも飛べれば、とはメルティナの考えだが。

 それも、下町民の視線しせんがある以上ダメだろう。

 人一人ならともかく、こんな大きな物体が空を飛ぶ時代ではない。

 ましてや、【召喚師】一行いっこうとなっているのだ、また変なうわさが出る(もう出てる)。


「……そうだ。フィルヴィーネさん、何とかなりませんか?」


 何故なぜかエドガーは、一人余裕よゆうを持って笑うフィルヴィーネを頼った。


「――無理だな……どうしてわれに聞くのだ?――それに、そこの機人マキナの民に聞けばよかろう?――この鉄くずを作ったのだからな」


「マキナの……って、メルティナのことですよね?その事もくわしく聞きたいですけど……今は――ローザの要望ようぼうかなえたいと思って……」


「エドガー……」


 素でおどろくローザ。

 エドガーが、自分の我儘わがままを考えていてくれたことが、意外だった。


「そ、そんなにおどろかなくても……確かにさ、初めに言いだした時はビックリしたよ。無理だとも思った。でもさ、サクラとメルティナが頑張って作ってくれたこの装甲車……【ランデルング】だっけ……無駄にしたくないんだ。だから、フィルヴィーネさんなら、何か知っているんじゃないかって。ローザも、フィルヴィーネさんと戦うのが目的なんだよね?なら、戦いが始まるまでは、フィルヴィーネさんは同じ異世界人の仲間だよ。頼ってもいいと思う……駄目だめ、ですか?」


 視線しせんは、ローザとフィルヴィーネを見据みすえる。


「……やめよ。われは力は貸さぬぞ……」


「――でも、フィルヴィーネさんはローザと戦うのを楽しみにしていたんですよね?このままだと、ローザは本気で戦えませんよ?」


「――な、なにっ!?真実まことかっ!?」


 それにはフィルヴィーネもおどろいた。

 エドガーの予想通りだった。フィルヴィーネは、結果がどうであれローザと戦うつもりでいたのだろう。それは場所など関係なく。

 ただ戦う・・・・。それだけだったはずだ。

 しかしローザは違う。


「本当ですよ。ローザは僕と約束……をしています。炎を使わないって……それは、街に火が回る心配を、僕がしているからですから、外に出なければローザは全力を出しません」


「……何だと!?力を持っているのに、今まで空撃ちしていたと言うのかっ!」


 フィルヴィーネの視線しせんはローザに。

 コクリと、縦に首を下ろすローザ。


「そうね。約束、したから……」


「くっ……ならば、われと【滅殺紅姫アナイアレイション・プリンセス】だけが移動すればよいであろう!」


「それはやめてって言ってるでしょっ!!」


 声をあらげるローザを抑えるエドガー。


「ダ、ダメですよ。僕がいないと、ローザもフィルヴィーネさんも……潜在能力が極端きょくたんに下がるはずです。それと、逆に僕がついていっても、サクラとサクヤ、メルティナを残していけませんから」


「……意外と姑息こそくだな、エドガーよ……おぬし初めから・・・・知っておっただろう……?」


「いえ。違いますよ……僕はただ、この紋章・・・・からただけですよ……情報を。フィルヴィーネさん持つ能力の一端いったんを、少しだけね」


 笑顔で右手を見せる。赤と紫の紋章を。


 エドガーの右手の紋章は、しれッとパワーアップしていた。

 それはエドガーにしか分からないものだったが、先程この【ランデルング】内を見学けんがくしている時に気付いた。


 【真実の天秤ライブラ】。

 エドガーがた、新たな力だ。

 ローザの赤の紋章と、フィルヴィーネの紫の紋章が合わさった事でた、真実とうそを見破る力だ。

 それは、こうとしたことも反映される。

 代わりに、その対象は異世界人にかぎられる。

 言わば、身内内の噓発見器うそはっけんきだ。


 身内に裏切られたローザと、身内を愛しすぎるフィルヴィーネ。

 同じ世界からやって来た、二人の紋章が合わさってもたらされた力。


 エドガーはフィルヴィーネに向けてにこりと笑う。

 もう、エドガーにうそけない。

 うそと冗談の境界線は曖昧あいまいだが、少なくとも大事な局面で、誰かに裏切られることはなさそうだ。エドガーは誰の事もうたがってなさそうだが。


「……仕方がないか。全く、とんでもない《契約者》だ……その代わり、せきは負ってもらうぞ?」


「ええ。勿論もちろんです」


 初めからそのつもりだ。エドガーは異世界人かのじょたちの《契約者》なのだから。

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