144話【本領】



本領ほんりょう


 メルティナを待つ間、サクラは何か思いついたようにられ、長椅子ながいすを机代わりにして何かを書き始めた。

 かばんから取り出した大学ノートに、愛用のシャープペンシルで、スラスラと書き始め、舌をぺろりとさせている。


「《石》次第しだいで理想の車が出来そう、キャンピングカーみたいなのもいいねっ!人数はエミリアちゃんとかもふくめて、結構乗れる方がいいから……ワゴン車もありかも。馬車よりは大きくしないと」


「……どのくらいの物を作るつもりなのだろうか……あやつサクラは……」

「さぁ。けれど……やる気があるのはいい事でしょう?」

「そ、それはそうだが……わたしには不安しかない」

「……私は楽しみだわっ!異世界の馬車……あぁ、私も行きたいなぁ……」

「……ローマリアはダメよ。せめて休日になさい」

「うぅ……ローザが言うなら、あきらめます……」


 サクラの様子を見るサクヤ、ローザ、ローマリアの三人は、口々に物を言って話をしていた。

 王女はどうしても一緒に行きたいようだが、流石さすがにローザにもダメと言われてあきらめてくれた。


「……それにしても、ローザ殿はどうして場所を探しているのだ?」


 ローザが戦える場所を求める真意しんいを知りたいと、サクヤは聞く。

 言いたいことは分かる。

 サクヤはきっと【召喚の間】を使えばいい、と言いたいのだろう。

 【召喚の間】は歴代の【召喚師】が使用してきた特殊とくしゅな“魔道具”だ。

 大掛かりな“召喚”を行うさいに使用されてきたその場所だが、エドガー程の“召喚”、【異世界召喚】をしたものはいない筈だ。


 【召喚の間】、その最大の特徴とくちょうは、物凄く頑丈がんじょうだという事。

 特殊とくしゅな専用のかぎがあり、それを使うことで異常なほど頑丈がんじょうな壁を作り出して、外であろうが内であろうが、その扉は【召喚師】にしか開けられなくなる。

 それは、ローザの炎であろうと、メルティナの銃火器じゅうかきであろうとやぶれはしない。


「【召喚の間あそこ】は、私と相性が悪いわ……防壁ぼうへきを重ねても、炎の威力が下がるわけではないし、部屋の広さが取れる訳でもない。とにかく、私が最適さいてきに戦える場所は……広い場所。なのよ」


「そういうものか……?」


「そういうものよ。毎日のように訓練しているのだから、なんとなく気付きなさいよ……」


 「うぐッ!」と、サクヤはのどを詰まらせる。

 もうすでに、朝の訓練は日課に近い。

 ローザ、サクヤ、エドガーの三人は、早朝トレーニングとしょうして訓練することが増えてきている。

 その時ですら、ローザは剣しか使っていない。

 迂闊うかつに使えないからだ。

 それほど、ローザの《魔法・・》は広範囲こうはんい高威力こういりょくなものばかりだった。


 ロザリーム・シャル・ブラストリアは、剣士ではない。

 ――魔法使いだ。以前の戦いで使用していた【炎の矢フレイムアロー】【防火の壁ブレイズ・ウォール】【炎で覆う柱ブレイズ・ピラー】は、《魔法》ではなく、ただ単に炎を発生させていただけ。【炎の剣舞ブレード・ダンス】は、剣を動かす念動力ねんどうりょくに近い。

 つまりローザは、この世界に来てから全力の炎・・・・は使用していない。

 ただらかしていたのだ。【消えない種火】から産まれる、炎を。


「――私が本気になるには、この街は密集みっしゅうしすぎている……これでは、全部燃やしてしまうわ……いくら炎を制御せいぎょできるとは言え、見えない範囲はんいの燃えるものを識別しきべつはできないもの……」


 ローザの炎は、自由自在に消す事が出来る。

 逆を言えば、並の人間にはローザの炎を消すことは出来ない。

 水を掛けようが砂を掛けようが、ローザの意思が全てだった。


「なるほど……わたし達の世界とは、随分ずいぶん規模きぼが違うのだな、ローザ殿のお力は」


 サクヤは、戦国の世と比べて「うむむ」と考え込む。


「ふふ、そうよ。ただ……」

(その《魔法》を使う為の魔力の枯渇こかつと――私自身の弱体化が、最大のポイントなのよね……今のままでは、アレ・・を一発撃てるかどうか……か)


「ただ?」


「……あ、いえ、なんでもないわ――ほら、エドガーとメルティナが来たようよ」


「おお。本当だ……あ、主様あるじさま……?」


 サクヤに返答せず、ローザは自分自身の問題を心に仕舞しまう。

 この先魔力が回復できても、弱まっていく自分が、どこまでエドガーの役に立てるのかと、思わずにはいられなかった。





 メルティナは大きめの木箱をかかえていた。

 その後ろから来たエドガーは、ガックリと肩を落として、絶望すらにじませているように見える。

 これは、相当そうとうコレクションを持ち出されたのだろう。残念ながら。


「お待たせしましたサクラ。【心通話テレパシー】でもつたえましたが、このくらいあればよろしいでしょうか……」


「――え~っと……うん!あたしの方も設計図描いてたからさ、これを見て作ってくれる?」


 サクラは箱の中身を確認して、メルティナに大学ノートを渡す。

 車の図形ずけいが描かれ、見事にびっしりと埋められていた。


「これは……張り切りましたね」


「まあねっ」


 サクラは、メルティナが持ってきた木箱をガサゴソさせながら、想像をふくらませる。


「正直、魔力がどうとかはよく分からないけどさ……数を増やせば何とかなるかな?」


「……はは……もう好きにしていいよ……」


 エドガーは、もう完全にあきらめていた。

 少し申し訳なさそうにするメルティナが、エドガーの頭をでる。

 その様子を見てローザが眉根まゆねを寄せたが、気付いたのはローマリアだけだ。


「安心してくださいマスター。《石》が有効に使えれば、《石》そのものよりも素晴らしいものが作れるのです。きっと、マスターもお気にすはずです」


「……そうなのかな?」


 子犬の様に、エドガーはメルティナを見上げる。

 エドガーはしゃがみ込んでいる為、メルティナは中腰状態だったのだが、エドガーの視線しせんはメルティナの心臓コア動揺どうようさせるには十分だった。


「そ、そそ、そうです……です、す」

<……可愛かわいい!マスター。年頃の少年の、困った顔が、す、素晴らしい……!これがマスター・ティーナの言っていた、とうといと言うものでしょうか……!>


 メルティナは、前マスターのティーナ・アヴルスベイブをベースに身体を生成せいせいされている。

 肉体年齢は、おおよそ21歳。そして残念の事に、その趣味嗜好しゅみしこうまでが反映されてしまっていた。

 つまり簡単に言うと、年下好きなのだった。


<感情が駄々洩だだもれよ?メルティナ>

<へぇー、へぇー>

<確かに、主様あるじさま可愛かわいらしいところもある>

われにはよく分からぬが、この【心通話じゅつ】は興味きょうみ深いな、念話ねんわの様なものだろうが……>


「はっ!――!?ワタシは、口にしていましたか?……それとも【心通話テレパシー】に?」


 イラっとしてそうなローザが。ニヤニヤするサクラが。

 同意してうなずくサクヤが。そして、初の【心通話】にもすんなりと対応たいおうするフィルヴィーネが、狼狽ろうばいするメルティナを見ていた。

 さいわい、エドガーには【心通話】は届いていなかったようだ。

 心が弱っているからだろうか。


「ノー!!ち、違います!」


「――えっ、何が?」


 状況理解をしていないエドガーは、突然否定的ひていてきな言葉をはっしたメルティナにおどろいて声を上げるが、そのメルティナは。


「マ、マスターには関係性は皆無かいむです!」


「ええぇ……」


 エドガーは、更にへこんだ。

 何故なぜかローマリアが、エドガーの肩を叩いた。ポンポンとなぐさめる様に。

 それを見て、他の異世界人達は笑う。


「……想定外そうていがいです」


「でしょうね」


 ローザが前と同じ台詞セリフを言う。


「あたしは想定してたけどねぇ」

「わたしもだ」

うそでしょ?」

「――なぜおぬしはそういう事ばかり言うのだぁ!」


 サクラは、自分に同意するサクヤをうたがう。

 フィルヴィーネはもう興味きょうみなさそうにしていた。


「――と、とにかく!【クリエイションユニット】起動きどうします!」


 メルティナは、手足に付けられたリングをちゅうに浮かせて連結れんけつさせる。

 人間サイズ以上に大きくなったリングは、空中でゆっくりと回り始めて、やがて停止する。


「サクラ。設計図を!」


「あはは、あ。はい……」


 まだ笑っていたサクラはメルティナの剣幕けんまくに押されて、素直に大学ノートを渡す。


「……インストール開始……終了」


 早い。


「はっや!」


「続けて作成を開始します……」


 どうやらもう、メルティナは全員を無視むしする事にしたようだ。

 そもそも自滅じめつだったが。そんなにもダメージを受けたのか。


 サクラは苦笑いを浮かべながら、メルティナの隣に立ってなだめる。

 ローザはエドガーをなぐさめるローマリアの隣に。

 サクヤも、関心かんしんがありそうに【クリエイションユニット】を見ていた。

 見事にバラバラ、協調性きょうちょうせいの欠片もなかった。

 そんな人間達を、“魔王”フィルヴィーネだけが見ていた。


(――あほらしい……が。退屈たいくつはしなさそうだ。これから、大いに期待させてもらうぞ)


 そう心でつぶき、自身のひざの上で眠る、“悪魔”リザをでたのだった。





 作業は淡々たんたんと続き。


「終了まで残り三分。想定よりも大きくなったため、【クリエイションユニット】のゲートを広げます」


 空中に浮かぶ【クリエイションユニット】は、スライドギミックにより幅を広げた。

 連結れんけつした4機は、ひとつひとつが可動して、大きくなる。


 4機の【クリエイションユニット】は連結を解除して、レーザーでつながれる様に変化しており、少しれたらくずれそうに感じる。とは、エドガーの意見だ。


 しかしその間に、しっかりと作成は完了した。

 後は完成品を出現させるだけのようだとメルティナが言う。


「――完了しました。多少距離きょりを取ってください」


 メルティナの言葉にしたがい、エドガー達は離れる。

 すると【クリエイションユニット】は小さく振動しんどうし始めて、レーザーで作られた薄いまくの中から、巨大な物体が出現する。


「――えっ!?」


 エドガーは、完全に馬車を想像していた。

 木と鉄で出来た、無骨ぶこつなデザインを。

 しかし、現れたのは想像とは真逆。

 流線形りゅうせんけいのフォルムに、馬など付ける場所など全くない完全な金属製。

 木の車輪ではなく、黒い材質ざいしつかたまり


「「す、凄い!!」」


 エドガーとローマリアの現地民げんちみんは目を見開いておどろく。

 それは、数人いた通行人も同じだったが、どちらかと言えば恐怖しているように見えた。

 しかし意外にも、サクヤはそうでもなかった。


「あんた、おどろかないのね。絶対エド君と同じ反応するかと思ってたけど……」

「……」

「【忍者】?」

「あ、ああ。何というか……想像していたものと同じ過ぎて、おどろきがなかった」

「……は?」


 サクヤが想像していたものと、同じ。

 それは、サクラが設計したものと同じだという事。


(どういう事?……時代的に、この子があたしと似たような造形ぞうけいを考える事なんてできないでしょ……)


「ん?」


(……とぼけた顔して……にくたらしいわね)


 真剣に考えるサクラに対して、サクヤは然程さほど気にしていない様子。


(……あたしと同じたましいだから思考しこうが同じ?――いやいや、この【忍者】にそんな考え無理でしょっ)


 何気に失礼だ。

 サクヤの発想はっそうは、失礼だが幼稚ようち稚拙ちせつだ。

 戦闘面に関しては言う事は無いが、それ以外は、正直子供以下だとサクラは思っている。

 ――本当に失礼な話であった。

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