間話【紫紺、幾千もの日々を超えて】



紫紺しこん幾千いくせんもの日々を超えて◇


 ゆっくりとまぶたを開けると、そこは見知った天井てんじょうだった。

 帰って来たのだ。数年ぶりに、我が城へ。

 今頃は、部下の“魔族”達が、“魔王”の気配を感じ取って慌ただしくしているだろう。

 フィルヴィーネは、そんな事関係ないと言わんばかりに身体を伸ばして、背伸びをする。


「――ふ、ん~~~~~んっ!んあぁぁぁぁ~……」


 はぁ――と、疲れたように息をき、ガチャリと開かれた重厚感のある扉に目をやる。

 そこには、信頼ある部下の一人である“悪魔”、リザ・アスモデウスがいた。


「お目覚めお待ちしておりました。が“魔王”」


 首をれて、長いだいだい色の髪を床につける。


「ん?ああ――リザか……一瞬忘れていたぞ」


「……相変わらず、部下に対する愛情がかけらも感じられませんね」


 久しぶりに冗談を言ったつもりだったが、まるでいつものようだと流されてしまった。


われが眠って、どれくらいつ?」


「……ざっと百年です、が“魔王”……クンクン」


「なんだと……?精々せいぜい数年ではないのか?」


 ベッドから起きながら、リザに合図あいずして服を用意させる。

 百年眠っていたのに、まるで風呂上がりのように艶々つやつやしている。部下たちのお陰だろう。

 リザが用意したのは、黒いレザーのボンテージ服、まるで女王様のような態度でリザに着せてもらっている。

 一瞬、リザが鼻をクンクンとさせた気がしたが、寝起きのせいでボケていたのだろうと黙っておいた。


「……本当です。スンスン……はぁ、いい香り」


「おい。リザよ、何をしておる……気持ちの悪い」


 いや、やっぱり黙認もくにんできなかった。

 もう、スンスンクンクン言っちゃってて、隠す気が無いようだ。


「……何と言われましても、が“魔王”がいい香りをただよわせておらっしゃるので、いでいますが?」


「――百年でお前に何があったのだっ!?――ええいっ止めよ!は・な・れ・ろぉ!!」


 いつの間にかリザは、物凄い高度な変態へんたいになっていた。

 フィルヴィーネの腰元にしがみつき、涙ながらに自分の欲望を駄々漏だだもらす。


「ああ、嫌です!もっといでいたい!!」


 無理に離そうとしたが、リザの馬鹿力に、《石》の無いフィルヴィーネは根負けする。


「ああもうっ!!分かったから、そのままでいいからここ最近の情勢じょうせいを教えなさいよっ!……あっ」


「――!!――ああ!ニイフ様・・・・ぁぁぁぁぁ!!」


 口調くちょうの変わったフィルヴィーネに、リザは歓喜かんきする。

 ほほをフィルヴィーネの太腿ふとももり付け、はぁはぁと息を荒くし、興奮絶頂こうふんぜっちょうのリザ。


「ニイフ様ニイフ様ニイフ様ニイフ様ニイフ様っ!!」


(……本当に、百年の間に何があったのかしら……)


 されるがままに、《残虐ざんぎゃくの魔王》フィルヴィーネ・サタナキアこと、【紫月しづきの神ニイフ】は、残念に成長してしまった部下の性癖せいへきに、付き合ってあげた。





 “魔王”の玉座に座りながら、平伏するリザに視線を落とす。

 その頭には、大きなたんこぶがあった。

 あまりにも興奮こうふんするリザに、昔の力・・・を使って天罰を与えたからだ。


「落ち着いたか?」


「……は、はい。申し訳ありません、が“魔王”……取り乱してしまい。つい昔のお話し方が出てきたので、嬉しくて」


「構わん。それに、大まかな事情は分かったしな……」


 リザから聞いたここ百年の情勢じょうせいを、フィルヴィーネはひじをついて考える。


「人間界に、【勇者・・】が現れた……か。我が見込んだものは失敗だったと言うのに……一体どんな者だ?」


「人間の【魔女】です。どうも、一強になっていた【ブラストリア王国】をほろぼして――神に選ばれたとか」


 【魔女】が“神”に選ばれる。

 フィルヴィーネは「ふんっ」と鼻で笑う。


「――気のくるったことをするな。選んだ“天使”はゆがんでおるのだろうな……そんなにも静寂せいじゃくが気に食わんのだな、“神”どもは」

(だがしかし、ロザリーム・シャル・ブラストリアが居なくなった【ブラストリア王国】ならば、簡単であろうな)


「そのようです、ニイフ様」


 ニイフ様と呼ばれたフィルヴィーネは、深いため息を落とし答える。


「よせ……われがニイフだったのは、もう八百、いや九百年も前になるのだぞ……」


 百年寝ていたのなら、そうなる。

 フィルヴィーネ・サタナキアは、元“神”だ。

 《天界》をつくった創世そうせいの“神”ではないが、それなりに名の通った“神”だった。

 自分勝手に《人間界》に降りて《天界》を追放されるまでは、だが。

 

 それこそ、エドガー達の世界で書物になっていたほどには有名だ。

 だからこそフィルヴィーネは確信できたのだ。あそこが――未来であると。


 今は、あそこに行きたくて仕方が無い。

 早く呼ばれないかとソワソワするくらいには、楽しみなのだから。


「リザよ。褒美ほうびをとらそう。何がいい?」


 フィルヴィーネは、百年留守を守ったリザに褒美ほうびさずけることとした。


「ありがたき幸せです、が“魔王”……それでは、一生・・つかえする権利けんりいただきとうございます。どうでしょうか」


「……」


「我が魔王?」


(まずい。我はあの世界に行くのだ……連れていく?いやいや、無理だろう。“召喚”の対象にリザは入っていないし、エドガーにはリザの情報もない)


 リザから聞いた話通りなら、近いうちに人間界から【勇者・・】がやってくるだろう。

 それを考えても、リザに次の“魔王”をやって貰うつもりだったが。

 まさか、一生をかけてフィルヴィーネにつかえる気満々だとは。

 おどろきを通り越して、気持ちが悪い。


「い、うむ。か、考えておこう……さて、わたし・・・は、部屋に……」


「――ニイフ様」


「……何だリザ、何度も何度も」


 部屋に戻って、さっさとあの世界に“召喚”されようとしたフィルヴィーネだったが、一つ、ミスをした。

 それは、リザがかなりの“神”ニイフ、いては“魔王”フィルヴィーネ信者だという事。


「――わたし……わたしとおっしゃいましたね……今」


「……そ、そうか?」

(やば……つい昔の口調くちょうに……と言うか、気付くか普通……?)


 耳聡みみざといリザは、部屋に続く入り口をふさぐ。


「ニイフ様。いえ……“魔王”様。昔から貴女あなた様は、うそく時にはご自分をわたしとおっしゃいます。つまり、何か不都合ふつごうがあるのですね……?」


「――考えすぎだ。そこを退け……リザよ」


 リザ・アスモデウスは、【紫月の神ニイフ】につかえる“天使”だった。

 ニイフがとされたあと、自らも翼を黒く染めて堕天だてんし、その後“悪魔”となったのだが。


「私の目は誤魔化ごまかせません……それに、今の“魔王”様があらがった所で、私のテクには勝てませんよ?」


 両手の指をワキワキさせて、舌なめずりする元“天使”の部下。

 本当に、百年でこうも変わってしまうとは。


「……分かった。話すから……部屋に行くわ。時間もないし」


 「それでいいのです」と、部屋の入り口に手を差し出すリザ。

 まるで子供を寝かしつける為に部屋に連れて行く、母親のようだった。




「わ、が“魔王”を……“召喚”……ですって……!?」


 ベッドでフィルヴィーネにマッサージをするリザは、全裸のフィルヴィーネにはぁはぁしながら、眠っていた数年(フィルヴィーネの体感)の事を聞いた。


(お前は脱ぐ必要ないであろうが……)


 何故なぜかマッサージをする側のリザまで全裸になっており、時折なまめかしい声を上げてフィルヴィーネの背中に胸を押し付けてたりしていた。

 ついていく気満々の部下に、“魔王”は思い出す。もう二人の“魔王”である、旧友に言われた言葉を。


『お前は、部下を愛しすぎだ……残虐ざんぎゃくなまでにな……』

『もう、愛の残虐ざんぎゃく魔王でいいんじゃない?』

『な、何でそうなる!もっとカッコイイ名があるだろうがっ!?』


 それは、フィルヴィーネが“魔王”を名乗りだしてぐの頃。

 異名を決める場で、一人の“魔王”が言った、フィルヴィーネの欠点。

 フィルヴィーネは「部下を愛しすぎる」のだ、誰一人見捨てず、命わずかな者も慈悲じひで助ける。残虐ざんぎゃくなほど、優しく、いとおしく。


 しかしそれは、敵には適応てきおうされない。

 慈悲じひう同族にすら、一切の許しは無かった。


『選べ。ちりもなく消え去るか……生き長らえて地獄じごくを見るか』


 そして、選択の答えを待たずに消し去る。

 もとから選ばせるつもりもないのだと、後に大勢の“魔族”が知り、結局のところ、《残虐ざんぎゃくの魔王》と呼ばれるようになったのだ。




「……欠点、だろうか……」


「――え?すみませんフィルヴィーネ様……もう一度お願いできますか?」


 マッサージは佳境かきょうに入り、汗だくのリザ。


「いや、何でも……――っ!――来たか……待っていたぞエドガー」


「あっ!フィルヴィーネ様!?」


 起き上がると同時に、足元に展開てんかいされる魔法陣。

 これは、あちらの世界でエドガーが書いたものと同じだ。


「フィルヴィーネ様!……私は、何が何でもついていきますからねっ!!」


 がっしりと、全裸のフィルヴィーネにしがみつくリザ。

 それはもう、伸びっぱなしの外壁のつたなど目じゃないほどに。


「――許可ないものを通すほど、融通ゆうずうが利くとは思えないが……ならば、根性でついてくればいい……死んでも知らぬぞ?」


「はいっ」


 笑顔でうなずくリザ。

 本当に付いてくる気のようだ。


「ナンジノナヲノベヨ」


「――!?……フィルヴィーネ・サタナキアだ」

「リザ・アスモデウスよ」


 突然聞こえた声に、フィルヴィーネは答える、何故なぜかリザも。

 その名乗りに反応したのか、紫色の魔法陣は、明滅めいめつして二人を転移させる。

 リザが無許可。しかもエドガーが呼んでもいないのについていけるのかは、分からない。

 途中とちゅうたましいを消失させるのが落ちとんでいるが、もしかしたらこの女、付いてくるかもしれないと、身体をゾッとさせるフィルヴィーネだった。

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