108話【決闘~開催~】



◇決闘~開催かいさい~◇


 開催かいさい場所である【貴族街第三区画ガーネ】、その最南さいなんにある騎士学校【ナイトハート】。

 学生達の寄宿舎きしゅくしゃが隣接するその場所に、エドガー達が着いた時。

 タイミング良くエミリアも到着とうちょくしたばかりだったようで、エドガー達の発見に笑顔を見せるエミリア。


「エドっ!皆、こっちだよ!」


 手招てまねきするエミリア。

 何だか遠足えんそくを待ちわびていた女の子のようだ。


「エミリアちゃん、元気すぎだよ~……」

「――おいっサクラ!自分で歩けぇ!鬱陶うっとうしいっ!!」


 サクラは馬車にったのか、随分ずいぶんとげんなりしていた。

 サクヤにささえられて歩き、背の低いサクヤにりかかり、おおいかぶさっていた。

 その歩いているさまはどう見ても、じゃれている姉妹だ。

 鬱陶うっとうしいと言いながらも、サクヤはしっかりとサクラの手を取っており、サクヤなりに気を使っているのかもしれない。


「……それにしても、随分ずいぶん豪勢ごうせいになったものね、まるで祭りだわ」


 馬車から最後に降りたローザは、会場のあらゆる場所で行われている出店でみせを見て、よだれ――ではなく愚痴ぐちをこぼす。


「仕方がないよ。セルエリス殿下でんかがお決めになったらしいし……利益りえきになる事は何でも利用する、ってことかな……」


 自分の未来がけられているのだが、エミリアにはもう迷いはないようだ。


「そ。ま、頑張りなさい……それと……似合ってるわよ、それ」


 ローザは、少し目をらしながらエミリアの服をめる。


「あ、ありがとう……ローザ」


 サクラを休憩きゅうけい用の椅子いすに座らせて、エドガーがエミリアに声を掛ける。


「……エミリア、体調たいちょうはどう?」


 エドガーも、エミリアを気に掛けている。

 自分にもそんな余裕よゆうがあるわけはないのだが、心配するだけならタダだ。


「うん。バッチリだよ!……頑張ろうねっ」


「ああっ!勿論もちろんさ。頑張ろう!」


 二人はトンっとこぶしを合わせて、みんなで会場へと歩いて行った。

 空中からエミリアを見つめる、異世界人メルティナ・アヴルスベイブの視線しせんには、気づかずに。





 エミリア達の控室ひかえしつは、エミリア達三年生の教室だった。

 少し離れた別の教室には、シュダイハ家側のメンバーがいるの筈だ。

 その場所に行けない様に、騎士が進入禁止のバリケードを配置はいちして立っていた。


「別に会いに行ったりしないけど……」


 と、エドガーがその光景こうけいを見てつぶやく。


「あはは、そうだよねっ。会いたくも無いのにねっ!」


 ウインクしながらエドガーに言うエミリア。そこまでだったのか。

 ローザはのどかわいたのか、椅子いすに座ってぐに、テーブル代わりの机に用意されていた飲み物を口にする。


 ――が。


「――っ!!――ぷっっ!」


「――ロ、ローザ!?」

「何してんの!?ローザさん」


 少しだけ飲んでしまった飲み物を瞬時しゅんじき出し、顔をしかめるローザ。

 そしてテーブル代わりの机に置かれた予備よびの飲み物を、怒りのままに全てぶちまけた。

 ――ガシャーンッ!!とガラスのびんは割れ、びんに入れられた紅茶は床に飲めと言ってるがのごとく、ローザににらみつけられる。


 あたふたするサクラとエドガーを尻目に。

 サクヤはぶちまかれた飲み物を指ですくって、舐めた。


「……!――薬だな……」


「――えっ!」

「うそ……?」


「本当よ……睡眠薬すいみんやくね……」


 ローザは冷静れいせいに答える。だが、完全に怒っている。


「でもこれって、城の人が用意したはずだよ……!?ってことは……」


 おどろくエドガーとサクラ。

 そしてローザは、この差し入れを用意したのが王家に関わる人物だとかんぐる。


「第一王女……か」


「め、滅多めったなことは言えないけど……」


 その王家につかえる未来を目指す立場上、ローザの言葉に同意はしたくないが、可能性があるのは確かだ。

 第一王女の指示しじで、決闘が早まったり、特別ルール・・・・・も決められている。

 何とも幸先さいさきの悪い出だしだ。

 

(何処どこまでもふざけたことをしてくれる……)


 会議かいぎの時点で、あやしいとは思っていたが。

 露骨ろこつな事をしてくるものだと、ローザは内心で愚痴ぐちる。


「とにかく……ここにある飲み物、食べ物は口にしない事……いいわね皆」


「「「うん」」」

承知しょうちした」


 ローザの怒りは食べ物が食べられない事か、それとも決闘と銘打めいうっておきながら、チャチャを入れてきたことか。

 いずれにせよローザの言葉に、エドガー達は一様いちよううなずいた。





 反対側の教室では、セイドリック・シュダイハが数人のメイドをはべらせながら飲み物を飲もうとする――が。


「シュダイハ殿、お待ちを」


 背の高い騎士風の男が、それを止める。


「なんだ?」


「それを飲んではいけません。薬が入っていますので」


「――なっ!!」


 飲み物に薬が入っていることを知っているこの男は、シュダイハ家側のメンバーの一人。


「セルエリス様は平等びょうどうですので……」


 あちらに入れれば、こちらにも入っている、そういう訳だ。

 つまり、引っ掛かったほうがマヌケ――という事なのだろう。


「で、殿下でんかのおたわむれならば仕方がないが……もっと早くに言ってくれないか?ジュダス」


「……はぁ」

(昨日の会議かいぎ散々さんざん言っているがな……)


 会議かいぎの前に、城につとめる知人から情報じょうほうを貰い、セルエリス王女が色々と画策がさくしていることを聞いた。

 それをわざわざつたえてやったにもかかわらず、この温室おんしつ育ちの我儘わがまま坊ちゃんは聞いていなかったようだ。

 ジュダスと呼ばれた長身の男は口内でつぶやき、シュダイハ家のメンバーに選ばれたことを若干じゃっかん後悔こうかいするのだった。


 ジュダス・トルターン。

 若草わかくさ色の髪をオールバックにし、目を閉じる。

 このジュダスは元・騎士で、現在は警備隊けいびたい所属しょぞくしている。

 ある目的があり、この話があった時にみずからを推薦すいせんしてやって来た。


「……」

(こんな馬鹿な貴族の下に就かないと戦えないとはな……だが、待っていろ……必ずやかたきってやるからな……)


 手に持つ焼けげた警備隊けいびたいバッジをにぎりしめて、ジュダスはある男に憎悪ぞうおふくらませた。




「……――ったりぃわ、マジでたりぃ……」


 だらしなく机に脚を乗せ、ブツブツと愚痴ぐちる男。

 この男の名は、ナルザ・ベターバル。

 シュダイハ家の傭兵であり、あの日、サクヤに毒矢をった男だった。


 緑の襲撃者メルティナによって迎撃げいげきされたが、運よく屋根から落ちた先が藁溜わらだまりだった為、軽傷でんでいた。

 そのせいで、この決闘のメンバーに選ばれてしまった訳だが。

 サクヤかメルティナに仕返しできると思っていたが、まさかどちらも出場者じゃないとは。

 ナルザからすればとんだ肩透かたすかしだった。


「おいおい。ナルザだったか……お前があの日怪我けがもなく帰って来て、情報をくれたから、このメンバーに選んでやったんだぞ?……なんだその態度たいどは、前金を貰ったこと忘れたのか?」


 ナルザに話しかけるのは、シュダイハ家に古くからつかえている従者じゅうしゃの男。名を、フェルドス・コグモフと言う。

 この男は、同じく従者じゅうしゃであったボルザ・マドレスターを蹴落けおとすために、恋中こいなかであったルーリアとボルザの間柄あいだがらを、子爵に売った男だった。


「……ちっ!っせーなぁ……分かってんよ。試合はキチンとやらせてもらいますわっ、試合はなっ」


 ガタンと机と椅子いすの両方をとばして、ナルザは控室ひかえしつを出ていく。


「おいこらっ!ナルザ!!」


 追いかけようとするフェルドスに、後ろから声を掛ける人物。


「――ほっときなさいよフェルドス。試合は出るって言ってるんだから、いいでしょ?」


 壁際かべぎわ椅子いすを持ち座る、唯一ゆいいつの女性メンバー。


「しかしだな……カリーナ。規律きりつと言うものがだな……」


 カリーナ・オベルシア。

 フェルドスと同じくシュダイハ家につかえる古参こさん従者じゅうしゃだが、快楽街かいらくがい娼婦しょうふだった女だ。


 快楽街かいらくがいで数年はたらく内にシュダイハ子爵に見初みそめられ、第三婦人となるが。

 暴行ぼうこうで子を産めなくなり離縁りえんされる。

 しかし、その美貌びぼうを手放す気は無かった子爵が、従者じゅうしゃとして雇用こようし続けてきたのだ。

 元々戦闘力が高かった為、この決闘のメンバーに選ばれたのだが。


(子爵様の命令とは言え、坊ちゃんのよめを取る決闘……ねぇ)


 くだらないとは思いつつ、自分が再度子爵に取り入るチャンスではないかと考えるカリーナ。

 その子爵の息子セイドリックは、屋敷やしきから持参じさんした果物くだものをメイドに食べさせてもらっている。


「セイドリック様……よろしいんですか?そんな悠長ゆうちょうにしていて……」


 フェルドスは、吞気のんき果物くだものしょくすセイドリックに不安げに声をかけるが。

 当のセイドリックはむしゃむしゃと汚らしく咀嚼そしゃくしながらげる。


「……大丈夫さ……切り札・・・もある。俺の勝ちは、もう決まっているしね……」


 と、自信満々に断言だんげんして。再び果物くだものを食べ始めた。

 その手に持つ、黒い箱・・・からただよ邪気じゃきに、誰も気付けないまま。





 エミリア達の控室ひかえしつに、突然の訪問者ほうもんしゃが現れる。


「で……殿下でんか!?」


 【聖騎士】ノエルディアを連れ、ドレス姿のローマリアが現れたのだ。


「……ど、どう?調子は」


 ローマリアはエドガーを気にしているようだが、そんなひまもないのが現状げんじょう


「はいっ!絶好調ぜっこうちょうですよ、今朝はありがとうございました。むかえを用意してもらって」


「いいえ。構わないわ……ん?なに?……それは」


 ローマリアは、床のすみまとめられた割れたびんを見つける。


「あ。えっと……その~」


「――何でもないわ。手をすべらせて落としてしまっただけよ」


 言いよどむエミリアの代わりに、ローザが返事をした。


「……そう。気をつけなさいよ、エミリア」


 そう言うローマリア。

 その言葉で全員が気付く。薬入りの飲み物に、ローマリアは関与かんよしていないと。

 だから、誰もがそれを言う事は無かった。


「――えっ!私がですかっ?」


 当然とうぜんのようにエミリアを注意したローマリアに、エドガー達は笑う。

 数刻すうこく(数分)だけだが、ローマリアと話せてよかったと、エミリアとエドガーは思っていた。

 王女の去りぎわ、エドガーは「ありがとうございました」と深く頭を下げた。

 それだけでも十分つたわったのか、ローマリア「期待しているわ」とだけ言い残してっていった。

 次はシュダイハ家側に行くのだろう。

 若干じゃっかん後ろ姿に覇気はきがなかった。


「……さ、もうすぐね。一応開会式をやるんでしょ?」


 サクラは【スマホ】で確認する。

 大体の時間計算はすでませてあり、この世界の時間に合わせていた。

 キチンと曜日ようびも設定した。

 今日は【火の月32日】。

 一日早まったので、【地球】で言えば5月2日にあたる日だ。


「うん、そうだね……移動しようか。兄さんもそろそろ来るだろうし」


 そうして、エドガー達は移動を開始する。

 エミリアの結婚をけた――決闘の場に。

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