87話【魔人《ローザ》】



魔人ローザ


 ジュアン・ジョン・デフィエル大臣は、下町の貧困街ひんこんがいの生まれだった。

 幼きころに当時の王――先代の陛下へいか行幸ぎょうこうを見かけて、そのきらびやかな姿にあこがれた。


 当時は、この国をささえたいと、本当に思っていた。

 若くして聖王国軍に入り、国の為にと訓練くんれんをした。

 だが、無念な事に騎士としてはが出なく、転向てんこうした先の政務業せいむぎょうも、無難ぶなんにこなすことしかできなかった。


 鳴かず飛ばずで数十年。そして出会った。

 最高の秘書ひしょ、ユング・シャ-ビンという女性に。


 彼女が出した案はことごとく現陛下へいかにハマり、あれよあれよという間に大臣になっていた。

 そんな彼が、“不遇”にあつかわれる【召喚師】を嫌うのは、過去の自分との対峙たいじでもあった。


 泥水をすすり、残飯ざんぱんを食べて過ごした幼少期。

 自分の過去に比べれば、この若造など大した事ではないと思えた。

 今、【召喚師】は自分の足元でいつくばっている。自分が剣をり下ろせば、この少年の命は綺麗きれいる。


「――無様ぶざまに死ぬがいいっ!【召喚師】!」


「エドぉぉ!」

「エドっ!!」


 それを声に出せたのは、エミリアとアルベールのみ。

 り下ろされた剣は、エドガーの肩口かたぐちをバッサリと切りき、地面に刺さった。


「――ぐっ!ぁぁぁぁぁあっ!!」


「……ふふふ。おっと、長年のブランクで手元がくるったわ」


「……わざとでしょうっ……!ぐっ!ぅぅぅう!」


 エドガーの言葉を口答えととらえた大臣は、肩口に刺さったままの剣をぐりぐりとこねくり回して笑う。


「ぐはははっ!そんなことはないさ……ワシも元・騎士だ、剣のあつかいも心得こころえているっ!」


「――っがぁぁぁぁぁっ!?」


 ブシュッと、引き抜かれた傷口から血飛沫ちしぶきが上がる。


「……エド、ガー……私、は……」

「エド、君」


「あ……あるじ、殿ぉぉ!」


 倒れるローザとサクラもエドガーの名を弱々しく呼ぶ。

 一番近くにいるサクヤは、さけんでエドガーに声を掛ける。


(くっ……【心通話】も使えなくなっている……身体も動かないっ……なんと無力なのだ、わたしはっ!)


「がはっ、がはは。がはははっ!!」


 大臣は、何度もエドガーの肩の傷をえぐってはり返す。

 エドガーは、ついに声を上げる事も無くなり、血にしずむ。

 【聖騎士】二人とエミリア、アルベールは、増援の重騎士達と戦っている。


 そんな中ただ一人、ゆらりと脱力したまま立ち上がり、咆哮ほうこうする人物がいた。

 暗がりでありながら、その右手にかがやく《石》が、星空のようにきらめいて、発光した。


「――っああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

(ああ……嫌だ……見ないで、見られたくない……こんな、みにくい姿……)


「「「「「――!?」」」」」


 この場にいる全員が、咆哮ほうこうするローザを見ただろう。

 ハウリングとなったローザの声は、戦場となった【王城区ブリリアント】全体に響き渡り、瞬間的しゅんかんてきに場を凍らせた。


「う……うぅぅ……うあぁぁぁぁぁぁぁぁあっっっっ!!」


 立ち上がったローザの全身からは燃え上がる炎が揺らめき、まるでローザ自身が燃え盛っているかのごとく灼熱の眼光を晒していた。

 右手の【消えない種火】をギラリとかがやかせて、天をえぐるような爆炎を噴出ふんしゅつさせる。

 全身から燃える炎は、骨格から燃えているのか、燃やした石のように、腕や足の骨が素肌から薄くけているように見えていた。


「……ふぅぅぅぅぅぅぅぅ……」


 赤黒く変色した四肢しし、燃え焼けてしまった服の代わりにまとっているのは、素肌が変貌へんぼうげた皮膚。

 髪そのものが炎のように燃えており、常に風にらめいている。

 その眼光は赤く、ローザの普段の青い目ではなくなっていた。


「……ローザっ、お願い」

「ローザさんお願い……!!」

「……頼む、主殿を……!」


「「「助けてっ!!」」」


 その変貌へんぼうしてしまったローザの姿を見ても、サクラもサクヤも、エミリアですらも恐れる事は無かった。

 ただ、一番に思った事、それはエドガーの事だった。

 今のローザなら、きっと助けられる。そう確信して。


「――燃えろ。【越炎オーバー・ブレイズ】」


「ん?――う、うわあぁぁあっ!」

「――なんだっ、火がぁぁ!!」

「――あ、熱い!鎧がぁぁ!」


 変貌へんぼうしたローザが一言つぶやくと同時に、突然重騎士達がそろって苦しみだし、その鎧は発火して燃え始めた。

 

 【越炎オーバー・ブレイズ】。

 一定の温度の物体を選択して、発火させる技だ。

 その温度は、剣や鎧など一瞬いっしゅんかしつくす程だ。


「な、なんじゃあれは……化け物・・・ではないかっ……」


 大臣も、異常事態と判断はんだんしたのか、エドガーを攻撃する手を止めて、後ろに下がろうとしたが。


「――うおっ!……あつっ!」


 手に持っていた剣が、発火して熔解ようかいしていた。


「うおおぉぉあっ!」


 カランと剣を投げ出し、尻餅しりもちをつく大臣。

 そして、ゆっくり歩んでくるローザが目の前に現れ、大臣を見下していた。

 歩いてきた足跡は地面を溶かし、くっきりと炎の残り火があった。


「ひぃぃぃぃぃっ……ば……化け物ぉぉぉぉぉっ!!」


 素肌から炎を巻き起こして、赤い髪はまさに炎そのものになっている。

 着ていた服は焼け落ち、ローザが身にまとうのは炎のうずのような変貌へんぼうした皮膚。

 頭から生えているのか、赤黒い角のような物は、炭化した魔力の結晶だ。


 闇夜やみよのような黒い翼と長い尻尾も、魔力の結晶で出来ている。

 それを巻き起こしているのは、【消えない種火】だ。

 その名の通りに消えない炎の魔力は、きたローザの魔力を無理矢理に全回復させ、その代償だいしょうとして姿を変貌へんぼうさせた。

 誰かれ関係なく炎を生み出して、ローザの身体を焼く。


「――私が人間であろうとも、たとえ化け物であろうとも……貴様きさまのような人間を……生かしておこうとは思わない。ここできろっ!」


 目の前にかざされたローザの手は、大凡おおよそ人間の物ではなかった。

 指は肥大化し、爪はつるぎのようだ。

 その手から出る熱気だけで、大臣は大量の汗をくが、その汗すらぐに蒸発じょうはつしていく。


「……かっ!ひゅー、ひゅー……はぁっ!」


 過呼吸かこきゅうを起こし、目を回転させて後ろに倒れる大臣。

 後ろにはエドガーが倒れているので、ローザは大臣を思いっ切りとばし、セイドリック達が重なる山に激突げきとつさせた。


「エドガー……私がこの力を……【魔人導入デモンズインストール】を出ししぶったせいで、こんな怪我けがを……」


 ローザはしゃがみ込み、エドガーにれて傷口を焼く。

 ジュウゥゥ――と焼けるエドガーの肩、しかしそのおかげか、血を流し続けていた傷はふさがり、ぐに命を失うことはないと判断した。


「……ごめんなさい……」


 ローザは涙を流す。

 しかしその涙さえも、自身の高熱で蒸発じょうはつしており、ローザが泣いていた事すら、誰も知る事はない。

 だがそんなローザにも、声を掛ける者はいる。


「ローザ殿……助かった」

「ローザさん……ありがと」


 たおれながらも、サクヤとサクラはローザに礼を言い、心から安堵あんどしているようだった。


「まったく……私のこの姿を見ても話しかけられるなんて、本当に変な子達ね……」


 だがそれが、心底嬉しい。

 そして、目を覚ましたエドガーも。


「……ローザ。ごめん……僕……間違って、た」


「エドガー……いいのよ、皆を助けたかったのでしょう……?」


 エドガーはくやしさとなさけなさで涙しながら、ローザを見る。


「――!……あまり見ないで。こんな姿……キミには見られたくないわ」


 ローザの姿は、エドガーが始めてローザに会った時戦った“魔人”にも酷似こくじしていた。

 だが、エドガーには違って見えていた。

 手は肥大化し、変色して赤黒くなり、魔力の結晶である角と翼、尻尾は動物のよう。

 白目は黒くなり、青いはずの目は、轟々ごうごうと燃える赤になっている。

 その姿は、エドガーが最初に求めた――“精霊”に似ていると、思ったのだ。


 



 大臣は完全に気絶して、指揮官であったはずのセイドリックも伸びている。

 その二人を倒したエドガーも倒れ、最後に見えるのは、伝承でんしょうに出てくる赤黒い“魔人”のような女性だ。


「……――あ、副団長……あれを!」


 ノエルディアが、王城から向かってくる一団に気付き、オーデインにつたえる。


「ああ……お前たち……これ以上まだ戦うか……!?見ろ、王城を……あのはたを」


 オーデインは、ここにいる全ての人間に聞こえるように、大きな声でさけんだ。

 それに釣られてか、ほぼ全ての騎士達が、続々と武器を仕舞しまう。

 ローザの炎で鎧を焼かれた騎士達も、その方向を見る。


「……終わったみたいですね……」


 ノエルディアも「ふぅ」と一息き、オーデインは向かってくる一団に向かって声を上げた。


「こちらです!!――ローマリア殿下でんかっ!!」


 と、今この場を終結しゅうけつさせられる人物の名を呼んだ。




 白馬に乗っていたのは、軽鎧けいよろいに身を包まれた少女だった。

 たった一人で馬に乗り、数人の騎士を引き連れてここに来たらしい。


「すまないわね。オーデイン……ノエルディア。随分ずいぶんと遅くなったわ」


「いえ、殿下でんか……申し訳ありません……事が大きくなり、鎮圧ちんあつはかないませんでした」


 オーデインとノエルディアはひざまずき、他の騎士たちも理解する。

 この少女が、この国の第三王女なのだと。


みなの者、我が名はローマリア。【リフベイン聖王国】第三王女ローマリア・ファズ・リフベインだ……公務こうむにも政務せいむにも顔は出していないし、聖王国民のみなも知らない者が多いかもしれないが……」


 「ふふっ」と微笑びしょうし、知られていないことを自虐じぎゃくする。

 しかしその言葉も、背後から現れた人物の一言で全員が納得なっとくする。


「……皆、このお方がローマリア・ファズ・リフベイン殿下でんかに間違いはない。この俺、【聖騎士団・団長】クルストル・サザンベールが保証ほしょうしよう」


 聖騎士団の若き団長、クルストル・サザンベール。


「だ、団長……」


 ノエルディアがしぶい顔をする。


「クルストル!お前、何をやっていたんだ……!」


 副団長オーデインは「もう少し早く来い」と、言いたいのだろうが、クルストルに手でせいされる。


「……邪魔されていてな。殿下でんかも命を狙われていた……その犯人の目星もついたので、ここにいる」


「邪魔?犯人……?」


 クルストルとオーデインは、そろってある男を見る。

 伸びきって気絶きぜつする、ジュアン・ジョン・デフィエル大臣を。


「……そういうことか」


「ああ。そういうことだ」




 ローマリアは、具足ぐそくを付けたあしを動かして、ローザ、エドガーのもとに歩みる。


「……あなたが、エミリアの幼馴染……エドガーね」


「そうよ……貴女あなたは王女ね……この国の」


 エドガーの代わりにローザが答える。


「……そう気をらなくていい。私は何もしないから……。あれを……」


 ローマリアはローザに敵意てきいはないと答え、後ろにひかえていた大臣の秘書官ひしょかん、ユング・シャ-ビンを呼んだ。


「は、はい。殿下でんか……これを」


 ユングは、極力きょくりょくローザと目が合わない様につとめて、ローマリアに薬を渡す。


 【トーマスの秘薬ひやく】。

 エドガーも一度使っている、ジュライ・トーマス作の薬だ。


「これを使うといいわ……その、おびとは思わないで欲しいのだけど、大臣がしでかしたことは、許される事ではないから……」


「……そこに置いて。今の私はさわれない……」


「……わ、分かった……」


「私がやりますっ!王女殿下でんか……」


 エミリアが、ユングから薬を受け取り、エドガーにけ寄る。


「「……」」


 エミリアがエドガーの怪我けが患部かんぶに薬をっている間、ローザとローマリアは、一言も口を利かなかった。

 視線しせんも外すことはなく、にらみ合いにも近い時間が数刻すうこく(数分)流れた。


「終わったよ、ローザ……」


「ならばもう安心であろう……その姿をいたらどうだ?“精霊”殿……」


「……」


 ローマリアの言葉に、一番驚いたのはローザではなくエミリアだった。


「せ、“精霊”!?……あ、そっか。だから怖くないのか……納得――って違う!」


 エミリアは一人でブツブツとつぶやき、ローザに近寄ちかよろうとするが。


駄目だめよエミリア……この醜悪しゅうあくな姿のどこが“精霊”なのよ……“魔人”よ、誰がどう見ても……ね」


 ローザは拒否きょひする。

 それ以前に、エミリアを火傷やけどさせてしまう。


「どうして?……ローザはローザでしょ?私の知ってるロザリーム・シャル・ブラストリアでしょ?」


「……エミリア、貴女あなたほんと……いえ、言っても仕方がないわね……悪いけれど、服をくれる?これを解除かいじょしたら……裸だからさ」


「うん!待ってて!」


 エミリアは余程よほどローザに頼られたのが嬉しかったのか、笑顔でうなずき走っていく。いったいどこから持ってくるつもりなのだろうか。


「――ブラストリア?今、そう言ったの……?」


 血相けっそうかかえるのは、ローマリアだった。

 ローザのフルネームを聞き、何か思うところがあるのか。


「……そうよ、ロザリーム・シャル・ブラストリア……【ブラストリア王国】第一王女……それが私の名よ」


 どうせ言ってもわからないだろうと。

 ローザはローマリアに自己紹介をする。


「……ちょ、ちょっと……いや、今言っても……だけど、その国は……」


 しかし、それを聞いて一人ブツブツと言い始めたローマリアに、【聖騎士団長】クルストルが報告をする。


殿下でんか……兵達の招集しょうしゅうが終わりました……お話を」


「え、ええ。分かっているわ……今行くから、待たせなさい」


「……はぁ」


「はぁ。じゃない!ああもうっ、分かったわよ、行くから……ロザリーム殿、後で話があるわ。どこに行けばよいか……?」


「私に話はない……って言っても聞かないのでしょうね……【福音のマリス】って宿にいるわ……」


承知しょうちしたわ。その時には、そこのお兄さんにも挨拶あいさつをしようかしら……」


 そう言い残して、ローマリアはけて行った。


「王女様が、来るの?……【福音のマリスウチ】に……」


 話は聞いていたのか、エドガーが言う。


「ええ。そのようね……大丈夫?エドガー」


「うん……ごめん、ローザ……言う事聞かなくて」


「もういいわ。それよりも、エミリア早く来なさいよ……変身切れそうなんだけど」


 それ、変身なんだ。とは言えなかったが、エドガーは。

 「――ごめん」と、あやまることしかしなかった。

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