75話【一日目~サクヤside~】



◇一日目~サクヤside~◇


 【貴族街第四区画サファラス】。

 難無なんな辿たどり着いた(大嘘)サクヤは。

 様々な屋敷やしきの屋根を俊敏しゅんびんに動き周って、誰にも見つからずに【貴族街第四区画サファラス】まで来ていた。


「ふむ。完全に無警戒むけいかいだな……こんなに簡単だとは思わなんだ……」


 あるじのために、セイドリック・シュダイハと言う貴族の息子を調査ちょうさしに来ているが、監視かんしの兵や護衛ごえいの騎士は極少数ごくしょうすう

 いとも簡単に侵入しんにゅう出来そうで、内心歯応はごたえがなくつまらぬ任務にんむだと思うサクヤ。


「そ、それにしてもだな……」


 屋根の上から街並まちなみを見渡すと、流石さすが快楽街かいらくがいと思わせる光景。

 肌を露出ろしゅつさせた女性が、客引きゃくひきを行っている様子が、チラホラとうかがえる。


「あんなに腹を出して……――おっと。こんなことを言ったら、またサクラに馬鹿ばかにされるな……」


 大胆だいたんにバストトップを露出ろしゅつさせた若い女性が、道歩く貴族の青年に声をかけている。

 貴族の青年はれながらも、女性に腕を組まれて店内に入っていく。


「あれが定常ていじょうなのだな。この世界は……うぅ……身震みぶるいしてしまうな、身売りと言うものは……」


 あの女性にとっては、ほこりのある仕事かもしれない。

 いやいやしている可能性だってある。

 サクヤだってそれくらい分かっている。これで生活をしていけるのもまた事実だと。


「わたしが何を言えるわけではないが、ここに主殿あるじどのを連れて来てはいけないな……うむ。これだけは確定だ……」


 そこら中にいる半裸の女性たちを見渡し、それだけは絶対に阻止そしせねばと確信したサクヤ。


「……さ、さてと。せいどなんとやらという男を探さねばな……確か、西の方に屋敷やしきがあると言っていたか」


 セイドリック・シュダイハの素性すじょうを探るのが本来の目的であり。

 けして快楽街ここを見学するために来たわけではない。


「う~む。大きな屋敷やしきは多々あるがなぁ、せいどなんとやらがどういう見目をしているかさっぱり分らぬしな……またサクラに聞くか?……いや、なんとやらの容姿ようしの話はしていなかったはずだな、そう言えば」


 つまりサクラも分からないはずだと、自分で判断して聞くことを止めた。

 実際じっさい、【福音のマリス】ではすでにフィルウェインとナスタージャは帰っているので、聞き出そうにも遅いのだが。

 しかし、サクラがそんな事を見過みすごすことはなく。

 サクヤが偵察ていさつに出た後、キッチリとフィルウェインから情報を聞き出していたことを、この【忍者】は知らない。


「うむ。ずは屋敷やしきに近づいてみるか……見つかったらを使えばいいだろう。気力も体力も十分だし……失敗はまずないぞ。ふふん」


 魔力の回復は不十分だが、それには気付けないサクヤ。

 エッヘンっと無い胸を張り、誰かにアピールする。

 相談そうだん中に寝ていた甲斐かいがあるというものだ。


「……よっ!……とっ!……ほっ!」


 屋根や煙突えんとつを自由自在に飛び回り、この区画で一番大きな屋敷やしきを目指す。

 途中とちゅう些細ささいな事を見逃さないように、目配めくばせをしながら。


「うわぁ……また過激かげきな服を着ているな……本当に服かあれは」


 最早もはや裸では?と言えそうな服を着た娼婦しょうふが、数人で男を囲んでいる。


「――ちょっっとまてっ!!あの女子おなごはダメであろう!……エミリア殿よりも小柄ではないか!……なっ!あんな大男に声を!?」


 サクヤが見た小柄な少女は、傭兵ようへいらしき大男に声を掛けて、仲睦なかむつまじく店に入ってゆく。


「……ありえんありえんっ!」


 どう見ても幼子おさなごにしか見えない少女が、自分の二倍はありそうな体躯たいくの男に声をかけさそう姿に、サクヤは意気消沈いきしょうちんする。


 《戦国時代》からやってきたサクヤだが。

 確かにサクヤの時代でも、若くして嫁入りする少女は多かった。

 数人いる姉妹の中で、サクヤの妹の一人がどこぞの大名だいみょうとついだと屋敷内やしきないで聞いたこともある。

 サクヤは軟禁なんきんに近い生活をしていたので、単に遅かっただけかもしれないが。


 【魔眼】という異能いのうを持っていたことで。

 家族、特に父からは目の上のたんこぶ扱いされていたサクヤは、代替だいがわりで兄が当主とうしゅになったさいに嫁に出された。

 その道中で【異世界召喚】され、今のあるじエドガーと運命の出逢い(自称)を果たした。


「きっと、わたしは幸運なのだろうな……そう思うと、エミリア殿が嫁に行かされるのは好かんな。エミリア殿だって主殿あるじどのを好いているだろう……?……多分」


 本意でない気持ちのまま、エミリアがどこぞの貴族のバカ息子にとつがさせられるのは、折角せっかくの動物仲間(ローザ命名)としてサクヤも防ぎたい。


「……ん?あれは……やけに豪勢ごうせいな馬車だな……ま、まさかあんなものに乗っている訳はないよ……な?」


 シュダイハ子爵家と見られる屋敷やしきの前に停車ていしゃした一台の馬車。

 金や銀で装飾そうしょくされたとてもきらびやかな意匠いしょうをしており、装飾そうしょくに使われる像は裸婦像らふぞうだ。

 あからさまにこの快楽街かいらくがいを取り仕切る貴族仕様と言える代物しろものに見える。


「……あれで本当に乗っていたとしたら、そうとう趣味しゅみが悪いな……」


 城や寺ならまだしも、馬車に裸婦像らふぞう装飾そうしょくさせる。

 俗世ぞくせうといサクヤですら気付ける絶望的なセンスの無さだ。


「<屋敷やしきに止まった馬車から降りてくるぞ……男二人だ……一人は金髪の長髪、首元で結んでいる。体型はかなり丈夫だ。年齢は……この世界の人物の年齢がよくわからぬが……主殿あるじどのよりは上だと思う。もう一人は禿頭とくとうだ、顔はかなり脂ぎっているな。これがくだんの男ならば、全力で阻止そししたいな……>」


 一人小声でブツブツと言葉をならべるサクヤ。

 自分でも覚えられるようにひとり言を言いつつ、【心通話】でサクラにもつたえていたのだ。


<……りょーかい。金髪の男がセイドリックで間違いなさそう。ハ……禿頭とくとうの方は父親の子爵かな。その調子でお願いね【忍者】……あたしとローザさんは、これからエド君の魔力を回復させるから>


承知しょうちした……サクラ、「ハ」……とはなんだ?何を言いかけた……?>


<……>


<……サクラ?>


 ちょっとした疑問ぎもんだが、サクラは答えない。


<おーい、聞こえぬのか?>


<なんでもないわよっ!いいから偵察ていさつよろっ!>


「何なのだ……急に。よろ?」


 折角せっかく自重じちょうできたのに、サクヤが蒸し返してくるとは思わなかったのだろう。

 サクラは一言告げると【心通話】を切ってしまったようだ。


「……ん?うわぁぁ……なんだ……あれは……ううっ!悪寒おかんが……」


 身震みぶるいさせるサクヤが目にしたのは。


「「「「おかえりなさいませ!デトリンクさまっ。セイドリックさまっ!!」」」」


 あるじたちの帰還きかんを待ち、屋敷やしきの前に並んだメイドたちは、帰ってきた親子に深々と頭を下げると。次々とセイドリックのほほにキスをしていく。


「ああ、なるほどな……これが【キモイ】というやつか……サクラの気持ちが痛いほど分かるぞ……」


 先日サクラが【スマホ】で動画を見ていたさいに発していた言葉を、身にもって感じる。


「いやぁ、出迎えご苦労だね君たち。ふっ、相変わらず、みな美しい」


「「「「ありがとうございます!セイドリックさまっ」」」」


 セイドリックは、キザに前髪をフッ!とき上げにこりと笑う。


「「「きゃあああ!セイドリックさまぁぁ」」」


 キャッキャッとはしゃぐメイドたち、無反応なのは一人だけだ。

 背は高いが小太りのセイドリックが、ここまで心酔しんぱいされている事におどろくサクヤ。


「しょ、正気かあ奴等……感性をうたがうぞ……接吻せっぷんまでしてからに……」


 お世辞にも男前とは言えないセイドリックだが、メイドたちからは人気なのだろうか。


「じゃあ、またね皆。父上、行きましょうか!はーはっはっ!」


「うむ」


 親子は一人のメイドを連れて、屋敷やしきに入っていく。

 残されたメイドは、深く頭を下げて主人を見送っているようにも見えるが、サクヤは見てしまう。

 ごしごしと口元をぬぐい、嫌悪感けんおかんを隠すこともしないメイドの姿を。中には嗚咽おえつらす子もいた。


「お……おぅ……すまぬ女中じょちゅう殿達……感性をうたがうなど言った事、びるぞ」


 下にいるメイド達に向けて頭を下げる。サクヤは心から謝った。


「さ、さてと。わたしも屋敷やしきに忍び込むとするか。警備けいびは……二箇所にかしょしかないな。しかも警備までみな女。まぁ……やる気はないだろうな」


 今のメイド達の反応で、セイドリックに人望じんぼうがないのは確信した。

 金のために仕方なくしたがっているのが大半なのだろう。

 それを我慢できるほどの大金を貰っているのかもしれない。


 サクヤは遠目から見ていた屋根やねを飛び移り、メイドや護衛ごえい傭兵ようへいに見つからないように俊敏しゅんびんに移動して、あっと言う間にシュダイハ子爵家の屋敷やしきの屋根に着いた。


「か、簡単すぎた……あの男がいるのはどこだろうか。女中じょちゅう殿達もそれらしいことはべていないし――おっ!ここから入れそうだな……どれどれ」


 サクヤが見つけたのは屋根裏につながる大窓おおまどだが、よごれまみれで手入れされていなさそうだった。


「しかしここなら、女中じょちゅう殿達も護衛兵ごえいへいもいないだろう……よっと!」


 好都合こうつごうだと、サクヤはここから入ることを決める。

 窓の金具かなぐ小太刀こだちで斬り、静かにガラスを開けて、脚から入る。

 無音でスタッと着地する。が。


 ――ボフゥゥゥゥ。

 ほこりがあり得ないほど舞いって、サクヤは急いで【赤い仮面】をつけて我慢する。


「――うぐっ!」

(そ、掃除もしていないのかっ……!?ぐぅぅ……むせそうだぁぁ!)


「――だ、誰かいるの……?」


「――っ!」

(不味まずいっ……!!)


 偶然ぐうぜんか、屋根裏の物音に気付いたのか、下に降りる階段から小さな声が聞こえ、サクヤは咄嗟とっさ天井てんじょうに飛び、屋根の組木くみきに隠れる。


「誰もい……っ!?――誰かいるのねっ?」


 やってきたのは、メイドの女性だった。

 ほこりまみれの部屋に足をみ入れ、誰かがいるかと確認しに来たその女性は、サクヤが付けた足跡あしあとに気付き、誰かがいると確信したらしい。


(くっ……このうつけめ……どうする、るか……?)


 自分のミスに馬鹿者ばかものいましめ、やってきた女性をはいすると考えたサクヤであったが。

 メイドの女性が口にした言葉に、考えを遮断しゃだんされる。


「――だ、誰かいるならお話をしましょう!?……私はルーリア。ルーリア・シュダイハよ。がいは加えないから、お願い……お話を聞いて!?」


(すだいは?……確かこの家の家名だったはずだな。なぜ女中じょちゅう恰好かっこうを……くぅ。戻る気配けはいがまるでない……出るか?だが……)


「……お願い。刺客しかくさんなんでしょう!?ねぇ!足跡あしあとあるの気付いてるんだから!」


(ははは……気付かれておった)


 当然だろう。窓から着地した足跡あしあとがクッキリ残っている。


「ねぇってばぁ!いるのは分かっているんだからぁ!!」


 地団太じだんだむルーリアと言う女性、足を動かすたびにほこりが舞う。

 サクヤは半眼はんがん天井裏てんじょううらの柱をにらんで、この屋敷やしきの管理の杜撰ずさんさをうらんだ。

 そして、仕方なく覚悟を決める。


(あの女子おなごしびれを切らしそうだな……はぁ、行くか)


 そしてサクヤは、天井裏てんじょううらから飛び降りた。

 メイドの恰好かっこうをした、シュダイハ家の名を持つ女性の後ろに立ち、声を掛けた。

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