61話【看病される日常】



看病かんびょうされる日常◇


 【貴族街第二区画ダイディア】にある、犯罪者達の収監所しゅうかんじょ【ゴウン】。

 その場所で【大骨蜥蜴スカル・タイラント・リザード】と戦い、早十日が経過していた。

 あの時全力を尽くし気を失っていた【召喚師】の少年、エドガー・レオマリスはどうしているかと言うと。


「ふ~。ふ~。はい、エド君!あ~んっ……」


 時刻じこくは昼。

 エドガーはベッドに座りながら、横にある椅子いすに座る少女を見る。

 スプーンで木の皿からかゆすくい。

 みずから冷ましてエドガーの口元に運ぶ。

 服部はっとり さくらこと、異世界人サクラに、エドガーはどうも戸惑とまどいを隠せずにいた。


「あ、あのさ……サクラ」


「――あ~んっ!!」


「……あ、あ~ん……モグ……モグ」


 とても強制力が働いた《あ~ん》をされ、サクラに看病かんびょうされていたエドガーだが。

 何故かここ数日、連続でサクラがエドガーの看病をしている。

 とは言え、エドガーは病人という訳ではない。


 あの日、ローザやサクヤ、サクラに連れて帰って貰ったエドガーは。

 なんと五日間眠り続けた。一度も起きることなく、水分も取らず、トイレにも行かずにだ。

 心配する少女達が見守る中、やっと目を覚ましたエドガーであったが、身体を自由に動かすことが出来ず、こうして少女達に看病かんびょうされていた。

 しかし、その看病かんびょうか、何故なぜかサクラばかりが担当たんとうしていた。


「どお?――美味しい?」


 小首をかしげながら、エドガーに笑顔で問いかけるサクラに、エドガーはついドキリとしてしまう。

 一方かゆの味はと言うと。

 薄味ながら、食べる側への配慮がうかがえる絶妙な塩分の麦粥むぎがゆ

 中の具には香草こうそうと細かくきざまれた小梅が入っており、食感のアクセントになっている。


「う、うん――おいしいよ」


「そっかぁ!よかった~」


 心の底から安心したようにホッと胸をなでおろすサクラ。

 モグモグと咀嚼そしゃくし、ゴクンと飲み込んでサクラに色々と確認をしようと思い立っていたエドガーであったが。


「あのさ、サク――」


「――あ~んっ!」


「……あ、あ~ん」


 有無うむを言わさない飛びっ切りの笑顔で、エドガーにスプーンを差し出すサクラ。


(な、何でこんな事に……?)


 目を覚ました時に一度顔を見ただけで、ローザにもサクヤにも、エミリアやメイリンにも会っていないエドガーは、裏で何が起きたのかがわからないまま、サクラに看病かんびょうをされる。


 


「ふぅ……美味しかった。――さてと……――っ!」


 木皿に入った麦粥むぎがゆを空にし満腹になったエドガーは、立ち上がろうとするが。 

 うまく力が入らずに、バランスをくずしてサクラにささえられる。


「――だ、大丈夫っ!?エド君、無理しないでいいから」


 サクラはエドガーの身体を起こして、ベッドに座らせるが。

 エドガーの顔色は明らかに悪かった。

 しかしそれは、体調面での悪い顔色ではなく、自分の身体が動かない事へのあせり。

 それに近いだろう。


「――なんで、こんなに動かないんだろ……」


「……エド君」


 うつむくエドガーに、サクラは説明しようか迷っている。

 エドガーの不調ふちょうの理由。結論的けつろんてきには、ローザが答えを出している。

 しかし「これを話すのはサクラの自由にしなさい」などとローザに言われてしまったため、サクラは考えたすえに、五日った今も言えずにいた。


(ローザさん……あの人、絶対自分が看病かんびょうできない事への当てつけでしょ!こんな大事なこと……あたし一人で言えないってのー!)


 大事なのは大事な話なのだが、実はそんなに切羽せっぱつまった話ではない。

 いったん言い出せなかったサクラが、深刻しんこくそうにするエドガーに飲まれてしまって、余計よけいに言いづらくなっただけだったりもする。


「――サクラ、何か知ってるんだよね?」


「え」


 ギクリと固まって、エドガーの視線しせんを受け止める。


「「……」」


 子犬の様なエドガーの視線しせんに、サクラは慌ててかぶりを振るい、背を向ける。


(なな、何なの!その顔っ!!反則でしょっ!)


 サクラは肩越かたごしにチラリとエドガーを見るが、エドガーはまだ子犬の様に視線しせんをサクラに向けたまま、何かを欲しがるようにひとみをキラキラさせていた。


「――くぅ~!――もう無理っ!――エド君……話すからその目止めて!申し訳なくなる!」


 エドガーの欲しがり作戦にくっしたサクラは、念の為【心通話】でローザに確認を取る。


<ローザさん。エド君に話しますよ不調ふちょうの事――いいですよね?>


<……>


<ローザさん?>


 反応がないローザに、サクラは席を立って様子を見に行こうとしたが、エドガーの視線しせんを感じ、咳払せきばらいして座り直すだけにした。

 ――すると。


<――勝手になさい>


 少し遅れてローザからの返事があり、その短い言葉にこもった感情かんじょうが、ローザの面倒臭めんどうくささを、サクラは感じ取った。


(めんどくさっ!!)


 けっして【心通話】に乗らないように、心の中で思ったはずだが。


<――悪かったわね>


「いっ!!」


 ローザが先読みしたかのごとく言葉を返してきたので、サクラは「ははは……」と、かわいた笑いを浮かべるしかなかった。





「魔力が、無い……?」


 サクラから説明を受け、エドガーは目を見開いて自分の右手にあるはずの《紋章・・》を見る。

 しかしそこに赤い《紋章》はなく、いたって普通の男子の手があるだけ。

 ひたいにも左眼にも、《紋章》などは無かった。


「うん――ローザさんが言うにはね。あの時放った一撃……あれで魔力がすっからかんを通り越して、許容量きょようりょうを完全に超えてたんじゃないかって」


 エドガーは、三人の異世界人の“契約者”として《紋章》を持っている。

 ローザの右手の《紋章》、サクヤの左眼の《紋章》、そしてサクラのひたいの《紋章》だ。それが今は、無くなっている。

 完全に消えているのだが、それがエドガーの不調ふちょうとどう関係があるのか。


「え~っと。エド君は、“召喚”すると疲れるんでしょ?」


「え、うん。そうだね」


「それ!」


 ビシッと指差し、エドガーに向ける。


「その“召喚”の時の疲労ひろうよりも、何倍もの魔力を使ったからじゃないかって……ローザさんは言ってたよ」


 つまり【大骨蜥蜴スカル・タイラント・リザード】との戦いで、三人分の契約効果である魔力を使い果たし、一時的に上昇していた契約効果が無くなって、元の貧弱ひんじゃくなエドガー・レオマリスに戻った。ということだ。


「じゃ、じゃあ……また元に」


「うん。戻れるはずだよ。現にあたし達はこの世界にまだいるからね。契約が解除かいじょされれば……多分元の世界に帰るんじゃないかなって思うし……いや帰らないけどさ」


 一瞬いっしゅんあせったような表情かおを見せるエドガーだが、サクラがうなずいてくれたことで安心したのか「ふぅ……」と息をき、ベッドに横になった。


「本当によかった……《紋章》が消えてたことには気が付いてたけど、ローザも中々来ないし、聞けない事なのかなって思ってさ……サクラもなんか言いにくそうにしてるし」


 腕で顔をおおって、疲れたように笑うエドガー。


「うっ……なんかごめんねエド君。あたしがもっと早く言えればよかったんだけど」


 サクラも、自分の選択ミスがこの結果をまねいたことを自覚じかくしてか、素直にあやまる。


「いや、サクラでよかったかも……話してくれてありがとう。大丈夫って分かったらなんだか安心して眠れそうだよ……」


 サクラは、エドガーに薄手うすでの毛布を掛けた。


「うん、ゆっくり休んで。多分ぐによくなるってローザさんも言ってるしさ」


「ありがとう。サクラ」


 そう言ってエドガーは眠りについた。

 それを確認したサクラは、起こさないようにそーっと席を立ち、ゆっくりとドアを開けて。


「――ひぃぃぃぃっっっ!!」


 ドアを開けた瞬間しゅんかん

 ローザとサクヤの顔がぬぅっと出てきたことで、完全に油断していたサクラは、心臓にダメージを負ったのだった。

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