41話【額の違和感】



ひたいの違和感◇


 サクヤが食事をしている間に、エドガーはメイリンの掃除を手伝っていた。


「すみませんメイリンさん、いきなり食事を作って貰って」


「えっ!?」


 ロビーの掃除が途中とちゅうだったメイリンは、サクヤが腹ペコだとエドガーから聞いて、急いで特製とくせいのサンドイッチを作った。

 今頃はおかわりを食べているはずだ。


「どうしたの?エドガー君、また急だね」


 メイリンは、急なエドガーの謝罪しゃざいに本気で驚いていた。


「いや、メイリンさんも忙しいのに悪かったなぁって」


 ほうきを持つ手を止めて、すっかりしずみ込んだエドガーが、神妙しんみょう面持おももちでメイリンを見る。

 このエドガーの表情は、メイリンも見慣れたエドガーの昔からのくせだ。

 最近は出なくなっていたと思ったのだが。


 エドガーは、卑屈ひくつモードになっていた。

 他人にばかり気を使い、自身の優先順位をおろそかにする。

 悪癖あくへきと言ってもいいそれは、確かにローザがここに来てから少なくなっていた。


 だが、それもこれも。エドガーがが、エドガーをそうさせていた。

 エドガーは、熱くなる額・・・・・に手を当て、食堂で聞こえて来た会話を思い出す。


 自分の心をさらけ出した、少女の吐露とろ

 心の中からつたわる――本音。


(あの声は、どう聞いてもサクラだった。それにローザの声も聞こえた……)


 幻聴げんちょうで無ければ、勝手にプライベートの会話を聞いたことになるのではと、不安になっていた。


「エドガー君、大丈夫?」


 おでこに手を当てたエドガーが何かを考えこんでいるのか、話しかけても反応しなくなり。

 メイリンは心配になってエドガーに近寄り、弟の様な存在のその少年をのぞき込む。


「……あ、すみません。大丈夫です」


 もし聞こえて来た会話が幻聴げんちょうで無いのなら。

 エドガーはサクラとローザに謝罪しゃざいしなければならない。

 だがそれは、メイリンには聞かせてはならない。

 記憶が曖昧あいまいになっているメイリンに、異世界の話もそうだが、先日の戦いの事などは、なるべくかかわらせたくない。

 それが、エドガーやエミリアの兄、アルベールの同意見どういけんの考えだ。

 ローザだけは「素直に話せ」と言っていたが、ここはアルベールの意見を尊重そんちょうさせてもらった。


「そう?ならいいんだけど。本当に大丈夫?何かあったら相談してね?私はエドガー君のお姉ちゃんみたいなものなんだからっ」


 ズキリと胸が痛む。こんなにも心配してくれて、優しく接してくれている人に、エドガーは隠し事をしている。

 今はそんな状況ではないが、とても心苦しい。


「はい、大丈夫です。ありがとうございます、メイリンさん……」


 必死に笑顔を作り、メイリンを安心させようと強がる。


「……そう、それならよかった」


 悲しげに笑い、メイリンはエドガーに背を向け掃除を再開する。

 うつむくその背中は、泣いてるようにも見えて、より一層エドガーの心をめ付けた。


(ごめんなさい……メイリンさん。今は、まだ)





「ふぅ。一通り終わったわね」


「はい、そうですね……それじゃあ、サクヤの所に戻りましょうか」


「ええ――あ!エドガー君は先に行ってて……あの子達サクヤとサクラのベッドシーツ、していたのがそろそろかわくころだと思うから」


「いや、それなら僕も……」


「ううん。大丈夫……サクヤさんの所に戻ってあげて?」


 そう言い残し、エドガーの返事を待たずにメイリンは外へ出ていった。


「……しょうがない、戻るか」




 食堂に戻ると、サクヤとサクラが、頭突ずつきあいをしながらにらみ合っていた。


「……何してるんです?」


 エドガーがあきれ声を掛けると、ひたいをすり合わせたまま、サクラが振り向く。

 サクラが首を振り向いた瞬間、ゴリッと音が鳴り。サクヤが悶絶もんぜつした。


「ぬあぁぁぁぁっぅう!」


「な、何っ!?」


 サクラはサクヤの反応を予想しておらず、大きな声に驚き、動物のように飛びねていた。


「お、お主……何という石頭・・なのだ!!石頭と言うよりも、だぞぉ!」


「……あっ!――ああっ!!そうだ!ナイス【忍者】っ!」


 その石頭を抱えて、サクラが何かを思い出したかのように自分の荷物の中をあさる。


「一体どうしたの……?」


 ゆっくりと食堂に入ってきたエドガーが、テーブルに着いていたローザに聞く。


「……さぁ?どうしたのかしらね」


 風呂上がりのミルクを飲みながら、別段べつだん興味なさそうにつぶやく。


「ねぇ~、私には~?」


 ぐでぇっとテーブルに突っし、真っ赤な顔でエドガーに要求するのは、勿論もちろんエミリアだ。

 エドガーは、エミリアも入浴していたことは知らない。しかし。


「エミリア大浴場にいたんだね。大丈夫かい?顔、真っ赤っ赤だけど」


「えへへ~、大丈夫だよ」


 エドガーに心配されたことで、にへら~と笑うエミリア。

 しかし、ローザは耳聡みみざとい。


「……ちょっと待ちなさい、エドガー」


「はい?」


 エミリアにお水を持ってこようと、厨房ちゅうぼうに行こうとしたエドガーだったが、ローザに引き止められる。


「どうして、私が大浴場にいたことを知っているのかしら?……」


「――え……いや。そ、それは、その……」


 エドガーが、何故なぜ自分では無くエミリア。と言ったのかがやけに気になり、追及ついきゅうを始める。

 しかし、それと同時にサクラの目的も達成たっせいされたようで。


「――何これぇっ!!」


 サクラは左手で前髪を全上げして、右手で持った手鏡でひたいを見ていた。

 そこには、サクヤが言った石頭の答えがあった。


「これ、どう見ても《石》なんですけどっ!と、取れないし!?」


 大浴場で一度感じた違和感を再び思い出した。

 エミリアに邪魔?されて半分以上忘れていたが、おさないころに傷を受けた箇所かしょ

 そこに、細目に伸びた菱形ひしがたの白い宝石があった。

 その白い宝石は、エドガーが母から貰った“魔道具”、ホワイトサファイアの宝石【朝日のしずく】に酷似こくじしていた。


「……仕方がないわね。話は後で――サクラの所にいきましょう」


「……分かりま――わ、分かった」


 サクラの慌てる姿を、エドガーや他の三人も見て、サクラのもとに寄ってくる。


「ど、どうしたの?サクラ……」


 エミリアは、恐る恐ると言った感じでサクラに声をかけるが、若干のビビり感があるのは気のせいだろうか。


「……確かに《石》ね……サファイアかしら」


 ローザはミルクのカップを持ちながら、しゃがんでサクラのひたいを確認する。


「あ。【朝日のしずく】と似てる……」


 エドガーも、くだんの《石》を見るものの、サクラと目を合わせようとしない。

 そんなエドガーをいぶかしむサクラ。


「エドくん……あたし、何かしたかな?」


「あ、いや……その」


 首をかしげ、エドガーの不自然な態度たいどに違和感を感じたサクラもエドガーを追求しようとするが、エドガーは一向に目を合わせようとしない。

 その明らかにおかしいエドガーの態度たいどに、先程の続きと言わんばかりにローザが追随ついずいする。


「エドガー……こっちを見なさい、こっち!」


「いや、ローザ……待ってくださ、待って――わ、ちょ!」


 ローザは、はなれようとするエドガーを押さえ、正面を向かせようと床に座らせる。

 毎日掃除はしているので綺麗な状態だが、問題はそこではなくローザの座り方だ。


 エドガーを座らせた後みずからも座るが、いつもの黒いタイトスカートではなく、さらに短いスカートで胡坐あぐらをかき、完全に丸見えな恰好かっこうで座っている。

 これではエドガーでなくても、あたふたするだろう。


「ちゃんと……見なさいっ!!」


 エドガーのシャツの襟首えりくびをむんずとつかみ、床に組みせる。


「ぐっ……痛いよ、ロー――っん!?」


「ど、どうしたのエドくんっ!?」


「ああ!無理無理、見れないよ!!」


 エドガーの目に飛び込んできたのは、しゃがみ座りするサクラの白い三角コーナー。

 完全にスカートの中が見えてしまっている、慌ててギュッ!とまぶたを閉じる。


「ふっ……強情ねエドガー。エミリア、こっちに来なさい!!」


「えっ……え!?」


「え?じゃない、エドガーの背中に乗って目を見開みひらかせて」


「ええ!?で、でも……」


「――やりなさい」


 ローザは何かスイッチが入ってしまっているようで、実は遠目で見ていたエミリアも、巻き込まれた。

 サクヤだけは「かしましいのぉ」と、ミルクをズズズ~とお茶飲みしていた。

 どうやら助ける気はないらしい。


「ちょ!エミリア!?」


 「ええ!?」と言いつつ、じりじりとにじり寄るエミリア。

 両手をワキワキさせて、エドガーをまたぐ。

 内心楽しんでいるのがバレバレである。

 トスンとエドガーの背中に座り「ごめんね!」と謝りながら、人差し指と中指で、エドガーのまぶたを強引に開ける。


「いはっ、いひゃい!!えいいあっ!!やえれ……」

(いたっ、痛い!!エミリアっ!!止めて……)


 何故なぜか小指を口に入れ、エドガーの口をもふうじていた。


「話す気になったかしら?」


 まるで悪の親玉みたいなローザが、嗜虐しぎゃく的な笑みを浮かべながらエドガーの顔をでる。ゾッとしてしまう。


「ううぅっ」


 今回、唯一ゆいいつまともだと思ったエミリアにまで参戦さんせんされ、とうとうエドガーは降参こうさんする。


「ぷはっ……分かりま――分かったよ……分かったから、座ろうよ!」


「もう、座ってるけど?」

「座ってるじゃない」

「あはは。エド、もう座ってるよ」


「――椅子にだよっ!!」


 無防備すぎる女子達にとうとう頭に来たのか、エドガーらしくないツッコミが出たところで、ローザが悪乗わるのりを止めてくれた。


冗談じょうだん。話す気になったなら何でもいいわ……例え、下着パンツを見られても……ね」


「――いっ!?」


 ローザはエドガーの視線しせんに気付いていたらしい。当然だ。

 サクラは、ばばっと手で隠すもすでに手遅れだ。


「……なっ!」

<なんで気付かないのよ、あたしのバカ!!>


「!!」


 またサクラの声が聞こえる。

 頭に直接、そして更に。


<いい思いをしたでしょう?エドガー……>


 ローザの、エドガーに話しかけるような声まで、完全に聞こえる。


<な、なんで……何が!?>

<やっぱり、思った通りね>


 笑顔を見せながら、エドガーを起こすローザ。

 エドガーは、呆然ぼうぜんとローザを見るしか出来なかった。

 まるで全て見通しているかのように、心の中でエドガーに声を掛ける。


<エドガー。ひたいを見せなさい、きっと私の《石》と同じよ>


「《石》!?そ、そうか!」


 ローザとの心の中の会話に、つい大きな声で返してしまう。

 サクラは「わっ!」と驚き、エミリアはビクッ!と反応し。

 蚊帳かやの外と思われたサクヤは、ジィっとエドガーとローザの二人を見ると。


<――やはりこれは主殿あるじどののお力であったのか……何度も何度も頭にかたり掛けて来るので。気が滅入めいりそうであったのです。しかし、どうだろう、わたしにもできましたぞ!褒めてくれますか?>


「うわっ!何よ【忍者あんた】まで、急に大声で……って、あれ……今しゃべってた?」


「む?」

「え……?」

「……」

「これって……」


「何?どうしたの?三人して、同士で通じ合ってないで、私にも教えてよ……」


 謎の反応をするサクヤ、サクラ、そしてローザとエドガー。

 一人完全に、仲間外れ状態のエミリアの発言で、等々とうとうエドガーが気付く。


「……これってまさか、契約の力・・・・……なのか」


 サクラのひたいの《石》と、エドガーがひたいを気にした理由に合点がてんがいき、一人で納得するエドガーだった。

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