不遇召喚師と異世界の少女達～呼び出したのは、各世界の重要キャラ！？～

40話【雪解けて桜は咲く】

◇雪解（ゆきと）けて桜は咲く◇

「ローザの馬鹿力！――どうすればティーカップがあんな割れかたするの！？」

　ぷんぷんと怒りながら、大股（おおまた）で階段を歩くエミリア。

　後方からはローザが自嘲気味（じちょうぎみ）に歩いている。

　二人は今、二階の休憩スペースから下り、急ぎ一階の大浴場に向かっている。

「……しょうがないでしょう、あんな簡単に割れるなんてどこの誰が思うのよっ」

「いやいや、どこの誰でも思うからっ！それに普通は、あんな温め方はしないの！」

　ローザがティーカップに入った紅茶を温めようとして、右手の《石》に魔力を込めた瞬間。

　紅茶は温まったものの、力加減を間違えたローザの握力（あくりょく）でカップは壊れ、中身を身体にぶちまけたローザ。スカートがびしゃびしゃだった。

「……簡単に温められるのに」

「だから～。そういう所だよ……」

　ガックリと肩を落とすエミリア。

　エミリアは、流石（さすが）にローザの浮世（うきよ）離れした行動に危機感（ききかん）を覚えた。

　後でたっぷりとメイド達に協力してもらって、ローザに一般教養（きょうよう）を叩き込んでもらおうと心底思った。

　大浴場に着き、赤い女湯の暖簾（のれん）をくぐって、エミリアはすぐさまローザの服を脱がしにかかる。

「――ほら、脱いで脱いでっ」

「分かったから。引っ張らないで――って、自分で脱げるわよ」

　まるで駄々（だだ）をこねる子供を脱がせる様に、エミリアがローザの服を脱がせていく。

「いいから！ほら、紅茶でスカートがベトベト。太股（ふともも）にくっついてるよも～……あ！言っておくけど、お湯は熱くしちゃダメだからねっ！」

「……分かってるわよ」

　何故（なぜ）か甲斐甲斐（かいがい）しく世話を焼くエミリアに、ローザは若干（じゃっかん）の気恥ずかしさを抱えるものの、決して嫌がることはしなかった。

　エミリアの持つ、謎の能力。

　誰とでも親しくすることが出来るコミュニケーション能力を、ローザは地味に尊敬（そんけい）していた。

「……随分（ずいぶん）大人しいね」

「――別に。何でもないわよ」

「え～。なんか怪しいなぁ」

　気恥ずかしが勝（まさ）って本音を言えないローザ。いや、言わない。だろうか。

　いつも冷静でクールに見えるローザだが、根は恥ずかしがり屋で真面目な女性だ。

　それもこれも、どこぞの“天使”が悪い。と、ローザ本人がそう思っているので、追及（ついきゅう）は無しだ。

「よし、入ろう！やっぱり、人の世話するのは楽しいねっ」

「楽しい？」

　世話される側の貴族のお嬢様が、不思議なことを言い出す。

「うん。――屋敷（やしき）にいる時は、よくナスタージャのお世話をしてるんだ～」

　笑顔でとんでも発言をするエミリア。

(あの子（ナスタージャ）、よくクビにならないわね……)

　ローザの入浴時間。最近は、一日の最後となっている。

　お湯を熱くし過ぎて、他に入る人が入れなくなる程に高温にしてしまうからだ。

　いくつかある湯船も、もれなく熱してしまうため、数日前にメイリンに怒られたのだった。

「あれ？誰か入ってる」

「ん？あら本当ね」

　ローザを全裸にひん剥（む）き、自分も服を脱ごうとするエミリアが、隣にある籠（かご）に衣服が入っている事に気付く。

　そしてローザが、その衣類の入っている籠（かご）を確認する。

「この見慣れない服……サクラみたいね」

　サクラの服は元の世界、【地球】での制服だ。

　因（ちな）みにサクラの制服はブレザータイプ。

「ホントだ……こんな早くからお風呂なんて」

　この二人も人の事は言えないのだが、エミリアは分かって発言しているのだろうか。

「サクヤは居ないみたいだけれど、エドガーと一緒みたいね」

　《石》を見ながら言うローザ。

「ん～。多分……？」

　エミリアは服を脱ぎ終わると、サクラの脱いだ衣類に注視（ちゅうし）する。

「……下着。なんかすっごくカワイイ」

　サクラが履（は）いていたと思われる白いショーツをまじまじと見るエミリア。

　貴族街の高級店で売っているような、きめの細かい、肌触りのとても良い物だった。

「何まじまじと見てるのよ……まさかそっち（・・・）の趣味があるの？」

　余（あま）りにも熱心に下着を見るエミリアに、思わず本音を漏（も）らすローザ。

「ち、違うよっ！！だってこれ、物凄く高級だよ？だからサクラって、貴族なのかなぁって……」

　自分が貴族なのを忘れているかの様な発言だが、実際エミリアも質のいい下着は持っている。

　ただ、身に着ける機会がないのと、勇気が足りないと言うだけだ。

「だからって下着をそんなに見つめてたら。いくら女同士でも捕まるわよ？」

「うっ。それはそうだね、ごめん……」

　急に冷静になり、下着を元に戻す。

　エミリアは、後でサクラに詳（くわ）しく聞こうと心に決めた。

　反省して、二人で湯に向かう。カラカラと扉を開けると。

「ああぁぁ～。気持ぢいぃぃぃ……」

　そのサクラが、だらしのない声を上げて温泉を満喫（まんきつ）していた。

「――サクラ。貴女（あなた）も入っていたのね」

「んぇ？――っローザさん！……に、エミリアちゃん？」

　通常でも高温な熱い湯船に入り、頭にタオルを乗せたサクラは、ぐだぁっとした姿を直（す）ぐに整（ととの）えて二人を迎（むか）えた。

「――えぇ！？熱くないのサクラ。この湯」

　エミリアからすれば、この湯船はローザが熱くしなくても充分（じゅうぶん）熱いものだが、ケロッとしているサクラ。

「うん。全然平気だけど。ってかまだぬるいくらいかな……」

「へぇ、やるわねサクラ」

　なぜかローザが対抗（たいこう）心を出し始めて、エミリアはまずいと感じローザを止める。

「いや、駄目だよローザ……それにしても、これがぬるいの？」

　エミリアはちゃぷちゃぷと手を入れてお湯を確認するが。

「熱っ！む、無理無理っ！私は入らなくていいや、身体だけ洗（あら）う」

　と言って、直（す）ぐに洗（あら）い場に行ってしまった。

　去（さ）り際（ぎわ）に「あ、ローザ絶対ダメだからね！」と念押しをして。

「――しつこいわね、まったく」

「ロ、ローザさんも熱いの好きなんですか？」

(うわぁ……でっかぁ……！あの【忍者】よりはあるし、エミリアちゃんよりも大きいよね)

　ローザの身体を見て、多少自信のあった自身の身体をムニムニと触るサクラ。

　時代的に、栄養価（えいようか）の充分（じゅうぶん）な生活を送っていたサクラと、《戦国時代》で、貧（まず）しいながらも日々を送って来たサクヤとでは、成長具合が違う。

　同じ魂（たましい）を持っている二人だが、悲しい事に、実は身長や体型が全然違っていた。

　サクヤのサイズは、エミリアが親近（しんきん）感を覚えそうなほどの慎（つつ）ましい感じ。

　一方サクラは標準よりは大きく、かと言って大きすぎることの無い感じ。

　自分でよく言えば、丁度いいサイズ。らしい。

　何の話かは、お察（さっ）しだろう

「そんなに興味ある？」

　サクラの視線（しせん）を、その大きな胸で敏感（びんかん）に感じ取りローザが言う。

「あ、すみません……つい」

「別にいいけれど。流石（さすが）にそんなに熱い視線（しせん）で見られたら恥ずかしいわね……」

　瑞々（みずみず）しい身体に掛け湯をしながら、ローザは少しだけ照れている。

　お湯は弾（はじ）かれ、見事素肌（すはだ）に水滴（すいてき）が残らない。

　チャプチャプ――と高温の湯船に入り、サクラの隣に座った。

「いや～。余（あま）りにもローザさんが綺麗でビックリしてしまって、あたしの世界でも中々いませんよ？ローザさんみたいなスーパーモデル」

「そう？ありがと……」

　一部言葉にピンと来てはいないが、褒（ほ）められているのは間違いないようだ。

「エミリアちゃんもカワイイし、メイリンさん？でしたっけ、あの人も綺麗で、エドくんハーレムじゃん……って思ってました」

　両手にお湯を掬（すく）い、ちゃぱちゃぱと零（こぼ）す。

「周囲（しゅうい）から見れば、きっと貴女（あなた）もその一人になるわよ……サクヤもね」

　今の所“召喚”された三人は女性だ。

　エミリアの兄アルベールや、【鑑定（かんてい）師】のマークスなど男性もいるが、メイドの二人や妹を含めれば圧倒（あっとう）的に女性の比率（ひりつ）が高かった。

「そう言われればそうですね……ま、あたしがハーレム要因（よういん）なんてなれるかわかりませんけどね、あははっ」

　サクヤは進んでこの世界に来たらしいが、自分はどうだろうと考える。

　あの時見た光景は、エドガーとローザやエミリアがイチャイチャしていて、それに何故（なぜ）か自分とサクヤが参戦しに行くものだった。

　それを見て、その光景を止めようとしただけな気がする。

　謎の声に言われるがまま、名前を答えてしまったから、だから自分はここにいるのだ。

　そう感じている。

「……その内理解（りかい）するわよ。貴女（あなた）にもね」

「えっ？」

　そう言い残して、ローザは洗い場に向かう。

　途中（とちゅう）で桶（おけ）に水を汲（く）んで持って行った。ニヤリと笑ったのはサクラの見間違いでは無いだろう。

　もしかして、そんな子供じみた事をするつもり？

「――分かるって、何が……」

　どちらかと言えば巻き込まれた方だと思っているサクラは。

　ローザが言った、まるで自（みずか）ら進んで来たともとれる言葉に、少し苛（いら）立ちを覚えた。

　そしてその瞬間。

「――ぎゃあぁぁぁぁぁぁ！！つめったぁぁっい！！」

　身体を洗（あら）っていたエミリアの、令嬢（れいじょう）らしからぬ悲鳴で、ローザは子供扱（あつ）いされた事を許した。

◇

　ローザとエミリアが身体を洗（あら）い終わり。

　エミリアはぬるめの湯船に、ローザはサクラと同じ高温の湯船に再び入る。

「それにしても、貴女（あなた）の恰好（かっこう）は不思議ね」

　身体をグーンと伸ばしながら、ローザは自分の思ったことを率直（そっちょく）に言い放つ。

「不思議……ですか？」

「ええ。あんな服装でいれるなんて、平和な世界なのでしょうね……きっと」

　サクラの世界【地球】。

　確かに、ローザの世界からすれば、平和な生温（なまぬる）い世界かもしれない。

「……そんなことないですよ。ネットの中じゃ、毎日誰かが戦争してますし……言葉っていう武器だけで、簡単に人を殺すような世界です。顔も見えない誰かに殺される人がいるって……最悪ですよ。噂（うわさ）は尾ひれはひれで広がって、こうやって別の世界に行きたい人が増えていくんです」

　実感のこもった言葉にローザも、少し離れたエミリアも察（さっ）する。

　そして言葉を発したサクラ自身も、自分の言葉に気付いた。

「あ、そっか……だから、あたしも……逃げてきたのかも知れませんね」

　そう言えば、納得できる。

　サクラがこの世界に来たのは、家族や学校に嫌気を感じて、異世界に逃げた。

　そうなんだろう。無意識に現実から逃避（とうひ）したのだ。

「あたし、今日……って言うのかな？この世界に来る直前まで、周（まわ）りに中傷（ちゅうしょう）されてたんですよね」

「中傷（ちゅうしょう）……？」

　ローザは髪をかき上げて、沈（しず）むサクラの顔を見る。

　エミリアも、心配そうにちらちらとこちらの様子を見ている。

「なんだろ。イジメってまではいかないかもですけど……友達なんていないし、学校じゃ一人だし、あたしひねくれてるから……誰も助けてくれなくて」

(あれ……？――あたし、なんでこんな事話してるんだろ……初めて会った人達に)

「両親も、あたしに興味ない感じで……妹ばかり構うんですよね」

　中学生の頃に産まれた、年の離れた妹。

　妹が産まれてから、普通の家族に憧（あこが）れていた母は、人形染みたサクラを完全に見離して、リスタートした。

　ふと額（ひたい）を触（さわ）り。

　子供の頃に母から突き飛ばされ出来た傷に触（ふれ）る。

(――ん、あれ？何これ……)

　髪に隠れた上の生え際（ぎわ）、縦に傷があるはずの場所に、固い何か（・・・・）がある。

　まるで、《石》の様な硬さだ。

「なんだろ……？」

　触（さわ）りなれないその物体を確認しようと、籠（かご）に入れた鞄（かばん）の中にある手鏡を取りに行こうと、湯船から立ち上がったサクラだったが。

「――サクラぁぁぁぁっ！！」

　ジャバジャバと、熱いはずの湯船に移（うつ）り、エミリアが湯船を跨（また）いでサクラに抱き付いてきた。

「え、わっ！？エミリアちゃん！？」

(え、何々？どうしたの！？)

　気づけば、ローザまでがサクラの近くにおり、サクラとエミリアをまとめて抱き寄せた。

「えぇ！？どうしたんですかローザさんまで……」

「――いいのよ。ワザと明るい振りなんてしなくても。素直になりなさい？大丈夫。私も、エミリアも理解（りかい）してる……それに、きっとエドガーも受け入れてくれるわ」

「――っ！！」

「な、何言って……あたし、ワザとなんて」

(あれ……あたし何話してたんだっけ、何でこんなに……目が、潤（うる）んで)

　この世界に来て、優等生だった自分は捨てて明るい自分になる。

　無意識に、そう演（・）じ（・）て（・）いた。

　いい子を演じて来た日本での十七年間。

　新しい世界で、明るい自分になれば、きっと前より上手（うま）くやれると思っていた。

　そんな考えを、ローザにも、エミリアにさえも看破（かんぱ）されていたのだろうか。

　それなのに、妙（みょう）に悲しくない。悲しみどころか嬉しさ、喜びがこみ上げてくる。

「あれ？――あたし……何でな、泣いて」

　上を向いて涙を堪（こら）える。

　しかし、涙はとめどなく溢（あふ）れて頬（ほほ）を濡（ぬ）らす。

「大丈夫よサクラ……ここには私達しか居ない。貴女（あなた）を中傷（ちゅうしょう）してきたつまらない人間は居ないの。だから、自分に（・・・）なりなさい」

「自分に、なる……？」

　演じて来た優等生な自分も、新たに演じようとした明るい自分も。

　ここでは必要ない。

　自分自身になる。

　それは簡単そうで、とても難（むず）しい事だ。

　ローザとエミリアに抱きしめられて、人の温かさを知るサクラ。

　――子供の頃から欲しかった、温もりだ。

「一緒にいようね……サクラ」

　背の低いエミリアは、サクラの首に近い場所で泣いているように見えた。

　ローザは、優し気な眼差しをし、サクラの頭を撫（な）でる。

「少しずつで構わないわ。ゆっくり……ゆっくりと進んでいきましょう」

「……はい」

　今日あったばかりの人が、自分のくだらない身の上話で、悲しんでくれた。

　何故（なぜ）そんな話をしてしまったのか、それは分からない。

　でも、サクラの心にあった冷たいものは、溶（と）けて行った気がする。

　きっと完全ではないだろう。

　まだ暗く、冷たいものは残っているかも知れない。

　会ったばかりの赤の他人に、自分の心をさらけ出して、涙まで流した。

　もしこれも演技だったならば、サクラは女優になれるだろう。

「……。――あっつぅ！！」

　ひとしきり泣いて、恥ずかしさが戻ってくる頃。

　エミリアが湯船の熱さに気付き、急いで湯から上がる。

「……エミリア。本当に貴女（あなた）って」

　ローザは呆（あき）れ、サクラは笑う。

「あははっ！面白いねローザさん……エミリアちゃんって」

　涙を指で拭（ぬぐ）い。

(自分に……なる、か。出来るかな……あたしに)

「あ、そーだ、【忍者】……サクヤには言わないでくださいね」

　同じ存在であるサクヤにだけは、不思議と知られたくなかった。

「……言うと思っていたわ」

「さてと、そろそろ上がりましょうかっ、のぼせそうですよ、あたし」

「そうね。エミリアはもうダメそうだけれどね」

　お風呂に入っていた時間は、そう長くはない。

　まさかこんな展開になるとは、サクラは勿論（もちろん）、ローザも予測（よそく）していなかっただろう。

　エミリアがサクラを抱きしめに来なかったら、あのままスルーされていた可能性まである。

　異世界ライフ初日、服部（はっとり） 桜（さくら）は、異世界人サクラとして、自我（じが）を持ったと言える。

　勉学（べんがく）に励（はげ）む優等生なんて演じることの無いこの異世界で。

　新たな一歩を歩（あゆ）みだせる。

　それがいいか悪いかは、これからのサクラが知っていく事だ。

　少なくとも、サクラの心に入り込んだあったかい日差しは、明るい未来を指示（さししめ）している。