39話【少女達のそれぞれ】



◇少女達のそれぞれ◇


 ――今。

 あたし服部はっとり サクラが求めるもの。

 あたしがいた世界では必ずあるものであり、欠かせないもの。

 それは入浴。

 人には、特に女性、ましてや花の女子高生であるあたしには、異世界であるこの場所に、キチンとした入浴施設しせつがあるのか、それが気になっていた。




「――な、何これ!」


 驚きを隠せずに。あたしはポカンとながめる。


「何って、大浴場ですけど……」


 これからあたしがお世話になる、この家。

 正確には宿屋【福音のマリス】。その主人、エドガー・レオマリス。

 先程彼から説明された時、まさかこんな大浴場があるなんて思いもしなかった。


「それは見たらわかるよ!そうじゃなくて、なんでこんなに立派な温泉おんせんが……」


 事前にあたしが『あのさ、お風呂は?』と質問した時、エド君は。


『この国では、熱いお湯は主流しゅりゅうでは無いので、あまり期待しないでくださいね』


 と、言われた。だから正直言ってかなり落ち込んだ。

 異世界まで来て、水浴びで済ますなんて考えられなかった。

 あたしはお風呂が大好き。嫌いな人の方が少数だろうけど。

 日本人である以上、この温泉を見た瞬間、嬉しさが心を満たした。


(異世界ここに来て良かった……)


 みずから選択した異世界への旅立ちを、あらためて喜んだ。


「でも注意が必要で……お湯と水はこの場所から持ち出せません」


「――ん?持ち出す必要ないでしょ?」

(どゆこと?)


 もっともな事だよね。


「えっと。下町には水道がないんですよ。だから大半の下町民は、川の水を使用しているんですけど、この大浴場は父が作った“魔道具”なんです、複合ですけど」


「“魔道具”……」


 そう言われてしまえば、今のあたしに返す言葉はない。

 異世界という特殊な場所で、ファンタジーな話に日本人の理屈りくつを言っても、どうしようもないからね。


「うん。この“魔道具”は未完成、というか不完全というか、そのせいでお湯と水が運び出せないんですよ」


「なにそれ……」

「わたしは、もと居た【ヒノモト】とあまり変わらないですが……」


 あたしは呆れ、【忍者】は別に平気そう。


「……すいません」


「あ、違う違う、エドくんに言ったわけじゃないから!」


「ふふん!謝れ謝れっ。不敬ふけいなのだぞ?」

「――うっさいなぁ!!」


「ともかく、いつ使ってもらっても構わないので。あ……でも、ローザと入る時は注意してください……なんか、あの人もの凄くお湯を熱くするらしいので」


 メイリン談、であるらしい。


「じゃ、じゃあ、今!今入ってもいいかなっ!?」


 温泉に入れると聞いて、入らないわけにはいかない。

 あたしは興奮して、エド君にめ寄る。


「い、今ですか?……別にいいですけど」


 本当はよくない気もするが、あたしのいきおいに押されて許可してしまうエド君。多分、この男の子はお人好しだ。


「心配せずとも大丈夫ですぞ!主殿あるじどの!このサクヤが、この偽物にせものに代わって、この城の説明を聞き及びます!!」


「誰が偽物にせものよっ!」


 あたしを指差し、胸を張ってほこらしげにする【忍者】。

 さっきまではチンプンカンプンで話を理解できてなかったはずだが。

 この【忍者】は本当に大丈夫だろうか。


「……ったく。まあいいや。それじゃあ、そういう訳だから!あたしは温泉に入らせてもらうね」


「……わ、分かりました。――僕はこの先にある食堂を案内しますから」


「オッケー」


 了承し。あたしは大浴場、赤い暖簾のれんがかけられた方へ入っていった。


「――よく女湯ってわかったねサクラ……――あ、じゃあ、行きましょうサクヤ」


承知しょうちいたしました!」


 ――そうして【忍者】はエド君に連いて行ってくれた。


「さてと……ふふふ。温泉なんて超久しぶりだし……堪能たんのうするぞ~」


 子供の頃に一度だけ家族で行った、温泉旅行。


なつかしいな……」


 あの時は、母もまだあたしに優しかった。

 今はもう帰れない世界にほんを思い出し、肩にかけていた学生鞄をかごに。


「――あれ!?かばん?何でかばんが……確か学校に置きっぱなしにしたはずなのに」


 スケベ教師に狙われて、身を危険にさらされたあたしは必死に逃げた。

 教室に置いていたはずの私物が、なぜか異世界にあった。

 というか今まで気付かなかった。はずい。


「な、何で?――怪しさ満点じゃない?」


 ジィィィと、ファスナーを開けて中身を確認する。

 勉強道具に。わずかな化粧品に【スマホ】、空白の多い手帳やタオルなどの小物が、一切変わらず入っていた。


「あ、あたしのだ――この【スマホ】とか……意味無いだろうに」


 まさか異世界に電波が届くなんて言うバカな事があるの?


「――う、噓でしょ!?」


 あった。

 あたしは画面を点灯させ電波を確認する。

 その画面には、しっかりと立つ小中大の四本棒。


「なんで電波があんの!?――ん?ああっ!」


 この世界に“召喚”される前に、あの機械染みた声が言った事を思い出す。


『デハセンタクスルノダ』


 1、凄い強い武器。

 2、凄い強い能力。

 3、凄い強い何か。


「何かって何よっ!?」


『コタエハミズカラデカクニンセヨ』


「ちょっと!適当てきとう過ぎでしょ……」


『センタクセヨセンタクセヨセンタクセヨセンタクセヨセンタクセヨセンタクセヨ』


「あー!うるっさいなっ!!分かったから、2!2番にする!!」


『センタクハカンリョウシタ。デハ、【エイチノヒラメキ】ヲサズケヨウ。……ヨイイセカイライフヲ』


「あ、ちょっとまって!あの【忍者】は何を選んだの!?」


『デハ、ヨイイセカイライフヲ……』


「コラぁぁ!無視するんじゃな~い!!」




「まさか【叡智えいちの閃き】?……その能力ってこの【スマホ】とか?言わないよねぇ」


 異世界でも使える“電波のあるスマホ”が、あたしが選んだ能力なの?


「そう言えばあの変な声……前回の人物は【孤高なる力】を選んだって……それってローザさんの事じゃ――あれ、でもこのかばんは?」


 前回の人物があの人ローザさんかも知れないと考えるのは妥当だけど。

 いったい【叡智えいちの閃き】とは、どんな能力なのだろうか。


「……と、取りえず、お風呂に入ろうかな」


 異世界の常識など分かるはずもなく、あたしは考えるのを止めた。思考停止だ。

 服を脱ぎ、脱衣かごたたんで入れ全裸になると、用意されていたタオルを持ち、身体をかくさずに進む。

 温泉にはいれて嬉しい気持ちと、自分の能力が意味不明な事で、何とも言えない気持ちで大浴場に足を向けた。





 サクラは大浴場に入っている。エドガーは宣言せんげん通りにサクヤを連れて、食堂と厨房ちゅうぼうを案内していた。


「ここが食堂です。そしてあちらが厨房ちゅうぼうですね」


「なるほど、かまどでは無いのですね……」


「ええ。これも“魔道具”ですね、確か……【あいえいち】?だったはずです」


 父が作った“魔道具”のかまど

 内蔵された【陽光石】を発火させて火をつける“魔道具”らしい。


「【あいえいち】……ふふ。覚えましたぞ主殿あるじどの!」


 自信満々のサクヤの言葉と同時に「クゥゥゥゥ」と可愛らしい音が鳴る。


「――っ!?」

(そ、そう言えば……こちらに来る前から何もしょくしていなかった!――なんと恥ずかしいものを見られてしまったのだ!こ、こうなったら!)


 嫁に出されて。旅の途中にこの世界へ“召喚”されたサクヤ。

 道中団子屋などはあったが、路銀ろぎんを持たされておらず、くやしい思いをしていた。

 今思えば、長兄はサクヤが野垂のたれ死んでもいいと思っていたのだろう。

 そもそも嫁入りの妹を、何の嫁入り道具も持たせずに旅立たせるなど、最低ではないだろうか。


「え……っと、お腹空きました?」


 小腹でも空いたのだろうかと、声を掛けるエドガー。


「――も」


「……も?」


「申し訳ございませぬぅぅぅぅっ!!」


 ガバリと厨房ちゅうぼうの床に張り付き、エドガーに陳謝ちんしゃするサクヤの土下座っぷりときたら、いつぞやのエドガーの土下座とは大違い。

 綺麗な花がしなだれるかのような見事なフォームだった。


「なんでっ!?」


 誰が悪いわけではないのに突然の土下座。それは驚くだろう。


「くぅ……まさか主殿あるじどのの前で腹の虫を鳴らすなどとは。このサクヤ、切腹して……!!」


 おもむろに自分の上着を脱ぎだし、サラシ一枚になると短刀をかまえる。


「うわっ!ちょっと何して――って何剣を出してるのさっ!」


 脱ぎだしたサクヤを見ないようにと、手で目をおおうエドガーだったが。

 指の隙間すきまから見えた刀に驚いてサクヤを止める。


「ぬっ!は、離して下され主殿あるじどの、わたしは切腹を~!!」


「それってつまり腹を切るって事!?ダメだよ!命は大事にして!!」


 厨房ちゅうぼうで死なれたら、この宿の数少ない美徳びとくである食事が申し訳ないものになってしまう。それはだけ避けたい。

 ――ではなく。心の底からサクヤを心配するエドガーは、サクヤを必死に止める。


「――はっ!!」


 大事にして。―大事に。――大事。――わたしが大事。

 脳内で反響はんきょうする主人の言葉に、サクヤは刀をおさめる。


「これは!――も、申し訳ございませぬ……主殿あるじどの。取り乱してしまいました」


「う、うん。もうやめてね……」

(ビックリした、まさかお腹が減っただけで死のうとするなんて)


 恥ずか死ぬ事をまぬがれたサクヤだったが。

 「クゥゥゥゥ」と。


「ううぅ」


「何か食べましょうか……」


 ふたたび鳴ったお腹を押さえて、サクヤがうずくまってしまう。

 これでは話が進まないと思ったエドガーは、何か用意してもらえないかと、メイリンを呼びに行った。





「はむっ!――あ~むっ!むしゃむしゃ、はむっ!んぐっ!!」


 ガツガツと、メイリンが作ったサンドイッチを頬張ほおばるサクヤ。驚くほど勢いがすさまじい。


「す、凄い勢いで食べてますね。サクヤさん……でしたっけ」


 食事を運んできたメイリンも、眼を丸くして驚いていた。


「ええ。そうです。サクヤはここに来る前日から、何も食べていなかったらしいです」


 “召喚”や異世界の事は隠して、サクヤの事をメイリンにつたえるエドガー。


「すいませんメイリンさん。まだ掃除中だったのに」


 メイリンは、サクヤとサクラが住む部屋を掃除してくれていた。

 事前にローザとエミリアに聞いていたのだろうが、まさかローザに続いて同居どうきょ人が増えるとは思わなかったに違いない。


 なんでもメイリンによれば『今来ている二人は、住み込みの従業員として働くわ……』と、ローザが話し、メイリンを納得なっとくさせたらしい。


「いいのよ。仕事が増えて嬉しいから」


「は、ははは……」


 あの二人が宿で働く姿が想像できず、笑うしかないエドガーだった。





 二階・休憩スペース。


「ねえ、ローザ」


「……なにかしら?」


「エドもあの子たちも、なんか居ないんだけど……」


「そうね……」


「――いつ?」


「――さあ?」


 休憩スペースに取り残された二人。

 ローザとエミリアは、半時はんとき(30分)程にらみ合ったりつかみ合ったりして、ようやくエドガー達が居ない事に気付いた。

 今は、二人で向かい合って座り、完全に冷めた紅茶を飲んでいた。


「どうする……?」


「今頃エドガーが宿を案内しているでしょう。エドガーに任せて、おとなしくしていなさい」


「でも……あ、ローザもしかして」


 ジト目でローザを見やるエミリア。

 どことなく口元もにやけている。


「なに?気持ち悪い」


「キモっ!――って、ワザとでしょ?ここに残ったの。わざわざ私の事を引き付けてさっ」


「何の事だかわからないわね。考え過ぎじゃない?」


「え~!うっそだぁ~――ああああぁぁぁ!痛い!いったいよ!ローザぁぁ!」


 セリフの途中とちゅうで顔面をつかまれる。

 アイアンクローを食らい、さけぶエミリア。


だまりなさいエミリア。今落ち着かないの――いいわね?」


「わ、わ、分かった!分かったから手を、離してぇぇぇぇぇ!!」


 パッと指を離して、ソファーに座り直すローザ。

 どうやら、ローザもローザで新しい異世界人の二人とエドガーの距離を近づけさせようとしたが、内心気が気ではないらしい。


「全くこの子エミリアは、気付いても言わないのがイイ女なのよ?」


「うぅ、はい……」


 エミリアも頭をおさえながらソファーに座り直し、ティーカップに口をつける。


「……冷た」


「貸しなさい。熱くしてあげる」


 エミリアの手からカップを取り、【消えない種火】で火を起こす。

 右手の《石》から生み出された炎も、まさか紅茶を温めるために使われたとは思うまい。

 そんな炎の使い手、ローザの指は、やけに力が入り。


 ――パリンっ!!――パシャリ。


「「――あっ」」


 火の威力で紅茶は温まったものの、ローザの加減が出来なかった握力あくりょくでカップは割れ、辛うじて蒸発しなかった紅茶は、ローザのスカートにかかった。

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