28話【蒔かれた種】



かれた種◇


 ~数日前~

 ここは【下町第三区画コラル】の商業地区。

 その一角いっかくにある、小さな倉庫のような家。

 ボロボロで、人が住めるのかと思えなくもない程の物だった。


「ダメだなそれじゃあ……殺すぞ?」


 汚物ゴミを見るような目で、自分の足元にする少女を見下す。

 ガラの悪そうな一人の男がいる。


「ま、待って!お金ははらったし、拠点きょてんも用意したじゃないですかっ……後は何っ?何でもするからっ!だから……弟をっ!!」


 男の足元に土下座し、懇願こんがんする少女。

 ――リューグネルト・ジャルバン。


 親しい間柄あいだがらの人には、リューネと呼ばれる騎士学校の才女。

 今年度には【聖騎士】に昇格間違い無しとうわさされる少女。

 その姿は裸で、下着の一枚も身に着けていない。


「――何でもするだぁ?ホントだろうな」


 男は、少女の家族を人質にし、その少女の借家を拠点きょてんとした。

 正確にはリューネのでは無く、弟が一人で暮らす家だ。

 始まりは、この少女に土下座させるこの男が、都合のいい一人暮らしの少年を見つけ、そこに目を付けた事から始まった。


 この男は、自らを【西の商人】レディルと名乗り。

 リューネの弟、デュードに近付いてある“薬”を飲ませた。

 “薬”を飲まされたデュードは意識が混濁こんだくし、立つこともままならない状態になっている。


 そして、寄宿舎きしゅくしゃ住まいのリューネが弟の様子を見にこの家に帰って来て、この男と鉢合はちあわせし、脅されたのだ。

 レディルは時折独り言の様にブツブツと話し出し、まるで誰かと会話しているような素振そぶりを見せる。

 会話の中に出てきたのが【召喚師】と《石》、そして“魔道具”。


「本当よっ!うそじゃないわ!」


 リューネはベッドに横たわる弟、デュードにちらりと目をやる。

 呼吸を荒くし「姉さん……」と、うなされている。


「でもな……お前、一度俺に歯向かっただろうが……」


 リューネは、自分の身体を抱えるように震える。

 そう。リューネは、この家でレディルと鉢合はちあわせしたさいに、剣を取ってレディルを追い出そうとした。

 しかし、結果は敗北。


 謎の見えない何かにつかまれ、身動きを取れなかったリューネは、意識の朦朧もうろうとする弟の前で敗北し、したがうしかなくなった。


「……もう、絶対に歯向かいませんっ……約束します……だから」


「……ま、いいけどな」


 テーブルに置かれていた【林檎酒クォル】をビンごと持ち、土下座するリューネの頭にかける。

 ――ジャバババババババ。


「――っ!!」


「くやしいかよ?なら、言うことを聞け。仕方がねぇからな、次で最後にしてやる……」


「――は、はい……!」


 裸のまま土下座をし、酒をかけられる。

 その酒で、くやし涙を誤魔化ごまかすリューネ。


「んじゃあ、最後の命令だ……【召喚師】、こいつの家に行って“魔道具”をぬすんで来い……」


(知ってる。【召喚師】……二年前まで騎学にいた、落ちこぼれの男子……)


「いいか?“魔道具”だ……なんか大量にあるらしいからな……そいつの家に」


「その“魔道具”の名前は……」


「ああっ!?知るかっ……なんでもいいんだよ、使えりゃあなっ!!」


 レディルは、リューネの頭を足でみ付けグリグリと痛めつける。


「――ぐっ!!」

(無茶苦茶よっ!)


「あ~、でもな。使えなかったら……弟、殺すからな」


「――そんなっ!!」


「はんっ。そうされたくなけりゃ、せいぜい使える“魔道具”をぬすんでくることだなっ!」


 そう言われて、リューネは外に投げ出された。

 当然裸のままで。リューネは、家の外に隠しておいた予備の制服を着て、寄宿舎きしゅくしゃに戻る。

 考えることは、【召喚師】の事だ。


(【召喚師】……確か、エドガー・レオマリス……だったかな)


 彼には幼馴染がいる。リューネと同学年のライバル。エミリア・ロヴァルトという少女が。

 それに加えて。


(確か、妹さんが一つ下にいるはずだわ……大丈夫。出来る……何とか、しなくちゃ!)




 しかし決意とは裏腹うらはらに、何も出来ずに日にちがち。


(どうしよう……私が突然会いに行っても、きっと意味がない……警戒けいかいされるだけだもの。一体どうしたら)


 そんな時だった。騎学でエミリアを見掛みかけたのは。


(ん?今、管理室から出てきたの……エミリア?――どこにいくの?)


 リューネはさとられぬように、エミリアを監視かんしする。

 丁度、御手洗おてあらいに入っていく所のようだった。


(確か今日は、二年の演習えんしゅう日……)


 誰にも見られぬように管理室に入り、演習管理書えんしゅうかんりしょを見る。


(後一組、まだ来てないのね……ん?――リエレーネ・レオマリスっ!?)


 チャンスだと思った。これが、最初で最後の。

 リューネは、エミリアが御手洗おてあらいに行っている間に、管理室の時計をずらし、直ぐに出ていく。

 そうして近くで待機し、エミリアを待った。

 そして、『あ~。もうわっかんないよっ!』とれたところで、声を掛けたのだった。




 エミリアをからかいながら演技をして、エドガーの所へ行くと強制した。

 ――後は。


「リエレーネさん!」


 帰り道で、四人組の後輩達に声を掛ける。


「――あ、リューグネルト先輩」

「「「「お疲れ様です!」」」」


 息ピッタリに挨拶あいさつされ、リューネも笑顔で返す。


「ええ。お疲れ様」


「どうかなさったんですか?」


 リーダーであるらしいレイラが、不安げにたずねる。


「ちょっとね……さっきの時間制限の事、だけど……」


「あ……はい」


 後輩達が緊張したのが、一瞬でつたわる。

 少し、罪悪感。でも、弟の為にと切り替えて、笑顔で言う。


「管理室の時計がくるってたみたいでね。エミリアも、全然間に合ってたねって……」


「えっ!?それじゃあ!!」


 レイラが声を出す。

 恐らく、一番気にしていたのだろう。


「ま、そういう事だから……ゴメンね。これは私達の間違い」


「いえ!リューグネルト先輩やエミリア先輩があやまられることじゃないですから!」


 リエレーネはさり気なく、ここにはいないエミリアのフォローもする。


「よかったね、レイラ!」

「やったじゃんレイラ」


 涙を流して喜ぶレイラを見て、彼女も自分と同じだと気づいた。

 負けも、失敗も許されない。貴族以外での【聖騎士】昇格条件。


(そっか……この子も私と同じ……貴族ではないから)


 それでも【聖騎士】を目指す、向上心のかたまり

 もし、このまま行っても、エミリアが何とかしていたが(ズルで)。

 やはり心苦しかったのだろう。


「それじゃあ、そういう事だから……ゴメンね、本当に」


「あ。いえ……わざわざありがとうございます、先輩」


 四人に見送られて、騎士学校を後にするリューネ。

 今、寄宿舎きしゅくしゃには帰れない。

 きっとエミリアが探しているはずだ。それにもう、学校には通えないと思っている。

 もう、リューネに帰れる場所など、たったの一つしかなかった。





 コン、コン、ココン。


「ただいま帰りました。リューグネルトです……」


 既定の回数ノックをして、自宅のドアを開ける。


「……よう……どうだ?順調じゅんちょうか?」


 男、レディルは椅子いすにふんぞり返ってパンをかじっている。


「……はい。今晩、【召喚師】の家に行きます。――その、弟は」


「お~お~!やれば出来んじゃねぇか。じゃあ、期待してやるよっ……ぬすんで来い、“魔道具”をよぉ!」


「あの……弟の容態ようだいは」


 リューネの言葉など無視して、レディルは続ける。


「はぁぁぁ。なんだよ……やる気なくなるなぁまじで、“薬”……捨てちまおうか?」


「――す、すみませんっ。必ず、必ず成功させますからっ!」


 後戻りは出来ない。

 きっと成功してもしなくても、リューネの【聖騎士】の道は閉ざされている。

 ならば、せめて弟を助け出したい。そんな思いをかかえて、リューネは行動を開始したのだった。

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