12話【エミリアの戦い】
◇エミリアの戦い◇
「ごめっ――ごめんなさいっ!――ア、アルベールさん!!」
謝り、泣きながら。殴る。
両手で持った鉄パイプで、倒れたアルベールを殴る、殴る、殴る。
「いやぁっ!?やだっ!!おねがいっ!!!なんで、なんでなのよっ!?」
殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。
メイリンは、何故自分がこのような行動をいているのかが、全く理解出来ていない。
気付いた時にはアルベールの後ろに立ち、何かを考え込んでいるような、隙だらけの後ろ姿のアルベールに一撃を与えていた。
倒れたアルベールを、壊れ果てた建物内に引きずって運び、ひたすらに鉄パイプを握りしめて、頭や体中を殴っている。
既に殴った本人であるメイリンの手は
「もうやめてっ――やめて下さいっ!?おねがい、おねがいしますっ!!」
メイリンの言葉は、アルベールの先に掛けられている。
壊れた壁が崩れて山になり死角になっている場所。その場所に三つの影がある。
「いや~死んじゃったかな?ロヴァルトく~ん」
ゲラゲラと笑いながら、三人の男が、
一人の男がパチンっ!と指を鳴らす、と。
「おねがいっ!!やめ――っ」
指の音に
カランと音を立てて、鉄パイプに付いていた
「……アルベールさんっ!ああ――っ、どうしよう!?血が、血がっ!!」
「……よ、かった……メイ、リン」
血だまりのような出血をしても尚、メイリンを心配するアルベール。
既に意識は
「アルベールさん!ごめんなさいっ!私っ!私……」
メイリンは直ぐにしゃがみ込み、
少しでも出血を抑えようと、必死になって止血する。
幸い、非力なメイリンの腕力では致命傷にならなかったらしく。
即、命を落とすことは無かった。
「ああぁ、ダメっ――血が、血が止まらない……!」
「ハーハッハ!何が、血が止まらない……だよ!!お前がやったんだろうがっ!平民んんんんっ!!」
コランディル・ミッシェイラと二人の取り巻き。
イグナリオ・オズエス、そしてマルス・ディプルだった。
「あらあら、泣かないでぇ、大丈夫よ……殺しはしないわぁ」
マルスがメイリンに声を掛けるも、その言葉に気持ちは感じられない。
「アルベールさん!お願いっ!目を開けてぇ!!」
大量の血だまりにエプロンドレスを赤く染めて。
メイリンは必死にアルベールに話しかける事しか出来なかった。
◇
「――な、なん、なの……?」
引きずられた様な跡を発見し、身を震わせながらもその跡を追った。
だが、目に映った光景は悲惨なものだった。
倒れた兄に必死に声を掛けるメイリンと、血溜まりに沈み意識をなくす兄、アルベール。
その有り様を、
「兄、さん……?メイリンさん?」
「――えっ。エ、エミリアさん……!?」
掛けられた声に振り向くメイリン。顔を青ざめさせ、アルベールの
それだけで、メイリンも被害者なのだろうと納得は出来た。
「エミリアさん……私、私が……!」
メイリンの視線の先に落ちている鉄パイプは真っ赤に血濡れ、何度も叩いたのか、ぐしゃりと変形してしまっている。
「ん?ああ。ロヴァルトの妹か……」
「健気ねぇ。お兄ちゃんがいなくて、探してたのかしらぁ」
エミリアは、
ゆっくりとアルベールとメイリンのもとに近付く。
「だ、大丈夫。メイリンさん……兄さん、しっかりと息してる」
「で、でも血っ!!こんなに出て……」
エミリアは片膝を着き、メイリンの肩に手を乗せて落ち着かせようとする。
「うん、だけど大丈夫だよ。メイリンさんのおかげだよ……うまく止血されてる」
あくまで冷静に現状を
この状況。確かに殴ったのはメイリンなのだろう。
しかし普段のメイリンを見れば、絶対にこんな事はしないと断言できる。
だからこそ、少しでもメイリンを落ち着かせようと、真っ先に自分が冷静になろうとした。
「あなた達が、何かしたんでしょっ!」
冷静の中に、確かに
エミリアは肩にかけた長いケースを取り、中から自身の槍【アルトスピア】を出す。
(メイリンさんと意識の無い兄さんを連れて逃げることは、事実上不可能。長引けば兄さんの命も危ないし、エドが追いついてしまう……)
それは駄目だ。エドガー来てしまったら、きっとアルベールと同じ目に合ってしまう。
エドガーのことは信用してるし、大好きだ。
でも、戦闘がからっきし駄目なのも知っている。
(だから……エド、おねがいっ、間に合わないでっ!!)
「コランディル・ミッシェイラ!こんな、こんな事をして……公爵
布が巻かれた槍を手に取り、右手で一気に布を引くと直ぐに銀色の本体が現れる。
穂先が長く突きに特化した長槍だ。
エミリアの得意とする、槍術の
普通の槍よりも長く、背の低いエミリアが持つと更に長く感じられる。
「あら。妹ちゃん、この状況で戦うつもりぃ?」
「ハッ!父上は関係ないさ……ん~、まぁ。なんとでも言えばいい……マルス、相手をしてやれ、暇つぶしだ」
「了解。同じ槍使い同士、楽しみましょうねぇ!!」
マルスが一歩前に出て、コランディルとイグナリオは下がる。
「――ッ!!誰がっ!楽しむかぁっ!」
(これは
マルスの挑発に、叫びと共に飛び出すエミリア。
槍を低く構え、ダッシュしての打突。両手で支えられた槍はかなりの貫通力があるはずだが。
「あらら、まだ話の途中なのにぃ」
と、マルスは自分の
キィン!と弾かれたエミリアは、弾かれた衝撃に負けず、そのまま上段から斬り込んだ。
「やぁぁぁっ!」
「まったく、これじゃ騎学の
上段斬りをヒラリと横に一回転し
当たる直前にステップし、ダメージは最小限に
「グッ――く、はぁ、はぁ」
「無駄な動きが多いのよねぇ」
マルスが構えるとほぼ同時に、エミリアがバックステップで距離をとる。
「ほらそれも。正直いらない動きだわぁ!」
マルスがハルバードを構え直し、エミリアを突く。
高い身長から繰り出される打点の高さは、背の低いエミリアには見えずらく、直前に打撃を受けた肩をかすめる。
「――つぅっ!?は、速いっ……!」
「当然でしょぅ?アタシは
エミリアは更に距離を取りアルベール達の場所まで戻る。
肩の傷を気にし、右肩に左手をあてる。
血がうっすらと見え、少しだけジンジンする。
(大丈夫、かすめただけ。だけど、やっぱり強い……でも、何とかしないと――っ!)
まだ大丈夫。と、気合いを入れ直そうとした直後。
右方向から銀閃が一筋、エミリアを襲う。
「ヅッ!?な、なんで!!」
ごく浅くだが、右腕を斬られたエミリア。
エミリアを斬ったのはマルスではなく、イグナリオだった。
「こ、このっ!」
反応が遅れ、斬られたエミリア。
左手に持った槍を振るい、これ以上攻撃されないよう
「おっとっ――俺も交ぜろよマルス……別に決闘じゃねえんだ、いいだろ?」
半歩下がり、槍を
エミリアの血が付着した銀色の剣を舌舐めずりし、怪しく笑う。
「エ、エミリアさんっ!」
エミリアは槍を小脇に挟み、左手で斬られた腕を押さえる。
それを見たメイリンが、エミリアを心配して立ち上がる。
するとコランディルが、また指を鳴らす。
パチンっ!と。
「――っ!え?ま、またっ!うそっ?身体が……勝手に!?」
メイリンは近くに落ちている血だらけの鉄パイプを拾うと。
「エミリアさん!逃げっ――逃げてぇ!!」
エミリアの背後から振り下ろされるメイリンの一撃。
エミリアは驚き、とっさに槍で防御する。
ギィィィィン!と金属音が響き、メイリンは手の痛みに顔を歪める。
「メ、メイリンさん……!」
(何!?……何でメイリンさんが!?――も、もしかしてコランディルに)
「――っくぅ。い、たい!」
先程までの
エミリアは直ぐにメイリンから離れる。
(ダメだ!!メイリンさんの攻撃をそのまま受けたら……メイリンさん自身が傷ついちゃう!)
バックし、数歩で止まる。
背後に視線を感じ、思うように行動できない。
しかしメイリンは追って来ている。
マルス達の視線が気に残るが。覚悟を決めて更に後ろに距離を取ろうとした瞬間、背中に衝撃を受ける。
「――かはっ!!」
背後に回っていたイグナリオが、前蹴りをエミリアの背中にかます。
ゴロンと前転し、苦しそうに唇を噛む、しかし休む暇などなく。
「エミリアさんお願いっ!アルベールさんを連れて逃げてっ!!」
また大きく振りかぶり、真下で膝を着くエミリアに振りかざされる鉄の一撃。
辛くも避けられたが、代わりにダメージを受けたのはメイリンだ。
「あっ!――あぁぁぁぁっ!!」
ガツン!と地面を叩き付けた衝撃で、メイリンの両手に激痛が走った。
「くっ、メイリンさん!!止めさせなさいよっ!コランディル・ミッシェイラ!あなたでしょ!」
メイリンが、コランディルに何かをされたのは確定だ。
「さて。なぁんの事かなぁ~」
ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながらとぼける。
楽しそうに、メイリンとエミリアを見やるコランディル。
エミリアはメイリンから距離を取ろうと、大きくジャンプし後退――。
「――おっと、させねぇよ」
イグナリオが、
「――ぐっ!あぁぁぁぁぁっ!!」
ジャンプをしようとした反動で、エミリアは地面に倒れこむ。
左
「う、ぐっ、うぅ……」
地に伏したエミリアは、痛みと屈辱で顔を赤く染める。
「エミリアさんっ!!」
「うん、まあ。機動力も
コランディルが、
パチン!と鳴った瞬間、メイリンの硬直した手から力が抜け、鉄パイプをカランと落とす。
「くっ……」
(私、どうしたら……兄さん!)
エミリアは槍を杖代わりにして、何とか立ち上がる。
「あ?まだやんのかよ」
もう飽きた。と言わんばかりに、イグナリオはエミリアの赤く濡れる
「――う、あぁぁっ!!」
蹴られた
「いや~、うん。頑張ったけど、もういいや……終わろうか」
コランディルは、未だに倒れるアルベールのもとにゆっくりと近寄り、反応を伺う。
「おっ、さすがロヴァルト。しぶといじゃないか……まだ生きてるなんてさぁ」
「兄さんっ!う、くぅっ!――兄さんに、なにをっ!!」
エミリアは、痛みに顔を
コランディルは上機嫌にアルベールの存命を確認すると、懐から小さな筒を取り出す。
取り出した筒の
「ん?これはねぇ、【月の雫】っていう魔道具だ。感謝しろよ……?」
(月の、雫……?)
コランディルのもとに、イグナリオとマルスが戻る。
「コランディルさまぁ、いいんですか?」
「それ、クソ高ぇんですよね……」
マルスとイグナリオはコランディルが持つ小さな筒の正体を知っているらしく。
「ああ、金貨5枚程らしいな」
小指ほどの筒が、金貨5枚。
エドガーが聞いたら
いや、珍しい魔道具に一喜一憂するだろうか。
コランディルは筒の中身全てを、ダイレクトにアルベールに降りかける。
【月の雫】。
西の国で作られた魔道具で、筒の中身は魔法の粉だ。
どんな傷も
何度も何度も競売にかけられて隣国、つまりはここ【リフベイン聖王国】で、かなりの値段になっている。
「おっ。どうやら
アルベールに振りかけられたキラキラと
「あ~。そう言えばロヴァルト妹……君達の知り合い、あの噂の
【月の雫】の効果を見ながら「お前らの幼馴染の事だぞ」と取れる様に聞いてくる。
「……無能?」
エミリアは痛みに耐えながら立ち上がりメイリンに歩み寄って、近くに落ちている
もうメイリンが持って戦えないようにと、せめてもの配慮。
「なぁに?分からないのぉ?それとも分からないフリかしらぁ」
「……私の知り合いに、誰一人として無能なんていない……!」
エミリアの心からの本心だ。
例え国中から無能と
「プッ!ブハハハハッ!聞いたかイグナリオ!マルス!」
疲労と困惑、怒りと焦り。
(……この人、頭にくる挑発するなぁ……)
それでも理解出来てしまう、エドガーへの
「クックック……無能を
「ハンッ!つっまんねぇなっ」
「ウフフ、かわいいわねぇ」
コランディル一味三人が、それぞれのリアクションを見せる。
(くっ、イラつく……。駄目!冷静にならないと、兄さんとメイリンさんが)
頭を抱えたい気持ちを押さえ、
「一体何がしたいのよっ!?あなた達は!目的は兄さんじゃなかったのっ!?」
「ん?……ああ……そう言えば。あ?……なんでだっけ?あれ?なんで。なんで?」
「はぁっ!?」と大声を出すところだった。
ふざけるのも
感じる違和感と、異変。
この状況を招いた張本人が、何をしたいかわからないなんて、余りにもおかしすぎる。
ただ兄のアルベールを痛めつけたいだけだったなら、絶対に許されない。
「ふざけっ――」
「……――ちっ!!ここまでかよ。コランディル様、ロヴァルトをボコって満足しちまったんですか?」
一歩前に出て、言葉を発したのは
イグナリオは、まるで自分がリーダーになったかのように続ける。
「違うだろ……コランディル。お前は……見返すんだろ?親父をよ、騎学の奴らをよぉ!」
この行動に、一番驚いたのはマルスだった。
「ちょっと!?イグナリオ、あなた何を……!」
コランディルの部下であるイグナリオの、主人に礼を失する突然の態度に、マルスは止めに入る。しかしコランディルは。
「ああ、そうだな……イグナリオの言う通りだったよ。俺は……お、れは……」
「――えっ?コ、コランディルさま!?」
イグナリオの言う事に同意するコランディル。
それどころか、イグナリオの
マルスは当然戸惑うだろう。
「マルス……お前もだ。黙ってろよ……」
そう言って、右手をマルスの目の前にかざす。
「――なっ!?……ええ、そうね……そうだったわ」
一瞬の驚き。しかしただそれだけ。
それだけで、マルスはイグナリオの言葉に
(な……何?なんか。雰囲気が、空気が変わった?)
コランディルもマルスも、まるで糸の切れた操り人形の様に、がくりとしなだれている。
ただ一人イグナリオだけが、しなだれる二人に
「ああ!クソがぁっ!こいつら!クソ役に立たねぇっ!!クソがっ!!」
「折角、
イグナリオは上着の袖を
そこから現れたのは、両腕にびっしりと埋められた――《石》。
「なにあれ……《石》?」
怪しく紫に明滅するイグナリオの《石》は、腕に寄生しているかのように怪しく
「……やれよ。コランディル、マルス!」
イグナリオは一度エミリアを見やり、コランディルとマルスに命令する。
「分かった……イグナリオ」
「はい、イグナリオ」
二人はじりじりとエミリアに
エミリアはメイリンを
「メイリンさん立って!!お願いっ!今すぐに……!」
ぺたりと座り込み体を震えさせるメイリンに、エミリアは
「メイリ――!!」
動かないメイリン。いや、動けないのだろうか。
「――っく!!」
エミリアは足の痛みを
「……エミ、リアさん」
エミリアの名前を小さく
「おねがいメイリンさん、頑張って立って!」
力を入れた瞬間、切られた
「ぐぅっ!メイリンさん!」
何度も立ち上がらせようとするが、メイリンの体は緊張と恐怖、そしてアルベールを傷つけた罪悪感で固まり、硬直してしまっている。
「無駄だぜロヴァルト妹……その女の意識は、
トントンと、右腕に埋め込まれた《石》を叩くイグナリオ。
「なっ!どういうこと!メイリンさんになにをして――っっ!?」
「おいおい、俺に気ぃ取られてていいのかよ?ロヴァルト妹っ」
「――ぐっ!!」
一閃。エミリアの首元に、マルスのハルバードが襲い掛かる。
槍を地面に突き立て、マルスの斬撃を防ぐ。
突き立てた槍がガリガリと地面を削る。
「くぅぅぅっ!!」
何とか防いだ直後、エミリアの腹部へ鈍い衝撃が襲った。
「――がはっ!!」
コランディルによる、具足を付けた右足による一撃がエミリアの腹にめり込む。
その痛みに、つい槍を持つ手を放し、
そして、
遠心力を利用して振り回されたハルバードは。
エミリアとメイリンを巻き込むように叩きつけられ、その衝撃は二人を吹き飛ばす。
「っああああああ!!!」
まるで人間の力では無いようなパワーに、エミリアはメイリンを
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