11話【目撃】



◇目撃◇


 ~翌日・早朝~


 朝一でエミリアに起こされた。


「エド、おはよう!」


 エドガー自身、眠りが浅かった為にすぐ起きれた。

 前日の様な失態はなかったのが幸いだと思う。


「お、おはよう。エミリア……大丈夫?二日酔い、頭痛くない?」


「あはは……だ、大丈夫。ごめんねエド」


 エミリアが【葡萄酒ワース】にダウンし、メイドのナスタージャが共に寝落ちしていたのは、エミリアの誤算だった。

 エミリアは、自分が酒に弱いことをしっかりと理解している。

 そのうえで昨日は飲んだのだ。本当は、エドガーに介抱してもらうはずだったエミリアの作戦。

 まさか、ナスタージャが自分と同じくらい酒に弱いとは思わなかった。本当に大きな誤算。


「気にしなくていいよ、それよりナスタージャさんは?大丈夫?」


「あ、うん……大丈夫、まだ寝てた。多分今頃、フィルウェインが起こしてると思うよ」


 ナスタージャの上司のメイド、もう来てるとは流石に仕事が早い。


「そっか、それはよかった」


 エドガーが気になるのは、何もメイドの事ではないのだ。


「……ねぇ、エミリア?」


「なに?エド……」


 エドガーが気にするのは、エミリアとの距離間だ。


「なんで入り口から入ってこないのさ」


 何故かエドガーの部屋、それも入り口。

 更には顔を少し覗かせただけのエミリア。


「な、なんでって……」


 エミリアは恥ずかしそうに答える。


「――だって。またお尻触られちゃうもん……」


「――ブッッ!……ゲホッ、ゲホッ!」


 思わずむせる。


「ちょっとエミリア!なんでそんな、さも僕が毎回触ってるみたいな言い方を……!」


「――ほう……それは聞き捨てなりませんねエドガー様。内容如何いかんによっては、旦那様に報告させて頂きますが、いかがいたしましょうか……?」


「あ、フィルウェイン」


 終わった。エドガーは、完全に投獄とうごくを覚悟した。




ひどいですよ、フィルウェインさん……」


 エドガー達は、宿の食堂で朝食を取っていた。

 帰らなければならないはずのエミリアだったが、メイドが一人まだ寝ている。

 それを見越したフィルウェインは、初めからエミリアの父アーノルドに、『お嬢様は朝早くにお出かけに。ナスタージャも一緒でございます』と、説明してくれていたらしい。

 そしてさっきの一幕は、フィルウェインが一枚噛んでいたとのこと。


「申し訳ございませんエドガー様……ナスタージャが中々起きず、少々八つ当たり……いえ、何でもございません」


「今、八つ当たりって思いっきり言いましたけどっ!」


 肝が冷えたエドガーと爆笑するエミリア。


「あははははっ。さっきのエドの顔!お、可笑おかし!あはっ、あはは」


「笑い過ぎだよ!エミリア、本当に獄中ごくちゅう行きを想像しちゃったんだからっ!」


 貴族の娘の尻をもてあそんだ少年、獄中ごくちゅう送り。

 何とも容易たやすい想像だった。


「相変わらず仲がよろしいですね……」


 フィルウェインが茶化ちゃかす。


「ち、ちがっ」

「あはは、でしょ~」


 恥ずかしさに否定するエドガーと、笑いながらも自信満々に答えるエミリア。

 フフンと笑みを浮かべるエミリア。

 目線はエドガーに向けられ、まるで「本音は?」と聞かれているようで、その笑顔の魔力に言葉を引き出される。


「……うん……そだね」


 照れ笑いを浮かべ、エミリアの笑顔に折れたエドガー。

 でも、これが本音だ。もう十年近い付き合いになる。

 恥ずかしさはあるにせよ、今更仲の良さを否定する必要は無かった。


「……さようで」


 フィルウェインは「知ってます」と言った感じで流す。


「……おはようございますぅ」


「やっと起きましたかナスタージャ、座りなさい。朝食ですよ……」


 眠そうに目をこすりながら、ナスタージャが起きてきた。


「おはよう、ナスタージャ」


「おはようございますぅ、お嬢様ぁ」


 主人よりも遅く起き、同僚に朝食を取り分けもらう。それでいいのだろうか。


「いただきまぁす」


 はむっ!と焼けたパンを頬張るメイド。

 それをエミリアは笑顔で見守っている、もう一度言おう。

 本当にいいのだろうか、それで。




「エドガー様、厨房ちゅうぼうをお貸し頂き、ありがとうございます」


「あ、いえ……僕もご馳走になりましたので。ごちそうさまでした、とても美味しかったです」


 今日メイリンは休みだ。昨夜帰る際、明日は休みたいと申し出ていた。

 なので朝食はフィルウェインが用意してくれたものだった。


「そうですか、よかったです。それに、とても使いやすい厨房ちゅうぼうでした。ロヴァルト家のものと、何ら遜色そんしょくありませんでしたよ。むしろ使いやすかったです」


「……そうですか、それは良かったです」

(フィルウェインさん、“魔道具”を使ったのか)


 厨房ちゅうぼうは、エドガーの母親マリスが一番気合を入れて作った場所だ。

 正確には夫のエドワードだが。

 元々料理が得意だったマリスが、宿に泊まる全ての客においしい食事をと願い、旦那であるエドワードが頑張った結果だ。

 フィルウェインが使用したのは、魔道具【あいえいち】と言うもので、火を出さずに加熱することが出来る火釜だ。


「ねえエド、今日はどうするの?」


 食事をいち早く終えたエミリアが、テーブルに突っ伏しながらエドガーに聞いてきた。

 「エミリア様っ!」とフィルウェインに怒られている。

 エミリアは令嬢の時と、エドガーと一緒にいる時とのギャップが激しすぎる。


「はは……あれ?そう言えば、アルベールは?」


 ふと、アルベールが来ていなかった事に気付く。


「アルベール様は知り合いに誘われたと言い、乗馬の訓練にお出かけになられましたが……」


 フィルウェインが答える。


「乗馬ぁ!?兄さん、馬は得意じゃないのに」

「乗馬……」


 何故か、嫌な予感がした。アルベールの戦闘スタイルは歩兵だ。盾も持たない片手剣タイプ。

 趣味で馬に乗るならまだしも、訓練?しかも、誘われて?


「な~んか、気になるわね……絶対おかしいもの!」


「……うん、確かにそうだね、普段から馬は嫌だって言ってたし」


 エドガーとエミリアは二人で目配せし、直ぐに行動に移る。


「フィルウェイン、ナスタージャ、家に戻って。その知り合い?調べて来なさい!至急よ」


 スイッチが入ったエミリアは、直ぐ様別人の様になる。

 エミリアは立ち上がると、壁に掛けてあった長いケースを手元に持ってくる。

 騎士学校に通いながら、自身の為にカスタマイズした槍【アルトスピア】を取り出し。


「よし、イケる!」


「エミリア、槍なんてどうして……」


「多分、いや絶対。兄さんを呼び出したの……コランディル・ミッシェイラだと思うわ」


「え、それって確か昨日の?」


「はい、アルベール様が【聖騎士】になり。彼はなれなかったのです、理由は発表されていませんが」


 エミリアの答えにフィルウェインが補足する。


「その彼は昨日の夜、ミッシェイラ家の屋敷には帰らなかったらしいと、メイドの間で話題になっていましたよ」


「じゃあ、まさかっ!」


「逆恨み……しているかも知れない、よね」


 悔しい気持ちは分かるけど、そんなの駄目だ。

 エドガー達は行動に出る、メイド二人も屋敷へ戻り情報を集める。


「ではエミリア様、エドガー様、私達はお屋敷に。何か分かれば、直ぐにナスタージャがお知らせに行きますので」


「が、がんばりますぅ!」


 二人は、宿の玄関ロビーから走り出すと、貴族街に向かっていった。

 きっと途中で馬車を拾うのだろう。


「じゃ、エド!私達もいきましょうか!」


「ああ!確か乗馬が出来る場所……って言ったら」


「あそこだよ!【下町第五区画メルターニン】!」


 エミリアは壁に貼られたこの国の簡易かんい地図を指差す。

 ――その先は。





 【下町第五区画メルターニン】。

 その広い敷地には沢山の牧場があり、馬や牛、山羊に羊などの動物が飼育されている。

 聖王国の騎士達が騎乗する馬も、この牧場から出るものが多い。


 アルベール・ロヴァルトは馬が得意じゃない。

 戦闘スタイル的にも、動物的にもだ。


「くそっ!アイツら・・・・、いったいどこにいるんだよ!!」


 どれくらい探しただろうか。コランディルの部下、マルス・ディプルを。

 アイツは今朝、日も上がらない内にやって来て言い放った。

 呼びつけて来たかと思えば『貴方の大切な女性をお預かりしているわ、第五区画、どこかの牧場で待ってるわよ……』と。

 エミリアとナスタージャを迎えに行くはずだったが、フィルウェインには乗馬の訓練をすると言って、誤魔化ごまかした。


「ふざけやがって、マルス・ディプルの野郎!」


 貴方の大切な女性。

 つまり、勿論エドガーではなく、妹であるエミリアでもない人物だ。


「メイリンさん……!!」


 昨日あんなことがあったばかりで、メイリンに迷惑をかけた。

 アルベールには不思議な確信があった。

 どうやって調べたかは分からないが、アルベールがメイリンに好意を持っている事を、マルスもしくはコランディルが知っていたのだ。


「ちくしょうっ!昨日の内から、俺がもっと注意してたら!」


 アルベールは走る足をいったん止め、潰れた牧場に目を向ける。


「流石に、あそこは違うよな……」


 長い年月放っておかれたのか、屋根はち、雑草は生え放題。

 辛うじて壁が残っていると言う状態の、ボロボロの建物。


「そうだよな、この区画は……【月破卿げっぱきょう】の被害で……」


 【月破卿げっぱきょう】。

 数年前、聖王国に反旗をひるがえして国に牙をいた公爵貴族。

 【元・聖騎士】レイブン・スタークラフ・ヴァンガード。

 その人物は、アルベールの憧れ人でもある。

 子供の頃、【聖騎士】とは何か、どうあるべきかを教わった。

 優しくも、強い人物。


「レイブンさん……俺は……!」


 大切な人が傷つくかもしれない恐怖、怒り。

 憧れの人が国を裏切り、区画一帯に被害を与えた場所。

 エドガーやエミリアを巻き込みたくないという思い。


「やっぱり、ここじゃないのか……」


 しかしマルスが残した『これはいたずらじゃあ、ないわよ』の言葉。


「くそっ、どこだよっ!どこの牧場に!……――ッグァッ!!」


 アルベールの焦る思いとは裏腹に、突然頭部に走る鈍痛どんつう

 一瞬で刈り取られそうになる意識。焦りで注意が散漫さんまんになった。


「メ、メイリン……さん」


 意識が無くなる瞬間アルベールが目撃したのは。

 涙を流し顔を真っ青にさせた、メイリン・サザーシャークだった。





「遅い、遅い遅いっ!!」


 【下町第五区画メルターニン】に着いたエドガーとエミリアの二人は、情報を確定すべく、ナスタージャを待っていた。


「お、お嬢様ぁ、お、お待たせいたしましたぁ」


「ナスタージャ!遅いっ!」


「す、すみませぇんっ、すみませんすみません!」


 ナスタージャは遅れた訳ではないが、焦るエミリアの気迫に押されて謝り倒す。


「エミリア、焦るのは分かるけどさ。落ち着こうよ、ナスタージャさんに当たっても意味ないよ?」


 アルベールが心配なのだろう。

 気持ちはよく分かる。エドガーだって心配なのは同じなのだから。

 だが、エドガーにはそれだけではない心配がある。

 自分に何ができるのか、きっとエミリアにもアルベールにも迷惑をかけるという、エドガーだけの不安。


「それでナスタージャさん。結果は……」


 エミリアに頬を引っ張られながら、ナスタージャが答える。


「わわ、ひゃい、ひふひゃ」


「……エミリア」


 エドガーに言われて、やっと手を離した。

 両手で赤くなった頬をさすり、「いたいぃ」と涙目になる。


「はいぃ、実は。今朝屋敷に訪れたのは、やはりコランディル・ミッシェイラの部下だと見られますぅ」


「誰だった……?」


「卒業式でも見ました、今年度三位のマルス・ディプルです」


「やっぱり」


(マルス・ディプル。確か……長身の槍使い、だったかな)


 エドガーの記憶にもある。


「で、そのマルス・ディプルはなんて?」


 今朝、アルベールを呼び出したのはマルスだった。

 だが理由は?コランディルに命じられた?単独ってことはあるのだろうか。


「申し訳ありません。そこまでは……アルベール様も、マルス・ディプルに会うのに、屋敷から出て行ってたらしくて」


「そっか、ありがとうナスタージャ、十分よ。休んでていいから」


「は、はいぃ」


 壁になだれ掛かるナスタージャに労いの声をかけ、エミリアはエドガーに。


「じゃ、行こうエド……多分人が居ない場所だと思うから。とにかく兄さんを探そうよ」


「うん、分かった」


 休むナスタージャと別れ、走りながらアルベールを探し始めた。





「エド!大丈夫!?」


「はぁっ、はぁ、だ、大丈夫……」


 【下町第五区画メルターニン】は、無駄な建造物がない分とても広く感じる。

 牧場や農場が多く、遮蔽しゃへい物も無い為、ただひたすらに敷地が続いているように見える。


「エミリア。僕はいいから、急いで……」


 焦るエミリアに、エドガーは先を急げと言う。

 確かに、遅いエドガーを連れていくよりも、足の速いエミリアが先行して探索した方が効率がいい。


「……分かった。エド、私を見失ったらダメだからねっ!」


 う~んと考えて、先行する事を決めたエミリア。

 走る姿は、まるで動物のようだ。低い姿勢で前傾ぜんけいになりながら、それでも倒れずに走る。

 速い。エミリアは学年一位の駿足だ。

 総合力で言えば二位だが、学年トップクラスの実力者なのだ。

 エドガーと一緒にいる時のエミリアとは別人だ。他人からの評価的な意味で。


「うん、絶対、追いつくから……!」


 既に走り去ってしまったエミリアの背に声をかけて、エドガーも必死に走っていく。





 エミリアは駆ける。その俊足で、ならされていない道をひたすらに。


「兄さん……」


 兄を探す。見逃さないように細心の注意をはらい。

 空色の瞳をグッと開けて。

 コランディル一味が何処で見て聞いているか分からない。

 声を出さず、なるべく隠れながら。視線で、その足で探す。


「エドはっ!?」


 ちらりと、かなり後ろを走るエドガーを確認する。

 必死に体を動かし、息を切らせて汗を流し、それでもエミリアを追って来きている。


(エドも頑張ってる。私もっ!)


 エドガーの自分なりの頑張りは、エミリアも、きっとアルベールも分かっている。

 それでも認められない【】というエドガーの枷。


「急いで探さないと……!」


 エドガーの姿を見て。頑張らないとと気合を入れて兄を探す。

 複数の牧場を、汗だくになりながら探し、ふと目に付いた廃墟はいきょ


「あそこって……確か【月破卿げっぱきょう】の」


 くしくも、兄アルベールと同じ反応。


「あの方が破壊した、跡地……だよね」


 アルベールと同じく、エミリアもまた彼に憧れを持っていた。

 だからこそ、彼の反逆は信じられなかったし、取り調べとして彼と身近にいたロヴァルト家の人間も国に疑われた。

 疑いは父、アーノルドが晴らしたが。

 代わりに、ロヴァルト家が統治していた【下町第一区画アビン】は、国に接収された。

 今はもう、違う伯爵貴族が統治している。


「――ん、えっ?……今の……って」


 エミリアも見慣れた緑のエプロンドレスに、金に近い薄茶色の髪。優し気なたれ目。

 メイリン・サザーシャーク。

 今日、勤め先である宿屋【福音のマリス】を休んでいるはずの、彼女の姿を目撃した気がした。

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