10話【宿屋にて……】



◇宿屋にて……◇


 その日の夜。

 エドガーの家である、宿屋【福音のマリス】にて、軽い宴会えんかいが行われていた。

 参加者はエドガー、エミリア、アルベールにメイリン、そしてロヴァルト家のメイドのナスタージャ、そしてもう一人、アルベールのお付きのメイドで護衛もねる、フィルウェイン・リズ・バーチャスと言う女性だ。


「今日は本当にありがとうっ!皆ドンドン飲んで食ってくれ!」


 実は、アルベールとエミリアは二次会なのだ。

 家で家族やメイド達と既にお祝いをしてきている。

 しかしアルベールが、エドガーと祝いたいとメイドに無茶を言い、屋敷から抜け出して来たのだ。


「アルベール様、今回限りですよ。旦那様に知られたら大目玉です」


 アルベールに食べ物を取り分けながら、フィルウェインが言う。

 冷静に、けれども釘を刺すことを忘れない、メイドの鏡と言える行為だ。

 フィルウェインは、王城に勤めていた元・騎士だ。

 なぜメイドになったのかは分からないが、アルベールに尽くしてくれている。


「分かってるよ、すまないフィルウェイン。でも……俺が【聖騎士】になりたいと思ったのは、アイツのおかげだからさ、今日だけは勘弁かんべんしてくれよ」


 エドガーのおかげで、エドガーの為。


「……はい、存じております」


 それにしても、【聖騎士】になったばかりの人物がその日のうちに屋敷から脱走し、あまつさえ宴会を開いているなどと、本来なら許されないだろう。


「それじゃあ、準備はいい?じゃ、かんぱーい!!」


 乾杯かんぱいの挨拶はエミリアだった。

 今日はやけにテンションが高く、これではまるで酔っ払いだ。

 この国【リフベイン聖王国】は、成人は19歳だが、飲酒は16歳から出来る。

 エミリアもエドガーも、一応酒をめるのだ。




 宴会開始から二時ふたとき(2時間)が経ち、エミリアの様子がおかしくなる。


「エミリア!?ちょっと飲み過ぎじゃないか!?」


「えぇ~らってぇ、久しぶりなんらもん、お酒ぇ~ヒックぅ、ヒックぅ」


 開始早々から飲み食いを始めていたエミリアは、既に出来上がっている。完成品だ。


「エミリア。もう休もうか……」


 エドガーも多少飲んではいるが、エミリアを見て全部覚めた。

 エミリアが持つ空のジョッキを、エドガーが奪い取る。


「えぇぇ!?やらぁぁ!」


 がばっとエドガーに抱きつき、エドガーが奪ったジョッキを取りかえそうと手を伸ばす。


「うわぁぁ、エミリアっ!何してんぉぉ!」


 エドガーが取られまいと、咄嗟とっさにジョッキを上にかかげる。

 椅子に座ったエミリアはエドガーの腰元、股間に近い場所にしがみつき、自身の体を寄せる。


「なっ、チョット待ってエミリア!ダメだってば!こらっ」


 自分の体に寄せられるエミリアの柔らかい感触に、エドガーは思わず赤面する。


「エドぉ、ヒック!エド……エ……ド、すぅ……すぅ」


「は?ね、寝たの?」


「みたいですねぇ」


 ナスタージャが、エドガーにしがみついたまま眠る器用なエミリアを優しく引きがす。


「もう、はしたないんですからぁ」


「す、すみません。ナスタージャさん」


 「い~え~」とエミリアを肩にかつぎ二階の宿泊部屋に運ぶ。

 どうでもいいけどナスタージャさん。はしたないとか言いながら、エミリアの下着丸見えです。


「……クスっ」


「……いっ!?」


 見せてる!この人エミリアの、主人の下着をわざと見せに来てる!ナスタージャのクスっと笑う仕草に、感づいたエドガー。


「ナスタージャさん……!」


「うふふぅ……エドガー様。では、失礼しまぁす」


 エミリアをかつぎ、笑いながら階段を上がっていく。

 もしかしてだが、ナスタージャさんも飲んでいたのだろうかと思ったエドガーだった。


「はっはっは。エド、役得だな!」


 エミリアが酔っていなかったら恥ずかしさに身悶えるだろう案件を、アルベールは笑って語る。


「はぁ……それでいいのかい?アルベール、大事な妹でしょ?」


 エドガーも呆れるほど、アルベールはエドガーを信頼してくれている。


「いいんですか?アルベールさん、エミリアさん泣いちゃいますよ?」


 アルベールの隣で飲んでいたメイリンが話しかける。


「メイリンさん……いいんですよ、あれで」


 【葡萄酒ワース】の入ったジョッキを一気に飲み干して、アルベールが答える。


「中々進展しないんでね、アイツら……俺がアシストしてやんねーと」


「アルベールさん……」


 メイドにかつがれていった妹と、恥ずかしそうに顔をらすエドガーを、アルベールとメイリンは、二人で見合う。


「エドにもエミリアにも、まだまだ俺が必要ですからね……!」


 メイリンは優しく笑い。


「アルベールさん。それじゃあいつか、疲れちゃいますよ?」


「ハハハ。じゃあ……疲れたらさ、メイリンさん……デートして、俺をいやして下さいよ」


 酔いに任せた一言、半分は冗談に取られてもいい。

 でも、少しでも脈があれば。


「……」


 無言。やっちまったと思った。


「あ……い、いや、その……メイリンさん、今のは……――え?」


 メイリンは、エドガーやエミリア、アルベールの事を、弟妹のように思っている。

 けれど今のアルベールの言葉を聞いた瞬間、体が熱くなる感じがした。

 その結果――赤面。


「えっと……メ、メイリン、さん?」


「――えっ?は、はい!な、何ですか?」


「あ~、いや。今の、なんですけど」


「え、と。な、なんでしたっけ……すみません、ちょっと飲み過ぎたかもしれませんね」


 赤くなった顔を酒のせいにして、メイリンは誤魔化ごまかした。


「そ、そっすか。はは、ははは……」

(あ、あぶねぇぇ)


「あ、そうだ!私、食器を片付けますね!」


 メイリンは逃げるように、まだ【葡萄酒ワース】の入ったジョッキを持って、厨房ちゅうぼうへ向かった。


「……はぁ、やっちまったかなぁ?」


「そ、そうだね」


 勿論、傍にいたエドガーも聞いていた。


「いきなりあんなこと言うから、ビックリしたよ」


「だよな。俺も自分でビックリしてるからな」


 酔いが覚めるほどに、自分でも驚いたぐらいだ。そりゃあエドガーだって驚くだろう。

 エミリアが聞いていたら、きっと収集がつかなくなってそうだ。

 よかった、寝ててくれて。


「でもメイリンさん、照れてなかった?顔、赤かったように見えたけど」


「いや、酔って聞こえてなかったっ……ぽいんだよなぁ」


「ああ、そうだったんだね。残念」


 メイリンの心情は鈍感な男どもには分からず、アルベールの後ろに控えたフィルウェインのみが、右手を額にあてため息をいていた。





 時間は深夜に近づき、宴会えんかいは終了を迎えようとしてしていた。


「んじゃ、俺らは帰るけど。エミリアの事、頼むからな」


「うん、まあ寝てるだけだし、ナスタージャさんも一緒に寝てるしね」


 エミリアは酔っぱらって眠っている。

 部屋に連れていったナスタージャも、いつの間にか共に眠っていたようだ。


「申し訳ございませんエドガー様……明日、早朝に迎えに来ますので」


 フィルウェインが頭を下げる、ナスタージャの分も含めて。


「い、いえいえ、全然大丈夫ですよ……部屋は全然空いてますから!」


「……はい、よろしくお願い致します」


 宿屋特有の自虐ジョークは華麗にスルーされる。


「エド、じゃあ明日またな。おやすみっ」


 【聖騎士】に成ったアルベールは、今後もっともっと忙しくなるはずだ。

 学生であった内は自由もあっただろう。

 子供の頃に幼馴染三人で話した夢。

 アルベールの夢は【聖騎士】になることだった。

 【聖騎士】になって、国の為に戦う。

 そう話した事を覚えている。

 その第一歩を踏み出したアルベールを、エドガーはほこりに思う。


「うん……おやすみアルベール。帰り、気を付けてね」


「おう」


 フィルウェインをともなって、宿屋を後にするアルベール。

 その背中がどこか寂しげで、だけど何かを覚悟したカッコいい男の背中に、エドガーは見えていた。

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