07話【聖騎士昇格者発表2】



◇聖騎士昇格者発表2◇


「あっ!いたいたぁ!兄さーん」


 第一声はエミリアによる発見報告だった。


「やっと来たか。おせーんだよ」


「ご、ごめんアルベール……」


 エドガーも少し遅れてエミリアに追いつく。


「よっ、エド……」


「ん?どうしたの、アルベール」


 どこかアルベールに影を感じたエドガーが、心配そうにアルベールに問う。


「い~や、なんでもねぇよ、それよりお前のデコ、どうしたそれ?」


 赤くれたエドガーのおでこ、アルベールは笑いながらそれを指差して指摘する。

 まるで、自分の気持ちを悟られないように。


「こ、これは……」


「それはエドが悪いのっ!全くもう!もうっ!」


「おっ!なんだよエミリア、もしかしてエドに尻でも触られたか?」


「えっ」

「あっ」


 二人はお互い反対を向き、顔を真っ赤にしている。

 適当に放った言葉がまさか当たるとは。


「……ん?え?マジ?」


「ち、違うの兄さん。これは……子供の頃よくやってた起こし方をやろうとして……それで」


「あ~、アレな。んで、尻でエドの顔を潰したのか?」


「なんで顔に!?そ、そんな事してないしっ!」


「ははは……まぁ何でもいいさ、それより行こうぜ!」


 スタスタと歩き出すアルベール、どこか余裕が無いように見える。

 アルベールがエドガー達に気を配るには、確かに余裕が無かった。

 本来ならば、大切な妹のエミリアとエドガーの話を、根掘り葉掘り聞きだしたい所なのだが。

 

 視線。ねっとりと絡みつく様な視線。

 おそらくはコランディルの取り巻き、マルスだろう。

 アルベールが屋上を離れた後、わずかに聞こえたコランディルの笑い声。

 コランディルがマルスに何かを指示した可能性を、アルベールは考えている。


「ちょっと兄さん!!話をっ」


「……」


 アルベールを気にするエミリアをよそに、エドガーがどこかを見ている。


「エド?」


「えっ?ごめんエミリア、何?」


「……ううん。ほら、兄さんが行っちゃうよ……追いかけないとね」


「あ、うん、そうだね。行こう……」


(なんだ?さっきの視線、僕を見てた?それとも)


 視線の感じた先をみるも、その視線はもう感じなかった。


「今のは、と同じ……?」





 今朝エミリアに起こされ、待ち合わせ場所の喫茶店に着いた時の事だ。


「しまった……兄さんもう行っちゃったみたいだよぉ、どうしよう」


 ぜぇはぇと息を切らすエドガーを無視して、ダッシュで待ち合わせ場所に来たエミリア。

 馬車で【貴族街第三区画ガーネ】まで来たはいいが、そこからは二人でダッシュだ。


「は、早い……エミリア、ちょっと早いって」


「……エドが遅いんでしょ!」


 朝の事をまだ怒ってるのだろうか。

 エミリアは一向にエドガーと目を合わせようとしない。


「だって体力が……それに、昨日のあんな伝言じゃ……わかんないって!」


 エドガーは昨日、エミリアとアルベールがメイリンに伝言を残したその内容を全く理解できていなかった。その為、ずっと寝ていた。


「それに、今朝のあれは……ねぇエミリア、あれは本当にわざとじゃ――っっ!?」


 突然、悪寒に襲われ後ろを振り返る。

 だが、そこには誰もいない。


「?……エド、どうしたの?何かあった?」


 気になったのか振り向き、とうとうエドガーの顔を覗き込むエミリア。


「――なっ!?どうしたのエド!!顔真っ青だよっ!?」


 脂汗をき、青白い顔のエドガーを見てエミリアは驚いた。

 ついエドガーの顔を両手で掴む。頬を挟み込む形で、エドガーの顔がゆがむ。


「い……いふぁいほぉ」

(い……痛いよ)


 とっさの行動で、恥ずかしさよりも心配がまさってしまった。


「あ、ごめん!!」


 エミリアがすぐさま手を放してくれたのはいいが。

 エドガーが気にしていた悪寒は、既に消え去っていた。


「いや、僕こそごめん。なんでもないよ、大丈夫だから」


「そう?ならいいけどさ。ちょっと走らせすぎたかな?」


「いや……でも、また走らないと間に合わないよね」


 今から騎士学校まで、またダッシュで向かわないとアルベールの卒業式に間に合わない。

 体力のないエドガーにとっては辛いが、幼馴染の晴れ姿、見ない訳にはいかない。

 例え今朝まで忘れていたとしてもだ。






 時間は戻り、卒業生達に合流するアルベールを見届けたエドガーは中庭の長椅子で休んでいた。


(喫茶店の時と、さっきの視線……同じだったのかな?)


 エドガーは長椅子に横になって、先程の視線と今朝の悪寒が同じものだったのかを考えていた。

 悪寒。後ろから刺さるような気配がして、振り向いたけど何もなかった。

 そしてさっきの視線。まるでやきもちを焼く子供の様な、恨みのこもったねっとりとした視線。

 どちらも同じなのか。前者の視線は確実にエドガーを狙っていた。

 一方後者は、自分が感じたものの。その視線はアルベールを見ているような感じにも取れた。


「ねぇエド、本当に大丈夫なの……?なんか辛そう」


 長椅子の前にしゃがみ込み、エミリアは先程から何度もエドガーを気にしている。


(いや、こんなんじゃダメだ)


「ごめん何度も。僕は大丈夫だから、エミリアは家の……お父さんの所に行っておいで」


 当然エミリアとアルベールの父、アーノルド・ロヴァルト伯爵も来ているはずだ。

 息子の晴れ姿を見ない理由などないだろう。


「……でもエド、さっきも具合悪そうだったし、喫茶店の時も、今も」


(本当によく見てるなぁ)


 心の中でエミリアを感心する。


「ありがとう……でもさ、今日だけだよ?アルベールの卒業式、ましてや【聖騎士】に成るかもしれないんだから、せめて家族で見届けなきゃ……」


 これ以上エミリアに心配させちゃいけない。

 無理にでも笑って、誤魔化す。


「……う、うん、分かった。ありがとエド、終わったらすぐに来るからねっ!」


 立ち上がり、勢いよく飛び出すエミリア。

 まるで自分が急げば、式も早く終わると思っていそうだ。


(せっかちだなぁ。はぁ……僕も見たかったな、アルベールの卒業式)


 エミリアの猪突ちょとつっぷりに、思わず笑みを浮かべる。

 そして休むエドガーを尻目に、卒業式、そして聖騎士昇格者発表式が開始される。





「やあ、遅い到着じゃないか、ロヴァルト」


 卒業生代表席。成績トップの三人が並び、卒業生の最前列に座る。

 左からコランディル、アルベール、マルスの順に。


(くそっ、やりにくい席順だな)


「ねぇ、アルベール・ロヴァルト。妹さん、かわいいわねぇ」


 アルベールが席に座るなり、マルスが言う。


「……どうも、自慢の妹だよ」

(やっぱり、見てたのはこいつか)


「でも、あの隣にいた子、あれは駄目ねぇ」


 エドガーの事だ。

 何を見て駄目だって言ってやがる、と、殴りかかってやりたい気分にかられる。


「……ああ、あいつは昔からああなんだ」


 絶対に話には乗らない。


「へぇ、どんな子なんだい?」


 マルスの言葉にコランディルが反応する。


「そうですねぇ、女の子のお尻を追いかけてる様な男の子ですよぉ、それになんか、へとへとでしたねぇ」


「ははは、それはいい。実にいい趣味だね……羨ましい限りだなぁ」


 笑い合うコランディルとマルス。

 その目はアルベールに向けられている。


「お二人とも、式が始まりますよ……」


 水を差すようにアルベールが話す。

 ほんの少し、ほんの少しだけの怒気をえて。


「おや、それは申し訳ない。君の友達の話に興味があってね……」


 と、言うと正面に向き直った。

 すると、それが合図だったかの様に式が始まり、騎学長の挨拶が行われる。

 そして順に、卒業生の名前が読まれていく。

 とどこおりなく卒業生の名が全員呼ばれ終わると、コランディルが小声で話しかけてきた。


「なぁロヴァルト、一つ勝負をしないかい?」


 こんな時に何を、と言おうとして、横目でコランディルを見やる。

 コランディルは口元に笑みを浮かべて述べた。


「昇格記念模擬試合……真剣でやらないかい……?」


 本来は木剣で行われる模擬試合。

 それを真剣で、過去に例が無い訳ではないが、普通はしない。


「何の為に?」


 コランディルは、更にトーンを落とした声で言う。


「決まってるだろう。事故があっても、分からないからさ。例えば、君の妹や友達に向かって、剣が滑ってしまっても……ね」


 今にもキレてしまいそうだった。

 それでも耐えられたのは、まさに妹エミリアと親友エドガーのおかげだったと思う。

 拳をこれでもかとにぎりしめ、歯を食いしばる。

 言葉になりかけたそれを飲み込むと。


「真剣勝負は構わない……だがな、あいつらを巻き込んだらっ」


「プッ!くくっ、冗談。冗談だよロヴァルト、あー面白い」


 コランディルはアルベールから顔をそむけ、うつむき肩を震わせる。

 後ろに並ぶ他の卒業生達からみれば、アルベールに言葉を貰い、感動し泣いているようにもみえただろう。だが、実際は。


(くっ、くくっ。ロヴァルト、見えたぞ。隠したつもりかぁ?お前の怒り見えちまったよ!)


 アルベールが少し挑発に乗ってしまった。それを見逃さなかったコランディルが、笑いをおさえきれずにいただけで、感動の要素など一つも無かった。

 そして卒業式は全ての行程を終えた。

 残すのは、聖騎士昇格者の発表だ。




 先程挨拶を終えた騎学長が、強面の男と話している。

 今年度の昇格発表者、【元・聖騎士】ギランツ・ミッシェイラ。

 コランディルの父、ミッシェイラ公爵。元・聖騎士長を務めた実績を持つ、リフベイン聖王国の【四大公爵家】を束ねる男。


「ご苦労だな、リンデール騎学長」


「……いえミッシェイラ閣下かっか、義務ですので……」


 騎学長、シャイオーラ・メルデス・リンデールは、ミッシェイラ公爵の元・部下だ。

 【元・聖騎士】にして伯爵家の娘。33歳、恋人募集中。

 リンデール伯爵家は、騎士学校の隣に隣接するように建て直され、騎士の育成を主に置く家系。

 建て直しの費用は全額ミッシェイラ公爵が払っている。

 昔から親交があったミッシェイラ家とリンデール家が、今後の騎士の育成を考えリンデール家を負担する形で支援した。


「そ、それで、その……ご子息の事、なのですが」


 ご子息。ギランツの息子、コランディルの事。


「構わんよ、気にむな……」


「しかし!……いえ……はい。閣下かっか……では昇格の発表、よろしく願います」


「うむ、うけたまわった……」


 壇上へ向かうギランツを見送り、リンデールは悔しがる。

 コランディルの事ではない。ギランツの事だ。

 これから発表される内容を自らの言葉で述べなければならない。

 それは、確実にミッシェイラ家の首を絞める自傷行為になる。


「卒業生の諸君、おめでとう……ギランツ・ミッシェイラである。今日、諸君等が騎士として生まれるこの日に……【聖騎士】の昇格発表を任されたこと、誇りに思う」


 用意された羊皮紙ようひしを見ず、目をつぶりただ己の言葉を紡ぐ。


「今から、【聖騎士】への昇格者を発表したいと思う。呼ばれたものは返事をし、この壇上にて、勲章を受け取って貰いたい」


 ふぅ、と息つくギランツの緊張感に、会場の卒業生達にも張り詰めた空気が広がっている。

 それは最前列にいるアルベールも同様で、グッと手に汗をにぎる。

 おそらくこの場で緊張していないのは、コランディルだけだっただろう。


「では、発表させていただく。まずは……――アルベール・ロヴァルトっ!!!壇上へ……」


 まず呼ばれたのは、アルベールだった。

 わぁぁぁっ!!と、驚きと歓声に包まれる。


「――はいっ!!」


 歓声に負けない程に大きく、力強い声でアルベールが応える。

 静かに立ち上がり、壇上へ向かう。横を通る際にコランディルを見ないようにして。


「おめでとう、ロヴァルト君……御父上の様な、立派な【聖騎士】に成りなさい、期待しているよ」


「ありがとうございます、誠心誠意せいしんせいい励みます!!」


 礼を言い、壇上でギランツから勲章を付けられる。

 そんな中、卒業生の中からひそひそと会話が漏れ初める。


「なぁ、コランディル・ミッシェイラは?」

「まだこれからだろ?」

「でも、ロヴァルトが先に呼ばれたぞ?」

「いや、ミッシェイラ公爵様が、息子を先には呼ばないだろ」

「確か発表される順番って、成績上位順だろ……ってことは」

「そうか、ロヴァルトとミッシェイラの順位が入れ替わったのか」

「マジかよ!?」


 この空気に鞭を打つように、リンデール騎学長のかつが入る。


「静かになさいっ……!!あなた方は騎士になるのですよ!」


 騎学長の一喝で、学生達は一斉に静かになる。

 しかしそれほどに、コランディルが一番に呼ばれなかった事が異常なのだ。

 普通は、成績順位で昇格が発表される。

 この状況、つまりは生徒達が言うように、アルベールとコランディルの順位が入れ替わっているということだ。


 渦中かちゅうのコランディルは、殺意のこもった目でアルベールを射抜く。

 順の入れ替わり。その時点でコランディルの構想は潰れた。

 【聖騎士】の順位とは、それだけ重要になる。

 何故なら、【聖騎士】にも序列があり、十数人の【聖騎士】達がしのぎを削っている。


 【聖騎士】に成った時点でアルベールよりも下。

 それはコランディルにとってかなりの屈辱だ。

 アルベールが席に戻ると、ギランツが卒業生達に向き直る。

 そして。一礼してこう述べた。


「……――以上で、聖騎士昇格者の発表式を……終了する」


「――なっ!!」


 コランディルは立ち上がり、抗議の声を挙げようとした。

 が、ギランツの睨みに身をひるませて、座り直した。

 異常な雰囲気の中、ギランツのこの一言で、卒業式並びに聖騎士昇格者発表式は終了したのだった。

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