08話【喜びの一幕】



◇喜びの一幕◇


「あれ?なんか騒がしいな……」


 会場の方からぞろぞろと人だかりが見えてくる。

 どうやら卒業式が終わったようだが。エドガーは未だに長椅子で休憩していた。


「アルベール、どうだったかな……あ~、見たかったなぁ」


 左腕で顔を隠して、ため息を空にく。


「終わった、のかな?」


 エドガーの視線は逆さまのまま。

 徐々に増えていく生徒や帰路につく生徒たち。

 首には銀色のメダルがかけられている。


「あ、やっぱり終わったみたいだな……」


 勢いをつけながら起きようとして、腹に力を込める。が。


「……うぐっ!」


 痛い。腹が鈍い痛みに襲われる。


「な、なんで。さっき走ったから……?あ、あぁ、あれか」


 力を入れると、腹部にくる痛み。

 今朝、起こされた時に使った貧弱な筋肉。

 つまりは、筋肉痛だ。


「……う、嘘だろぉ?」


 自分の貧弱な身体に、泣きたくなったエドガーだった。





「お、いたいたっ。こんなとこにいたのかよ」


「どう?エド、まだ痛い?」


 一通りの生徒が帰った後、式を終えたアルベールがエミリアと合流して共にやってきた。


「あ!アルベール!?ど、どうだった!?」


 二人がやってきたにもかかわらず、エドガーは起きれなかった。

 寝たままで、逆さになったアルベールは問う。


「エドお前……どした?」


「……あはは、ごめんアルベール。手、貸してくれない?」


 手を借りやっと起きたエドガーは、情けないと思いながらも説明する。




「いやいやエドくんよ……それはちょっとひどすぎないかい?」

「……もう少し体動かそうよ。エドくん」


 流石の幼馴染二人も呆れていた。

 自分もかなり恥ずかしい。曲がりなりにも昨年までは騎学生だったのに、一年間訓練をしなかっただけで、まさかここまでとは。

 ではなく元からだ。

 エドガーは、どんなに頑張っても騎士としては成長出来なかった。自覚まである。

 才能と言ってしまえば元も子もないが。事実エドガーに騎士としての素質は皆無。

 ぶっちぎりの最下位で、おそらく卒業しても、騎士にはなれなかっただろう。


「ホントごめん……」


 項垂うなだれるエドガーに二人は。


「いや。分かってるからいいんだがな、別に……今更だしな」

「そうだよ、冗談だよ。エドくん」


 アルベールもエミリアも笑いながら、エドガーに声を掛ける。


「それよりもだ、ほら……見ろよ、エド」


 アルベールはそう言い、胸に輝く金色の勲章くんしょうを見せた。


「わっ!それは……」


 片翼の獅子をかたどった、黄金に輝く勲章だ。

 【聖騎士】のみが着ける事を許されたこの国の象徴。

 獅子の口には剣がくわえられている。


「……アルベール、凄いよ!おめでとう!本当におめでとうっ!」


 親友の手を取り、まるで自分の事のように喜ぶエドガー。

 これにはアルベールもエミリアも驚いた。


「――っ、オイオイ。なんだよエド、そんな反応するなら見に来いよっ!」


 アルベールはエドガーの手を払い、ポリポリと頭をく。


「フフッ、兄さん照れてる~」


 エミリアは肘で兄の横っ腹をツンツンとつつく。


「っるせっ!やめろエミリア!エドも笑うなっ!」


 三人は笑い合い、談笑しながら帰り始める。

 アルベールは、通いなれたこの騎士学校【ナイトハート】に感謝をする。


(三年間……ありがとうございました)


 胸に輝く、片翼の獅子に改めてちかう。


(俺は必ず、立派な【聖騎士】になる……そしてエド。お前を、もっと自由にしてやるからなっ)


 エドガーはエミリアと話しながら、少し後ろで黄昏たそがれるアルベールに気付き。


「アルベール!何してるのさっ、早く行くよっ」


 元気に手を振る幼馴染の少年に、先程までの緊張感はすっかり忘れて歩き出す。


「ハハッ。今いくよっ!あ、そう言えばエド、お前、腹は?」


「――えっ?」


 一瞬で、エドガーの表情が凍る。


「なんかもう普通に歩いてるけど」

「あ、ホントだね!」


 アルベールが【聖騎士】に昇格出来た喜びで、腹の痛みなどすっかり忘れていた。


「あ、うぅ、急に痛みが」


 わざとらしく腹をさするエドガー。


「もぅ、エドったら、わざとらしいよ」

「ああ、流石にな!」


 「あはははは」と三人で笑う。

 エドガーは、こんな時間がもっと続けばと思い。

 エミリアは、エドガーの笑顔をもっとみたいと思い。

 アルベールは、二人の笑顔を守ると決めていた。

 三人の幼馴染が、今後も仲良く幸せになれるようになるかは、誰にもわからない。

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