06話【聖騎士昇格者発表1】



◇聖騎士昇格者発表1◇


 ~翌日・宿屋【福音のマリス】~

今日はよく眠れている。やっぱりいい事があると安眠できるものなのかな?


「……ド!」


 ん?誰かな、誰か呼んでる。

 聞きなれた声、不思議とスーッと頭に入ってくる感じだけど、今はまだ寝ていたいよ。


「――エド!エードーっ!!」


 心地いい、けどなんかうるさく感じてきたな。


(もう……うるさいなぁ)


「はぁっ!!?ひ、人が起こしに来てあげたのに、なんて言いざまっ!」


 あれ?まるで心を読まれたみたいだ。


「エミリアさん、ここはあれ・・を」


「あ、あれってなんですか?」


「子供の頃からよくやっていたでしょう?エドガー君のお腹に乗るやつ」


「――ええっ!?でも、あれ・・は子供の頃だから出来ただけで……今はもう」


 なんか言ってるけど。でもよく聞こえないよ。

 僕はまだ眠いんだ。


「そんな事を言ってたら、お兄さんの晴れ姿見逃しちゃうわよっ!」


「いやぁ……でも、私ももう立派なレディな訳でしてね?」


「エ・ミ・リ・ア・さ・ん!」


 あれ・・って何だっけ?なんか覚えがあるような気がする。


「うぅ……分かりましたよぉ。エ、エミリア・ロヴァルト!行きますっ!」


 あ、待って。もう少しで思い出せそうなんだ。

 僕のベットに誰かが膝をかける。それと同時に、ギィィっと軋む。

 そうだ!これは昔、起きない僕にエミリアがしてきたヤツだ。

 誰かの体が、僕の体を跨いだ気がした。


「じ、じゃあ……エド?本当に行くよ?起きない?」


 い、今起きるから!と反応しようとするも、心と体は別らしく体が全く動かない。


「――ゴホンっ!」


 催促さいそくというわざとらしいせき払いが聞こえ。

 「せ~のっ!」の掛け声と同時に、僕の意識は目覚める。

 まぶたが開くのと、が降ってきたのは同時で。

 音にするならドスン、本人に言ったら怒るだろう。


「ぐふっぁぁぁぁっ!」


 腹部にのしかかるを払い除けようとして、両手を伸ばす。

 むんずと両の手のひらでつかもうと力を込めた。


「きゃっ」


 目覚めたエドガーの手には、エミリアの柔らかい何かがあって。

 つかみ心地がよく、手にジャストフィットする。


「……あっ!?」


 気付いた時には、もう遅く。

 エドガーはエミリアの尻を鷲掴わしづかみにしていた。


「……」


 笑顔。怖い程に清々しい笑顔がエドガーの目の前にはあって。

 メイリンが微笑ほほえましいと言わんばかりに二人を見つめている。


「や、やあ。エミリア……おはよう」


 恐る恐る手を放し、両手を上げて降参のポーズをとる。


「うん、おはよう!エドっ!」


 笑顔が怖い!!


「……で?エド、言うのはそれだけかな?」


「え、え~っと。あ、ありがとう?」


 一瞬、ありがとうと言う際に指をニギッとしてしまった。

 自分でも、馬鹿だと思う。


「―――どういたしましてっ!!」


 ゴスッ!と、エドガーのおでこに、エミリアの鉄拳がめり込んだ。





 【貴族街第三区画ガーネ】。

 その南に建てられた、騎士学校【ナイトハート】。

 貴族民、下町民に関わらず入学可能で、在籍時は階級に縛られない自由な学校生活が保障されている。

 全生徒数999人。

 うち341人が今年度の卒業生にあたり、エドガーの幼馴染アルベールもその一人。


 その学び舎。

 屋上にて、数人の人影が見られる。 

 屋上の金網から、卒業式へ来た同級生や下級生達を冷めた目で見る男がいる。

 肩近くまである銀色の髪を風になびかせ、吊り上がった目で生徒達を見下す。


 今年度の首席代表、コランディル・ミッシェイラ。

 公爵家の息子として産まれ、幼少期より裕福に育ち、将来を期待された才児。

 父ギランツは【元・聖騎士】であり、しかもその実力は聖騎士隊長をも務めたことのある豪傑ごうけつだ。


 その長男、コランディルは期待されつつも、甘やかされて生きて来た。

 今日、聖騎士昇格者発表の日、自分は絶対に昇格するだろうと確信している。

 何故ならば。昇格者を発表する人物、それが父、ギランツだからだ。

 それに加えて、剣術、馬術は全生徒トップの実力、模擬戦も負けたことはない。


 自分にしたがう他の生徒、特に貴族の生徒達は立場を分かっているらしい。

 誰一人として、自分に歯向かう奴などいない。だがしかし、アルベール・ロヴァルト。

 奴だけは例外だ。準首席で、自分と同じ【元・聖騎士】の父を持つ伯爵家の息子。


 自分よりもくらいは下がるものの、生徒達からの信頼を得ているし、コランディルに従う事をよしとしないだろう。

 だからコランディルは考えた。

 今年度、恐らくコランディルとアルベールが【聖騎士】に昇格するだろう。

 これは疑いようのない事実。


 順位、実力を見ても、自分がトップで昇格するのは間違いない。

 ならばどうするのか。大切なのは【聖騎士】に成った後だ。


 【聖騎士】に昇格した後、自分にしたがうようにすればいい。

 騎学を卒業すれば、階級を無視したクソみたいな制度は無くなる。

 爵位しゃくいも実力も、自分が上だと認めさせればいいのだと。そう考えた。


 【聖騎士】はこの国の象徴。いずれ自分はそのトップになる男。

 その自信と確信があるからこそ、アルベールをしたがわせて、騎士貴族の地位を確立させなければならないのだ。


「ちっ……!気に食わんな」


 自分の意に返さないアルベールに腹を立て、空に向かって悪態あくたいをつく。

 そんなコランディルに、声を掛ける男が二人。


「素が出てますよ、コランディル様」

「アタシはそっちのほうが好きよ~」


 コランディルの素を知る人物。

 一人は、イグナリオ・オズエス。

 茶に近い金髪と、刈り上げた両サイドの髪。

 黄色の目、そして高身長でガタイもいい。


 このイグナリオは騎士学校の生徒では無いが、コランディルの護衛として傍にいる。

 【貴族街第三区画ガーネ】の警備隊に所属する騎士だ。

 昨年度の首席卒業生で、【聖騎士】への昇格を受けるも、コランディルへの忖度で、聖騎士昇格を辞退したと言われている男。


 もう一人、自らをアタシと呼ぶ長髪の男?は、マルス・ディプル。

 腰まであろう緑色の長髪と、茶色の目、人を見定めるように細められたたれ目。

 今年度の槍術成績一位であり、コランディル、アルベールに次ぐ、三位の実力者。

 マルスは、唇に紅を差しながら。


「あ、コランディルさま~、あれ見てくださいよ~」


 自分達の真下を、口紅を持つ手の反対の手、その中指を金網に差し。

 クネクネとさせながら指をさす、その先には。


「……ロヴァルトか」


 下級生がキャッキャウフフと群がる。

 その中心には、エッグゴールドの金髪の少年。


「あらあら。いいご身分ね~、嫉妬しちゃうわ~。女子達に」

「……ちっ!」


 アルベールを確認して舌打ちするイグナリオ。

 去年、模擬戦で敗北した記憶がよみがえる。


「荒ぶるなよ、イグナリオ。俺が【聖騎士】になれば、お前の方が立場は上だぞ……」


「……はい、コランディル様」


 コランディルは、自分が【聖騎士】になった際、イグナリオとマルスを贔屓ひいきにするつもりでいる。

 アルベールを部下にし、イグナリオ、マルスを取り立てる。

 昨年の首席であるイグナリオ、今年度の準首席と三位、基板は盤石ばんじゃくという訳だ。


「くくっ、だが、そうだな。ロヴァルトに話をつけなくては……マルス。ロヴァルトを呼び出してくれ」


「ウフッ。は~い、いってきま~す」


 そう言うと、マルスは小走りで屋上を駆けて行った。


「――ふん。さて、俺様の物語ストーリーが始まるぞ……」


 上を向いて含み笑いを浮かべるコランディル。

 このコランディルの愚行が、アルベールを、そしてエドガーをも巻き込んでいく事になる。





 少し前。アルベールはエドガーとエミリアを待っていた。

 騎学から少し離れた【貴族街第三区画ガーネ】にある喫茶店【ロロイ】。

 待ち合わせ時間はもうとっくに過ぎているが、どうせ我が妹エミリアがなんかしてんだろうなぁ、とアルベールは考えていた。


「ヤバいな、そろそろ限界だ……」


 もう少し待ちたかったが。


「しょうがない、行くか」


 約束の時間と場所はエミリアが言い出した事だったが、妹の性格は熟知している。

 まぁ、遅れれば自ずと騎学に向かうだろう。


「マスター、ごちそうさまでした」


 そう言って、アルベールは銅貨2枚を支払う。


「あっ!アルベール君、卒業おめでとう!【聖騎士】になるの、期待してるよ!」


「――!……マスター、ありがとうございます。楽しみにしていてくださいよっ!」


 両親、妹、ロヴァルト家に関わる皆。そして、エドガー。


(俺は……エドガーの為に【聖騎士】に成るっ!俺が、この国のルールを変えてやるっ!)


 【聖騎士】には、国政に加わる権利が与えられる。上に行けば行く程、その権限は増える仕組みだ。

 この国の王が決めた、【召喚師】への不遇な扱い、既に数十年経っているルール。

 アルベールはそれを変えようとしている。幼馴染で、たった一人の親友の為に。





 そして、騎学へ着いた早々、アルベールは後輩たちに囲まれていた。


「ロヴァルト先輩!カッコいい!」

「キャーっ!先パーイ!」

「卒業おめでとうございますっ!」

「ぅあーん、せんぱーい、卒業しないでー!」


 アルベールの人気、特に女子からの人気は物凄いことになっている。

 端正たんせいなルックスと、それに見合う実力。

 更には人を思いやることのできる心遣い。

 コランディルと二分する騎学内の人気。


「ははっ、皆ありがとうな!!」


 後輩達の激励げきれい賛辞さんじを受け、アルベールは笑顔を見せる。

 そんな中、アルベールに注がれる熱い視線。アルベールはそれに気付く。


「……ん?」


 コランディルに従う取り巻きの一人。

 マルス・ディプルが、頬を赤らめこちらを見ていた。


「ディプルか……?」


 マルスは右手をチョイチョイっと手招きし、校舎に入って行った。

 おそらく彼らの溜まり場である、屋上に来いとのサイン。


「皆悪いっ、ちょっと約束があるんだ。通してくれないか?」


 後輩達に謝辞しゃじをし、マルスの後を追う。


(コランディル・ミッシェイラが俺を呼んでる……?一体何の用だ?)


 入学以来、一度しかまともな会話はしていない。

 しかもその内容はエミリアの事だった。

 それ以降、コランディルは自分を避けていたし、三年間で模擬戦も一度も当たらなかった。


 マルスを追い、屋上へと着いたアルベールを待っていたのは、案の定コランディル達だった。


「どうしたんだい?ミッシェイラ、君が僕を呼び出すなんて、入学以来じゃないか……?」


 屋上に着いたアルベールの口から出た言葉は、下手をすれば挑発と取られても仕方がないものだった。


「やあ、ロヴァルト。確かにあの時以来だね。で、私が君を呼んだ理由、わかるかな……?」


「……いや、すまない。あいにくだけど分からないな」


 大体の予想はついているが、それは表に出さないよう冷静に答える。


「ふぅん、そうかい。それは残念だな……君は賢い、予測しているものだと思っていたけどね」


 わざとらしく両手を広げて、オーバーアクションのコランディル。


「――買い被りだよそれは。ミッシェイラ……君には及ばない」


 お世辞、分かりやすい程のお世辞。

 しかしこれに気をよくしたコランディルは。


「ははは、そうか。買い被りだったか!そうだなぁ、君は万年二位だったものなぁ!」


 アルベールは動じない。この様な挑発をされる時は、エドガーの気持ちを考えるようにしているからだ。

 エドガーの我慢強さを、アルベールは見習っている。


「それで、何のようかな?悪いけど、何もないならもう帰らせてもらうが」


「ああ、そうだ!そうだね」


 先程からオーバーアクションをするコランディル。

 クルクルと身を回し、左手をアルベールに差し出す。


「では、単刀直入に言おう!アルベール・ロヴァルト!私が【聖騎士】に昇格したら、私の傘下さんかに入るのだっ!同じ貴族同士!【聖騎士】の未来を切り開こうじゃないか!」


「……」


「ん?どうしたんだい、ロヴァルト」


「フフッ。いやすまない、可笑おかしくてね」


「貴様ぁ!!失礼だぞ!!!」


 これまで黙っていた取り巻きのイグナリオが、アルベールに噛みつく。


「いいや、構わないよイグナリオ。ロヴァルト、聞かせてくれないか?一体何が可笑おかしいんだい?」


 髪をかき上げて、笑うコランディル。

 内心は苛立いらだっているのだろう、笑顔が引きつっている。


「ミッシェイラ、確かに君は凄いよ。実力もある。でも……君の傘下さんかに入る事は無い。君は、肩書きにこだわりすぎていないか?」


「……」


「【聖騎士】に成るのは、そうだな……平たく言えば騎士学校に通う全生徒の夢だろ?今の【聖騎士】には、貴族以外の人間、下町出身の【聖騎士】もいるからな」


「……」


「君は、その【聖騎士】達をどうするつもりだい……?貴族じゃない【聖騎士】を、君はどうしたい?」


 貴族主義のコランディルと、下町出身の幼馴染を助けたいと言うアルベールでは、そもそもの思想が違う。


「下町……?ロヴァルト、お前は何を言っているんだ?」


「何って……」


「下町、つまりは平民だろう?私達は貴族だぞ。この国を支えているのは、私達貴族だ。下町の人間など、貴族にへりくだっていればいい。そうだろ?それは【聖騎士】だろうが関係ない、私がすぐにでも傘下さんかに加えるさ」


「……そうか」


 やはり、コランディルは完全なる貴族主義の人間だ。

 アルベールの思想からしたら、完全に真逆。絶対に認めてはならない。


「ロヴァルト、君もそうだろう?」


 さも自分も同じだろうと言うコランディルに、アルベールは会話を無理矢理終了させる。


「悪いな。コランディル・ミッシェイラ、お前の話は聞けない、聞きたくもないっ」


「なんだとっ……!?」


「自分の事しか考えない身勝手な騎士には、なりたくないんだよ」


 そう言い残し、アルベールはきびすを返す。


「待ちなさい!アルベール・ロヴァルト!!」

「貴様ぁ!!ただではすまねぇぞ!!」


 アルベールは、今まで沈黙を保っていたイグナリオとマルスの怒りをも無視し、屋上を後にする。


「……クソが!」

「コランディル様!」


「いい……もういい。イグナリオ、マルス」


「コ、コランディルさま?」


「ククッ、ハハハ……アーッハッハッハッハ。面白い……面白いぞ、ロヴァルトォォ」


 大声で笑い出すコランディル、取り巻きの二人は驚いている。


「決めた、決めたぞ!イグナリオ、マルス」


 コランディルは心に決めた。


「聖騎士昇格の記念模擬試合。この試合で、この俺が!アルベール・ロヴァルトを叩き潰してやるぅぅ!!」


 そうして、コランディル・ミッシェイラの愚行に愚行を重ねる行為が、加速していく。

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