03話【幼馴染二人】



◇幼馴染二人◇


 ~【貴族街第一区画リ・パール】~

 王城区、北西の門近くにある広く大きな屋敷。

 日も沈み、騎学から帰ったエミリアは、朝の出来事を思い返し反省していた。

 今日、自分が出しゃばらなければ、エドガーがあんな思いをすることは無かったかもしれないと。

 大切な幼馴染、エドガー・レオマリス。

 彼の置かれた境遇に、自分は長年、一切気付いていなかった。

 それが情けなくて、歯痒はがゆい。


(どうして気がつかなかったんだろ?)


 リビングルームにあるソファーに寝ころび、高い天井に向けてため息をつく。


(毎日の様にエドに会ってるのに……――も、もしかして小さい頃から?)


 ふと、罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせられる小さな子供のエドを想像して、その光景にゾッとする。

 嫌な想像にかぶりを振るう。自分に力があれば、守ってあげられるのだろうか?

 エミリアは、仮にも伯爵家の令嬢だ。自分が何か働きかければ、少しでも現状は変わるかもしれない。

 でも、でもだ、エドガーはきっと喜ばない、それだけは分かる。


 それに今朝のあの嫌な男、ラドックはエミリアを知らなかった。

 自分は貴族だ。顔が知られていれば、それなりに何か方法があったかもしれないが、相手が知らなければ、ただの小娘も同義だ。


 「お父様に言うわよ!」なんて言う子供染みた事は、エミリアには出来ない。いや、しない。

 正直、父親の権威を盾にすれば、あんな男ぐに捕える事も出来るだろう。

 だけどそれはエドガーに失礼だし、いかにも貴族みたいな行為は、エミリアは好かない。


 エミリアは思う。なにせ彼の優先順位は、自分以外の人間が最も優先されている。

 妹のリエレーネや従業員のメイリン。幼馴染のエミリアもそうだろう。

 だけど、それ以外の人間をも、彼は助けてしまう。

 能力が無く、不遇な扱いを受けているにも関わらずに。


 彼は昔からそうだった。

 子供の頃から、優先されるのは他人の事ばかりで、自分の事は後回し。

 自分が関係する事で、もし誰かが捕まったなら、エドガーはまず自分を責めるだろう。

 そういう少年なのだ、彼は。


(エドはきっと、私に見せないようにしてたんだ)


 いつもはきっと、エミリアが騎学に行っている間に依頼を済ますのだろう。

 でも、今日の依頼はいつもより時間が早くて、更には向こう側が受け取りに来た。

 実際の所、おしゃべりをしていたのを差し引いても、もう半時はんとき(30分)遅ければ、エミリアは騎学へ向かっていた。


(私が心配するから……)


 恐らくはその通りだろう。事態を最善に進める為に、エミリアがしゃしゃり出た後ぐに頭を下げた、土下座までして。

 貴族であるエミリアや下町の住民ラドック、双方に配慮されていた。

 なにせこの【リフベイン聖王国】は、貴族と下町の人間がすこぶる仲が悪い。

 差別侮蔑ぶべつは勿論、時には奴隷制度を採用する貴族もいる。

 奴隷など、当の昔にすたれたというのに。


 しかし下町の住人達も黙ってはいない。王家を含め、貴族達は牧場も畑も持っていない。

 王族も貴族も、食事は下町の住民達が育てた野菜や家畜を食している。

 貴族が下手をすれば、王族の食事がなくなるからだ。

 貴族にとって王族の決定は絶対だ。爵位しゃくいを失って馬鹿を見るぐらいなら、下町とも仲良くするというもの。あくまで表向きは、だが。


 エミリアが疲労と考え事でうとうとしていると、メイドたちが慌てだす。


(あれっ、もうそんな時間……?)


 エミリアはソファーから起きると、大鏡で身だしなみを整え玄関の方へ向かう。




「「「「おかえりなさいませ!!旦那様」」」」


「……お帰りなさい、父様」


 メイド達もそろって迎えるのは、ロヴァルト家の当主・アーノルド。

 背が高く恰幅かっぷくもいい、髭の似合う優しい顔つきの男。


「おお、エミリア!父さんの出迎えとは。疲れているだろうに、ありがとう」


 アーノルドが大げさに言いながら、エミリアを抱きよせる。

 妻であるミランダが病に倒れ、床に伏すようになってから、アーノルドは子煩悩になった。

 特にエミリアには、かなり甘い。


「と、父様……苦しいです」


 いつもの事とは言え年頃の娘だ。そろそろ子離れしてほしい。


「はははっ、父さん。エミリアが困っていますよ、そろそろ離れては?」


 エミリアの心を読み取ったかの様な言葉、エミリアと同じエッグゴールドの金髪に空色の瞳、アーノルドよりも更に高い身長、整った顔立ちに長いまつ毛、見る人が見れば女性と見間違う程の美形。

 エミリアの兄、アルベール・ロヴァルト。

 今年度の騎士学校三年生、準首席の実力を持つ才色兼備の兄。


「おお、そうかそうか……」


 と、エミリアから離れる父。

 名残惜しそうにしながら、脱いだコートをメイドに渡している。


「兄さんも、お帰り……」


 いつもと変わらずに話しているつもりだったが、アルベールは鋭い。

 エミリアを一瞥いちべつすると。


「――エミリア。母さんへの報告が終わったら話があるから、部屋で待ってろ」


「――っ!……わ、分かった」


 エミリアは一瞬驚くも、素直に返事をする。

 父と兄が母の寝室に向かうと、自分も部屋へと戻った。




 手持ち無沙汰なエミリアがエドガーから借りていた本を読み始めて、二時ふたとき(2時間)ほどの時間が経ち。

 不意にコンコンとノックされるドア。


「エミリア。入るぞ……?」


 カチャっとノブを回し、ドアが開いた瞬間。


「――遅いっ!!」


 まるで駄々っ子の様な言い方をし、エミリアが待っていた。


「おいおいっ、これでも急いで来たんだぞ?何で怒ってんだよ……」


「だ、だって……」


「だってじゃないっての、全く」


 アルベールには、エミリアの悩みが既に解っている。

 昔から、この妹が悩む事といったら、たった一つ。


「なんだ、またエドとなんかあったのか?今度は何をやらかしてエドに迷惑かけたんだ?」


 半分は冗談だったが、どうやら的をてしまったようだ。

 ガーンと分かりやすそうな音が聞こえそうなほど、エミリアが落ちこんでしまった。


「……」


 エミリアの沈黙に合わせて、アルベールも口をつぐんだ。

 アルベールは、エミリアから話すのを待っている。


(こういうのは、本人の口から話させたほうがいいだろ……ま、何となく分かるけどな)


 ふぅ、と静かに息をき、エミリア部屋のソファーに座る。

 エミリアは立ったままだが。


 エドと何かがあった。までは合っていた、後はその内容だ。

 エミリアがエドガーを長年好いているのは知ってるし、昔から応援もしてやっている。

 だが、ここまでエミリアが落ち込む事は中々になかった。何せ単純な子だ、些細なことなら翌日には忘れている。

 少し待ち、ソファーに置きっぱなしの本を何気なく読もうと手に取ると。


「兄さんは知ってた……?」


 エミリアから発せられた言葉は、アルベールへの質問。


「――何をだ?」


 当然の事だが分からない。

 エミリアはいつも真っ先に答えを出してくる。回りくどい真似はしない。

 と、なると悩みの種はエミリア自身が戸惑い、答えを出せないものだろう。


「エドの事よ、兄さんは知ってたの?」


「だから何を――」


 だよ?と言おうとして、アルベールは気付く。エミリアは泣いていた。

 解った、解ってしまった。

 エミリアは知ってしまったのだろう。

 エドガーが、この一年でどんな扱いを受けて過ごして来たのかを。

 アルベールにとっても、エドガーは大事な幼馴染だ。

 これまではどうにかしてやり過ごしてきた、【召喚師】へのひどい扱い。


 初めてそれをアルベールが知った時、アルベールもまた大いに悩んだ。

 エドガーに頼まれて、エミリアには伏せ続けてきた事。


「そうか……知っちまったか」


「ぐすっ、やっぱり……しって、たんだ」


 ポロポロ大きな雫をこぼしながら。

 涙を拭くこともせずに、真っ直ぐに兄を見るエミリア。


「ああ、そうだな……知ってたよ」


 そんな真っ直ぐ見られたら、噓なんて付けない。

 どんな理由があるかはエミリアに聞かなければならないが、エドガーの置かれている現状を知るのは、自身が通ってきた道と同じ。泣きたい気持ちも分かる。

 それに、アルベールは一年見て来たのだ、エミリアも受け入れなければ。


「で、何があったんだ……?」


 優しく、さとすようにエミリアをなだめるアルベール。

 するとエミリアは、今日あった出来事を語り始めた。




「なるほどな、それはタイミング……かなり悪かったな」


「……うん」


「知らなくてよかった、か?」


 ブンブンと首を振るエミリア。

 ショックはあったにせよ、後悔だけはしていないようだ。


「にしてもだな。お前も少しは我慢しろよ……」


 アルベールは、知らなければよかったと、本気で思った時期があった。

 自分の幼馴染が、不当な扱いを受け差別されている、それも国ぐるみ、辛くない筈はない。


「……はぃ」


 しゅんとするエミリア、自分が発端ほったんなのは理解しているらしい。


「兄さんはエドの事、いつから知っていたの?」


「ん?そうだな、職業に関しての事は一年前。それ以前にも親父さんの事とか……確か十歳の時だから、八年前だな」


「……」


「どした?」


 両手を床につけ、あからさまにショックを受けているエミリア。


「なんで教えてくれないのよ~……あ、違う。そ、それよりも……わ、私……そんなにも長い時間気付かなかったのぉ?」


 自分の鈍さにガッカリしていた。


「まったく、お前はホント分かりやすいな……しょうがないだろ?エドが内緒にしてくれって言うんだから。俺が約束を破れるかよ」


「ううぅ、だってぇ」


「だってじゃないだろ?お前がエドを大切に思ってんのと同じくらい、俺だってエドを大切に思ってんだぞ。それなのに、お前がただ泣いてるだけでいいのか?ショック受けてんのは、エドも同じだと思うけどな」


 エドガーだってエミリアに知られたくなかったはずだ。

 ましてや、土下座までしていた所を見られるなんて、アルベールだって嫌だ。


「……そうだ、よね」


「だろっ?」


「……――よしっ!決めた!私、エドに何かプレゼント・・・・・するよ!」


 座っていた床から勢いよく立ち上がり、宣言する。相変わらず立ち直りは早い。

 プレゼントは、エミリアがエドと喧嘩する度に贈ってきた。言わば仲直りの証。

 今回は特別喧嘩と言う訳ではないが、気まずい雰囲気に水を差すには丁度いいかもしれない。

 するとエミリアは何かにハッとし、兄へ振り向き詰め寄る。


「に、兄さん。もしかして……」


「……ん?」


「――ラ、ライバルッ!!?」


「何でそうなんだよっ!」


 トン!とエミリアの脳天にチョップを見舞う。「あうっ」と可愛いリアクション。

 顔を見ると、いたずらっ子の様に舌を出した、いつもの元気な妹がいた。

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