04話【消えない種火】



◇消えない種火◇


 ~翌日・宿屋【福音のマリス】~

 早朝、エドガーが宿の玄関を掃除していると、爽やかな声が掛けられる。


「よっ!エドガー。調子はどうだ?」


 そう声を掛けたのは、エミリアの兄アルベール。

 エドガーのもう一人の幼馴染の一人。


「アルベール……どうしたの?」


 驚かそうと思っていたアルベールは、肩透かしを食らったかのようにズッコケた。


「――っ、なんだよぉ、もちょっと驚けよな!」


 エドガーは内心驚いていた。

 アルベールが来るとは全く思っていなかったからだ。


「いや、驚いたよ……」


 掃除の為に頭に巻いていた赤いバンダナを外し、笑顔を見せるエドガー。

 どことなく元気がない様に見えるのは、幼馴染のなせるわざだろう。

 アルベールが宿前の長椅子に腰掛け、「ほらよっ」とエドガーにビンを渡す。

 【下町第三区画コラル】にある牧場、【ロンメイ牧場】のミルクだ。

 朝一で買ったのだろう。


(……遠いのに、わざわざ行ったんだ)


「どうしたエド、ここのミルク好きだろ?」


 わざとらしいウインクをして見せるアルベール。

 この気遣い、エミリアに全て聞いたのだろう。


「うん、わざわざありがとうアルベール、いただくよ」


「わざわざ?ははっ、何のことだよっ!」


 二人でビンを鳴らし、乾杯する。


「はは……相変わらずアルベールはカッコつけだね」


 幼馴染の優しさにエドガーは笑う。

 アルベールはエドガーにとって、一つ年上の幼馴染だ。

 単にエミリアの兄ってだけじゃなく、子供の頃から何度も助けられた恩人でもある。

 それこそ、エミリアにエドガーの境遇を黙っていてくれてたり、騎士学校に在籍時は、最下位のエドガーの訓練にも付き合ってくれていた。


「いやいや、つけてんじゃないさ……カッコいいんだ」


 真顔だ。真顔で言うあたり、冗談と本気の区別がつかないのが難点なのだ、この幼馴染は。


「……そ、そうだね!カッコいいよ!」


 エドガーは毎回そう返している、それでアルベールの機嫌はよくなる。

 一頻ひとしきり話をして、少し間が空いた。

 これをチャンスと見たのか、アルベールが話し出す。


「……エミリアに聞いたよ」


 エドガーの顔が、一瞬だけ歪んだ気がした。


「……うん、だよね。だから来たんでしょ?」


 アルベールは、飲み終えたミルクのビンのふちを指でクルクルと触り。


「まあな、それだけじゃないが……」


 あくまでもついでだと言うのは、エドガーに対する配慮。だろうか。


「あのなエド。お前は、エミリアに嫌われたとか思ってるかも知れないが。そんなことは絶対にないからな、アイツがお前を嫌うなんて、あるはず無いからな!」


「うん……分かってる、大丈夫だよ」


「――だから、お前もエミリアを嫌わないで……ん?」


「ん?」


「「ん?」」


 不意に会話が止まる。


「あれ?エドお前、ショック受けてたんじゃないのか……?」


「えっ、うん。昨日の事でしょ?ショックだったよ、確かに」


 アルベールのシナリオが、冒頭で崩壊していく。


「エミリアの事、嫌いになったんじゃ……」


「……なんでさ」


 エドガーの顔は、明らかに呆れている。

 このアルベールには、悪い癖がある。

 悪癖あくへきと言ってもいいかも知れない。

 それは、妄想力が凄まじい事。

 子供の頃、妹のエミリアや力の無いエドガーを守ってきた自信がそうさせるのか。

 アルベールにとっての二人は、か弱き守るべき存在だった。


 だから今回も、エミリアとエドガーをなぐさめて、傷つき合ってる二人を助けるつもりでいた。勘違いだ。

 エドガーはカッコ悪い所をエミリアに見られ傷つき、エミリアを嫌いになった。

 エミリアはエドガーの境遇を知って、エドガーを嫌いになった。

 そう思っていたのだ、勝手に。


「……」


「……あれ?」


「あれ?じゃないよ、アルベール」


「い、いや!あれだ。その、俺はお前もエミリアも、両方とも傷ついてるんだと……」


 アルベールは長椅子から立ち上がり、両手を広げて弁明する。


「確かに傷ついたけどさ。エミリアを嫌いになんて、飛躍ひやくし過ぎだよ、アルベールは……」


「……そ、そうか。それはよかった」


「本当にね……」


 エドガーは笑顔でそう言った。


「それにしても、アルベールはシスコンだね……」


「……うるせぇょ」


 長椅子に座り直し、顔をうつむかせ、手で頬を隠す。きっと真っ赤なのだろう。

 この様な勘違いも多いが、これがいつもの二人の関係だ。


「で、そのエミリアは?今日は朝も来なかったけど……」


「ん?ああ、アイツなら探しものだとさ」


「探しもの……?」





 一方【貴族街第一区画リ・パール】。

 ロヴァルト家の倉庫では、エミリアが大立ち回りをしていた。


「違うなぁ、これでもない……」


 エミリアは、エドガーとの仲直り作戦の為にプレゼントを見繕みつくろっていた。

 正確には喧嘩ではないが、気まずいのだから仲直り作戦なのだ。


「う~ん、どれがいいんだろう?」


 あ~でもないこ~でもないと言いながら、エミリアは倉庫の中を物色している。

 今は棚の上段、梯子はしごに上り、中段に足をかけて探している。


「お、お、お嬢様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 悲鳴を上げるのはロヴァルト家のメイドの一人、エミリア付きのメイド。

 同い年の少女ナスタージャ・クロムス。


「お、お嬢様ったらぁ、はしたないですよっ!?下着が丸見えですぅ!!」


 顔を赤くしてエミリアに指摘するナスタージャ。

 しかしエミリアは素知らぬ顔で。


「あら。ナスタージャおはよう。誰も見ていないから、大丈夫よ」


 本日は騎学も休養日。

 制服ではなく私服だ。しかし下着が見えようが全く気にしていない。


「私が見てますぅぅぅぅぅぅ!!」


 エミリアは夢中になってエドガーへのプレゼントを探す。

 自分の下着など意に返さない。


「もぅ……お嬢様ぁ、一体何があったんですかぁ!?」


 梯子はしごに足をかけ、エミリアの尻に両手をあてて下着が見えない様にガードするナスタージャ。彼女は昨日非番で、エミリアに何があったかを知らない。

 朝出勤しエミリアの部屋に向かうも、そこにエミリアはおらず。

 部屋は荒らされた様に散らかっていた。

 数人のメイドに所在を聞き、ようやく倉庫に辿り着いたのだが。

 その結果が、下着が丸見えのご主人様だった。

 そして悲鳴を上げる事になる。


「そんなことより、去年の【古月祭こげつさい】に貰った本、知らない?」


 【古月祭こげつさい】。

 年に一度行われる祭りの一つで、月が最も輝かない日。

 その翌日にはまるで生まれ変わったかの様に光り輝く月になる。

 俗に言う成人の儀と同じもので、十九を迎えた少年少女が古い月に祈り、新しく生まれ変わる事を誓う祭りだ。(この国での成人は19歳)


「【古月祭こげつさい】の本!?知りませんよぉ、それより早くお尻を隠して下さいぃぃ!」


 続くナスタージャの悲鳴を、エミリアは軽くスルーする。


「あ、じゃああれは!?貴族会議でいただいた壺!」


 貴族会議とは、公爵位と伯爵位の家のみが参加できる会議であり、季節の変わり目に王城で行われる。


「えぇ!?あれは奥様の寝室ですよぉ!?というか何を探しているんですかぁ、もう!!」


「ちっ!母様の部屋、じゃあ無理ね……」


 あからさまに舌打ちし、悔しがる。

 エミリアの思考は、完全にエドガーの為になっていた。


「ああっ!もしかして、またエドガー君ですか!?そうですね!絶対にそうですぅ!」


 エミリアのなりふり構わないっぷりに、ナスタージャはようやく気付く。


「エミリア様……!また旦那様にとがめられますよ!?エドガー君と会っていたら」


 エミリアとアルベールの父、アーノルドはエドガーの事をよく思っていない。

 【召喚師】への不当な扱いをするわけではないが、自分の子供達がに会うのは良しとしない。

 この国の良心的な親なら当然で、貴族の子供なら尚更だろう。

 父の言葉にへりくだる事はないにせよ、父アーノルドは立派な貴族、ましてやこの国を代表される【元・聖騎士】だ、迷惑はかけたくない。


「……ずるいわよ。ナスタージャ」


 借りてきた猫の様に大人しくなったエミリアは、ナスタージャの手を取り梯子を下りると、めくれたスカートを正す。


「……わかったわ、自分の部屋のものにする」


 そう言うことでは無いのだが、やっと下着を隠した事に安堵するナスタージャ。


「はい、お嬢様」


「じゃあ、部屋に戻るわね」


「は――っ!」


 はいと言いかけて、自分が何故エミリアを探していたのか思い出すと、大きな声で。


「ちち、違います!お嬢様ぁ!!」


 倉庫から出ようとナスタージャに背を向けていたエミリアが、飛び跳ねるように驚く。


「――ひゃっ!?な、何!?もう、ビックリしたじゃない」


 よく見ると、ナスタージャは泣きそうな顔をしていた。


「だ、旦那様が、お嬢様をお探しになっていたんでしたぁ」


 うつむき、メイド服のスカートで顔を覆うナスタージャ。

 エミリアが言えたものではないが、下着が丸見えだ。

 「えっ!?黒?」などと言うエミリア。

 泣き出しそうなナスタージャを落ち着かせると、父の待つ書斎へと向かった。




 コンコンとノックされる書斎のドア。「エミリアです」と聞こえる。


「……入りなさい」


 いつもよりも少し低い声に、父は怒っている!と直感で感じ取ったエミリアはやっぱり引き返そうかと思ったが、もう一度。


「早く入りなさい」


 ダメ押しされた。

 覚悟を決め、ごくりと喉をならし、エミリアはノブを回す。


「し、失礼します、父様」


「やっと来たのかい、エミリア。待っていたよ」


(うぅ、やっぱり怒ってる?)


 書斎しょさいの豪華な椅子に座って書類に目を通している父。

 若干様子を見つつ、探りを入れる。


「はい、ナスタージャと入れ違いになっていたみたいで、申し訳ございません……」


 礼儀正しく、まるで令嬢の様に接する。

 いや、現に令嬢なのだが、倉庫で下着が丸見えになっていた人物とは思えない。


「それにしては遅かったじゃないか、何かあったのかな?」


「い、いえ、早朝から槍の訓練を行っていましたので、少々汗を流してまいりました」


 汗を流してきたのは本当だ。

 父が喜ぶであろう努力する姿と、汗のにおいを気にして水浴びをする甲斐甲斐かいがいしい姿を想像させる。


「うんうん。朝から精が出るじゃないか、エミリア」


 大成功だ。心の中でガッツポーズをするエミリアと微笑むアーノルド。


「それで父様、御用とは一体?」


「おお、そうだったそうだった」


 声のトーンが上がった父に、エミリアは勝利を確信した。




「これは……?」


 エミリアが父の怒りのベクトルを逸らすのに成功し、二人して応接室に移動。

 そして、テーブルに置かれた掌サイズの黒い小箱。

 どこか異質な雰囲気をかもし出すその箱を、エミリアは不思議そうに見る。


「あの、父様。これ……」


「エミリアへのプレゼントだよ」


 プレゼントの言葉に反応しかけたが、こらえた。


「プレゼント、ですか?」


「ああ、そうだよ。エミリア」


 何かプレゼントを貰う理由があっただろうか、と考えるエミリア。

 するとアーノルドが。


「明日は、聖騎士昇格者発表の日だ」


 【聖騎士】。

 騎士学校に通う生徒たちの目標にして、この国の戦力の中枢ちゅうすうになう者たち。


「は、はい……存じています。兄さんも、その候補の一人ですから」


 毎年この時期になると、騎士学校の卒業式が行われる。

 それと同時に発表される、【聖騎士】への昇格。

 数百人いる騎士学校の卒業生徒、彼ら彼女らは卒業したら、この国の騎士になる。

 その中でも、数人だけしか昇格出来ないのが【聖騎士】。

 アルベールは今年度の準主席だ、恐らくは【聖騎士】に昇格するだろう。


「……うむ」


「……?それで何故、私にプレゼントを?」


「………」


「父様?」


「それがな、わからないのだよ」


「ふぇっ!?」


 つい変な声が出た。

 焦ってしまい「し、失礼いたしました」と謝る。


「いや、無理もないな。現に私も焦っているのだよ……」


 珍しい。アーノルドは頭脳明晰で知られる。

 酒を飲んでも、記憶を無くすなんて事は無い。

 そんな父が、単純にわからない?


「と、父様?」


「昨日の事だ、アルベールと共に【ライドール公爵】に挨拶に向かった」


 アーノルドは、昨日の出来事を話し始める。

 父によると、アルベールが公爵の娘、シルビアと談笑している間、公爵に商人を紹介されたと言う。

 そしてこの小箱、その中身を買っていたとの事。

 しかし、家に帰ると、サッパリ会話の内容や商人の顔を思い出すことも出来ないというのだ。


「だが、どうしてもこの《石》をエミリアに渡さなければという気になってな……」


「……《石》?」


 ふと、エミリアから商人の事や、父の記憶の欠落、不思議に思っていた事が、ストンと抜け落ちた。


「失礼します」


 と、エミリアは小箱を手に取り、ふたを開ける。

 赤。真っ赤に輝く宝石。

 この世界で、最も価値のないもの――《石》。

 の、はずが。エミリアは吸い込まれる様にその《石》に引き込まれる。


「なに?これ、綺麗……」


「だろう、【消えない種火】というルビーの一種らしいのだがな……」


「消えない……種火」


 その《石》、【消えない種火】はルビーの一種だ。

 中にはユラユラ揺らめく火が映り込み、そしてほんのりと温かい。

 光に反射し、中の火が揺れる度に、まるで自分の心もユラユラとうごめいていく気がする。

 エミリアはその《石》を右手で持ち上げると、自分の目の前に持っていく。

 不意に光が反射し、中の火が揺れる。

 その瞬間エミリアの心は、その石へと集中される。

 そうして、まどろみに落ちる様に、その意識を失った。

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