23話【新しい日常】



◇新しい日常◇


 イグナリオ・オズエス。そして“悪魔”、グレムリンとの戦いから、十日程がち。

 【召喚師】エドガーも、元の生活に。

 ――戻りはしなかった。


 月替わりとなり、【火の月8日】(4月8日に当たる)。

 新年度となった【リフベイン聖王国】の王都【リドチュア】、【下町第一区画アビン】の宿屋【福音のマリス】では。


「おはようございます。ローザ」


 早朝。エドガーは目覚まし代わりのコーヒーをれながら、やっと起きて来たローザに挨拶をする。


「……ぁぁ……はょ」


「――あはは……」


 かわいた笑い声を出して、エドガーはローザの席にコーヒーを置く。

 ここ毎日、こうしてローザにコーヒーをれてあげるのが、エドガーの新しい日課になりつつあった。

 それもこれも、ローザは物凄く朝に弱かった。


 エドガーが経営している宿屋【福音のマリス】に住み始めた初日。

 エドガーが、朝起こしに行くとそこには。

 なんと、全裸の状態で足をパカーっと開き、片足をベッドから落としながら眠りける、ローザの姿があった。


 その姿に絶句ぜっくしたエドガーは、何が何でも一人で起きてほしいと頼み込んだのだ。エドガー自身のために。

 全裸を、しかもかなり恥ずかしい格好かっこうを見られたはずのローザだったが、条件を出してきたのは何故なぜかローザだった。

 そして出された条件が「朝のコーヒーをれる」という訳だ。


「エドガー……?」


「あ、はい。ど、どうぞ」


 ローザに声を掛けられて、エドガーはハッとする。

 つい、あの時の光景を思い出してしまっていた。当然顔は赤い。

 エドガーは、焼きたてのトーストに果実ジャムをり、ローザの前にコトっと皿を出す。


「……うん」


「はい、これも食べてくださいね」


 木の器に、たっぷりの野菜。

 【福音のマリス】唯一の従業員、メイリン・サザーシャークの家でれた、新鮮な野菜のサラダだ。

 ローザが嫌いだと言っていた、トマトだけは抜いてあるが。


「ありがと……」


 寝起きと、寝相が悪い。

 一見完璧な見た目のローザの意外な欠点に、最初は笑っていたが。

 ――実は、次から次へといて出て来るのだ。

 

 かわいいもので言えば、たとえば猫舌ねこじた

 あんなにも物凄い炎を操るのに、熱いものが食べられない。

 れたてのコーヒーも、わざわざ冷まして飲んでいる。

 ハッキリ言ってしまえば、今のコーヒーもかなり冷めている。


 更には料理。

 これは、実質じっしつ二人暮らしになっているエドガーとローザは、食事や掃除も担当制にした。

 けれども、実行されたのは最初の一度だけで、後はこの通りエドガーが作っている。

 元々ローザが言いだしたはずだったのだが。


 では、何故なぜそうなったのか。

 結論、料理が下手なのだ。

 まず、火加減を調整出来ない(しない)。

 基本的に黒焦げなものを完成させるのだ。

 厨房ちゅうぼうかまなどは使わずに、右手の【消えない種火】から炎を出して焼いていく。

 それなのに、不思議と出来上がりが美味しそうに見えるという事をやらかすので、タチが悪かった。


 ――後は。

 いや、また今度にしよう。

 きっと生活を見ていれば、嫌でも分かってしまう。

 この女性の自堕落じだらくっぷりが。


「……うん、美味しい。さすがエドガーね」


 トーストを口に運び、サクッと音を鳴らす。

 口元にジャムをつけながら話すローザ。

 どうやら目が覚めてきたようで、口数が増えて来た。


「そうだ、エドガー……今日はどうするの?」


 ここ数日間、エドガーはローザを連れて王都【リドチュア】を案内していた。

 一つの区画が一つの街並みにあるこの王都を、数日で案内するのはむずかしく、何日かに分けて実行している最中さいちゅうだ。


「う~ん……どうします?昨日は【下町第三区画コラル】に行きましたけど」


「貴族街は……?エミリア達が住んでいるのよね?行ってみたい気もするわ」


「ええ、そうですよ。でも、行けてもエミリアの住む【貴族街第一区画リ・パール】くらいですよ?」


「どうして?」


 サラダをフォークで選別せんべつしている。

 「あれ、まだ嫌いな物があるの?」と思うエドガー。


 貴族街には、その名の通りに貴族が住んでいる。

 住み込み以外で住居じゅうきょを持てるのは貴族だけで、他にあるのは貴族に物を売ったりする高級店や、高級な飲み屋などで、下町の住民が気安く行ける場所ではない。

 中には例外もあるのだが、トラブルが頻発ひんぱつしている場所なので、エドガーは正直かかわりたくない。


「そうですね。【貴族街第二区画ダイディア】には、収監所しゅうかんじょ【ゴウン】があります……城に近い場所なので、僕達が近寄ることはないと思いますけど……一応、コランディルやマルスが収監しゅうかんされていますから」


 グレムリンとの戦いの後、エドガー達はローザの指示通り、直ぐに逃げた。

 そのさい、あの場でしばり上げられていたコランディルとマルスは、【下町第六区画ルファロ】の警備隊に拘束こうそくされていた。


 容疑は。――イグナリオの殺人疑惑と“禁止魔道具”の使用容疑。らしい。

 イグナリオは、ローザが倒したグレムリンの本体である【魔石デビルズストーン】に浸食しんしょくされていた。

 ローザが倒した後も姿は戻らずに、灰になって消滅したのだった。

 その灰の中から、イグナリオの所持品である警備隊のバッジが発見されたのが、大きな証拠しょうことなっている。


 ちなみに、コランディルとマルスを縛り上げたのが誰なのかは、気付かれていない。

 “禁止魔道具”は、おそらくはローザが使った、あの空に上がった火柱のことだと思われる。

 地下室に数多くの“魔道具”を持つエドガーでも、使用が禁止された“魔道具”などは見たことない。

 あのローザの技の様な威力を持つ“魔道具”などあるのだろうか。もしくはローザの持つ【消えない種火】そのもの、か。

 拘束こうそくされたコランディルとマルスは、その後王城で取り調べが行われ、今は【ゴウン】に収監しゅうかんされている。


「ああ、彼らね……」


 もしかして、忘れていた?


「はい。でも不思議ですね」


「ん?あっつっ!……何が?」


 冷めたはずのコーヒーを飲みながら、疑問を返すローザ。

 エドガー的には完全に冷めたと思っていたが、どうやらこれでもまだ熱いらしい。


「あの【魔石デビルズストーン】って《石》ですよ。メイリンさんは、事件前後の記憶をまったく覚えていませんでしたよね」


「そうね……確かにそうだったわ」


「コランディルとマルスの二人も、記憶にないらしいですよ……【月光の森】にいたことも分からなかったらしいです」


「そうね。あの《石》は人を操る事が出来た。操っていた時間の前後の記憶……それに影響えいきょうが出ているんじゃないかしら……あ、コーヒーにミルク貰える?」

 

 ローザのコーヒーにミルクを注ぎ、自分もコーヒーのおかわりをれる。


「あと【貴族街第三区画ガーネ】も、コランディルの家。ミッシェイラ公爵の屋敷やしきがあるので、行きにくいかな……と思いますよ」


 念のためですけど。

 と、用心深さを見せるエドガー。


「ふぅん……でも、その公爵……よく拘束こうそくされたのが息子だって、自分から公表したわね」


 ――あの日。

 【聖騎士】に昇格ならなかった息子が、たったの数日後に国の警備隊から拘束こうそくされた。

 そんな事、この国の貴族は口が裂けても言わない。それどころか、隠蔽いんぺいする貴族の方が多そうだと、エドガーは思っている。実際その通りなのだが。


「凄い人なんですよ、あの方は……まぁでも、キッチリと事情聴取じじょうちょうしゅはされたらしいですよ。あ、これは、アルベールに聞いた話なんですけどね」


 貴族に。いや、国自体からよく思われていないエドガーから見ても、ミッシェイラ公爵は凄い人だと思う程の人物だ。

 それなのに、どうして息子のコランディルはあんな風になってしまったのか。


「そう……貴族にしては珍しいわね。それで、エミリアのお兄さんは?大丈夫だったの?」


 ローザの知る貴族は、ろくでもない人物ばかりだったらしい。

 この国の貴族も、まともとは言えないのが実に悲しいが。


「はい。家へは、フィルウェインさんが上手くやってくれたみたいですね……【聖騎士】昇格の件も大事なく進んでいますよ。本当に良かったです」


 アルベールは、昨年度唯一の【聖騎士】に昇格出来た人物だ。

 イグナリオがメイリンを操って襲わせなければ、きっと負けはしなかったとエドガーは思う。

 そのアルベールも、国から事情を聴かれたらしいが。

 

 もし、そういう事になった場合。

 これは初めから決めていた事で、ローザの指示通りに、アルベールは「関係は無い」の一点張りで乗り切っていた。

 コランディルやイグナリオ、マルス。

 関係者に一番近い人物のアルベールが疑いを掛けられるのは仕方ないのだが。


 この国の王族貴族主義なお国柄くにがらが。

 「犯人はいまだ不明」と言うよりも。「最も重要な人物を拘束した」と発表する方が、王族は安心するという考えだ。

 それに、他の容疑者を探していないと言うことは、このままコランディルとマルスを犯人にしてしまおうという考えを明確めいかくにしている。

 それが例え、公爵貴族の息子であろうとも、だ。

 アルベールからすぐに身を引いたことからも、同じことが言える。


「【聖騎士】ねぇ……私の知る【聖騎士】は、《魔法》とか使っていたけれど」


 ローザの発言に、エドガーは否定する。

 コーヒーを飲みながら、情けない話をするように。


「使えませんよ。この国にはありませんからね……魔力を持つのは【召喚師】の僕だけですし、魔力の存在自体を知らない人も、大勢いると思います」


 この国に《魔法》は存在しない。その代わりに、多種多様な“魔道具”があるのだ。

 しかしながら、一般市民達にはその“魔道具”の存在も、中々に知れ渡ってはいない。


「――それじゃあつまらないわね……」


 戦いたいオーラを出すローザの視線を、エドガーは“契約者”権限けんげんを使って封殺ふうさつする。


「戦っちゃだめですよ。絶対……」


「……エドガーが言うなら、仕方ないわね――でも」


「――ダメですっ!!」


「むぅ……」


 しっかりと念を押すエドガーに、ローザは渋々しぶしぶ納得し、残ったサラダも渋々しぶしぶ完食した。

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