24話【鑑定師】



◇鑑定師◇


 朝食後。メイリンが出勤しゅっきんしてきた所で、エドガーとローザは街に出た。

 熱を出し、倒れていたと説明されていたメイリンも、三日前からまた働きだした。

 その間、宿の掃除などはエドガーが何とか一人・・で行っていた。


 そう。一人・・で、ココ重要じゅうよう


 今朝も一人で済ませたので、メイリンは実質留守番るすばんになる。

 まだ病み上がりのメイリンに、エドガーが気を利かせた結果だ。

 本人は「ひまです」と言っていたが。


 彼女には最近、アルベールが毎日のように見舞みまいに来ていたらしいので、何と無く肌艶はだつやがいい。と、思うのは、エドガーの気のせいだろうか。


「う~~っん!さてと……」


 両腕を天に向け、大きく背伸びするローザ。

 大きな胸がたゆんと揺れる。


「何か食べに行きましょうかっ……」


「ま、またですか?」


 ローザいわく、この世界はとても食べ物がうまいらしい。


「今日は何がいいかしらね……昨日のテールスープも美味しかったけれど、一昨日の魚の蒸し物も美味しかった」


 ローザは食欲が凄い、エドガーの三倍は食べる。

 今朝もトーストは4枚食べた。

 何でも、【消えない種火】はとても燃費ねんぴが悪いらしく、直ぐに魔力エネルギーが尽きるのだとか。


 本当に、メイリンの家には感謝してもしきれない。

 新鮮な野菜が毎日もらえるだけでもありがたいのに、ローザが居候いそうろうする事になったと相談したら、二つ返事で物量ぶつりょうを増やしてくれた。


「じゃあ、また【下町第三区画コラル】に行きますか?」


 美味い食事は第三区画。

 これは、食事どころが多い【下町第三区画コラル】のメリットだろう。

 第三区画には、食事どころの他にも、加工所が多くあり、土産みやげ屋などのお店が人気だ。


「そうね、他の美味しいお店を探しましょう……」


 子供のように目をかがやかせるローザ。


「はい、では行きましょ――っ!」

「ええ。そう――ねっっっ!!……――エドガー。急に止まらないでくれない?」


 ローザが意気揚々いきようようと進もうとしたら、エドガーが立ち止まったので、エドガーの後頭部に鼻をぶつけてしまった。


「……」


「エドガー?どうしたの……?」


 エドガーが見ているのは、一軒のお店だ。

 【下町第二区画ルーレス】の連結門に近い場所で、他の雑貨屋のかげに隠れひっそりとしている。正直言って綺麗な店ではない。


「あの店がどうかしたの?」


 鼻をさすりながら、エドガーの顔をのぞく。


「――あ、すみません……鼻、大丈夫ですか?」


 ローザの声に気付き、ぶつかった事を謝罪するエドガー。


「平気よ。それより、エドガーはどうしたの?」


 立ち止まった理由をたずねるローザ。


「あの店、知り合いの店なんですけど……」


「そうなのね。昨日は閉まってたわね、確か」


 【下町第三区画ルーレス】に行くさい、必ず目に入る。

 それ以上に、通るたびにエドガーが気にしていたので、ローザも自然に目が行くようになっただけだが。


「よく覚えてますね……」


 ローザが食事どころ以外も覚えていたとは。と、若干失礼な事を考えるエドガー。


「すみません。ちょっと寄ってもいいですか?」


 それぐらい聞かなくても寄ればいいのに。とも思うが、エドガーらしいと言えばらしい。


「勿論よ……行きましょう」




 

 鑑定屋かんていや【ルゴー】。

 ここの店主はよく留守るすにしている。勿論もちろんサボりではない。


 王室付き【鑑定師】。

 それが、ここの店主の職業だ。よく留守るすにしていのは、王城に“魔道具”の鑑定かんていをしに行っているからだ。


「あ~。めんどくせえっ!」


 ぼさぼさの濃い目の金髪に、気の強い事を証明しょうめいするつり目、やる気のない声を前面に出して。【鑑定師】マークス・オルゴは、山になった書物しょもつを見やる。


「なんなんだよ、あのオッサン……こき使いやがって……」


 マークスの言うオッサンとは、【リフベイン聖王国】の大臣、ジュアン・ジョン・デフィエルの事だ。

 まだ二十歳ながら、王室の【鑑定師】をつとめるマークスは、王城に新しい“魔道具”が入るたびに、大臣であるジュアンに呼び出されては入城している。


「んだよっ!災害級の“魔道具”だぁ?んなもんこの国にある訳ねぇだろがぃ!!」


 怒りながらも、書物型スクロールの“魔道具”を鑑定かんていし分別していく。

 店のカウンターで、一人愚痴ぐちを言いながら“魔道具”を鑑定かんていしていると、入り口から話し声が聞こえる。

 どうやら、珍しいお客のようだ。


(あ……?エドガーか?珍しいな、女の声……エミリアと一緒か?)


 エドガーと一緒にいるであろうもう一つの影は、おそらく彼の幼馴染、エミリアであろうと予測し、“魔道具”の鑑定かんていを一時的に中断する。

 この店の常連客は、エドガーと王室だけだ。

 悲しいが、ぞろぞろと人が多い場合は王室、そうじゃない場合はエドガー。と決まっている。

 ガチャっ!と入口の扉を開けて、その常連客エドガーが入って来る。


「マークスさん……居ますか――って居ますね」


「よっ。エドガー……なんだか久しぶりだな―――ん?」


「――どうしました?」


 約二十日ぶりに見る常連客の少年は、どこかいつもと違う雰囲気ふんいきびていて、マークスは不思議に思う。


「いや。悪ぃな……なんでもねぇよ……で、どした?」


「いやいやっ、どしたって……久しぶりだしっ――それに鑑定かんていも」


 久しぶりだというのにっ気ない兄貴分の青年に、エドガーは笑いながら話す。

 これが、エドガーとマークスの関係性だ。


 マークスは、エドガーを【召喚師】だからとさげすむことのない数少ない人物であり、エドガーの父が残した大量の“魔道具”を鑑定かんていしてくれてもいる。

 先程のも、事前に依頼を出していた物の事だ。


「フハハ。わぁってるよ!昨日帰ったばかりでな……疲れてんだよ。まぁ、鑑定かんていも終わってる。ちょっと待ってろ……と、その前に、なんでエミリアはこっちに入ってこねぇんだよ……?」


 カウンターから立ち上がり、ボリボリと頭をきながら奥に行こうとして、外に待機している人物を気にかけた。


「あっ――エミリアじゃないんですよ。実は」


「……は?んじゃメイリンか?リエちゃんか?」


 幼馴染と宿の従業員、実の妹。

 それ以外に、エドガーの知り合いに女の子はいない。はずだが。


「違うんです……今、紹介しますから」


 そう言って、エドガーは入り口に向かい。

 待機しているであろう人物に声を掛ける。


「ローザ、ちょっといいですか?――えっ!?――嫌?な、なんで?はぁ、ホコリ……くしゃみ……ですか」


 なかなか来ないエドガーともう一人に、マークスはえ切れず。


「――俺が行くわっ!!」


 マークスは気が長い方ではない。時間を気にするタイプなので、グダグダするのは嫌いだった。


「一体どんな女だ!人の店をゴミダメみたいに言いやがってっ!!」


 ホコリだのくしゃみだの言われてご立腹のマークスが、ずかずかと歩き入り口へ向かう。


「えっ!マ、マークスさん落ち着いて下さいよ……」


「――るせっ!」


 エドガーの頭を押え込み、外をのぞく。

 そこには、アイスキャンディーをくわえ、だるそうにこちらを見る、赤髮の女性がいた。


「マ、マークス、さんっ!」


 エドガーは、頭を押さえるマークスの手をはらい。


「……これか?」


 女性。ローザを指差し、エドガーに確認する。


「はい、そうですけど」


「……」


(予想外過ぎだろっ……なんだこの美人)


 完全に出鼻でばなをくじかれたマークスに、ローザが声をかけた。


「――初対面の人に指をさすのは、さすがに失礼じゃないかしら」


 りんとした声に、マークスは自然とシャキッとしてしまう。


「あ……悪ぃ……じぇねぇ、これは失礼いたしました。レディ」


 急にかしこまり、ジェントルマンのごとくローザに礼をする。


「マークスさん……もう遅いですよ」


 エドガーはあきれて苦笑いをする。


「――ちっ!だよな……」


 頭をき、初動をミスしたことを後悔する。


「にしても……だ。エドガーお前」


「な、何ですか……気持ち悪い」


 ニヤニヤしながら、エドガーとローザを交互に見やり。

 一人で納得するマークス。


(なるほどねぇ……エドガーの雰囲気ふんいきが変わったのは……このねぇちゃんのパワーか)


 どうかんぐったのかは不明だが、おおよそ正解のマークスの鑑定眼かんていがんは、流石さすがなのだろう。

 マークスは店の中に入らず、外でアイスを頬張ほおばるローザに挨拶あいさつする。


「俺はマークスだ……マークス・オルゴ。まぁ、エドガーは……俺の――常客じょうきゃくってとこだ。よろしくな」


 マークスは、ズボンでガシガシと手をき、その手を差し出す。

 ローザは握手あくしゅを返し。


「私はロザリーム・シャル・ブラストリア……ローザでいいわ」


 握手あくしゅする右手を見て、マークスは仰天ぎょうてんする。


「――っ!?」

(――な!マジか!?)


 マークスが見たのは、ローザの右手の甲に付けられた赤く輝く《石》。【消えない種火】だ。


「……どうかしたかしら?」


「いや、なんでもないさ。綺麗きれいで驚いてしまってな」


 マークスは、正直言って戸惑っている。

 エドガーが来る前に独り言で話していた災害級の“魔道具”。

 それが、現れたのだから。


 自己紹介を終えて、エドガーとマークスは店の中に戻る。

 エドガーが前に依頼いらいしていた物を受け渡すために。

 ちなみにローザは、やはり外で待機している。


「ほらよ……鑑定かんていは終わってる」


 店の奥からマークスが持ってきた物は、小汚い箱に入れられた黒い物体だ。


「結果から言えば、そいつは《化石》……だな」


「《化石》……?」


 マークスは自作の特製とくせいジッポライターで葉巻はまきに火をつける。

 煙草や葉巻は高級品だ。それだけで、【鑑定師】としてのマークスのかせぎがいい事が分かる。


「ああ。古代に生息していたでかい蜥蜴トカゲのものだ」


「トカゲ……ですか?」


 手のひらに収まる黒い塊を、エドガーはまじまじと見つめる。


「トカゲって、こんなものでしたっけ……?」


 エドガーの言う「こんなもの」はサイズの話だ、マークスはでかい蜥蜴トカゲと言った。

 だが、手のひらの上のそれは、それほど大きくはない。

 これで大きいのだろうかと思ったのだろう。


「バーカ……ちげぇよ。そいつはごく一部さ、それはな、――うろこだ」


「は?――うろこ……ですか?」


 エドガーの疑問にマークスは答えてくれる。


「そうだ、うろこだ、おそらく、指の部分だな……」


「ゆ、指……これ一つがっ!?」


 それって最早ドラゴンでは?と思う。


「【タイラントリザード】それがそいつの名前だよ……流石さすがに名前は知らなかったからな……わざわざ城で調べたんだぞ」


 流石さすが【鑑定師】、個人的にも知りたかったのだろう。


「わ、わざわざありがとうございます」


 この“魔道具”、《化石》は。

 この間まで入れなかった父の部屋ではなく、エドガーの部屋にあったものであり、ローザが“召喚”されてくる前に依頼いらいを出していた物だった。


「俺も知ってるがなぁ。お前の親父さんは、何処どこでこんなもん手に入れてんだよ……まったく、頭が上がらんぜ」


「本当ですね……」


 【リフベイン聖王国】を周回する【浮遊島】から《化石》が降ってくると言う事は考えにくい。

 エドガーの父エドワードは、とてもアクティブな人だった。

 しばらく姿が見えないと思ったら、大量の“魔道具”や《石》を持って帰ってきたりして、妻のマリスに怒られていた。


「ははは……」


 エドガーのかわいた笑いが、ホコリ舞う鑑定かんてい屋に広がった。




「それじゃ、ありがとうございます。マークスさん……また近い内に何か持ってきますね。その時はお願いします」


「おう。またな……」


 代金を支払って帰ろうとするエドガーを見送ろうとして。


「――じゃねぇだろっ!帰らせてどうすんだ!おいエドガーちょっと待て!こっち来い!!」


 自分にツッコミを入れて、エドガーを引きとどめる。


「な、なんですかっ!?マークスさん。痛いっ、痛いですって!!」


「いいから来いって!」


 エドガーの首根っこを捕まえて、店の奥に連れていく。

 散らかった部屋で、エドガーは正座させられた。


「――で?なんだあの女……?何処どこの誰だ?」


 マークスが聞かなければならなかった事。

 それは【消えない種火】の事だ。


「なんだと言われましても……」


 エドガーは困ったように、目線をらす。


「おいっ」


 マークスのするどい目つきが、エドガーの心臓を射抜いぬく。


「――は、はいっ……話します!」


 マークスの圧に、エドガーは簡単にくっしたのだった。




「はぁ?別の世界の人間だぁ……!?あの女がっ?」


 エドガーは、ここ最近に起きた出来事を正直に話した。

 アルベールの【聖騎士】昇格から、ローザを“召喚”した事。

 【月光の森】で、グレムリンと戦った事を、包み隠さず。


法螺ほら話……ってわけじゃなさそうだな」


 にわかには信じられないエドガーの話。マークスは葉巻を吸いながら思案しあんする。

 この少年はうそをつく人間ではない事を、マークスは知っている。


「んー。とりあえずだな……せめて【消えない種火】は隠させろ。手袋でも何でもいいから」


 大臣・デフィエルが言っていたのは、間違いなく【消えない種火】の事だろう。

 つまりは、国自体がこの“魔道具”を探している可能性がある。ということだ。


「何でですか?凄く綺麗きれいなのに……」


「アホかっ……あれは災害級の“魔道具”だぞ。知ってるのは、まぁごく一部だろうがな……そいつらがどこにいるかは俺にも分かんねぇ。そいつらが今も探していたら大変だろ……?」


「――さ、災害級!?わ、わかりました。ローザにつたえます」


 聞く話の通りだと。ローザは、おそらくこの国でも有数の強者に入る人物だ。

 もしかしたらあの英雄、【月破卿げっぱきょう】と同じか、それ以上の力を持つ可能性もある。

 ましてや、災害級の“魔道具”を操る力を持つのだ。

 この阿保あほうみたいな国ならともかく、他国には《魔法》も存在している。

 もしこのローザの存在が知られたら、“戦争”だって起こりかねない。


 見つかったら。ローザだけでなく、エドガーやその周りにいる人間も絶対に命を狙われる。

 ローザだけならともかく、エドガーや周りの奴らが巻き込まれるのは、マークスとしては絶対に御免蒙ごめんこうむりたい。


「必ずだぞ……」


「――は、はい」


 うなずくエドガーに念を押すと、ようやくエドガーを解放した。





 エドガーが帰ったあと。


「しゃーねぇな、調べてみるか……」


 マークスは、どうしても気になることがある。


「エミリアは……どうやってあの《石》を手に入れた?安易あんいにプレゼント出来る代物じゃないんだ、何かあるはずだ」


 静かに闘志を燃やす【鑑定師】マークスだった。





「――お待たせしました……ロー……ザ?」


 いない。エドガーが外に出ると、ローザの姿がなかった。


「――え?……は、はぁぁぁぁぁぁっ!?」


 今しがた忠告を受けたばかりなのに、そのローザがいなくなっていたのだった。

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