エピローグ【蠢く者と真夜中の歓喜】



◇蠢く者と真夜中の歓喜◇


 王都のどこかの高見やぐらで、一人つぶやく人物。


「――あ~あ……やられちゃったかぁ……うえぇ、気持ち悪ぅ」


 視点共有の後遺症こういしょうで、まだ目が回っていた。

 高いやぐらの上で座り込むと。

 涼しい夜風が青いフードを吹き、あらわになりそうな顔を手で隠す。


「おっとっ。折角せっかく魔石デビルズストーン】を仕込んだのに。【召喚師】の力も確認できなかった……任務失敗・・・・、かなぁ」


 この人物は、イグナリオに仕込んだ《石》から通して全てを見ていた。


「しかも、なんだよあの女っ!!」


 圧倒的な強さでグレムリンをほふった赤髮の女。


「確か……ローザって呼ばれてたかなぁ。こんなばしょに、まだあんなの居たんだ」


 事前情報では、この【リフベイン聖王国】の人間に《魔法》を使う者はいない。

 そうだったはずだ。


「いんじゃんっ!めっちゃ強いのっ!レディルの奴、デマつかまされたんじゃないのか?」


 ここにはいない者の名前を出し、いきどおる。


「――あまり大きな声を出すんじゃない。見つかるぞ……?」


 青いフードの人物に、声を掛ける男。

 静かに、けれども低く響く声で注意をする。


「ああ~。なんだ……いたの?カルスト」


 カルストと呼ばれた男は、フードの人物に近付き。


「あの赤髪の女……あれはこの国の人間じゃないだろう」


「……なんだ見てたの?なら力貸しなよっ!……知っててかげから見てるだけとか……陰湿いんしつだなぁカルストは~」


「……国を出る時にお前が言ったんだろう……各々おのおの行動は単独だ、邪魔をするなと言ったのは……」


「そだっけ?……それより、どういうことさ」


 カルストは、はぁ、とため息をき。


「あの赤髪が付けていた《石》……あれは俺が、とある貴族に売ったものだ」


「……へぇ」


「あの《石》が同じものならば、すぐに身元は判明するさ」


「その貴族って何処の誰だい?」


 青いフードの人物は上半身を起こし、カルストを見上げる。


「――ロヴァルト伯爵……」


 イグナリオの標的だった男。

 アルベール・ロヴァルト、その父親だ。


「それはそれは……大分つながってるじゃないか……偶然?」


「……さぁな、それが分らんから。俺がお前に合流しに来たんだ……エリウス」


 カルストは、少年とも少女とも呼べるこの人物に手を差し伸べる。

 エリウスと呼ばれた人物は、フードを外すと不敵ふてきに笑う。


「フフ。分かったよ……もさ、人使い荒いよね?……ははっ。楽しみだねぇ」


 自分を名指しで呼べるのは限られている。エリウスはカルストの手を取り、立ち上がる。

 風に吹かれて、エリウスの髪が夜に揺れる。腰まで伸びる――青い髪が。


「……ところで、いつまでその喋り方で通すつもりだ?」


「あ、やっぱり気になる?……へへ、気に入ったんだよね。この喋り方」


 エリウスの少年のような話し方に違和感を持つカルストは、ため息をきながら言う。


「……おたわむれを」


 頭を下げて、エリウスに敬意けいいを示しているようにも見える。

 それだけ、この二人の関係性は決められたものなのだ。

 しかし、ここは自国ではない。決めたのはエリウス自身であり、その任務を遂行すいこうするために、この様なピエロを演じていた。

 その仮面を取り払い、言う。


「……ふぅ……まぁ今回はあの女の強さに邪魔されたけれど……次こそは、【召喚師】の力を暴いてみせるわよ……さぁ、行きましょう……カルスト」


 その声は、少女のものだった。

 凛とした声は気品にあふれ、優雅なたたずまいは彫刻のようだ。


「……はい、エリウス様・・・・・。」


 ため息をくカルストを引き連れるように、青髪の少女エリウスは、見張り台を後にした。





 空にほとばしった火柱ひばしらを目撃した者は多い。

 【下町第六区画ルファロ】の警備隊もそれは確認していたらしく、エドガー達が撤退てったいする頃には、何事かと大勢の人が集まっていた。


「よ、よかったね。すぐに逃げて」


 疲れたように言うのはエミリアだったが、実際エドガーもアルベールも疲れている。

 ローザとの契約効果で身体能力は向上したものの、動きは全くの素人だったエドガー。

 無駄な動きが多すぎて、体力の消費が半端はんぱない。


 そんなエドガー達だったが、今は馬車の中だ。

 ぐに人だかりが出来ると判断したローザが、獣道けものみちを通ってその場から離れた結果だ。


「うん……まさかこんなに騒ぎになるとは」


「――いや、なるだろ」


 馬車の中で、エドガーの正面に座るアルベールがあきれて言う。


「あんなのこの国じゃ見れないって。ましてや普段は人が多い森林公園だぞ……?」


「だよねぇ」


 エミリアもぐったりとしながらうなずく。


「とにかくもう少しで着くのだから、話はそれからにしましょう」


 ローザの言葉に、疲れ切っていた三人も同意し、馬車に揺られるのだった。





「着いたぁ……」


 念には念を入れて、【下町第一区画アビン】の北門近くに止まってもらい。

 後は歩くことにした四人。

 行きは全力疾走しっそうで向かい、あっという間に着いたが、帰りは物凄く長く感じられた。


「……」


「アルベール?」


 様子のおかしいアルベールに、エドガーが声を掛ける。


「どうしたの?」


「いや……メイリンさん、大丈夫……だよな?」


 馬車の中で、エミリアとエドガーから説明を受けたアルベールだったが、どうにも不安なようだ。

 メイリンは、おそらくイグナリオに操られていた。

 イグナリオによれば、メイリンの意思は《石》の中にあるらしかったので、《石》のもとになったグレムリンを倒した今は意識が回復している。と、思いたい。


「大丈夫だよ兄さん、コランディルを見たでしょ?」


 エドガーが戦っていた相手、コランディル・ミッシェイラは、戦闘中に混乱しだし、訳も分からずにエドガーに敗れた。

 もしあの男の洗脳せんのうけていたなら、メイリンも大丈夫だろう。


「ああ。そうだな……メイリンさんが、アイツと同じで操られただけなら、きっと」




 カランコロン。


「うわっ!なんだっ……!――す、鈴!?」


 普段は付いていない鈴が、裏口のドアから鳴り響いてエドガーは驚く。


「お、おおおお、お嬢様ぁぁぁっ!!」


 鈴の音を待ちわびていたナスタージャが、たんを切ったかのように走ってくる。


「ナスタージャ……ただいまっ――って……わぁ!」


 エミリアに抱きつき、頬擦ほおずりする。


「ああぁっ!お嬢様お嬢様!お嬢様ぁっ!!」


「わ、分かったから……落ち着い――ってどこ触ろうとしてんのっ!!」


「――ふごぅっ!!――ありがとうございますっ!!」


 エミリアから愛のある拳骨げんこつを頂き、喜ぶナスタージャ。


「あぁ、本物ぉ」


「ははっ、当たり前だろっ?」


 不安気味だったアルベールも、これには笑顔を見せる。


「おかえりなさいませ……アルベール様……エミリアお嬢様も」


 奥から姿を見せたフィルウェインが、アルベールとエミリアの帰還に微笑ほほえむ。


「エドガー様にローザ様も……ご苦労様です」


 エドガーとローザにもねぎらいを見せる。本当に出来たメイドだ。


「フィルウェイン。すまない……心配をかけた」


 アルベールは、自分の専属メイドでもあるフィルウェインに頭を下げる。


「いえ、勿体無いお言葉です……アルベール様。それよりも、お待ちですよ?」


 その言葉でさっしが付いたのか、アルベールは。


「――どこの部屋だ?」


「二階の手前の部屋、209号室になります」


「……分かった。助かる」


 アルベールは、フィルウェインに案内されて二階に上がっていく。


「あ、私達も……」


 エミリアも兄についていこうとしたのだが。


「待ってエミリア。ここはアルベール一人で」


「――えっ?でも……」


 エドガーがエミリアの手を取り、厨房ちゅうぼうを通って食堂へ連れていく。


「ほら行こう。僕、お腹空いたよ……ローザもほら……早く」


 反対の手でローザの手をつかみ、ずかずかと進んでいく。

 ローザはエドガーの気持ちを理解したのか素直にしたがい。


「フフ……そうね。私も、何だか久しぶりにお腹が空いているわ。行きましょうエミリア」


「え、あ。うん」





 コンコン――と控えめにノックされる、客室のドア。

 本来、宿泊客が眠るためのこの場所で、メイリンは目を覚ましていた。


「はい……あいています」


「――失礼いたします」


 入ってきたのはフィルウェインだ。


「あ、フィルウェインさん」


「メイリン様。お加減はいかがでしょうか」


「はい、大分だいぶ……でも、やっぱり何も思い出せなくて」


 メイリンは、昨日の出来事を一切覚えていないらしい。

 アルベールはフィルウェインからそれを聞いて、少し安心していた。




『フィルウェイン……エミリアから聞いてると思うが、メイリンさんには言うな。これは命令だ』


『はい。かしこまりました、しかしよろしいのですか?』


『――ああ、いいんだ』




「失礼します。メイリンさん、具合はどうですか?」


 アルベールは、何事もなかったかのように部屋に入る。


「……あ、アルベールさん……」


「昨日……倒れていたんですよ。宿の裏口に。凄い熱で、ご両親には宿で休んでいると伝えてありますから、ゆっくり休んで下さい」


「アルベールさん……よかった」


「――えっ?」


「私……夢を見ていて。――怖くて、アルベールさんを傷つけて」


 メイリンは両手で顔をおおい涙を流す。


「私が……アルベールさんを――こ、ころっ」


「メイリンさん」


 アルベールはメイリンの手を優しく包み、言葉をかける。


「大丈夫。俺はここにいますよ……怖い夢なんて、忘れていいんです」

(きっとメイリンさんには……覚えてなくてもきざまれているんだ……あの時、俺を殴っていた――恐怖が)


「俺はいますよ。ずっと一緒にいます――ウザがられても離れませんから」


「……アルベールさん……」


「離れないから、絶対……」


 泣きじゃくるメイリンを、アルベールは抱きしめた。

 メイリンの恐怖がたとえ消えなくても。その恐怖が、少しでもやわらぐように。




「あ、フィルウェイン……!」


 階段から降りてきたフィルウェインにエミリアが気付く。


「にぃ……メ……ああ、私っ!馬鹿っ!!」


 食事をしながらエドガーに聞いた、兄アルベールがいだく好意。

 自分の事ばかりで、兄の恋路こいじなど頭に入っていなかったエミリアは。

 実に猛省もうせいしていた。


「エミリア……今はいいから食べようよ」


「ううぅ、でもでも――ああっ!もう!馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「エミリアうるさいっ!!食事に集中できないでしょう!」


 ローザが何かに感動しながら、大きな声を出してエミリアに言う。

 シュンっ。とエミリアは静かになる。


「まったく……いい?エミリア。貴女あなたは多分、自分の事だけを考えている時の方が、もっと強くなれるわよ?」


「――ふえっ?」


 変な声を出し、ローザの方を向くが。

 当のローザは、フォークを口元に当てて。


「いいのかしらねぇ……?お兄さんの事ばかり考えてて。こんなに強力なライバル・・・・・・・が現れたっていうのに」


 そう言って、ローザはエドガーの腕を取り、胸を押し付ける。

 その豊満な胸を。


「――ぶぅぅぅぅぅっ!!」


 エドガーは飲み物をき出すと、盛大にむせ始めた。


「う、ゲホゲホっ――ゲホっ!」


「あらあら。エドガーったら、大丈夫……?」


 甲斐甲斐かいがいしくエドガーの口元をき、世話をするローザ。

 目線はエミリアに向けられ、「ふふん」とドヤ顔している。


「な、なあぁぁぁぁぁぁっ!!」


 エミリアはわなわなと震えたかと思うと、自分の食事を持ってエドガーの隣に座り込む。


「エドっ!……ほらっ、私のお肉あげる!!食べてっ!」


「ゲホっ――ちょ、今は、無理だよっ」


 エミリアの変な抵抗に、ローザはき出す。


「ぷっ。フフフ……――アハハハハっ!」


「な、何でわ~ら~う~!!」


「ほんとっ。貴方あなた達……面白いっ。退屈しなさそうで――最高だわ」


 エドガーに抱きついたままフォークを置き。

 指で涙をすくいながら、エドガーとエミリアを笑う。


 元の世界では考えられなかった、幸せな空間。

 ローザは決めた。この場所を自分の故郷にすると、大切な場所にすると。


「二人共っ……いいから離れ、離れて!――頼むからぁぁぁぁぁぁぁぁ!」




 ~覚醒する日常~ 終。

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