14話【魔道具の光】
◇魔道具の光◇
「……ん、ん……こ、ここは?」
目を開けて真っ先に見えたのは。――見慣れた
「ここ、家?だよね」
宿屋【福音のマリス】。エドガーが経営する宿で、毎日
「お目覚めですか?……エドガー様」
丁度ドアを開けて、水桶を持ったフィルウェインが入って来る。
「フィルウェインさん……そうか、僕、帰ってきて――っ!!」
そして思い出す、気を失う前の出来事。
「フィ、フィルウェインさん!い、今って。いつ?何日!?」
エドガーは慌てて日付を確認する。
「落ち着いて下さい、エドガー様」
無理に起き上がろうとするエドガーを押さえ、フィルウェインが続ける。
「今日は【土の月90日】の夜。帰って来て、まだ
「良かった……か、変わってない……」
この世界の日付は、春夏秋冬、四つに分けられている。
順に――土の月・火の月・水の月・風の月。となり各91日、風の月のみ92日ある。
計365日だ。
今は【土の月】、つまりは春前。
90日。冬の終わりだ。(3月30日にあたる)
「変わってない……とは?」
フィルウェインの疑問にエドガーは答える。
「
◇
あの
エドガーは全てをフィルウェインに話す。
「なるほど、アルベール様が……」
フィルウェインは顎に手を当てて、何かを考えている。
「す、すみませ……ん。僕が、もっとしっかりしていれば」
染み付いた習慣からなのか、何も言われてないにもかかわらず謝るエドガー。
「??いえ、大丈夫ですよ。エドガー様……エミリアお嬢様も、メイリン様も……ご無事ですから、アルベール様も……命はまだあるのですから」
優しく
もし、初めからエミリアと一緒に行動していたら。
もし、あの時
エドガーは自分に掛けられた白いシーツ、その端をグッと
力が無い事と、何も出来ない事は別だ。
力が無くても、何かを成そうとする人は大勢いるのだから。
「エミリアと、メイリンさんは……?」
「別室で眠っていますよ。メイリン様は、念の為にご家族に説明させて頂きました。高熱が出て休んでいると……お嬢様は、先程目を覚ましましたが……エドガー様を心配なさっていましたよ。お二方共、別段命にかかわるケガではありませんでしたので、ご安心を」
二人共、無事でよかった。
「エミリア、あんな
「そういう方ですので……あの方は」
「はは。……ですよね」
今はまた眠ったと説明されて、一つ安心が出来た。
それにしても、あんなに痛かった体が何ともないなんて。
エドガーは自分の身体をペタペタと触り、確認する。
「トーマス氏の薬を使わせていただきました」
「――えっ?」
エドガーの行動を見て思ったのか、フィルウェインが教えてくれた。
ジュライ・トーマス。聖王国一の
「もしかして、ト……【トーマスの秘薬】、ですか?」
「……はい」
エドガーでも知ってる、聖王国の有名人。
しかし、驚くべきはその金額にある。
ジュライ・トーマスは薬に固定値段をつけない。
人を見て値段を定めるという話がある。
「あ、あの……フィルウェインさん、一つお
「はい、何でしょうか」
「
「知りたいですか?」
ゴクッと
「実は……」
「はい……」
「値段は――秘密です」
「え、ええっ!
「フフッ、ロヴァルト家が支払いしましたので、エドガー様に教える必要はないかと思いまして」
「いやでも、僕にも使用したんですよね?」
「さあ。どうでしょうか。エミリアお嬢様とメイリン様には使用しましたが……」
「そ、そんなぁ……」
「とにかく今夜はお休みしてください。また早朝……明日の事を相談いたしましょう」
「は、はい……分かりました。すみません」
では。と、部屋を出ていくフィルウェインを見届け、エドガーは横になる。
(不思議だ、あんなに痛かったお腹が、一切痛くない。やっぱり薬……使ってるよね……これ)
お腹を
◇
「……」
静かにドアを閉めて、フィルウェインは
『ごめん下さいませ!……トーマス様はご在宅ですかっ?』
とある家の玄関口で、フィルウェインが声を出す。
『ん~。トーマスは俺だが……誰だ?』
【
ナスタージャはエドガー達を見ているので留守番だ。
『突然失礼致します……私は、フィルウェイン・リズ・バーチャスと申します。トーマス様に、薬を売っていただきたく参りました』
『……金は?』
『はい、こちらに』
『ほう……こんだけ持ってくるんだ……相当な人物がケガでもしたか?』
『はい、私にとっては』
『……』
ふーっと鼻息を飛ばし。
『で、いくつだ……誰に使う』
トーマスは首をコキコキと鳴らし、フィルウェインに問い掛ける。
『三つ程です。使うのは、私が使える家のお嬢様と……そのご友人です』
『三つ、か……悪いが、薬は今二つしかない』
『……用意、出来ませんか?』
吸った
『無理だな……最優先で出来た物は、王家に
『……そう、ですよね』
知っている。フィルウェインは、元・王城に勤める騎士だった。
多少は王家の事情も
『三人とも重症か……?』
『……いえ、ですが……二人は女の子ですので、傷を残したくありません』
フィルウェインは答える。
トーマスの目を見て、
『もう一人は男か……』
『はい、ですが……元々体が強くなく』
『どんな男だ……?』
『……?』
どうしてそんなに深く聞きこむのか。フィルウェインは疑問に思うも、答えるしかない。
『【
『職業は?』
ブフーっと吐かれた
『……』
『どうした?職業だ』
フィルウェインは迷っていた。
エドガーの
『……宿屋を、経営しています』
噓はついていない。心の中でエミリアとアルベールに謝る。
二人なら、きっと正直に【召喚師】と答えるだろう。
『……そうか……なるほどな。ちょっと待ってろ』
トーマスは煙と一緒にため息を
⦅一体何を……?⦆
『ほれ、これをやろう……』
少しして、トーマスが小さな筒を持って戻ってきた。
『これは?』
フィルウェインは筒を受け取り、その小さな筒をよく観察する。
『――なに、怪しいクスリじゃない……西国の魔道具、【月の雫】だ。誰にも言うなよ?』
『月の、雫……』
名前は聞いた事がある。西国産の道具であり、どんな重傷も
しかし値段は馬鹿にならないとも聞く。用意した金額ではおそらく足りない。
『トーマス様、申し訳ございませんが、おそらく支払いが……』
⦅
フィルウェインは筒を返そうとする。
しかし。
『……ふぅー。構わんよ……持ってけ』
『え?……いえ、しかし』
『構わんと言った。ほれ!それ持ってさっさと行けっ』
トーマスは机に置いてあった薬二つをフィルウェインに押し付けて。
『今日はもう終いにするんだ。
フィルウェインを玄関外に追いやり。
バタンと強くドアを閉めた。
『ト、トーマス様!』
振り返りドアを叩く。しかしトーマスは。
『帰れと言ったぞ!近所迷惑だっ!!』
その言葉で、フィルウェインは薬と【月の雫】を受け取らざるをえなかったのだった。
◇
「もしかしてあの方は、エドガー様を知っていた?」
部屋で横になっているであろうエドガーをドア越しに。
◇
「やっと朝だ……」
エドガーは誰かに起こされる事なく目を覚ましていた。
「……よしっ」
【土の月91日】。
今日が、冬の終わりだ。
(今日の夜……今日の夜までに……【月光の森】に行かないとっ)
アルベールを助ける為に、自分に何が出来るのかを一晩考えた。
(まずは、エミリアとメイリンさんに謝る。何を言われてもいい、覚悟は出来た)
自室のドアを開け二階へ向かう。
その途中。
「あ、エドガー様、おはようございますぅ」
気の抜けた声に、エドガーの気合は出鼻で
「ナ、ナスタージャさん。おはようございます……昨日はその、すみませんでした」
エドガーは頭を下げる。
つられたナスタージャも頭を下げた。
「いえいえ~、私は何もぉ、フィルウェインさんを呼んだだけですからぁ」
「それが一番助かりましたよ」
ナスタージャがフィルウェインを呼ばなかったら、きっとダメだった。
もしかしたら、一番の
「えへへ。照れますぅ」
頭に手を乗せ、笑う。
「あ~、お嬢様ですよねぇ。もう起きてますよぉ」
エドガーが、客間である二階に上がってきた理由に気付いたナスタージャは、「どうぞぉ」と言って手招きする。
「お嬢様ぁ、入りますよぉ?」
「ごめんエミリアっ!入るよ!」
ナスタージャがドアを開けて、すぐに部屋に入る。
「あ、エド。おはよう!」
エミリアは、床に寝そべりストレッチをしていた。
足をぐい~んと開き、上半身を完全に床にくっつけている。非常に柔らかい。
服装は制服のレオタード一枚だけだった。
ナスタージャに持って来てもらったのだろうか。
それにしても際どい姿勢で、もの凄く目のやり場に困る。
「……お、はよう……じゃなくて!エミリア、ケガはっ!?」
「え?大丈夫大丈夫!もう全回復だよ。すごいね、【トーマスの秘薬】!」
エミリアは一番の重傷だった筈だ。
足や腕を斬られて、悲鳴をあげる程の傷を負っていた。
それが治るのは素直に凄いと思う。
実際は、一番の重傷者であるエミリアに【月の雫】を使用したのだが、エドガーもエミリアもそれは知らない。
「ほ、ホントに大丈夫っ!?」
「うん!だいじょーぶっ!それよりエド」
エミリアは、顔を上げてエドガーの顔を
「エド、助けに来てくれてたんだってね!凄いよ、ありがとう」
エドガーは、拳を
「……ち、違うよエミリア。僕は、隠れていたんだ……物陰に、君が傷ついて戦っている間、ずっと」
「――よっ、と」
エミリアは勢いよく立ち上がって、エドガーをじぃっと見つめる。
「僕は!――僕はっ!」
「――エド!来てくれてありがとうっ!!」
エドガーの言葉を
大きな声にもかかわらず
声に乗った感情が。その笑顔が。本心からの言葉だと物語る。
「――えっ?……いや、エミリア?」
「聞いてエド。私ね……戦ってる時、エドに来ないでっ!……て思ってた。エドが来たら、兄さんと同じ目に合うかもって勝手に思ってた……でも、フィルウェインから聞いて。あの後私が気を失った後、エドが助けてくれたんじゃないかって」
「助けたなんて……僕は、ただあの男に気付かれて、それで……」
フルフルと首を左右に振り、
確かに、エミリアの言う事は間違いではない。
エミリアが
でもそれは、アルベールが必死に話をしてくれて、その結果奴らは。
「時間が」と言って去っていったのだ。
その全てを聞いて、エミリアが何を思うのか。
「……ううん。それでも、だよ。エド、それでも、私はありがとうって言うかな。だって私は、“今までのエドガー・レオマリスを知っている”からさ」
えへへ。とはにかみ、エドガーに笑いかけるエミリア。
結果論。エドガーが奴らに見つかって時間稼ぎが出来たのは、確かに結果論かもしれない。
「――エミリア」
エドガーは、必死に涙を
エミリアが言った『ありがとう』は、今までのエドガーに向けた『サヨナラ』であり。
これからのエドガーに対する『初めまして』になった。
そう思わせる、言葉だった。
◇
ストレッチを終え、エミリアは準備万端だ。
「いよーしっ!いくよ!【月光の森】!」
エドガーに感謝の思いと、男を成長させる言葉をぶちまけ、妙にスッキリしたエミリアは気合い十分。という感じに張り切っている。
「――いや。ごめんエミリア。ちょっと待ってくれない?」
ズルッと、エミリアの足元が
「え、えぇぇ!?この流れは、おう!って言うところじゃないの~。何?まだなんかあんの~」
「ち、違うよエミリア。元々そうするつもりだったんだよ、でも待って。待ってってば!」
直ぐにでも目的地へ向かおうとするエミリアを、エドガーは落ち着けと
「違うんだってエミリア!」
「な~に~が~!?」
エミリアの頭の中には「また逃げ腰のエドが出て来たのかっ!」と
「僕にも考えがあるんだ。――だから、付き合ってほしい。お願いだよ!!」
ピタッ!と完全に停止したエミリア。
彼女の正面にいたナスタージャは「プククっ」と笑っている。
エミリアの正面の顔を見たのだろう。
「つ、つ……つつ、付き合う!?」
「うん」
振り向かないままのエミリアに、エドガーは即答する。
「な、なんで今!?今言う!?普通こんな時に言う!?」
「なんでって、こんな時だからだよ!今じゃなきゃ駄目だ!」
「……エドぉ」
一人笑っているナスタージャ。
「エミリア、分かってくれた?」
「……う、うん。私でよければ……」
顔をリンゴの様に染めるエミリア。
「じゃあ行こう……父さんの部屋に……」
「うん!……うん??」
理解出来なかった。まず、自分がこんなに嬉し恥ずかしをしている時に、真正面にいるメイドが、
次に。「初体験がお義父さんの部屋!?何故??」と、エミリアは完全に混乱して、エドガーの言葉をキチンと
「エミリア?どうしたの……?いくよ?ナスタージャさんも、お願いしますね」
「――はっ!!」
理解してしまった。顔から火が出そうになる。
「はぁい、
ナスタージャが、わざとらしくエミリアを見て言う。
「ナ……ナスタージャぁぁぁぁ!!」
「えぇ!?なんで、なんでですかお嬢様ぁ、
ナスタージャを
それでも右足をグイーっと伸ばして
「理不尽ですぅ」と
エミリアは、この
◇
その地下一階であるエドガーの父・エドワードの部屋の前までやってきたエドガー達三人。
フィルウェインにもお願いしたかったのだが。
メイリンが未だに目を覚まさないので看病して貰う事にした。
エミリアによると「イグナリオがメイリンの意識を《石》に閉じ込めた」と言っていた。
真意は定かではないが、イグナリオ達を倒すことでメイリンも目を覚ます。かもしれない。
だから、全ては今日の夜までに、決着を付けなければならないのだ。
「ひ、久しぶりだな……父さんの部屋」
「そうなんですかぁ?」
母マリスが亡くなってから、父エドワードは
それ以前からも、父の部屋には入ってはいない。
そもそも、家の地下室にくるのも、実に一年ぶりだった。
父の部屋に最後に入ったのは、幼い頃だ。
「……鍵は?」
「……あるよ、宿のマスターキーが」
エドガーが、コートの内ポケットから取り出す銀製の鍵。
「エド、お父さんの部屋で、何をするの?」
「うん……“召喚”をする為の何か……何かヒントがあればと思って」
「……エド……うん、分かった、探そう。しっかり手伝うよ」
エドガーの真剣な横顔を見て、エミリアが
「ありがとう、エミリア」
エミリアはエドガーの“召喚”を、たったの一度だけしか見たことがない。
ふと、エミリアは左手に付けられた金色のブレスレットを触る。
数年前の誕生日に、エドガーが贈った物。
これが、エドガーが“召喚”で呼び出した物だ。
一日中魔力を注いで、やっと“召喚”できた物、これがそうなのだ。
一日中頑張って、ブレスレット一つ。それも、部品を一つ一つ“召喚”してだ。
それが、エドガーの精一杯。
「じゃあ、開けるよ」
「うん……」
「は、はい」
エミリアとナスタージャも緊張していた。エドガーの緊張感が移ったのだろう。
地下に響く。ギィィっ!とドアを開ける音。
「分かってはいたけど、やっぱり暗いよね」
「あ、ランプありますよぉ」
大型のランプは、部屋全体を明るくするには十分だった。
木製の本棚や、見たことのない鉄の棚、透明なケース。
様々な物が散らかり、転がっている。
「き……汚い……あ、ごめんエド」
「ううん、僕も思ったから」
ここから、なにか“召喚”のヒントになる物を探さなければならない。
「結構大変かなあ、これ」
父が雑な性格だった事を思い出した、エドガーであった。
◇
ヒントを探し始めて
「エド、コレは?」
エミリアが持ってきたのは、三色の色をしている尻尾だ。
何の動物かはエドガーも分からない。
「いや、違う……ていうか何これ?」
こんなやり取りが、五度ほど続いていた。
「ん……?なんだこの本」
エドガーが、
そこから手に取ったのは、古い古文書だった。
「う~ん。読めないな……でも、この魔法陣って……“召喚”する時に書く魔法陣に似てる気が……」
エミリアがエドガーの横から、ひょこっと顔を
「なぁに?コレ……ちょっと見てみようよ!」
「うん、そうだね。じゃあ、テーブルに置くよ」
――そして始まる――“召喚”。
エドガーの
天井から吊るされるランプから発せられた
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