間話【赤く揺らめく、その心】



◇赤く揺らめく、その心◇


 こことは全く別の、そんな夢のような世界。

 もしも、そんなものが本当に存在あるのならば。

 今すぐにでも、私を連れて行って欲しかった。


 ――退屈。

 あの日、周辺諸国しょこくとの戦争を、たった一人で終わらせた私は。

 今、孤独に幽閉されている。


 たった一人で戦い、それらを滅ぼした。

 それなのに、英雄視されることも無く。当然だろうといった扱いで、国民達も、家族であるはずの王や、兄妹達も感嘆かんたんする事無く戦いは終えた。


 向かってくる無謀むぼうな挑戦者や、どこかの国にやとわれたであろう暗殺者を、そので焼き尽くし。

 私をおとしいれようとした身内は、その紅蓮の剣で斬り伏せた。

 その過程で私は――父である王を殺した。


 残った他の敵国は私を恐れて、この国に手を出す事を止めていたが。

 味方のはずの自国に。

 唯一信頼していた妹に。

 私はだまされ、幽閉ゆうへいされたのだ。


 今自分がいる場所、そこには何も無い。

 空高く伸びる塔。

 扉も窓も無い、無機質な部屋。

 その最上階に、私はいる。

 時間が過ぎてゆくのを、只々待ち続けて、既に数ヶ月。


 壁にきざまれた傷は、日にちを確認するための印。

 本当は、自分の中の体内時計が、一分一秒を正確にきざんでいる。

 だから、そんなものは必要ないのだが、何もしないよりはマシだった。

 残酷さんこくなまでに、その時間が長く感じられる。




 ここ数日で、かなり記憶が曖昧あいまいになってきている。

 そういえば、最後に斬ったのは誰だっただろうか。

 記憶しているのは確か、王冠をしていたような気がする。

 自分のものと同じ、赤い髪をしていた気もするけど。最早どうでもいい。


 その男を斬った後、振り向いた先には無数の魔術師や兵士達がいて、自分を取り囲んだ。

 魔術師と兵士達の奥、その最奥には、斬った男と同じ、そして自分と同じ色の髪をなびかせた少女が、ニヤリと笑みを浮かばせて私を捕えろと命じた。


 そうして私は、この空虚くうきょな塔にいる。

 死を待つだけの時間だった。

 それなのにどうして、私は死なないのだろうか。




 国を守り、国を救った。

 そして家族を殺し、家族に裏切られ、絶望した。


 数ヶ月も食事をしていない。湯浴みもしていない。

 汗一つかかない身体と真っ赤に輝く髪は、くすむことなく未だにきらめいている。


 もう自分に残されたのは、その身体と、右手の甲に埋め込まれた、赤い宝石・・・・だけ。

 その《石》は、私にしか使えず。

 その効果は、を生み出すこと。


 魔力に応じて形を変え、剣にもドレスにも変わる。

 私自身とも呼べる【魔道具】。

 衣服すらぎ取られ、文字通り裸一貫の私は、退屈に身を寄せ壁に背を預ける。

 ふと、右手の《石》に違和感を感じ、赤い宝石をのぞき込む。




 宝石に映り込むその映像は、必死になって何かを懇願こんがんする茶髪の少年の姿。

 涙を流し、痛みに耐えているように見える。

 少年の眼前には、炎をまとった化物が、今にも少年を焼き尽くそうと炎で出来たその剛腕を振り下ろそうとしていた。

 少年の口元は、まだ何かを話している。

 私は、少年の口の動きに合わせて言葉をつむぐ。


「た……す……け……て」


 ――少年の言葉に、私は立ち上がる。


「キミは望むのね……そんな死にそうな状況の中で、自分に望みを賭けて。誰もいないと……助けてくれないと分かっていながらも……――私とは、大違いだわ」


 自身と宝石に映り込む少年を比べて、左右に首を振る。

 しかしその少年の姿が、やけに心臓を鼓動こどうさせる


「いいわよ……助けてあげる。私が……キミを助けてあげるわっ」


 何故か、私に迷いはなかった。

 右手の【消えない種火】に魔力を注ぎ、部屋中に炎を巻き起こす。

 無限に等しいその炎は。

 自身とその身を閉じ込めていた塔その物までもを、まとめて破壊していく。


 少年のいる場所が、どんな場所なのか私は解らない。解らなくてもいいと思った。

 ただこの退屈を、つまらないこの世界を変えてくれればいいと願った。

 

 例えそれが夢でも。

 やっと訪れた死でも構わない。

 私は目を閉じると、暖かいものに包まれた感触を得る。

 不意に聞こえる誰かの言葉が、耳に届く。


『ナンジノナヲノベヨ』


 誰かも分からない声、言葉。

 それでも私は答える。


「私……私は、ロザリーム・シャル・ブラストリア!!どこにだろうと連れて行きなさいっ!この退廃たいはいした世界以外なら、何処にだって行ってやるわっ!!」


 自らの炎に焼き尽くされていくように、炎は勢いを増して身体を包む。

 全身を焼き尽くす炎に、痛みは感じなかった。

 消えていく身体、存在。

 そうして私は、この退屈な世界から消え去ったのだ。

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