01話【いつもの日常】



◇いつもの日常◇


 地下室の出逢いから数日前。


 【リフベイン聖王国・王都リドチュア】。

 中央に王城区があり、周りを囲む様に貴族街が四区画、更に貴族街を囲む形で城下町が六区画ある。


 その最北端【下町第一区画アビン】。

 その場所に、下町一番だった・・・宿屋がある。

 区画の北門付近にあり、立地もよく、日当たりもいい。

 けれどもどことなく暗く、なんとなく陰気な雰囲気をかもし出す大きな宿屋。

 そこに、一人の少年が暮らしている。


 この宿屋の経営者の朝は早い。何故ならば、従業員がたった一人しかいないからだ。

 少年こと、【召喚師】エドガー・レオマリスは、母親から受けいだ宿屋を経営している。

 母親が健在だった一年前までは客入りもよく、従業員も沢山いて、街一番の宿と言われる程の反響を持っていた。


 だが母親は亡くなってしまい、そのショックで父親はいなくなった。

 残ったのは、無駄に大きな宿と一人の妹、父の趣味しゅみの様々な“魔道具”、そして従業員が一人残っただけ。

 それ以降、客は下降気味で、日々【召喚師】として、下町の人々や、貴族達から依頼を受け日銭ひぜにを稼いでいる。


「ふあぁぁぁぁぁ……」


 誰かが見ていたら、きっと眠気を誘われるであろう大あくびをして、エドガーは目を覚ます。

 布団の中でもぞもぞと動き「寒い寒い!」と言いながら眠気と戦う。

 正直、ベッドから出たくなかった。


 春になったとは言え、朝はまだまだ冷え込んでいる。

 いかに日課である宿の掃除そうじをこなさなければならないと言えども、まだまだ起き立てには十分につらい時間だ。


「……ぁぁ、ねむ」


 朝の陽射ひざしはカーテンの隙間から入り込み、今日もするどく肌を差してエドガーの顔を照らす。

 茶髪の短髪。例えるなら、しなだれた栗の様な微妙なとげとげ頭に、いかにも優しそうなたれ目。

 目にかかるかかからないか程の絶妙な前髪と少し長い襟足は、寝ぐせで左右に跳ねている。


「あ~、もうメイリンさん来てるかな……」


 メイリンとは、宿屋で働く唯一の従業員で、少し年上のお姉さん的存在の人だ。

 母親が亡き後も、唯一ゆいいつよくしてもらっている。

 チクタクと鳴る掛け時計を目視し、まだ半時はんとき(30分)あるなと甘えそうになるも「起きねば!」と仕方なく気合いを入れてベッドから起きる。


 しかしそれとほぼ同じくして、階段をパタパタとけ上がる足音が聞こえ、ぐ様エドガーの部屋のドアをバンッ!と開け放った。ノックもせずに。


「――エドおはよう!もう起きてる!?起きてるわけないよねっ。貴方の幼馴染、エミリアが今日も起こしに来てあげたわよっ!!……――ってなんだ、もう起きてるじゃない」


 「ちぇっ」っとつまらなそうにし、自ら幼馴染宣言をした彼女の名は、エミリア・ロヴァルト。

 エドガーと同じ17歳の幼馴染で、伯爵貴族の令嬢れいじょうだ。

 セミロングに伸びたエッグゴールドの金髪に、空色の双眸そうぼう

 身長は低くエドガーよりも頭半分低い、150センツ(cm)しかない。

 ととのった顔立ちとキリッとした表情が、若干じゃっかんのキツさを見せているが、とても心優しい少女。

 現在、騎士学校【ナイトハート】に通う見習い騎士だ。


 エミリアは少しきわどいレオタードの様な制服を着用している。

 この制服は伝統の騎士学校制服であり、戦闘用であるらしく、レオタードの上には赤いスカートをいて、青いショートジャケットを着込んでいる、二の腕には銀の腕輪がはめられており、腕輪からつながれたマントが、腰元からお尻にかけてを隠している形だ。


「エミリアおはよう、毎日貴族街からよく来るね。でも、いきなりドアを開けるのはやめない?ビックリするからさ」


 実際は、毎日のように来るからそう驚きはしないが、止めさせたいからあえて提言ていげんする。


「嫌よ。私の趣味しゅみだもの、エドを起こすのは♪」


 まばゆいばかりの笑顔で拒否きょひされた。

 趣味しゅみで毎日大声で起こされたら溜まったものじゃないが、それで助かった時もあるので、強くは言わない。


「ホントによく来るよ……ちゃんと騎学に通ってるのかい?」


 騎学とは騎士学校の事だ。

 エミリアが真面目な性格をしているのを知りながら、半分冗談混じりで聞く。


「当たり前じゃない、エドとは違うのよ?」


 やれやれ、何を当たり前の事を。とでも言わんばかりにオーバーアクションをするエミリア。

 それにはエドガーも「はは……だよね」と返すしかない。

 実際エドガーも、一年前までは騎学に通っていた。

 成績は下から一番だ。つまりは最下位、辞めて良かったとさえ思っている。


「それより、何で起きてたのよ。いつもはまだ寝てる時間じゃない?」


 エミリアは上着のポケットから懐中時計かいちゅうどけいを取り出すと、時間を確認する。

 確かにいつもはまだ寝てる時間かもしれない。

 でも、今日のエドガーにはやるべき事があるのだ。

 エドガーはベッドに腰掛けながら答える。


「ああ、仕事だよ……ほら、【下町第三区画コラル】にラドックさんっているんだけど、分かる?」


「え……?う~ん。あ、知ってるかも。あのお髭のおじ様でしょ。確か大工?だったかしら、貴族街でも仕事をしてたかも、しぶいわよね」


 渋いかどうかはさておき、エミリアっておじさん好きなの?と、疑問が浮かんだ。

 本人に言ったら怒るだろう、確実に。


「そう。そのラドックさんに依頼されてね、工具を直して欲しいって」


 【下町第三区画コラル】のラドックと言えば、よく物を壊す乱暴者として他の区画でも有名だった。しかし、何故なぜその有名なおじ様が?と不思議ふしぎそうにエドガーを見るエミリア。


「ああ、工具を……金槌かなづちを壊したからだよ」


 エミリアは小首をかしげ。


金槌かなづちって、そう簡単に壊れるもの?」


 そんなに気になる?とも思ったが、エドガーは言うのをやめた。


「ラドックさんは、酒癖の悪さでも有名なんだよ。彼は貴族街の飲み屋に行って、仲間内でケンカを始めて、仕事仲間の工具を壊したんだってさ」


「……それの修理って事なの?」


 修理自体はすでに終わっているのだが、彼が工具を取りに来るのが今日。ラドックの仕事前なのだ。


「ははは……まぁね。修理って言っても、部品の“召喚”だけど。ま、そんなところだよ」


 【召喚師】とは言っても、エドガーの“召喚”は小さな部品しか“召喚”出来ないという欠点がある。だから金槌かなづちそのものでは無く、部品を“召喚”して、わざわざ組み直すのだ。


「……それって、エドがやらなくちゃ駄目なの?」


 少し間を置いて、エミリアが言う。


「これだってさ、僕にとっては立派な仕事なんだよ」


 確かにエドガーの職業は、【召喚師】であり修理屋ではない。

 それでも、エドガーが下町の住民から安い賃金で依頼を受けるのは、単に妹の為だ。

 妹、リエレーネは騎学に通っている。エミリアの後輩にあたる訳だが、エドガーと違って剣や槍の才能もあり、学年での順位も上位だ。

 今は寄宿舎きしゅくしゃ住まいで滅多めったにこの家には帰って来ないのだが。


 両親がいなくなり、兄妹二人になってから宿屋の経営をエドガーはいだ。

 そのためエドガーは騎学を中退しているわけだが、妹の事は騎学に通わせ続けさせたい。

 だからどんな依頼でも受けて、少しでも金を稼ごうとしてるのだ。

 流石に、性根しょうねの汚い貴族相手や悪どい行為に手は貸さないが、工具の修理ぐらいはする。(エドガーにとっては工具の部品の“召喚”だが)


「そりゃあ立派な仕事だけどさ……しっかり御代おだいはもらってる?エドはそういう所、抜けてるからね」


 確かに、エドガーはかなり甘い方かも知れない。それに強気な人が苦手だという事もある。


「だ、大丈夫だよ……銅貨3枚は貰うから」


 あれ?エミリアの大きな目が、ジト目になってエドガーを見ている。


「はぁ……ねえエド、下町の道具屋で売られている工具。ああ、金槌かなづちだったわね、いくらするか分かる?」


 それぐらいはエドガーでも知っている。バカにされているのかと思い、ちょっと語気を強めに言う。


流石さすがに知ってるさそれくらい!銅貨5枚だろ?」


 ふふん、と、ちょっとドヤ顔をするエドガー、だがエミリアは。


「なんで偉そうなの!?赤字!赤字じゃない!その“召喚”って、壊れた工具と、そのラドックって人の情報を元にして、壊れる前の工具、その部品を“召喚”するんでしょ!?」


 的確な“召喚”のルールを説明し出した。しかも大正解。

 それに加えるなら、燃費に使われるのはエドガーの魔力・・と体力だと言うことだ。

 つまりはかなりの遠回しになるということで、正直言って新しく買った方が圧倒的に早い。


「どうして銅貨5枚にしないの!?愛用の工具が全く同じ姿形で戻ってくるんだもの、新品価格だっていいはずよ。ううん、もっと取るべきなのよ!」


 それは本当だ。エドガーの“魔力”と体力の消費を差し引いたら、圧倒的に赤字。火の車だ。

 部品一つを“召喚”するのに、一日分のカロリーとエドガーの魔力を半分以上・・・・使用するのだ。

 どうしたって疲れる、本来ならば銀貨1枚は欲しいところだ。

 でも仕方がない、これが、国の決めた・・・・・【召喚師】への依頼の相場そうばになっている。


「ラドックさんの工具じゃないからね……今回は。それに、これが【召喚師】の扱いだからね。国にたった一人の召喚師って言ったって、この燃費の悪さ。何か特殊な物を“召喚”出来る訳でもない。出来るのは、工具や道具の一部分だけの“召喚”、しかも小型の物限定とくれば、そりゃあ国にも見放されるさ」


 はぁ、とため息をきながらエドガーが言う。

 するとエミリアが何かにピンと来たのか、綺麗な眉が片方ピクンと動く。


「ねえエド、もしかしてだけど、そのラドックって人の依頼……何回目・・・?」


 ギクリ!とエドガーがビクついた。


「エド……」


「え、え~っと。その……」


 しどろもどろになるエドガー。エミリアのかんは正しい。

 実際、ラドックからの依頼はこの一年で七回。初回にいたっては、なんと無料タダだった。

 全てに合点がいったエミリアは、ついに大きな声を上げようと息を吸う、すると。


「――エドガーくーん、お客様ですよぉ」


 と、たった一人の従業員、メイリンの声が下のフロアから聞こえてきた。

 メイリンの声に怒気を抜かれたエミリアは、吸った息を大きくいた。

 怒りの言葉になるはずだったその息は盛大なため息に変わり、虚しく放たれた。


「い、今いきます!」


 慌てたエドガーが返事をし、愛用の深緑色のコートを羽織はおる。

 身だしなみなど全く気にせずに、ぐに降りていく。

 エミリアと話していて半時はんとき(30分)っていたのだ。

 エミリアは、エドガーの無頓着むとんちゃくあきれつつも、エドガーの準備を邪魔した事を心の中で謝った。ほんの少しだけ。

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