水魔法と胸の鼓動

「やだっ!!!ごめんなさい。大丈夫ですかっ?」


・・・・やってしまった。。。


 つい先日、カイドとサーシャから『魔法を学ぶことになる』と聞いてから、美桜はワクワクしていたのだ。やっと会話も覚束ないがなんとかできるようになり、他から呼び寄せた教師についても大丈夫だろうと。自分が『落ち人』であり、狙われやすいという話も散々に言い聞かされた。だからこそ最初に知識と言葉を何とかしたのだ。本当に残念だとカイドは自分の魔法が身体強化方面特化だったことに落胆し、サーシャは風と空間は私が教えるわ!と意気込んでいた。でも。それより先に美桜が望んだのは『生活魔法』だった。それさえ学べば、今のようにメリアに子供のようにかいがいしく世話されずに済む。もっと一人で何でもできる。料理だってできるはず。そう思って、少しずつ周りから詠唱文句を習っているのだが。


ザッパーン!!!

ナディアの手伝いで新しく来る冒険者の部屋の拭き掃除と空気の入れ替えをしている最中、埃がひどかったカーテンを洗うというので、水を出そうとして。自分が丸ごと入りそうな水の玉を出してしまい、慌てて外に放り投げてしまった。。。。下に人がもう来ているとは思わずに。


「大丈夫ですよ。久しぶりですね。」


と、二階の食堂に上がってきて笑ってタオルを受け取ってくれたのは、2週間ほど前、マノアの執政所にいるカイドに忘れ物を届けたついでに初めて市場を楽しんだ時、出会った冒険者たちだった。


「もうタオルは結構です。乾きますので。『清潔化クリーン』。『温風ブロア』。」

みるみるうちに二人の衣類は乾き、汚れも取れていた。


「本当にすみません。水の制御ができなくて。同じように唱えているはずなんですが。」

そう言うと、茶色の髪に印象的な深い緑の瞳のエミリオと名乗った長身の若者が笑った。

「俺も冒険者になってからこれを使いこなすのに2年ほどかかりましたよ。ないと依頼中に汚れたらどうにもならないので。まだ始めたばかりなのでしょう?」

「そうだよ。お嬢様。こいつは自力で調理も洗濯もできないんだ。洗濯したらシャツが網の袋みたいになるんだぜ。意味わかんないだろ? そんな切羽詰まったやつがやっても2年かかるんだ。これからさ。」


そうエミリオの肩をたたきながら、金髪に切れ長の青目のハリーと名乗った若者が笑う。


「ありがとうございます。改めまして、ようこそベルノウェイへ。ミオ・ヴェルノウェイです。あの時は『氷』ありがとうございました。」

「まぁまぁお嬢様。お手伝いはいいってメリアが申しましたでしょう。お部屋でごゆっくりなさいませ。」


清潔なリネン類を抱えてやってきたメリアにそう言われ、はあっと溜息をつく。甘やかされることには慣れていないし、何もしなくていいといわれるとむしろ落ち着かない。だって今まで一人で何でもやってきたのだ。洗濯だって自分でしたいし、どんなことができるかもっと試してみたい。けれど、本当に自分を好きで大事にしたいからこその言葉を、どう遮ったらいいか、美桜は解らないのだ。


そんな美桜をみて、エミリオが言った。


「何なら、水魔法を少し見ますか? 2.3日休みになっているので多少魔力を使っても大丈夫ですので。」

「ほ・・・ほんとうですか? 」

「えぇ。俺は水属性なので。なので『凍れる』んですよ。」


そう笑いをこらえて言うエミリオを美桜は少し膨れて見つめた。確かにあの時『冷やす』が言えなくて『凍る』か?と聞いてしまったが。まだ覚えていたのか。意地の悪い。


川辺がある。と美桜が言うと、片づけをしておくよというハリーと別れ、エミリオは美桜を川辺へと連れだした。柳の下、睡蓮が花を咲かせるお気に入りの場所に自分用に置いてもらったテーブルと椅子に腰かけると、では。と言って詠唱を始めるエミリオを見つめた。


「自分の中の『魔力』の流れは解りますか?」

「・・・それは習いました。母と手をつないだ時に母から伝わってきた流れがそうなのだろうと。でも、自分の中にあるというその流れがわからないのです。」

「あぁ。それでは、これでどうでしょう。」


そういうが早いか、エミリオは美桜の両手を握り、そのまま自分の胸へと押し当てた。いきなりのことで美桜は慌てふためいた。目の前に知るのは、逢ったばかりのとてつもなく顔の造作のキレイな長身の青年だ。多分現世でもこんな美青年と逢ったことなどない。そんな美青年に自分の両手をつかまれ、胸へと押し当てられている。美桜は心臓の鼓動が耳元で聞こえる気がした。顔がほてって仕方がない。その時だ。青い清浄ななにかが自分の中に入ってくるのを感じた。冷たくて気持ちがいい。そしてその冷たいものが自分の心臓の鼓動とともに膨れ上がってきた何か温かいものと混じり合って戻っていく。


「あぁ。できましたね。今自分の中にある温かいものが解りますか?」

「ええ。でも一体…」

「魔力をつかめない人は、信頼し、近しい人と魔力交換をしてもダメなんですよ。信頼しているから他人の魔力を「異質」と認識できないんです。俺はまだ、逢ったばかりだから「異質」だってわかるでしょう?」

「えぇ。とても青い綺麗な清浄ななにかが入ってきました。わかりました。ありがとう!」


そう笑って見上げると、なぜかエミリオが顔を手で覆ってそむけている。耳がほんのり赤いのはどうしてだろう。


「。。。さて。自分の魔力がつかめたら、次はこれです。「『水球ウォーターボール』」


見るとエミリオの手のひらに、収まるくらいの水の玉が現れた。


「イメージしてみてください。魔法はすべてイメージで、詠唱はそのイメージを決壊させて具現化するための鍵にしかすぎません。自分がどうしたいのかを正確にイメージして。」


――イメージ。水の玉。手のひらに収まるくらいの。あ。水風船くらいの水だ。昔子供の頃遊んだ・・・


「『水球ウォーターボール』」


美桜の手のひらに、ほやんとした水の玉が現れた。うまくいった!!!


「そう。それが自分の魔力で作った水です。よかった。水魔法なら俺が教えられますよ。それにさっきの感じだと魔力量も俺と同じくらいありそうだ。これも練習すればできるはずです。『氷結球アイスボール』。」


氷!!! 夢にまで見た氷が自分で作れるなんて!

それから夢中になって氷をイメージした。かき氷。グラスに入る透明できれいな氷。つらら。少しずつ水から氷混じりになってきたころ、魔力切れを起こす。とエミリオがストップをかけた。

「様とか敬語、無しにしましょう。ミオでいいです。ありがとうございます!先生!」

「先生って・・・。それに領主様のお嬢様に呼び捨ても敬語なしも恐れ多いですよ。」


エミリオが苦笑いして手を振る。


「でも・・・私元々身分があったわけでもないので、敬語で接してもらうより、市場で会った時くらいの言葉で話してもらうほうが嬉しいです。」

「あー・・・じゃあ、魔法の練習する時限定ってことで。」

「やった! ありがとう!」


「ここにいたのか。ミオ。今帰ったぞ。」

「あ。カイド父様。おかえりなさい! 水作れるようになりましたよ。!」

「それはよかった。これで魔法が覚えられるな。で?こちらはどなたかな?」


エミリオは背中に氷を入れられたような悪寒を感じた。これはまずい。まずい気がする。

現れたのは、とんでもなく威圧を背負ったヴェルノウェイ当主、カイド・ヴェルノウェイだった。

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青蔦の若君と桜の落ち人 楡咲沙雨 @rainygirlk

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