再会は手荒い歓迎と共に
マノアで冒険者としての日々が始まった。一刻も早く家族の問題も解決せねば。と焦り、父や兄を心配してささくれることもあったが、打てる手がないのが実情だ。ギルドで依頼を受け、酒場で情報を集める。たったそれだけの毎日が、今まで王妃の行動に気を使い、目立たぬように、兄より前に出ぬようにと気を張っていたジャンルードを楽に呼吸し、笑みがこぼれるまでに変えていた。
ハリスの家からもたまに
「元々お前の義姉君は育ち柄とても精神的に強い。きっと大丈夫だろう。」
とハリスが笑うので、フェルデンが速く戻ることをジャンルードは毎日祈った。それで自分はというと、今日も今日とて、朝からギルドに行き、二人で依頼を受けているのだ。それなりに大きな依頼も多かったが、マノア周辺の高難度な依頼は、今まで領主であるカイドや、夫人であるサーシャ、屋敷詰めの冒険者たちがこなしていた。だが今は、サーシャが美桜の世話につきっきりになり、カイドも親ばかを発揮して早く帰りたがるため少しずつ焦げ付き始めていた。
「お前さんたちがタイミングよく来てくれて助かったよ。じゃないとバクストンに増援の
でも、あんな幸せそうなカイド様は久々だから、こちらとしてもしたくなかったとギルド職員は苦笑していた。ジャンルードは、カイド伯父が娘を亡くしていたことも知らなかった自分を情けなく思った。ここの住民は皆、カイド伯父を慕っている。治安もよく、住みやすい。連絡が来ないなら、こちらから連絡を取ってもよかったのだ。伯父だったのだから。
――「花」が現れてから、人の心に、人のありように直面する事ばかりだ。
「あ、そうそう。お前さんたち宿にいるんだって? ギルドの上にも簡易の宿泊所が無料であるが、飯はつかない。それでな、上級冒険者には、領主様の屋敷に冒険者用のゲストハウスがあるから使うがいいとカイド様からのお達しがでてるんだ。馬の貸し出しもあるし、飯も洗濯も屋敷の者がしてくれる。信頼できる上級者のみの措置なんだがな。お前さんたちなら大歓迎だろうよ。」
「そ・・・そうか。それは助かる。今日からでもいいのか?」
「あぁ、これから連絡を入れておくから。宿代もばかにならんだろう。」
宿代は、ジャンルード達にしてみたら微々たるものだったが、堂々と領主邸に招かれるなど滅多にあることではない。それに。
――彼女がいる。
2週間ほど前に出会った少女の笑顔を、ジャンルードはまだ忘れられないでいる。たった2.3言話し、あまつさえ自分は怒鳴られるという滅多にない経験をした。忘れられないのはそのせいか? とにかく今日の依頼を済まそう。ジャンルードは頭を振ると、討伐依頼の説明に集中した。
今日の依頼は、リンフォールの森から収穫が始まったポムの実を狙ってくる牙イノシシと緑芽鹿の討伐だ。20頭ずつ間引けば、群れは小さくなるだろうと言われ、ハリスと共に森との境目の林へ貸し馬車を借りて向かった。猪も鹿も多くなれば森と果樹を傷める。完熟のポムの実の香りが強烈にあたりに漂っているため、鹿もイノシシも隠れているこちらに気づかずに次々と森から果樹園へと現れた。緑芽鹿は角に葉と花、実をつける種で、それらは深い新緑の透明な鉱物であり高値で取引される。猪も鹿も素材には繊細さが要求されるので、凍らせてしまうジャンルードには最適な討伐対象だった。ハリスは大剣でたたききってしまうので壊してしまうのだ。
「なあ。自分の身分は伯父上には話すのか。」
心臓の位置まで凍らされ絶命した緑芽鹿の角から、丁寧に葉や花を取りながらハリスが言った。
ジャンルードはイノシシの牙を外している最中だ。
「まだ決めかねている。何が起こっているかわからない以上、巻き込みたくないんだ。」
「そりゃそうだけどさ。1か月近く情報を集めてきたが、それらしいのはミオ嬢のみ。それが違ったら移動を始めなきゃならん。その前に名乗りくらいはしておいてもいいんじゃないか?」
「そうなんだが・・・とりあえず領主邸の様子が知りたい。バクストンの状況も見えてくるだろう」
「それもそうだな・・・・っと。よしこっちの鹿は終わりだ。そっちは?」
「終わった。これで20と23。依頼完了だ。」
柔らかい革袋にそっと集めた素材を入れ、ちょうどいいからと凍らせたまま馬車に死体は積み上げる。
農場の主に依頼完了を告げ、イノシシを一体渡すと、大量のポムの実と交換してくれた。ギルドに立ち寄り報告を行い、どうせ領主邸に行くならと、いくらかの素材と死体を一頭ずつ残し、残りはすべてギルドに委託販売の手続きをした。
「おいおい・・・何も一日で済ませろとは言ってないぞ。お前ら化け物か。」
「2.3日は休むさ。領主邸のゲストハウスならいいベッドがあるだろ。」
ハリスが笑ってそういうと、ちげえねぇ。うらやましいこったとギルド内が笑いに包まれた。
緊急依頼の時は、
「おーい。すまん誰かいるかー。」
「お。なんだお前さんらは。」
恰幅のいいコック姿の初老の男性がこちらに向かってきながら、にこにこと大声で話しかけてくる。
「俺たちは今日からゲストハウスのほうでお世話になる、冒険者のエミリオとハリーだ。今日の討伐で緑芽鹿と牙イノシシを狩ったので、領主様に手土産代わりに持ってきた。凍ってるからまだ新鮮だ。解体を頼んでいいか?」
「そりゃあ助かる。ありがとよ。カイド様も喜ばれる。そこにおいてってくれ。」
「あ、ポムの実ももらってくれないか。完熟だって渡されたんだ。」
ジャンルードが両手に籠を下げて渡すと、男性はにやっと笑って、
「あんたら、いいところの出だろ。『手土産』なんていう高尚なもんするやつぁ初めてだぜ。おれはアーヴィン。ゲストハウスにも調理場あるから、自分たちでしてもいいし、面倒なときは言ってくれれば何か出すぜ。よろしく頼む。」
「あぁ、こちらこそ。今日の夕食と明日の朝食をお願いしてもいいか。そのあとは二人で相談するよ。領主様にご挨拶はできるのかい? 」
「執事のジェームズに伝えとくよ。今、俺のかみさんで、家政婦長のメリアがあんたらの部屋の支度をしてる。臨時で滞在するやつら用の棟だから、お前さんらしかいないけどな。」
「わかった。ありがとう。」
馬車を教えられた方向へ進めると、修練場や馬場、弓の練習場、鍛冶場などの隣に何棟か建物が立っている。これがゲストハウスなんだろう。建物の一階は馬車の停車場になっている。一台も止まっていない右端の建物の窓が開いていて、見上げると話し声が聞こえる。
「よし。これを洗えばいいのね。やってみるね。」
「あ、お嬢様、待ってください 今たらいを・・・って多すぎますよその水!!! 」
「えっ・・・えっ・・・きゃぁぁぁぁぁいやぁぁぁぁぁ!!!」
ザッパーン。
「・・・なぁ。これって歓迎か? 俺ら臭かったのかな。」
窓から降ってきた大量の水に今日の汚れを全て洗い流され、ハリスが濡れた髪をかき上げながら、犬のように頭を振った。歓迎にしちゃ少々手荒い。ジャンルードも顔を手で拭った。
「やだっ!!!ごめんなさい。大丈夫ですかっ?」
濡れた髪をかき上げながら仰ぎ見れば。開いた窓からこちらを見下ろしていたのは、ジャンルードが気になって仕方のなかった彼女。美桜だった。
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