ある雨上がりの日に君と出会う 1

次の日の朝は、別れを惜しむかのように雨が降っていた。隣に寝ていたハリスはもう階下に降りたようだ。白木蓮も雨に打たれて花が開いてしまい、ことごとく散ってしまっている。ジャンルードも支度をして階下に降りると、ハリスとドノバンが朝食を済ませ、カヘーコーヒーを飲んでいるところだった。


「おはようございます。エミリオさん。私らは雨で一日延泊になりそうです。明日にはやむと宿の主人が言いますのでな。ここの主人の『天候読み』は一級品なのですよ。」

「そうか・・・。無理はしないのがドノバン商会だったな。、俺たちは出立でいいよな? 遅くなってはまずい。」


ハリスが頷くのを見て、ジャンルードはおかみに朝食を頼む。少し肌寒い朝にはぴったりのウサギのシチューにパンを添えたものだ。根菜が程よく煮込まれて、ウサギの滋味を逃さず閉じ込めたスープと、松の実を混ぜ込んだパンはよく合った。


「それでは王都で御逢いいたしましょう。道中お気をつけて。」


ドノバンがカヘーコーヒーを飲み終えて去っていく。別れに少し感傷的になりながら食事を終え、ハリスとジャンルードは宿を後にした。


 街道は霧に包まれ、雨粒が小麦にあたる音だけが静かに響いている。こんな時に徒歩で旅をするものなど、冒険者以外ではなかなかいない。雨に紛れて『ゼラドリストード毒ヒキガエル』が出やすいからだ。うまく討伐すれば、肉も毒腺もいい値で売れるが、失敗すると全身に回り全て使えなくなるうえ、毒に触れるとそこが爛れて3.4日高熱で苦しむことになる。ハリスとジャンルードは周囲に気を配りながらひたすら歩き続け、マノアの北門に到着したころには、雨もようやく止んだが、さすがに防水処理を施したローブも滴るほどに濡れぼそっていた。


「兄ちゃんたち、この雨の中を歩いてきたのか。ご苦労だな。身分証はあるかい。あるなら一人小銀貨2枚の入市税だ。」

門番の気のよさそうな衛兵が、こちらを見て驚いたように話しかけてきた。

「ギルドタグでいいか。あと冒険者ギルドの場所を教えてくれると助かる。いい宿屋もな。」

ハリスがそう言って小銀貨5枚を手渡すと、門番はにやっと笑って、ギルドの場所とうまい飯を食わせてくれるという宿屋を紹介してくれた。ハリスとジャンルードはお互いの姿を見て『ひどいな』と笑いあいながら右手を振りぬく。

「『清潔化クリーン』」

「『温風ブロア』」


 見る間にパリッとした元の姿に戻ると、驚く門番に別れを告げる。

「すげえな。兄ちゃんたち高ランクかよ」

笑って肩越しに手を振ると、ジャンルード達は歩き出した。初めてくる街だが、十字に石畳の道が走り歩きやすい。真ん中で時計台を中心とした市場が開かれ、やっとやんだ雨に店主たちがいすやテーブルを出し始めている。昼どきということもあって、肉を焼くいい匂いやパンの焼ける香ばしい薫りが近づくにつれて鼻をくすぐった。


「どうせ宿屋で昼は期待できねーし、ここで食べてから行くか。俺、宿屋とってくるからエミリオはなんか見繕っといてくれよ。多めにお前の驕りでな。」


 そう笑って走り去った友に、やれやれと頭を振ると、ジャンルードは活気づき始めた市場を歩く。王都ほど大きくはないものの、生鮮食料品や日用品や雑貨とこの地域でとれたものを使った屋台が並んでいる。先ほど鼻孔をくすぐったあの肉の串焼きにするか。とジャンルードは決め、屋台へ向かった。


「店主。すまないが、これは何の肉だ?」

「バクストン牛でさ。海の潮気を含んだ牧草とリンフォールの森の下草を食って育ってるんで。」


王都にはめったに出回らないものだ。ジャンルードは、塩と甘辛いたれだという店主に4本ずつ頼む。


「パンや芋のガレットなら3軒先が今やいたばかりですぜ。」

「それはいい。焼いておいてくれるか。また戻る。」


 色々注文して木々の木陰に設置されたテーブルで食べるらしく、市の入り口でバスケットも売っていた。破損せず返却したら金は戻る。いい仕組みだなと早速かごを買い求め、ジャンルードは勧めに従い、クルミのパンやチーズを混ぜ込んで黒コショウを効かせたガレットを頼み、かごを渡すと、焼き立てのものを店主が入れてくれた。野菜と果物が所狭しと並んだ店ではポムの実と串焼きを巻いて食べる葉野菜を手に入れて、串焼きの屋台に戻るとちょうど焼きあがっていた。1本大銅貨3枚だという店主にパンの礼だと小銀貨2枚を渡すと、付け合わせの芋とバターを付けてくれた。見渡せば、ちょうど近くのオークの木の下のテーブルが空くようだ。よし。あそこで待つか。


ドンっ。パシャッ。


「おっと・・・すまん。」


ジャンルードが急に方向を変えたせいで、果実水を二つ持った若いメイドにぶつかった。見ると尻もちをついたメイドはエプロンを果実水で汚し、木のコップは一つ足元に落ちてしまっていた。


「わるい、けがはないか。申し訳ない。弁償させてもらえるか。」 


そうジャンルードが言うと、メイドはふるふるふると首を振るとペコっとお辞儀をして走って去っていった。

――あぁ、怖がらせてしまったな。


いかんせん、ジャンルードは『変化ヴァリエ』を使用していても長身で整った顔立ちなのは隠しようがない。そのうえ、笑顔がすぐ家出をする仏頂面で、城でもメイドには避けられていた。まあ整った笑みの消えた顔で見つめられて硬直するせいなのたが。というわけで、ジャンルードはメイドに避けられるのは自分が異質な黒系統の色をまとうせいで、仏頂面のせいだと思っているのだった。


目でメイドを追うと、木陰に座っていた娘に声をかけてぺこぺこと頭を下げ、一つ残った果実水を渡している。これはやはり弁償しなければ。


果実水を売っている屋台にむかい、一つ頼むとついでにベリーにチョコレート掛けしたものもついでに手に入れ、先ほどのメイドのところへ向かった。

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