そして彼は再会する

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 カエデの葉の隙間からこぼれる陽の光を浴びながら、城では味わうことができない解放感にジャンルードは包まれていた。宿の主人が入れてくれた栗の砂糖煮はしっかりと甘みが乗り、口に入れるとほろほろと崩れた。渋皮ごと煮込んであり、ほんのりと苦みも加わって野趣にあふれている。焼き栗も素朴でうまい。これは少しハリスに取っといておいてやろう。


「エミリオ。ここにいたのか。」


バリールがジャンルードを見つけて走ってきた。


「どうにもまだ商談がまとまっていないようでな。森を抜けるには少々遅くなっちまった。ドノバンの旦那は森で野営するのを極力避ける方なんでな。今日はここで一泊だ。」

「ドノバン殿は、無茶を言う商人ではないのだな。前に受けた護衛依頼では、森で一泊もざらだったが。」

「あぁ。旦那は以前、そういう旅をした息子とその時の荷物を亡くしてらっしゃる。山賊も出るっていうのに護衛もケチっていたようでな。教育を間違えたと酔った時に言っておられたよ。」

「それは・・・お気の毒に。」


――旅は基本危険が付きまとうものだ。自分の身を守る術を持たない、商人や農民には有利な加護持ちはそこを理解していないと旅などできない。


「おれも農民の出だが、何の因果かほれ。こんなの出ちまってな。ドノバンの旦那に拾ってもらうまでは村で厄介者だったよ。俺が手伝うと小麦が枯れるって言われてな。」


見るとバリールの手には金運と防御の神聖な樹、シダーの紋章が半円を描いていた。農民には緑や茶のブドウや小麦の穂などが多いと聞く。さぞや生きにくかっただろう。


「ドノバンの旦那は、この紋章もちの護衛を雇えるとは、うちの商会も安泰だって笑ってくださった。俺はそれからずっと旅をされるときは付いて回ってる。いい御主人だよ。」


いい御縁だったな。とジャンルードが笑うと、バリールはにかっと笑い、村長の家へ戻っていった。


結局、ジャンルードはアヴェランの村を見物して回り、土産物も売る雑貨店で特産のカエデ蜜の瓶も何本か買い求め、早々と与えられた宿屋の一室に落ち着いた。まだ体力は全快ではない。体のキレが悪い気がする。そういう時はケガをしやすいものだ。休むに限る。


――ピチチッ

開け放した窓から、赤い鳥が飛び込んできた。


「ハリス。飛ばしてくれたのか。」


手を差し出すと指に止まり、友の声があふれだす。


『無事でよかった、ファーロの宿屋で会おう。』


そう告げると鳥は陽の光に溶けた。やはりあいつは付いてくる気だったか。子供の時から絶対に自分のそばを離れない幼馴染に、ジャンルードはこっそり感謝した。


次の日の朝、隊商はアヴェランを出発し、森の中を進んだ。心配されていたゴブリンや山賊は出なかったが、やはり発情期の牙イノシシの突進は何度かあり、森の休憩所で一息ついていた時のことだった。


「エミリオ。」

「あぁ、群れだな。皆は馬車とドノバン殿を頼む。こっちは俺が。」

「しかしそれでは・・・・いや、すまない。よろしく頼む。」

そう告げるとバリールは走っていった。


護衛のほとんどを防御に回らせ、ジャンルードは山から解体の血を嗅ぎ付け、出てきたのであろう黒狼の群れと対峙した。狼の中でも特に黒狼は人を襲う。ようやく体が動くようになったことに安堵し、ボスであろう一際大きな一頭を睨みつつ、右手を群れと馬車の間の空間へ向けた。


「護りを。『氷壁アイスウォール』」


ジャンルードの右手の紋章は水の力の象徴『トネリコ』に、自身を探究するものに加護を与える『アイビー』が絡みついたもの。水は自分の言葉をのせるだけで自由に動いてくれる。即座に護衛と馬車をぐるっと囲むように氷の壁が出現し、狼の群れから隠す。


グルルゥゥゥ

ボスがこちらを見つめながら一声うなり声をあげた。その瞬間、群れの多くが走り出し、ジャンルード目掛けて飛びかかってこようとした。


「エミリオ!!」

「問題ない! 爆ぜよ。『氷爆アイスバースト』!」


紡いだ言葉と共に右手を振り抜くと、群れの中心に青い光の玉が着弾し、大きく膨れ上がった。見る間に群れのほとんどを飲み込み、爆発音とともに霧散した。氷の粒の混じった煙が消えると、狼の凍り付いた死体がそこかしこに倒れている。


「グルルゥゥゥ、グルォォォォ」

ボスとわずかに残った何頭かが怒りの唸り声をあげ、こちらを睨みつけている。


――退かないか。仕方がない。まだ余裕がある。

「貫け。『雹弾ヘイルバレット』」

瞬間、森は静寂に包まれた。不思議だ。こんなにも俺は魔力が高かったか? 一団を守るためとはいえ、剣を使わず、魔法のみで攻撃し終えるとは。ジャンルードが訝しげに右手を眺めていると、

「おーい出してくれぇ」と声がした。


「あ、すまん。『氷解ディフロスト』」

壁がとろとろと水に戻る様を一団が唖然と見ていると、ジャンルードは少し離れたところの地面を土魔法で掘り下げた。

「こいつらこのまま埋めようと思うが。構わないよな。」

「す、素晴らしい魔力ですな。こんな氷魔法久々に拝見しましたよ。えぇ、黒狼は素材には向きませんので、討伐部位以外は、そのまま埋めてくださって結構です。」


我に返ったドノバンが答えた。それに続いて護衛たちも騒ぎはじめ、20頭ほどの凍った狼と、撃ち抜かれて絶命したボスを牙と耳を取り除き、穴へと落とした。

「『埋没バリィグラウンド』・・・だったか。よし。うまくいった」

兄の修練に付き合っていた際、生活魔法に近い、「埋没」と「操土」だけは覚えることができた。死体の処理にうってつけなのだ。


「土魔法まで使われるとは…」

「あぁ、兄が土属性でな。さすがに初級しか扱えないが、穴を掘るには事足りる。」


――それにしても、この魔力の増加は一体・・・。

ジャンルードは訝しげにやはり右手を眺めるが、理由は解らないままだった。馬が落ち着くのを待って隊商は進み始め、ようやくファーロの村についたのは、夕方も過ぎたころだった。


「今日はもう休むとしましょう。商談は明日にします。それにしても助かりました。ここでお別れとは誠に残念。」

「縁があったら王都で会おう。こちらこそ助かった。」

「えぇ。えぇ。王都に帰られた際は、ぜひわが商会へお越しください。命の恩人としてもてなさせていただきます。」

「・・・・大げさな。」

「何をおっしゃいますか。怪我人一人も出さず黒狼の群れを撃退できるとは、大助かりですよ。」


ドノバンが、ぜひ夕食をご一緒に。という言葉に頷きながら、宿屋に入ると、食堂のカウンターに見慣れてはいるが、いつもとは違った男の姿があった。変化ヴァリエしているハリスだった。


! 迎えに来てくれたのか。」

振り返った長身の若者は、いつも通りにかっと笑うと、

「エミリオ。おっせーよ。待ちくたびれたぜ。」

そう言うとハリスはエールのジョッキを掲げたのだった。

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