そして彼は護衛をする
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ハリスが中継ぎの村で目を覚ましたちょうど同じ時刻。チェスナットヒルの宿屋にも朝陽が当たり、ジャンルードは身支度をすでに整え、情報収集にいそしんでいた。
「いやぁ、御主人の飯はうまかった。おかみの入れるコーヒーもうまい。これ宿泊代とチップだ。取っといてくれ。」
「あらぁ。若いのにお兄さん太っ腹だねぇ。ありがとよ。」
「そういえば最近、ここら辺の噂でおもしろいのはないか? 土産話にしたいんだ。」
おかみはカウンターに肘をつき、少し思案した。
「そうだねぇ。今年は蜂や虫がよく飛んでくれるから、今年の収穫は多そうだ。蜂蜜もよく集まるって言ってたねぇ。そのせいか、シーフベアーがよく出るらしいが。あいつは出会うと厄介らしいねぇ。」
「あぁ。あいつの爪は鋭いし、体の割に素早いんだ。」
「増えすぎたら、またギルドに発注をかけるって村長が言ってたよ。あとは・・・・そうだねぇ、ファーロの街の肉屋のおかみが誰ぞに色目を使ってるっていう話は…おにぃさんは興味ないか。あとはバクストンの『御大』が最近はお姿をお見せにならないって冒険者たちが言ってたねぇ。」
「『御大』って言うのは山の主かなにかか? 新しいダンジョンでもできたのか?」
はははっと豪快な笑い声を立ててキッチンから主人が出てきた。
「これ弁当だ。昨日の鳥をローストしたやつをパンにはさんどいたから。あと、ここの自慢の焼き栗と砂糖煮も入れといたぞ。『御大』っていうのはバクストン前辺境伯様の事だよ。ここらの冒険者は皆揉まれてるからなぁ。今の御当主様と区別してそう呼ぶのさ。」
――祖父が!? そんな話は王都には入ってきていなかったが。
「そりゃ嬉しい。助かるよ。体でも悪いのだろうか。その『御大』っていうのは。」
「まぁ『御大』もいい年だしな。姫様が王都に行っちまってからはがっくりと気を落とされたらしいし。若い人は知らねえだろうが、『バクストンの月姫』っていやぁ、とんでもない美人だっていうんでそれ目当てで冒険者になりたがるやつが多かったもんだがな。」
――こんなところで母の話を聞くとはな。
ジャンルードは少し面映ゆくなりながらも、祖父の具合を少し心配した。早めに向かったほうがいいのだろうか。しかし、まずはハリスだ。
「やあ。エミリオさん。お早いですね。」
振り向くとドノバンが笑って立っていた。その他のものも続々と食事を注文し始めている。ドノバンはそのままエミリオの隣に座ると、おかみに朝食を頼む。
「何のお話をしていらしたんですか? 話が弾んでいらしたが。」
「あぁ、月姫と御大の話を聞いていた。御大が最近顔を見せないと冒険者が言っていたと聞いてな。」
「なるほど。。。それでしたら、御大はこの時期、気持ちがふさがれるんですよ。姫が王都へ行ってしまわれた時期とお孫様の第二王子が誕生された時期。そして姫がお亡くなりになられた時期が重なるもので。たった一人の姫様で、御家族総出で溺愛されておられたのでやはりね。」
「ドノバン殿は、バクストンとも取引があるのか。」
「ええ、商会を立ち上げて、最初に立ち向かったのがあのバクストン領です。商人の中じゃ『バクストンと商売ができるようになったら一流』っていうジンクスがありましてね。無謀にも最初に突撃したというわけです。ようやく許されたのは6年ほどたってからでしょうか。立ち上げたばかりでうちに来るとはなと『御大』に笑われたのを覚えておりますよ。」
これはまた豪胆な・・・。ジャンルードは思わず笑った。6年後ということは立ち上げてからずっと毎年通い続けたということだ。この商会が大きくなったのもうなずける。
「さて。アヴェランでは商談が一つあります。あそこのカエデ蜜は大変貴重なんですよ。うまくいけば出発できるでしょうが、できない場合はアヴェランで一泊。その後アヴェランの森を抜けて、ファーロです。護衛の皆さんは半分が馬、半分が馬車でお願いしています。馬を休ませるために村と休憩所では必ず休憩をとるので、冒険者の旅より遅いかとは思いますが。」
「いや、馬車と馬で進めるのならこちらとしてもありがたい。しっかり護衛はさせていただく。」
「えぇ。この時期は角ウサギと牙イノシシが突進してきますのでね。あとヴェルノ山にゴブリンがでたという話もあるんですよ。山賊もいるのに困ったもんです。」
話しているうちに準備ができたようだ。ジャンルードはまずは馬車に乗り、後ろの確認を任された。チェスナットヒルからしばらくは大きいところは腰丈もある草原となる。野生の動物も多く、角ウサギやキラースネーク、シルクスパイダーなどが多く生息している。アヴェランへ徒歩ならつり橋で行けるのだが、馬車の場合はこちらを通らなければならない。魔物除けで大抵はよけてくれるが、この時期は角ウサギと牙イノシシは発情期で、動いているものには突進してくる。これが厄介なのだ。案の定、隊商は石橋にたどり着くころには10羽ほどの角ウサギと、2頭の牙イノシシを退治していた。肉も貴重なので、5人の冒険者で手分けして解体し、石橋を渡ってアヴェランへ着くころには太陽は真上に輝いていた。
「エミリオはすげえな。氷が使えるのか。狩りにはもってこいだ。」
「あぁ、水属性なんだ。肉には重宝するよ。」
「「ちげえねぇ」」
どっと笑い声が上がる。護衛たちはそれぞれ食堂へ向かい、ドノバンは村長と商談をするのにイノシシの肉などはいい条件になります。とほくほく顔で向かっていった。ジャンルードは一人、特産だというカエデの木の下に座ると、朝作ってもらった弁当を開ける。鳥のソテーはオレンジ果汁とハチミツ、黒コショウに漬けられた後しっかり焼かれ、噛みしめると柔らかく口の中でほどけた。春の葉野菜の苦みが爽やかに香る。なるほどあそこの主人は本当に腕がいい。氷魔法でしっかり冷やした果汁を飲みながら、ジャンルードは暖かい日差しの中で食事を楽しんだ。
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