そして彼の友は安堵する

――どうしてあの日、俺は家に戻るなんてしちまったんだ。


 ダンっとカウンターにエールのジョッキをたたきつけるように置くと、ハリスは硬貨を投げ外に出た。デアフィールドに戻った次の日に神官長が殺され、その罪でジャンルードが審問されたと聞く。アレンの親がハリスの親に魔伝バトバードを飛ばしてくれたため、貴族は城の異変を静観することになったようだ。理由は、確かに王と王太子は王妃を大切にし、王太子の婚約者を城から遠ざけるという「異変」はあるものの、政変、悪政といったことが一切ない。何かが起こっている。だがそれが何なのかわからない以上、家を守る者たちは介入できない。アレンはジャンルードを遠隔で移転させたあと、フェルデンに魔伝バトバードを飛ばしたまま未だ目覚めない。俺は一体どうすればいいんだ。さすがの楽天家のハリスでもどうしていいのか皆目見当もつかず、城下町に出ては酒をあおっていた。


 プリヴェール最東端の領都、デアフィールド。海からの潮風が良い小麦を作るという穀倉地帯に囲まれ、財政も上々。長兄が次期当主として父とともに采配を振るい、次兄は他領の愛する者のところへ婿に行った。3男のハリスは「ご学友」候補として城に上がって以来、ずっとジャンルードとともにいる。ずっとそう生きていくのだと思っていたのに。焦る気持ちばかりが先に立ちイライラとする自分に父はただ『剣とマントを手入れしろ』といった。そんな悠長なことやってられるかと荒れる単細胞な3男に、兄と父は苦笑いするばかりだったのだが。


「ジャン・・・お前今どこにいるんだよ…」


屋敷に戻ってもやはりくさくさとふて寝して、ひどい二日酔いで目覚めた朝、窓をコンコンッとたたく音がした。見ると見慣れた『青い鳥』が窓をつついていた。


「ジャンの鳥じゃねーか!」


慌てて窓を開けると、鳥は手のひらに飛び乗り、友の声で語りだす。


『ハリス。心配かけてすまない。俺は無事だ。今夜はチェスナットヒルの宿屋にいる。明日から隊商の護衛に紛れてデアフィールド方面へ向かう。もしまだついてくる気があるなら、ファーロあたりで合流できないか。デアフィールドまで行ってもいいが、私が顔を出すとお前の家に迷惑がかかるかもしれん。魔伝バトバードを飛ばしてくれ。待っている。』


言い終わるとピィっとひと声鳴き、鳥はほどけるように溶けた。

はぁっ。。。安堵の溜息をついて窓にもたれるやいなや、ハリスは慌てて学生時代に使用していたものを引っ張り出し、足りないものはないか確認した。服を着替え、そのまま父の執務室へ向かう。


「父上。迎えが来たので、出かけてまいります。長期の御暇おいとまお許しください。」


そう言って頭を深く下げたハリスに、父と兄はやっとこれで手負いのトラのようだった弟が落ち着くと安堵した。


「そうか。厨房によって食料もきちんと準備しろ。これは誕生祝だ。持って行け。」

「は? 誕生日など8か月も先ですよ」

「前払いだ」


そう言いながら投げてよこした革袋はずしっと重く、ハリスは父の思いにただただ感謝した。


「我が国にとって、かの君はバクストンの首輪なのだ。そしてそれがなくともあれほど優秀な方をみすみす何者かの思惑で滅してはならぬ。良いか。『武のデアフィールド』の名に賭けて必ずお守りしろ。それからこれはデアフィールドからバクストンへの正式な書状だ。忘れずに辺境伯に御逢いしたら渡すように。」

「かしこまりました。命に代えましても。」


じっと父と兄の顔を見つめるとにかっと笑った3男をみて、デアフィールド伯はその笑顔に亡き妻の面影を確かに見つけ、息子の安全を祈るのだった。


身支度を整えたハリスは厨房で保存食を色々手に入れると前庭に出る。

『無事でよかった、ファーロの宿屋で会おう。』そう短く紡いだ言葉を赤い魔伝バトバードに乗せとばし、大きく伸びをした。


「さて。俺も変わらなきゃな。『変化ヴァリエ』。」


そう言って手を振り上げると、そこにはもともとの赤髪を金髪に、茶色の目を緑に変えた平民上がりの冒険者『ハリー・デーン』が立っていた。変化の魔法は色味だけではなく雰囲気すらも変える。ハリスはゆっくりと屋敷を見上げ、恐らく窓から見送っている家族に手を振ると、ゆっくりと屋敷の外へ歩いて行った。


 領都を出ると小麦畑が両側に連なる街道に出る。中継の村で一泊し、早朝にまた歩き出すと、ファーロの街が見えてくるまでハリスは休憩も取らずに歩き続けた。待たれるのは待つのよりも嫌いだ。早く着いたのなら情報収集でもしよう。そんな逸るはやる心でファーロの宿屋についたころには、日もとっぷりとくれ、体を心地よい疲れが包んでいた。2人部屋を取り、簡単な夕食を出してもらいに階下へと降りた。仕事帰りの多くの者たちがエールを飲んで騒いでいたが、ハリスは気にせず人のよさそうなおかみに声をかけた。


「ねえおねぇさん。すげぇ美味かったよ。これチップね。」


そう言って渡した幾枚かの大銅貨が功を奏し、おかみは最近の噂話を色々と話してくれた。曰く、今年はハチミツの取れ具合がいい、隣の肉屋のおかみが間男と駆け落ちした、マノアの街を任されているバクストン様の次男御夫婦のところに黒髪のお嬢様が養女に来た・・・とか。


ハリスはおかみに礼を言うと、自室へ戻っていった。ジャンルードの「唯一」。一体どんな外見なのか。ただ「落ち人」ということしかわからず、ただ一つの目印、「花」は彼女の胸に刻まれている。指輪を偽装されれば、脱がせない限り解らない。クローバーの野原から、四つ葉を探すような気の遠くなる条件に、ハリスは少しジャンルードに同情するのだった。

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