そして彼は思いを託す
降りて行った階下は、収穫作業を終えた農民や行商人、隊商の一行などであふれかえっていた。
ジャンルードはおかみに手を振ると、一人らしくカウンターに座り夕食をほおばった。ガドニア山の森にはよくいるダダリロ鳥の煮込み。栗の実の入ったスープ、春野菜のサラダにはナッツのドレッシングがかかっている。松の実入りのパンは胡椒が効いていて、スープや鳥のソースに浸すと程よく柔らかくなり美味かった。
「よぉ、冒険者のにぃちゃん。どこから来たんだい。」
不意に肩を叩かれ振り向くと、
「王都からだ。地元に休暇で帰省だよ。妹が結婚するんでな。ついでだからってんで、フォンブリルに使いやらされて、明日なんとか出立だ。」
「そらぁ難儀だったな。どっちに行くんだい。南か東か。俺たちゃこことアヴェランとファーロ、デアフィールドで仕入して王都に帰るんだがな。護衛が一人ケガしちまって足りねぇんだ。同じ方向なら雇われちゃくれねぇか。」
「見ず知らずの俺をそんな簡単に誘っていいのか。」
横目で男を見るジャンルードに男がぼりぼりと頭をかいた。
「お前さん、
――デアフィールドは助かるな。隊商に紛れていたほうが見つからないかもしれない。
「隊商の
「おう。助かるよ。こっちにきてくんな。」
おかみに合図して食事が終わった旨を伝える。チップに小銀貨1枚を置くとジャンルードは奥の一番大きな席を陣取っている一団へと連れ立って歩いた。一番奥の席にゆったりと腰を落ち着けている柔和だが値踏みする視線が鋭い男がにこやかに笑った。
「やあ。すみませんね。こちらの無理を聞いていただいて。私はドノバンといいます。王都で商会をやっているものでして。仕入れの隊商を組んだはいいものの、ガドニアの森で護衛がケガをしましてな。いささか防衛に不安が出まして。フォンブリルで冒険者を募集したんですが、今は上級のものは皆、バクストンに出払っているようで。あなたさまをみて、これはいい縁だと私の商人の勘が言うので、失礼ながらこのバリールを使いに出しました。」
――ドノバン商会。大手の商会じゃないか。全土からありとあらゆる農作物と特産品を集めて回る。これはいい隊商に出会ったな。
「バクストンで何かあったのか?」
「いやぁ、この時期は大きな討伐がなければ上級冒険者はバクストンに『里帰り』なのさ。ここら辺の上級冒険者は全員『バクストンの息子』達だからな。」
バリールが笑いながらそう言った。
――なるほど。俺と同じで祝いをもらった人たちなのか。
「デアフィールドの手前で別れるのでもよければ構わない。妹の婚礼に出るための帰省なんだ。」
「えぇ。結構ですとも。明日の出立ですがかまいませんか。」
「あぁ。俺もその予定だった。エミリオだ。タグはシルバー。よろしく頼む」
「こちらこそ。早くて3日、遅くて7日の旅になるのでお礼はこれくらいでいかがでしょう。食事と宿泊はこちらもちです。」
そうやって手渡されたのは中銀貨5枚。妥当な金額だ。むしろ多いくらいある。
「いいのか。こんなに。」
「えぇ。荷物と我が身が無事でさえあれば、王都でいくらでも稼げます。こんなところで、いいご縁ができてこれじゃ足りないくらいですよ。」
さすが王都に店を構える大商会。一番大事なものを良く解っている。
明日の朝の出立ということで一団と別れ、ジャンルードは部屋へと戻った。鍵をかけベッドに倒れこむ。食事とエールとで腹は満たされたものの、今度は睡魔が襲ってきていたのだ。意識が飛ぶ前にと窓辺に立ち、窓を開けた。月が煌々と輝き、かがり火の明かりも必要ないほどだった。
『ハリス。今夜はチェスナットヒルの宿屋にいる。明日から隊商の護衛に紛れてデアフィールド方面へ向かう。もしまだついてくる気があるなら、ファーロあたりで合流できないか。デアフィールドまで行ってもいいが、私が顔を出すとお前の家に迷惑がかかるかもしれん。
そう言い終わり、手のひらに魔力を集めると性質そのままの済んだ青色の鳥に変わり指に止まった。
「頼んだぞ」
そう告げると鳥はピイっとひと鳴きして外の紺青の闇に消えていった。ふうっと息を吐くと、ジャンルードは今度こそベッドに倒れこんだ。
「『
けだるげに上がった右腕は、その言葉を言い終えるとだらんと下へ垂れた。王子である自分を守るため、アランからビシビシとしごかれやっと覚えた結界魔法。これでようやくゆっくり眠れる。今日は色々とありすぎた。まだ全回復とはいかないジャンルードには、案外堪えた一日だったのだ。
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