そして彼女は「家族」を知る

『美桜は、「落ち人」なんだと思う。』


そのカイドの言葉に、部屋にいた全員が息をのんだ。「落ち人」はとても珍しいものだ。どこか違い世界からやってきて、知識や技術を広める。すんなり溶け込んでいく者もいれば、迫害されるものもあると聞く。そんな「落ち人」だというのか。目の前のこの眠っている少女が。


『こいつな。まぁ明日また見せるが、馬のない馬車と一緒にリンフォールの森の最奥。銀の湖のほとりにいたんだ。俺はアルジェントウルフの子供がボアに襲われているのを助ける時にドジ踏んじまってこのザマで。母狼が美桜を気を失っている俺のところへ導いて、美桜は俺を助けることになったらしい。見も知らずの男をこんな娘が、血の匂いがする場所は危ないからって引きずって枯草でベッド作って寝かせてくれてたよ。目覚ました時にはな。』


『そんな・・・こんな子が一人であんな森の奥にいたって言うんですか。』


サーシャはもう胸がつぶれるようだった。森の危険さはサーシャも知っている。そんな奥にたった一人で。


『最初は俺の言葉がわからないようだったが、似た単語と身振り手振りでなんとか理解しているらしい。やっと聞き出したのは、目が覚めたら一人で森の奥にいて、ここがどこか解らないっていうんだ。魔法も剣も知らないみたいでな。せっせと世話焼いてくれて「落ち人」かと尋ねたら、落ち人は知らないがここは私のいた場所じゃないという。涙溜めてな。単語を色々教えているうちに、気が張ってたんだろうなぁ、今みたいにコテンと眠っちまってさ。でも頬に涙の跡があるんだよ。そりゃそうだよな。家族もいない、言葉も通じない、俺と逢うまでは人がいるかもわからなかったらしくて、逢ったばかりの俺を信用して安心して眠っちまったみたいで。その姿がたまらなくてな。』


『なんておいたわしい・・・・』


メリアはすでに涙目だ。ジェームズも美桜の境遇を考えると眉間のしわに指を置いて溜息をついた。


『とにかく持っているものがこの国のものでも他の大陸のものでもなさそうでな。異質なんだよ。そのうえ、ここの知識が全くない。もうこれは『落ち人』確定だなと思ったら放っておけなくてな。いつの間にか胸に花ありますって言うくらいだから、神々には認められたんだろう。でもあんなとこにも置いとけないし、知識のないまま悪いやつに利用されたらと思ったら、相談もしないまま連れて帰ってきちまった。すまん。』


頭をぼりぼりと掻いて謝る夫に、サーシャは抱き着いた。


『ありがとう。旦那様。私に『娘』をまたくれるのね?』

『・・・そう思ってやってくれるか。あいつにはもう家族はいないんだ。アルジェントウルフの兄弟が2匹ついてきてるが、人としての孤独は癒してやれない。』

『狼に愛されるなんて。きっと加護があるのね。メリア。明日から忙しくなるわよ! 美味しいものをたくさん食べさせて絵本から始めて言葉を教えなくては。』


振り返ったサーシャ女主人の笑顔に、涙を拭きながらメリアも頷いた。


『えぇ。そうですとも。メリアが腕によりをかけますよ。奥様。』


そう叫んだメリアの声に、うっすらと美桜が目を開けた。


――やだ。初めての人の家で寝ちゃってた!!!

「あのっすいません、寝てしまって、初めまして 美桜です。突然来ました、あなた驚きましたね、ごめんください」


慌てて立ち上がり、深々と頭を下げる美桜に、サーシャはもう胸がいっぱいになった。


。じゃなくて「」よ。今日からここはあなたの家だから。美桜。』

「あなたのいえ。あなたは私のこと? いえはここのこと?」


自分を指さしてきょとんとしている美桜を、とうとう黙って見ていることができずにサーシャは抱きしめた。神様。カイドとこの子を逢わせてくださってありがとう。何も知らぬこの子。大事に育てますわ。


「カイドさん。妻さんどした?」

『お母様よ。』

「お母様?」

『そうよ』


【お母様】は解らなかったか。とカイドが笑い、俺は【お父様】だ。と美桜に教える。

「お母様とお父様。単語解らない 教えるお願いするできますか。」

『えぇ。えぇ。教えますとも。』


久方ぶりに屋敷にあふれる温かな笑い声に、メリアもジェームズも涙をこらえるのに必死だった。幼い娘を病で亡くしてから、御主人様夫婦から本当の笑顔は消えた。それがこの娘のおかげで久しぶりに戻ったのだ。神の采配ならなんとありがたいことか。


美桜はメリアにかいがいしくお茶を飲まされ、菓子を勧められ、その後風呂で剥かれてごしごしと洗われた。服は同じものを着ると言い張ると許してもらえ、与えられた部屋のベッドに入れられた。

――これはいよいよ、すごい子供だと思われているな。

それでも、メリアの優しい笑顔は斉藤ママを思いださせ、素直に受け入れられた。ベッドは今まで知っていたシーツよりゴワゴワだったけれど、お日様の匂いがした。意識がだんだん夢の世界に持っていかれる中、美桜は生き残るすべを自分が得たことを実感する。カイドさんと奥さんに感謝して、とにかく言葉を早く・・・覚え・・・なくちゃ・・・。


美桜がこの世界に来て3回目の夜。故郷よりかなり大きな青い三日月が部屋の中を照らしていた。


************************************************

次回から美桜が言葉を覚えるのでカギかっこが統一されます。全く言葉が通じないとなると、とんでもなく王子と逢うのが遅くなるので、似た単語が混じっている風で意思疎通を図ってみました。

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