そして彼女は「世界」を知る
少しずつ傾いていた陽が沈み、辺りは焚火の周囲以外は漆黒に包まれた。
かけておいた鍋でカップスープの素を溶き、コンソメと塩コショウ、それに短く砕いたパスタを煮込む。人工の明かりが全くない森の中は、それだけで荘厳でもあり恐怖でもある。それだけに、意識は失っているけれど彼がいるのはとてもありがたかった。
「ん・・・」
かすかに声がして目をやると、目を覚ました瞬間、剣に手を伸ばして身構えようとして足の痛みに顔をしかめている彼の姿だった。
『お前は?ここはどこだ。一体それはなんだ。馬車か。それにボアはどうした』
―――英語…違うところあるけど英語っぽい! 『言語理解』くらいつけて落としてよ! でもよかった。意思疎通は何とか図れる!!
「えっと・・私 ミオ。狼があなたがいるって私を迎えに来た。あなたケガしてた。イノシシ?動物はあっち。血のあるとこ、留まる危ないって習った。あなただれ?ここどこ?」
美桜は必死で身振り手振りも交えながら話しかける。
『アルジェントウルフの子がボアに追いかけられていたので助けたら追突された。助かった。すまない。俺はハイド。マノアの街の
「ハイド氏。こんばんは。マノア。
顔を上げると、口の周りを血だらけにした狼たちが戻ってきていた。心なしかお腹がぷっくりしている。
「ちょっと!顔の周り!血だらけじゃないの!」
思わず「日本語」でそう叫ぶと、古いタオルを取り出して泉の水で濡らす。狼たちはシュンとして顔を直に拭かれだした。
―――なんだこの娘は。
ハイドは目の前の光景を目を丸くして眺めていた。アルジェントウルフは基本人に慣れない。誇り高い生き物だ。それが顔を荒く水で拭かれても牙すら出さない。むしろ綺麗になったねというかのように撫でる娘にすり寄って親愛の情を見せている。そしてこの
「ハイド氏。これ水。これスープです。」
そう渡された水の入った金属の入れ物も軽くて使いやすいし、スープの入ったボウルは陶器だ。手慣れた様子で野営をしているが、武器は小さなナイフのみ。言葉もおぼつかない。変な言葉を話していたし、大体見ず知らずの男を助けるか? しかもここはどこかと聞いた。ここがどこか知らずに森に入ったっていうのか・・・。
『うまいな・・・』
どこか幼くして死んだ娘を思い出させる、黒髪、黒目とこの大陸では色が違う娘。違う大陸から来たのだろうか。いや、この不思議なものを使うのはもしや・・・
『おまえ、落ち人か? この世界のものではないな。』
そう聞いた瞬間、ぴくりと肩が震えた。
「落ち人・・・わかりません。でもこの世界のものないは正しい。朝おきたらここにいた。ひとりで。」
少し涙ぐむ横顔がひどく弱々しくみえた。この年で「落ち人」だと? 昔聞いたよその大陸に落ちてきた落ち人は男で20は越えていたはずだ。この子はまだ成人もしてなさそうじゃないか。
『‥言葉がおかしいわけだ。魔法は使えるか?花はもらったか?』
「言葉、前の世界似たものあった 半分くらいわかる。魔法前ない。花いつの間にか胸にいます」
『・・・胸に
「あ、胸にあります。えとイノシシの耳取りました。証明ある大事。」
そう言って見慣れない透明な袋に入った耳を差し出してくる。知識はあるのか。料理もできそうだ。言葉は・・・俺とサーシャが教えればいい。
ハイドはふっと家で待つ
『ミオと言ったな。お前、俺と一緒に来ないか。俺の家はこの森のすぐ外にある農場だ。妻と二人暮らしでな。これも牛舎に隠せるだろう。この世界を知らないまま動くのは危険だ。嫌になったら出ていけばいい。それまでうちにこい。生きていく術を学べ。』
―――半分も理解できなかったけど、家に来いって言ってくれてるみたい。車も隠せるって言ってたっぼい。逢ったばかりで信用するのもどうかと思うけど、
美桜は目の前で足をかばいながら座っている男に目をやった。30代後半といったところか。若々しいが場数を踏んできた凄みがある。鍛え上げられた体躯と無精髭。顔つきは怖いが目はとても優しく子供を見るかのようにこっちを見ている。あ。。もしかして日本人あるあるですごい子供に思われているんじゃ・・・。
「ハイド氏。私この世界知りたい。一緒行きます。」
ハイドはゆっくりと笑って、美桜に少しずつ単語を教えてくれた。森の名前。狼たちの名前。狼たちに包まれて焚火にあたり、ハイドの声を聴いていると美桜はこの世界に来てから張りつめていた気持ちがほどけていった。頼れるお父さんってこんななのかな・・・。心も少しずつ外見に引っ張られているのか、美桜はいつの間にか泣きながら眠っていた。
『可哀想に。一人で知らない世界に落ちてくるとは。子供を助けた俺に恩返ししようとしてこいつを見つけたんだな。お前もこいつの淋しさに気付いたのか。』
美桜に寄り添っているアルジェントウルフの母親に話しかける。狼はパタリ。と尻尾を振った。
『守ってやるよ。これも何かの縁だ。子供を助けて子供を拾うとはな。』
焚火の火がほんのりと縁あって群れとなった者たちをあたたかく照らしていた。
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