第二王子の出奔

異変が現実となったのは、この日の午後の事だった。

ざわざわと廊下が騒がしいと感じたその時、扉がノックされた。許可を出せば入ってきたのは王直属の近衛隊隊長。


「ジャンルード殿下。陛下がお呼びです。謁見の間まで御同行ください。」

「近衛隊隊長が直々に迎えに来るとは何事だ。」

「それは陛下の御前にてお話があるかと。」


(これは穏やかではないな。神官長の言葉通りか。)


「解った。行こう。」


無言のまま城の中央、謁見の間まで囲まれるように進み、扉が開かれると、真正面の壁際、一段高くなった段の上にある豪奢な玉座に父が、右隣の少し小ぶりな椅子に兄、そして左側に王妃がそれぞれ腰かけ、自分を見下ろしていた。


(なんだ・・・。これは一体・・・。)


「第二王子 ジャンルード・エミリオ・フレイヴァル・プリヴェール。そなたに問う。なぜエルダー神官長を殺害した。」


いきなり投げつけられた冷たい言葉に目を見張った。その言葉を投げつけてきたのは他でもない父である国王陛下だ。


「いきなり一体何をおっしゃっているのです。私には何のことだかわかりかねます。」


「言い逃れられると思うておるのか。昨夜、神殿にて神官長が殺害された。王族と神官長のみが入ることができる最奥の泉の間でだ。しかも氷に貫かれて。これを何とする。王族で水の高等魔法、氷魔法が使えるのはお前のみ。まさかお前がこのようなことをしでかすなどと。なぜだ。」


見上げて父の顔を見つめても返ってくるのは冷たい凍るような眼差しのみ。なぜ…なぜだ父上。


「ジャンルード。お前がこんなことをするなんて・・・。何があったのだ。どうしてこんなことを」


クリストファーが優しい顔を歪ませ、悲しそうに自分に向かって問うている。なぜだと聞きたいのはこちらのほうだ。どうしてだ兄上。


「兄上・・・。兄上までがそのようなことを。私がそのようなことをすると本気で仰っているのですか!!」


ジャンルードの心からの叫びにも二人は頭を振って信じる気配すらもない。

目の前にいるこの二人は誰だ。こんなことをまさかこの二人から言われるとは。目の前が揺らぐ。血が足の先から流れてなくなっていくかのようだ。体が冷えて心が固まっていく。


「では、お前は自分ではないと言い張るのだな。このように父と兄が問い詰めても真実を明らかにせぬと。」

「真実はひとつです。殺害したのは私ではありませぬ。神に誓って言える言葉はそれのみ。」

「・・・もうよい。お前は処分が決まるまで自室にて謹慎しておれ。部屋から出ることまかりならぬ。近衛隊。部屋の前を固めよ。」

「はっ。」


跪いていた近衛隊隊長に腕をつかまれる。それを振りほどきながらジャンルードは叫んだ。


「父上。兄上。どうして・・・どうしてですっ! なぜ信じてはいただけないのです・・・!」

「連れていけ。」


両脇を抱えられながら、それでもジャンルードは叫んだ。どうして…どうしてですか!と。

部屋に連れ戻され、扉に鍵をかけられた後もジャンルードは椅子から立ち上がりもせず、茫然と足元を眺めていた。これか、神官長の知らせた危険とは。でもどうしてあの二人があのようなことを。


ふらふらと窓辺へ近づく。窓を開ければ海が岸壁に打ち付けて白く泡立つのが見て取れる。

ふと頬に手をやれば、涙が流れているのに今更ながらに気づく。母が死んだのち、ギルド演習で死にかかっても泣いたことなどなかったのに。

俺は今日家族をすべてなくした。もう何もかもどうでもいい。何もかもなくしてしまった。


その時、自分の窓縁を固く白くなるほどに固く握りしめていた手の甲に一匹の黄色い蝶が止った。


「蝶だと? まさか。アランか!? 」


『第二王子の御機嫌はいかがかな? 一体何が起こってるの? なぜか僕、魔力がはじかれて出仕禁止になっているんだよ。』


蝶が羽ばたくと、いきなり友の声が微かに聞こえた。


「ア・・・アランッ!」

『父上から連絡が来て、王とクリスが変だって言うんだよ。そしたらジャンが幽閉されたっていうじゃない? なんかやばそうだから、とりあえず僕のとっておきを発動させる。アリス様も城に入れないんだって。クリスが来なくていいって言ってるとかで。なんかおかしいよ。城とクリスのほうは僕に任せて。ハリスは後で追いかけさせるから急いで荷物を持ってくれる? すごい妨害されてて力が安定しないんだ。』


慌てて隠し扉から荷物一式を取り出し、服を着替えてローブを羽織る。


『ごめん、妨害が強くなってきたから、変なところに落ちるかもだけど許してね。じゃあ気を付けてね。』


そう最後に羽ばたいて告げると、蝶はひときわ大きく羽ばたき、鱗粉を床にまき散らした。

見る間にそれは魔方陣を描き、ジャンルードの足元を照らした。ジャンルードが驚く間もなく、その光は部屋いっぱいに広がり、消えた時にはその場にジャンルードの姿はなかった。


「ごほっ・・・ぐっ・・・ふ・・っ」


アレンは、城から離れたミドルガルト家の一室で、力なく倒れて四つん這いになり、血反吐を吐いていた。

アリステアが来訪し、父からも城の異変の一報が届いたことから、アレンはすぐさま古代魔法の術式を編み始めた。しかし遠隔操作の上、強力な魔力妨害にあい心身を削ることになったのだ。


「アレンっ。大丈夫? 」


駆け寄るアリステアに無理に笑って見せると、アレンは立ち上がった。


「ジャンルードは無事『転移』させられた。さすが僕じゃない? あとはクリスだね。王はどうしちゃったんだろう。あいつもすぐ呼び戻さなきゃね。さて。アリステア姫。真実の『唯一』の力。見せてもらうよ。」


アリステアはぐっとこぶしを握り締めると、涙をこらえた。


「ええ。解ってるわ。クリスは私が救う。だって私を救ってくれたのはあの人だけだもの。」

「そうだね。じゃあ僕は少し眠るよ。君も家に帰るといい。クリスが害されることはないはずだ。あいつが帰ってきたら反撃開始だよ。」


口の端に残った血をぬぐいながら、アレンは魔伝バトバードを練り上げる。練り上げて飛ばした瞬間、最後の力が尽きて電池が切れたかのように崩れ落ちた。


慌ててメイドを呼ぶアリステアの声を聴きながら、アレンは身震いする。魔伝バトバードを見て戻ってきたとき、怒られるのが自分だけだということに気づいて。


(ああ・・・眠っていたいなぁ・・・やだなぁ・・・恨むよ・・・クリ・・・ス・・・。)

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