異変の知らせ

コンコンッ コンッ 


「・・・誰だっ」


明け方近く、窓を叩く微かな音と魔力の気配に、ジャンルードは飛び起きた。

急に動いたせいでふらっとする体勢を立て直し、見ると窓辺に青いかすかに光輝く鳥が降り立っていた。


「これは・・・魔伝バトバードじゃないか。いったい誰が・・・」


そう呟いて、ジャンルードが手を差し出すと、魔伝バトバードは指に止まってゆっくりとさえずる。


「デンカ・・テキ・・・キケ・・ン・・マド・・・」


それだけさえずると、魔伝バトバードはゆっくりと光の粒となって霧散していった。


「危険・・?敵だと・・?窓とはなんだ。。。」


窓辺で確認するが、うっすらと明るくなり始めた自分に似た色の空と海以外見えるものはない。

ジャンルードの自室は、王や家族の居住区とは執政区を挟んで反対側の最も岸壁に近い城壁の主塔の最上階だ。反対側は庭園に面していて、生前の母が王妃と顔を合わせるのを最小限にし、緑に囲まれたいと希望したのでそのままジャンルードも住んでいる。そんな自室で、ジャンルードは今届いた声の意味を考え続けていた。


(あの声は、神官長のもの・・・一体何があった? もうじき退官すると先日笑っていたあの爺様に何が。)


「これは・・・もう眠れないな。出発の支度でも整えるか」


部屋の壁にかかっているタペストリーをめくり、隠し扉を開く。そこには学院に入った13の年、初めて会った伯父、バクストン伯から手渡されたもの達が入っていた。


「殿下が、キャロラインの忘れ形見ですか。これはまた妹によく似ておられる。」


13歳の誕生祝いの宴の夜だった。

父王とともに私室で初めて間近に会うバクストン辺境伯は、歴戦の戦いの後であろう、右目から頬にかけてうっすらと傷が残り、鍛え上げた隆々とした筋肉、厚い胸板、それらが服の下からでも解るほど威圧感のある人だった。そのするどい眼差しでこちらを見ながら、母キャロラインの遺言で来たというバクストン伯が差し出したものは、一振りの剣と冒険者が使用する一式の鎧。ギルドタグ。旅用のローブ。魔力を補助する杖。携帯用の拡張バッグ。その他今日からでも旅立てる一式。


伯父なのだから、かしこまらなくていいと伝えると、伯父はにやりと笑った。


「妹が生前、言い残しましてな。殿下が13の年にバクストン流の祝いをしてほしいと。父と一笑に付しておりましたが、頑固に毎年殿下の誕生日に手紙をよこし、さらには遺言として願うものですから。父とこの10年準備させていただきました。陛下にも許可をいただきまして、フォンブリルの学院にも、ギルド支部にも『平民「エミリオ・バーク」』として登録だけしてあります。身分を捨て5年生き残ること。それがバクストンの息子たちが13になると与えられる「祝い」です。何に対して適性を出すかわかりませぬので、すべて一式お持ちしました。」

「母が…これを伯父上に頼んだと。」

「これらをどう使うかは殿下の御心のままに。バクストンでは『力』と『意思』のないものは生き残れませぬ。第二王子の御身分ではそこまでの覚悟はいらぬはず。ただ、妹は子が男子ゆえ、バクストン流に祝ってほしいと。その祝いが今後必要になるかもしれぬからと。」

「母上が・・・」


母の未来を見越した愛情に目頭が熱くなる。王妃に疎まれている自分は、父に何かあった場合最も不安定な足場の上に立つことになる。それゆえに一人で立てる力をつけさせたいと思ってくれたのだろう。


「クリストファーと同じ王立学院に入ってもよい。入らせるつもりでいた。しかしキャロラインが私にも言い残した故な。隣国に留学したという形で王妃には伝える。あちらにはメリルが嫁いでいるので話は合わせられる。お前の好きにしたらよい。」


父の大きな手が自分の頭に乗るとわしゃわしゃと撫でてきた。恐らく葛藤した上に許してくれたのだろう。ならば。


「父上。フォンブリルへまいります。5年の自由を与え下さりありがとうございます。 伯父上、過分な贈り物、誠に感謝いたします。お爺様へもお礼を。後ほどお手紙を書きますのでお渡しいただけますか。」


辺境伯は、驚いたかのように僅かに目を見張った。


「これは・・・。父も喜ぶでしょう。キャロラインがバクストンの鷹をきちんと生み育てておったと。」

「これはキャロラインの持つもの「すべて」受け継いでおるよ。」

「なるほど、それならば・・・」


自分にはわからない理由で頷きあう二人をきょとんと眺めていたことを覚えている。

その後、なぜか入学当日に寮の同室だったハリス、同級生にアランがいたのには驚いたが。


『王立学院にはフェルがいるから問題ないよ。むしろ行きたくない。』

『本当に強くなってお前を守るには、騎士科よりこっちだって親父が言うから。』


平民が冒険者となるために通う学院の中で、王国一とされるフォンブリル学院は、「王子」として生きていく事が、どれだけ特権であるかということを嫌というほど叩き込まれた。守ってくれるものなどいないなか、本職のSランク冒険者たちが教鞭をとる学院で必死で学んだ。脱落するもの、不幸にも遠征で死亡する者もいる中、魔法科、剣士科を全て修めされられ、ギルドランクも上げつつ卒業するのに5年かかった。


(よく五体満足で生き残れたよな。俺も・・・。)


取り出すのは卒業祝いとバクストンから贈られた今の自分に最も合うサイズのもの。

愛剣にそっと手を伸ばすと、馴染んだ感触に心が凪いだ。必要になるものすべてをバッグにしまい込むと、剣とともにまた隠し扉にしまった。


気づけば朝陽が室内を照らしていた。

明後日の出立までは気を引き締めておかなくては。とりあえずはこれで十分だ。なにか良くないことが起こりつつある。それは心に留めておこう。

あと3日。ここから見る海も当分見られなくなるな。と


「おはようございます。お目覚めですか。」

と入ってくるメイド達に挨拶をしながらジャンルードは思った。

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