第三話 「その、瞳の色は……」




 この街は辺境の街ですの。

 境となっていますのは、魔物の跋扈ばっこする魔の山脈。

 王都からも近い事もありまして、この街は普段からとても栄えておりますわ。

 だからこそ私はこの街を選んだのですが。


 いえ、今はそんな事どうでも宜しくってよ。

 つまりこの街は魔物が多く居る山脈の隣にありますの。

 だからこそよく魔物から襲われますわ。

 とは言いましても、普段は一日に多くても五匹かそこら。殺されると知ってわざわざ山脈から降りてくる魔物などそういませんもの。


 ですけれど、ごく稀に。

 大量の魔物が山から押し寄せる事がありまして。

 人々はそれを『魔物災害』と。

 そう呼んでおりますわ。


 ええ。

 アイラが焦燥した様子で伝えてきた、あの魔物災害でしてよ。


「アイラ、私達も救護班に援助に入りますわ。他の助手も集って出来る限り迅速に、準備を始めてくれるかしら」


 私が焦ってはいられません。

 私は医者で、この病院の院長。


 それ以上に。

 【彼女】との約束は、絶対に破れませんもの。


 大丈夫。

 私は悪役令嬢として、愛すらも棄ててこの場に立っておりますの。

 王子への愛よりも大切なものが、この場にはあるから。


「私もすぐに救援の準備に入りますわ。王都からの援軍が来るまで、この街の兵士を支えますの。その為に、私達はいるのですから」


 王都からの救援は今から一日、二日の間には来るはず。

 そして救援さえ来てしまえば、勝ったも同然ですの。


 だからそれまでは。

 誰一人として、死者を出すわけにはいきませんのよ。


 ……体力的には厳しくなってしまいますが、ここで奇跡を使うべきでしょうか。

 いえ。流石にそれは出来ませんわ。

 いくら奇跡とはいえ、絶対的な効果を保証されている訳ではありませんもの。

 とりあえずは私達とその他この街にいるお医者様方と協力して、窮地を乗り越えようと試みるべきですわね。


 たとえ奇跡を使わなくとも、私自身の精霊王の奇跡があるだけでも状況は良い方向に向きやすいという効果もありますわ。

 ですからそこまで悲観する事もありませんのよ。


 そう、自分に言い聞かせて。

 私は【彼女】との約束を破らぬ為にも、【私】の想いに反さぬ結果とならぬようにも。

 一つ深呼吸をしまして。

 準備を開始しますわ。





 ☆☆☆





 ふぅ……。

 ようやく一息つく時間が取れましたわね。


 あれから魔物の大群はひっきりなしに街へと襲いかかってきまして、もちろん時間と比例して負傷していく兵士の数も増えていくものですから。

 休む暇など一時たりともありやしませんでしたわ。


「お疲れ様です、先生」

「あら、アイラ。貴女もお疲れ様。休憩かしら?」

「はい、そうです」


 そう言ってアイラも微笑んでいますけれども、やはり疲れからか少し息も上がっていますわね。

 私はある程度の体力は元よりあると自負しているくらいですし、三時間ほどあちらこちらと駆け回ったところでへこたれる事はありません。

 ですが普通は足が棒になってもおかしくはありませんもの。アイラにも椅子を勧めましたわ。


「調子はいかがかしら?」

「正直、少し疲れました。弱気になっていたらいけないってわかっているんですけど、でもやっぱり目が回ってしまいそうです」

「もうすぐベッドの空きもなくなってしまいますわね。これからさらに忙しくなる事は間違いない事ですわ。王都からの援軍もまだ来ないでしょうし」

「わぁ……」


 あらアイラ。顔を顰めてはいけませんわよ。

 貴女自身が先程、弱気になってはいけないと言っておられたのではありませんか。


「とにかく、休める時に休む事が大事でしてよ。私達が体調を崩す訳にはいきませんもの」

「そうですね。頑張ります!」


 やっぱり真面目な良い子ね、アイラは。

 私ももう少し休んだら、頑張りましょう――


「先生、ミーラ先生っ」


 ――か……とはいかなさそうですわね。

 ええ、私の助手の一人が部屋に飛び込んできましたの。


「どうかされましたの?」


 どうかしている事は分かった上で尋ねます。


「一部隊の部隊長がひどい怪我で倒れたとの事でして。他の病院では手がまわらないという事で、現在この病院に向かっているそうです」


 なるほど。


「了解ですの。ひとまずの対応は私がします。すぐに部隊長様を横にできる環境を整えるわ」


 部隊長が倒れた、という事はそれだけ戦場の士気が下がっているという事。

 裏を返せば、部隊長が回復すれば士気を上げる事も可能ですわね。


「アイラもある程度の疲れが抜けたら、現場に戻ってちょうだい。私は先に戻らせてもらうわ」

「は、はい。わかりましたっ」


 飲みかけの紅茶を急いで口に含むと、私は立ち上がります。

 さぁ。

 私も私の戦場へ戻る時間がやってきたようですわ。


「一階に空いているベッドはあるかしら?」

「はい、二つか三つほど空いていたかと」

「ではその中で一番入り口に近いベッドに部隊長様を運ぶわよ。貴方、これから時間ある?」

「ありますが」

「なら、補助をお願いできるかしら。どれくらい重傷であるかが分からない以上、今のうちに出来る準備は済ませておくわよ」

「分かりました」


 急いだ方がいいわね。

 外の戦場からここまでの距離もそこまでない。

 本当に、到着するまでに最低限でも場を整えておかなくてはならないのだから。


 そう気持ちを入れ替え、私は廊下を駆ける勢いで突き進みますの。


 それからおおよそ五分が経過した頃。


「メモルア部隊長が到着しました!」


 遂に、来ましたわ。


「あっちのベッドに運んでちょうだい。すぐに治療を開始するから、外す事の出来る鎧などは取っておいてちょうだい」


 指示を出しつつ、なんとか間に合ったと胸を撫で下ろしました。

 良かった。これで時間のロスなく開始出来ますわ。


 それにしても、メモルア部隊長ですか。

 王都にいた頃に聞いた事が……もしかすると会った事もあったのかしら?

 いえ、今はそのような事を思い返している場合ではありませんわ。

 急がなくては。


「ミーラ先生」

「えぇ、始めましょうか」


 手に持っていた道具を脇に置いて、私は部隊長に向き直ります。

 たしかに傷が酷いですわね。


「ミーラ・ブロッサムと申しますわ。只今より治療に入ります。宜しいですか?」


 見たところおぼろげにも意識があるようでしたので、尋ねます。


「ミーラ、さま……?」


 ……ん?

 何やら様子がおかしいような――


「その、瞳の色は……。もし、かして……。




 精霊王の奇跡の、……で、しょうか……?」



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