第3話
放課後、私服に着替えて西区まで来ていた。
なんでこんなことをしてるのか理解しようとするとバンドが作動しかねないので思考を停止する。
ただの気まぐれだ。希死念慮は唐突に訪れる。明確な理由があって死にたくなる人なんて、もう居ないんじゃないだろうか。ストレスは全て数値化されて、ストレス係数が高くなればカウンセリングを行い安定させる。ストレスを与える側も感じる側も居なくなった。
それでも希死念慮という概念は消えなかった。このタイミングで希死念慮が訪れるのはもう、間が悪かったとしか言いようがない。いや、巴の話を聞いた後だと考えれば良いのかもしれないが。
西区に流れている川は名前も知らない上に基本的には見えない。いっそ川が通っていることを知らない人の方が多いかもしれない。
川は地下を通されていて、その上に道なり、建物なりを整備しているので見た目からは分かりもしない。
という訳で裏サイトで見つけた旧マップで真下が川ということになっている道を歩いていく。
外のトウキョウは人口移動の関係で相当な規模になったが大きくしすぎた。郊外には殆ど人が住んでいない。ただ閑静な街並が佇んでいる。寂れている訳では無いので違和感が大きい。
ちなみに言っておくが、人間が自然と触れ合う機会はほぼゼロと言っていい。公園の芝はゴムで造られたもの、街路樹に至ってはホログラムで実在すらしない。土や砂でさえ人工物だ。
現在、自然の物は全て人間の手の届かない所にある。1番身近な自然なものと言えば野菜かもしれない。いや、遺伝子改良によってもたらされたものだからこれも人工物と言うべきか。
仕事という概念ががなくなった今、職の中で自然に関わることすらない。漁業でさえ、管制から漁まで全てが機械。消えない職業上位にあった工事関係の親方すら例外じゃない。長年積み重ねた経験より、AIの算出したシナリオの方が優秀だ。用意されたプログラム通りに機械やアンドロイドが作業をする。確実に人間にとって変わった存在になった。
ずっとマップ通りに川の上を歩いていると保護林と都市を分断する壁に着いた。保護林と都市は物理的な壁で分断されている。互いが互いに干渉する必要がないからだ。
さてここからが問題だ。川を進むにはこの壁を超えなければならない。だがハッキング出来ないほど強力なセキュリティが効いた壁を、ウェブの知識で得た程度のハッキング技術で超えるのは現実的じゃない。旧時代のマンホールでも探して「川」に出て地下から壁を超えるのが得策か。多分整備用に1つくらい用意されているはずだ。
手始めに懐から自作のメガネ型デバイスを取り出してシステムを弄り、旧時代のマップと被せて表示できるようにする。いわゆるVR型のストリートビューと言うやつだ。
……あそことあそこの2カ所にマンホールがあったのか。片方は道路の下に埋められていて物理的に通れない。こっちはダメか。
もう1つの方に向かってみると道路に見えるようにカモフラージュされシステムロックされていた。踏んでも違いが分からないようにされている。これでも最先端の技術じゃないから驚きだ。
辺りを見渡す。人通りも少ないどころかない。これなら何とかなる。データを解析してササッとハッキングし、カモフラージュを解くと、鉄製の大きな蓋が顕になった。あとはロックを解錠するだけだ。趣味で齧っていたプログラミングがこんな所で役に立つとは思ってもみなかった。使っているものはネットで拾ったプログラムを応用したものだが意外と役に立つ。最適なプログラムを当ててやるだけで開く。あとはボタンひとつで開くはずだ。
明日もし学校に行かなかった場合、ここで死んだということが巴に伝わらないようにデバイス位置情報をオフにしておく。これもまた、ウェブで見つけたハッキング技術でバンドの情報を弄ってだ。こっちの方が難しい。脳から直接アクセスするだけの想像力が必要になる。
…………さて、行きますか。スイッチを起動し、自動で開いたマンホールの中を覗く。ライトで照らすとやっと地面が見えた。
梯子で降りること数メートル。トンネル状の天井で覆われた川に沿った道に降りた。道は比較的綺麗で、軽く枯れた葉っぱが溜まっている位で、ネズミのような害獣が発生したりしていなかった。
ただ枯れた葉っぱがあるということは自然の川からここまで来てるということだ。
暗く続く下流と対になるように上流は白い光が射していた。恐らくあれは既に壁の向こうだ。
眩しい光に向かって歩いていくとトンネルを抜けて地上に出た。コンクリート状の地面から土に変わる。サクッとした土の感覚。これが自然というものか……。変わった感動を胸に人生で初めて土に足を踏み入れた。
___________________
誤字脱字、辻褄が合わないなど、各種報告はコメントにてお待ちしております。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます